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第914話 最後の合同合宿初日が始まりました

「そろそろ野営の準備も終わりやしたし、それではやりやすかね、ザカリー様」

「そうだね、ブルーノさん。おーい、男子部員は集合っ」

「なにをやるんだ?」

「カァカァ」


 ケリュさんは男子部員じゃないでしょ。

 それはともかく、それぞれに作業を終えた男子たちが集まって来た。


「お、ブルーノさん、恒例の釣り大会ですか?」

「今年はライには負けないよ」

「ふん、残念だったなブルク。今回は僕が1位だぜ」

「なにを言ってるすか、先輩ふたりは。去年は僕にも負けたっすよね」

「釣りでありますか。これは腕が鳴りますよ」


 合同合宿初日恒例の、ブルーノさん主催釣り大会ですな。

 男子部員が両部合わせて8名と、うちの教官を加えた男性全員分の釣り竿は用意してある。

 特に順位を決めるようなものでは無いが、それでも昨年の個々の釣果はブルーノさんやティモさんらを除いて、学院生ではハンスさんがトップだったよな。


 子爵家男子のフレッドくんも張り切っているけど、釣りとかしたことあるのかな?


「うちの領内には、渓流や湖が結構ありますからね。小さい時分から慣れているのでありますよ。ハンス先輩からも、釣り大会のことは聞いていました」


 なるほどね。彼の家のヴァイラント子爵領は北方山脈を含んでいて山岳や丘陵地帯がかなりあり、起伏に富んだ自然が豊かなのだそうだ。

 同じ出身のハンスさんが、釣り上手だったのも頷ける。


 ティモさんとフォルくんが皆に釣り竿を配り、初体験の1年生のエドヴィンくんにはブルーノさんが使い方を教えている。

 すると、「我も参加して良いのか? ザック」とケリュさんが小声で聞いて来た。


「いいですよ。でも、変な力を遣うのは厳禁ですからね」

「変な力とはなんだ。人間と同じようにやれば良いのだろ」


 この神様も、人間が行う釣りというものをしたことがあるのだとか。ただし、何百年振り?



 今年の釣り大会は教官たちは別として、なんとフレッドくんと強化剣術研究部のロルくんが並んでトップだった。


「よしっ。ザックくんに勝った。釣りとは言え、君に勝つのは嬉しいな」


 はいはい。ロルくんはカロちゃんに報告してしっかり褒めて貰いなさい。


「ザック部長でも、負けることがあるのでありますね」

「うちの部長って、釣りは意外と下手なんすよ」

「ふふふ。我もザックに勝ったぞ」


 ケリュさんだって、ブルーノさんとティモさんはおろか、フォルくんにも負けておるではないですか。

 まあ、神の妙な力とか遣わずに、純粋に人間と同じように釣りをしていたのは褒めてあげますけどね。


 この間に、エステルちゃんが陣頭指揮を執って昼食の用意をしてくれている。

 と言っても初日のお昼は、アデーレさんたちが頑張って用意してくれたグリフィン子爵家伝統のサンドイッチを、大量に用意して持って来ている。

 あとは女子部員も参加して、食べ盛りの部員たちのために具沢山のスープを作っていた。


 釣り大会の釣果の魚は、ライナさんが土魔法で地面を掘って簡易な貯蔵庫を造ってくれていたのでそこに収納し、俺が氷を詰め込んでおく。

 この作業は、氷魔法が得意なヴィオちゃんにも手伝わせました。

 まあ、伯爵家のお姫様がこういう作業をするのも、今年が最後になるのかな。



 賑やかに合宿初日の昼食を終え、食後休憩を挟んでいよいよ合同練習の開始だ。

 でもその前に、練習スケジュールのブリーフィングですな。

 この内容については、強化剣術研究部の部長のロルくんと副部長の3年生のヴィヴィアちゃん、そしてこちらのヴィオちゃんと俺にジェルさんも加わって事前に打合せ済みだ。


「さて、お昼も食べ終えたので、いよいよ合宿練習の開始となります」

「はいっ。ザック部長、お話、長くなる?」

「あー、お静かに。仕方ないので、短く済ますのであります、ヘルミちゃん」


 4年生たちは俺が口を開くと多少諦め顔になったが、ヘルミちゃんが直ぐに手を挙げてそんなことを言う。

 エステルちゃんやうちの教官たちは特に口は挟まず、微笑んで見守る感じですな。


「例年通り、本日の午後は剣術の合同練習であります。全員で素振りのあと、部員たちでふたりひと組になって打ち込み稽古。稽古相手は、教官の合図で順次変えて行きます。打ち込みは長丁場になるので、気を引き締め、疲労や身体の状態に各自気を配ること」

