表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

928/1121

第915話 模範稽古を見せる

「では、お任せしてよろしいですか?」


 側に居たジェルさんがそう言って、俺たちから離れた。

 試合稽古なら彼女が審判役として立つが、これはそうではないからね。

 オネルさんも距離を取り、他の皆も充分にスペースを空けて見守るようにしている。

 ブルーノさんとティモさん、クロウちゃんが、いつのまにか戻って来てるね。


「では始めるか。どうする? 立ち合いか? それとも稽古か?」

「稽古に決まってるでしょ」

「ふふふ」

「魔法や神力での直接攻撃も無しですよ。部員たちの参考にならないから。でも、体術は遣います」

「相分かった」


 これまで、ケリュさんとはグリフィニアで1回、王都に来てから1回と、2回手合わせや互角稽古を行っていて、そのどちらとも俺が提供した木刀を用いている。

 彼が使用した長めの本赤樫製のそれは進呈したので、とても嬉しそうだったよな。


 でも今回、ふたりが手にしているのは、この世界で一般的な鋼の両手剣だ。

 前世の木刀や刀と異なり、両刃で身幅も広く重量も比較すると重たい。

 日本刀だと平均が1キログラム程度らしいが、こちらの世界の両手剣ではその1.5倍以上になる。


 現在は金属製のプレートアーマーを身に着ける騎士や戦士をそうそう見掛けないが、15年戦争以前だとこれよりも更に重量のある剣で、盾やアーマーをガンガン叩いたのだろうね。


 いま手にしているのはその当時よりも細身になっていて、斬る、突くといった取り回しがだいぶ楽になっているが、それでもこの世界ではやはり剣同士での叩き合いが通常だ。

 なので打込み稽古も、そんなやり方が一般的だよね


 だけど、エステルちゃんとの稽古でもそうだけどケリュさんとだと、おそらく叩くのを主眼にした打ち合いということにはならないだろう。


「では、始めますか」

「おう」



 声を掛け合って、双方で同時に距離を取った。

 そしてケリュさんはあらためて握りを確かめ、軽く2、3度左右に振り下ろすと、剣を八双のように右肩の上に高く構えた。


 身長が高いし剣自体も俺のものより長いので、なかなかに威圧感のある構えだよな。

 見学する部員の誰かからか、「ふうー」という声がいくつか漏れ聞こえた気がする


 対して俺は剣先を後方に下げて脇構えに取る。

 俺としては初撃で特に意図してはいないのだが、相手の攻撃を誘いながら後の先が狙い易い構えだ。


 ケリュさんはゆるゆると、そして俺はそれに向かってするする歩を進める。

 ああやって、相手に威圧を与えながらゆっくりと進んで来るのに騙されると、彼の場合、人間の感覚を遥かに超える光速の動きがあるからなぁ。人間じゃないけど。


 そして間合いに入った刹那、愚直だが素早く重い振り下ろしが来た。

 一撃必殺ですか。

 俺は僅かに身体の位置をずらし、その落ちて来る剣を撥ね上げるように合わせる。


 ガン、ではなくキーンという高く鋭い音が響く。

 同時に打合わされた剣と剣との間から、金属同士がぶつかって出る火花とは違う、眩しい光が放たれた。


 俺はケリュさんの重たい剣に打ち負けないよう、咄嗟に僅かに重力魔法を防御的に発動させているが、彼の方は素の打ち下ろしだよな。

 以前もそうだったが、俺とケリュさんだと木刀で打合ってもこういう光が放たれるんだよね。

 まあ、火花が眩しく光ったぐらいに、見学の皆さんは勘違いしてください。


 反発し合った剣を俺はぐるりと廻し、間合いの内のままの連続でケリュさんの胴を狙う。

 しかし当然ながら、彼も打ち降ろした剣で直ぐにそれに合わせて来た。またもや光が放たれる。

 ここまで一連の動作の中での二撃で、フラッシュライトが続けざまに放たれたように見えただろうな。



 そのフラッシュが消える前に俺は俊速の横移動で間合いから出ると、続けてトンとその場から垂直高く跳び上がる。

 その俺の動作を見て、ケリュさんも地上で待つのではなく跳び上がって来た。


 そして、彼の両手剣の長いブレード、その剣先を俺に向けて突き上げながら追って来る。

 あなたは普通に飛べるのだから、それって跳び上がるじゃなくて俺を目掛けて飛んで来る、ですよね。


 ならばと俺は、見学者たちがあまり違和感を感じない程度に重力魔法で滞空しながら、跳躍の頂点で前方回転を行って逆さになり、ケリュさんの背後を落ちながら突きを打ち出す。