「はいっ」


「今日はそのあと、ザック部長とエステルさまの模範稽古はあるの?」


 ああ、ルアちゃんが聞いて来たように、初日には毎年それをやってるんだよね。それも真剣を用いてだ。


「今年は、わたしは見学にさせて貰うのよ、ルアちゃん」

「ええー、どうしてですかぁ?」

「何か拙いことでもあるんですか?」

「ザックさまとエステルさまの模範稽古、見れないの、残念、です」


「ううん、特にわたしに何かあるのではなくて。今回はね、ザックさまとケリュさまで、という話になってね」

「おおー」


 じつは昨日、屋敷で事前の打合せをした際にそんな話になったのですね。

 何故か先日にふたりでやった互角稽古の話題になり、シルフェ様の「せっかくだから、部員の子たちにも見せてあげたら」という意見もあって、初日にそうすることにしたんだよな。


 この前に屋敷の訓練場でやったときにはそこに誰も居なかったし、ジェルさんやオネルさんも是非見たいと言うものだからさ。

 ケリュさんもやる気満々になってるし、仕方ないので俺も同意しました。それも今回は真剣を用いてということで。


 でも、真剣での本当の立ち合いだったら、ケリュさんは俺を斬り殺すことが可能だけど、俺は神様の彼を仕留めることが出来ないではないですか。

 神をも斬れるらしい叢星そうせい、むらほしの刀を振るうなら別だけど。


 カァカァ。え? そういう話じゃないって? うん、あくまで部員たちに見せる模範稽古ですよね。分かっておりますよ、クロウちゃん。

 カァカァカァ。あと、あの神刀は無闇に出さないようにって、それも分かってますって。



「明日の2日目は、それぞれの部で分かれて森に入り、部ごとで1日練習。3日目は恒例の対抗戦形式での剣術の試合稽古を行います。いいですか?」

「はいっ」


 3日間の予定の大枠は例年通りだが、それぞれ個別の内容は毎年少しずつ異なる。

 特に3日目の試合稽古は、今年の場合、部員数が違うこともあって少し工夫をしないとだ。

 昨年はエイディさんたち先輩3人が最後の合同合宿ということで、ジェルさんオネルさん俺との対戦を行ったんだよな。


「ではこれより、合同練習を開始する。準備はいいか」


 ジェルさんの号令が掛かり、身支度を整えた皆がストレッチで身体を解したあと素振りを始める。


 ちなみにブルーノさんとティモさんとクロウちゃんは、いつの間にか姿を消していた。

 彼らはうちの地下拠点に行き、点検などを行ったあとでナイア湖周辺の森の中をいちおう見廻って来る予定だ。


 グリフィニアからこちらに戻って来てからは、王都での調査活動などもあってこの森に来るのは夏の初め以来だからね。

 それに明日は両部が分かれて森に入るので、念のためにナイアの森で危険の兆候が無いかを確認するというものだ。


 あと、もし水の精霊さんの誰かに会ったら、ニュムペ様のところにはまたあらためて訪問する旨を伝言して貰うようにと、言ってある。

 今回は、シルフェ様とケリュさん夫婦が揃っての訪問となることもあり、合宿が終了後、俺の秋学期が始まる前に行かないとだよね。




 ジェルさんの合図で始まった素振りは、少し長めの時間にされていた。

 両部とも、学院で行う練習よりは1.5倍ぐらいの長さじゃないかな。


 これは毎年そうだが、いよいよ練習が始まったというオフとオンの切り換えをはっきりさせ、まずは全員を引き締めるというジェルさんの指導方針だ。

 うちの部の1年生のブリュちゃんや、強化剣術研究部1年生のエドくん、マルちゃんは付いて来ていますか?


 素振りのあと小休止。


 エステルちゃんとライナさん、カリちゃんが、1年生の状態を中心にさりげなく全員の体調を伺っている。

 まあまだ出だしなので、回復魔法を施すという段階では無いけどね。

 とは言え、ふたりにすれば、この段階で個々の体力や調子を把握しておこうというところだろう。


 そして「では、組を作れ」というジェルさんの声が掛かった。ふたりひと組での打ち込み稽古の開始だ。

 部員の数は16名。俺は敢えて抜けて、代りにフォルくんとユディちゃんが加わるので17名、8組でひとり余るが、そこは双子の兄妹のどちらかが待機して、各組での交代要員となる。