 しかし、この程度のトリッキーな動きなど想定済みといった風に、彼は上昇しながら身体を後ろに回転させ、俺の突きを空中で激しく叩いた。その瞬間、また光が飛び散る。


 俺は叩き落とされるのを辛うじて堪え、真っ逆さまに地上に落下する寸前で再び回転して着地すると、同時に後ろに跳んで距離を空けた。

 前方を見ると、いつの間にかケリュさんも距離を取って着地している。


 当たり前だけど、空中戦でもやっぱり敵わないな。

 でも、これは模範のためとは言え稽古だ。敵わないとしても挑まなければならない。

 それから俺たちは、地上と空中との闘いを織り交ぜながら幾度も剣を合わせて行った。

 その度に、文字通りの眩い光を放ちながら。




「お疲れさまでした。見事な攻防と言いますか、あまりわたしたちには参考にはなりませんが」

「あははは。まあ例年、エステルちゃんとのもそうだし」


 程よいところで「(そろそろ)」「(だな)」と念話で短くやりとりして剣を収めた。

 それを見たジェルさんとオネルさんが、直ぐに俺たちの側にやって来て労ってくれる。


「ザカリーさま、剣を」

「はいです、オネルさん」


 いま使用していた剣を預かると言うオネルさんに渡すと、彼女は目を凝らしてそのブレードを検め、そしてこちらも剣を渡そうとするケリュさんに向かって再び口を開いた。


「あの、ケリュさま。畏れながら、一撃だけ。一撃だけ、わたしのを受けていただけませんか?」

「うん? それは構わないが。一撃だけで良いのか?」

「はい、ありがとうございます。ひとつだけで結構です」


 いつもなら何か言う筈のジェルさんは、そのオネルさんの行動に黙っている。


「でしたら、行きますっ」


 軽く剣を持ち上げて構えたケリュさんに向かって、先ほどまで俺が使っていた剣を肩に担ぐ構えを取ると、そこから全身の回転する力を用いるように、オネルさんは思いっきり斜め上から打ち込んだ。


 その一発勝負の鋭い一撃に、ケリュさんはごく自然に自分の剣を合わせる。


「あうっ」


 見た目は柔らかいが、実際にはかなり強烈なガンと重く鈍い音の響く彼の合わせに、オネルさんの口から思わず声が漏れ、彼女の持つ剣が身体ごと横へと跳ね飛ばされた。

 しかし、剣を手から離さずに辛うじて踏みとどまったのは、さすがオネルさんというところだろう。


「あ、ありがとうございました」


 深く頭を下げてお礼を言った彼女はケリュさんからも剣を受取り、また両方の剣のブレードを検めていた。



「やはり、光は出ないのですなぁ。それが普通だが」とジェルさんが呟く。


「あ、そういうこと? オネルさん、それを試したかったんだ」

「火花ならまだわかりますが、あのような光がなぜにと、おふたりの稽古を拝見しながら話していて」

「それで、自分で試したかったんです。でも、ケリュさまの合わせは、凄かったです」

「ああ、打ち込み稽古だと、相手の力量に合わせて相当に加減してるみたいだからね」


 そういうことでしたか。

 確かに実際に真剣で打合わせてみれば、その威力は体感出来るけど、光が出るのかどうかはなぁ。

 じつのところ、俺も何故なのかは良く分かんないんだよね。


 その当のケリュさんは、何かを聞きたいのだけど何を聞いていいのか戸惑っている部員たち、特にブルクくんやルアちゃん、ロルくんなんかに囲まれている。

 彼が不用意な危ない発言をしないように、あちらはエステルちゃんとカリちゃん、ライナさんが側に付いていてくれるので、まあ大丈夫でしょう。


「光のことはともかくとして、屋敷に帰ってからでも、ふたりも稽古を付けて貰うといいよ」

「なんとも畏れ多い」

「でも、ジェル姉さん。こんな機会は滅多にあるものじゃないですよ」

「それは、そうだな」


「ケリュさんも、ジェルさんとオネルさんなら、気を入れて相手をしてくれると思うよ」

「それは、楽しみですけど……。いまの一撃だけでも、かなり怖かったです」

「ふむ。これは相当気を引き締めて、お願いせんと」


 王都屋敷に来てからケリュさんも何回か訓練には参加していて、このふたりもそれなりに彼に木剣を受けて貰ってはいるが、互いに打合う稽古はしていない。

 なので、互角稽古とは言えなくても頼んでみるといいと思うよ。


 ケリュさんはおそらく、いまのこの地上世界に存在する最高の剣の遣い手でしょうな。それは当たり前と言うか、人間じゃなくて神様だけどね。




 こうして合同合宿の初日の練習を終え、それから全員で食事の準備やキャンプファイアーの設営などを行い、燃え盛る火を眺めながら夕食をいただく。

 俺の側にはブルクくんやルアちゃん、それからフレッドくんなどもやって来た。

 まあ、先ほどのケリュさんとの模範稽古のことが聞きたいのだろうね。


「エステルさまとの稽古もいつも凄いけどさ、さっきのあれ、ケリュさまって何者なの? ザック部長」

「あー、ルアちゃん。何者と問われても、シルフェ様の旦那様で、外国の戦士のお偉いさんとしか」

「ふーん」


 その目は、あまり信じてない目だよね。でも、シルフェ様の旦那さんというのは本当ですからね。


「僕らにはわからないことだらけかもだけど、ザックと互角かそれ以上なのは確かだよね。ザック的にはどうなの?」

「ケリュさんの剣術の技量が、ってこと?」


 ブルクくんがそう聞いて来るけど、そこはですね。


「まあ何と言うか、僕がなんとか互角稽古をさせて貰っているって感じかな」

「それほどか」

「そうなんだー」

「つまり、地上最強の剣士、ということでありますか?」


 神力を何も遣わなくてもね。でも身体能力とか戦闘における読みや勘とか組み立てとか、そもそも人間と構造が違うのでそこのとこも含めると、何ともねぇ。

 人化している状態なので、身体の機能自体が大きく異なるとは思わないんだけど。


「この世界には、ああいう存在も居る、ということですよ」

「ザックがそう言うんだから、そうなんだろうなぁ」

「あたしとしては、ザック部長を超える存在というのが、素直にオドロキだよ」

「世界は広いのでありますね」


 まあ正体を知ったら、そこらそんじょの驚きでは済みませんけどね。

 人間の与り知らぬ驚きに満ちているのでありますよ、この世界は。



 夕食のあと、森の中に入っていたブルーノさんとティモさん、クロウちゃんから報告を受けた。

 彼らは午後の時間を使って、地下拠点の点検とナイア湖周辺の森の様子を確認して来てくれたのだが、特段に変わったことは無かったそうだ。


「水の精霊様のどなたにも出会わなかったので、クロウちゃんが飛んで行ってくれやした」

「カァ、カァカァ」


 こちらに戻る前にクロウちゃんが水の精霊屋敷まで行って、俺たちが合宿でここに来ていることと、数日後にはあらためて訪問することをニュムペ様に報せてくれたそうだ。

 ケリュさんが一緒という点については、彼からは敢えて触れなかったらしい。


「カァカァカァ」

「そうだね。シルフェ様とケリュさんにすれば、事前に何も言わずに一緒に訪問して、驚かせたいというところもあるだろうからね」


「クロウちゃんも、気配りが行き届いてやすなぁ」

「カァカァ」

「なるほどでやす」

「気配り部分は、クロウちゃんの方が分担してるんですね。それは、なんとなくわかりますよ」


 はいはい、そういうことにして置いてくれて良いです。



 さて、明日の2日目は両部で分かれて森の中に入り、総合武術部としては魔法の練習も加える。

 ケリュさんはもちろん俺たちの方に同行するけど、彼には人間に分かり易い魔法に徹して貰わないとだよな。


 一方で強化剣術研究部の方には、森の案内役のブルーノさんに加えて指導教官としてジェルさんとオネルさんのふたりに頼むつもりだ。

 今年はもうエイディさんたちが居ないので、剣術オンリーの彼らには指導役が不足しているからね。


 フォルくんとユディちゃんも、そちらに同行して貰おうかな。

 エステルちゃんとライナさん、カリちゃん、ティモさんはこちらの方だね。


 そんな話をブルーノさんたちとしながら、初日の夜は静かに過ぎて行くのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