 まずは部員たちだけで打ち込みをやらせ、途中合図で打ち手と受け手を交代。

 そして次の合図で、組む相手も交代させるローテーションを行いながら打ち込みを続けて行く。


 ジェルさんとオネルさんが各組の間を廻って気が付いた点を個別指導し、俺を含めたその他のうちの屋敷の者は全体を見る感じだ。


「ふむ、なかなか良いではないか。特にザックのところのあの男子と女子。それからあちらのあの男子」

「ええ、うちの部のブルクとルアちゃん。それからあっちはロルくんですね」


 まあこの3人は、ケリュさんの目にも留まるよね。

 3人とも夏休みでも訓練を怠らなかったようで、合宿初日にも関わらずなかなか良く仕上がっている。


 この3人以外で動きが良いのは、うちの部ではカロちゃんにカシュくん。ヘルミちゃんもなかなか良い。

 あと、1年生のフレッドくんも故郷でだいぶ鍛えられて来た感じだ。

 彼のヴァイラント子爵家は、どうやらうちの家風に少しばかり似ているようだしね。


 向うの部では、3年生ながら副部長のヴィヴィアちゃんが良いな。同じく3年生のイェンくん、2年生のルイちゃんも頑張っている。

 えーと、うちの4年生の魔法少女と魔法少年に、その他の1年生も頑張ってますよ。



 いちど小休止を入れたあと、打ち込み稽古を再開。

 小休止では、エステルちゃんとカリちゃんが水分補給用のドリンクを配る。

 残念ながら甘露のチカラ水では無いが、それでも淡く果汁が入ったものだ。


 再開後は俺とエステルちゃん、ケリュさんにライナさん、カリちゃんも参加する。

 巡回して個別指導を行っていたジェルさんとオネルさんも加わって、部員たちを相手に木剣を受ける。


 人間相手はどうかと俺が心配していたケリュさんだが、どうやら小休止前の打ち込みをひと渡り見て、全員の技量や個性を掴んだようだった。

 こういうところは、さすが武神ということだろうか。


 いまは、特に彼の目に留まったブルクくんの木剣を受けている。

 しっかりと木剣を合わせて受け、その手応えを測ったあとは徐々に流す躱すなどの様々な動きも加えて行っているようだ。

 これなら大丈夫ですかね。


 俺の相手は、まずはフレッドくんだ。


「さあ、来なさい」

「父からザック部長越えを目指せと、ハッパを掛けられたでありますよ」


 ああ、あのヴィルヘルム・ヴァイラント子爵殿ですな。

 王宮で少しだけ言葉を交わしたけど、なかなか面白そうな武闘派貴族という感じだったよな。


「ほう。ならば、僕を倒す気概で打ち込んで来なさい」

「もちろん」


 彼の入部以来、春から何回も木剣を合わせているけど、どうやらこの夏休みでもうワンステップ成長したみたいだな。

 まだ12歳で年齢的にはまったくの少年だが、この時期の少年の成長は早い。

 それに彼は同年齢の男子に比べて背も高く、筋肉もしっかり付けて来ているようだ。


 彼の真っ直ぐな初手の一撃をガツンと俺は受けた。




 2回目は、先ほどよりも少し長めの休憩を設ける。

 今度はドリンクだけでなく、蜂蜜漬けのフルーツも配ります。


 これはつい先日にグリフィニアから届いたもので、本来は学院祭に出す新作お菓子、特にクレープの具の工夫にとトビーくんが作って送ってくれたものだ。

 学院祭はまだ1ヶ月余り先なので、今回のものはあくまで試作用にということなのだが、それでもお店で販売出来るほどに大量のものが送られて来た。


 うちの専属パティシエのトビーくん謹製なので、シンプルな蜂蜜漬けだけど何とも美味しい。部員たちにも、そのお裾分けですね。

 ほらほら女の子たち。あくまで疲労回復用だから、食べ過ぎないように。


 少し賑やかになった休憩を挟み、再び気を引き締めて打込み稽古を再開。

 3回目の打ち込みセクションは1回目、2回目よりもジェルさんがかなり長めに時間を取り、部員たち全員がへとへとになるまで続けられて終了した。


 強化剣術部の1年生ふたりと、うちの部のブリュちゃん、生きてますか?


「ひゃひゃー。なんとか、生きてましゅよぉ」

「よしよし、まずは水分を補給してから、フルーツを食べて良し」

「うひゃー、やったー」


 少し呂律が廻ってない気がするけど、大丈夫そうだね。



「そうしたら、ザカリーさま、ケリュさま。お願い出来ますか?」

「おう。ではやるか、ザック」

「はいであります」


 ジェルさんに声を掛けられ、ケリュさんとの模範稽古を始める時間になりましたな。


「真剣でやるんだよね、ケリュさん」

「だな。得物はおまえのところの備品で良いぞ」


 昨日にそう決めたので、うちの備品の鋼の剣にしようということになっている。

 ちなみに俺もケリュさんも、あらかじめ屋敷の武器庫で使用する剣を選んである。

 ケリュさんはかなり長めの両手剣。俺も同じく両手剣だが、一般的な長さのものだ。


「おふたりで既に稽古はされていて、お聞きする限り問題無いとは思いますが。とは言え、くれぐれも気を付けていただくように。これはあくまで、学院生に見せる模範稽古ですので」


「あー、ダイジョウブダイジョウブ、ジェルさん。任せてください」

「ザックが無茶なことをしなければ、大丈夫なので、安心せよ」

「どの口が、そんなこと言いますかね。どちらかと言えば、ケリュさんの方が」

「我の方が、経験は遥に長いんだぞ。いろいろと弁えておるわ」

「そうは思えないんだけどなぁ」

「おまえがエステルと、毎年無茶な稽古を見せていると聞いておるぞ」

「あー、あれは、そういうのが通常状態でありまして」


「もうふたりとも、そこで言い合ってないで、集中してくださいよ。本物の剣を持ってるんですからね」

「はいであります」

「おう」


 エステルちゃんに叱られました。

 はい、しっかり集中します。決して気を緩めたりはしませんよ。

 なにせこのケリュさんは、俺がこの世界に生まれて初めて出会った、本当に斬られる可能性のかなり高い相手ですからね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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