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第906話 互角稽古

 ミーティングと昼食を終えたあとの午後は、女性陣がクバウナさんを商業街へ買い物に案内するということで、賑やかに出掛けて行った。


 えーと、クバウナさんにシルフェ様とシフォニナさん、案内役のエステルちゃんとカリちゃん、護衛とお付きのジェルさん、ライナさん、オネルさんのお姉さん3人、そしてリーアさんとユディちゃんも引っ張って行かれた。


 見事にうちの女性たちが揃って10人だ。

 エディットちゃんとシモーネちゃんは留守番にしたのね。うん、これだけ揃えば放っておいて大丈夫ですよ。

 フォルくんは危なかったけど逃げたのね。逃げていいですよ。これは男子として修行の限界を超えます。



 それで、もの凄く静かになった屋敷のラウンジでのんびり過ごそうと思ったら、ケリュさんが腹ごなしに剣を合わそうと言う。

 あとここに居るのはアルさんとクロウちゃんで。ああ、ふたりは午睡ですか。

 お爺ちゃんドラゴンと式神で寄り添って居眠りしてますね。


「ザックさまとケリュさまも、訓練場に行かれるのならお着替えしてくださいね」

「はいです、シモーネちゃん」

「おう、わかった」


 ケリュさん用の普段着や訓練着などは、エステルちゃんの手配でグリフィニアで揃えてこちらに持って来てあった。

 今日のお買い物もそうだけど、神様精霊様ドラゴン用予算を用意している貴族家って、世界広しと言えどうちだけですよね。


 シルフェ様たちは特に何か贅沢をするという訳ではないので、それほど多額の予算を計上してはいない。

 財源としては、俺が開発してソルディーニ商会が製造販売しているグリフィンマカロンなどの、お菓子のライセンス料収入から充当されているらしい。


 とは言え王都屋敷の人数も増えて、日々の食事の材料費やお酒などの購入費といった、屋敷で共通して支出する費用も増加しているので、エステルちゃんもそれなりに工夫しているようだ。


 特にこの王都屋敷ではそういった予算管理、金銭管理が出来そうなメンバーが意外と少ないんだよね。

 カリちゃんとか俺の秘書だけど、そもそもがドラゴン娘なので、うちに来るつい1年半前まではそういう事柄とはまったく無縁だったしね。


 それでそういった金銭面に関しては、屋敷廻りのことはエディットちゃんが補佐し、調査外交局の関係はオネルさんが担当してくれている。

 うちの王都屋敷メンバーだと、このふたりが最もしっかりしておるのですよ。




「今日は剣術訓練をしていなかったので、まずはストレッチ、それから素振りはしますよ」

「おう、わかった。ストレッチとは、あれだな。人間の身体をほぐすやつ」


 神様が人間の姿になっているので、ストレッチは必要無いと言えばそうなんですけどね。

 でも限りなく人間の肉体構造に近くしているらしいので、やって無駄ということはないでしょう。


「ちなみに、ケリュさんの身体って、人間とはどこが違うんですか?」

「我の身体か? それは神のみぞ知るというところだがな、ははは」


 それってジョークですか? 神様自身が言うのってどうなんですかね。


「まあ、ザックならいいか。基本は身体を作っている水の部分の違いだな。我の場合にはキ素がベースになっているからな」

「ああ、なるほど。ドラゴンやクロウちゃんと同じなんだ」


「そうだな。ドラゴンなど天界から降りた系譜を持つ存在は、大なり小なりそういうことになっている。アルやクバウナはまさにそれそのもので、地上世界で生まれたドラゴンも、体内に保有するキ素量の割合はかなり低下するものの、基本はそうだ。ただし、カリオペみたいにエンシェントドラゴンの系譜を色濃く引き継いでいる者は、クバウナと同等近くの存在と言えるのかも知れんな。本人が自覚しているかどうかはともかくだ」


「そうなんですね。アルさんとか、常時キ素を身体内に摂り入れているらしいですけど、つまりケリュさんも?」

「クロウ殿もそうなのだろ? おまえが、別の世界の呪法で創ったとか聞いたが」

「ああ、式神ですからね。彼もそうです」


 式神とはいまさらだけど、呪法によって用いる、つまり法則をもって顕現させ使役する神=現世外の存在であり、何らかの姿となって活動する荒魂・和魂の神霊であるというのが定義だ。


 クロウちゃんの場合には、前世の世界よりも遥かに濃いこの世界のキ素力を凝縮させ、そこに俺の魂を写し入れながら生まれているのだが、どうも前の世界から渡って来て引き継いだ荒魂・和魂の神霊とのハイブリッドなのかも知れない。


 最近になってなんとなくそう思っているのは、だってどうも俺の記憶や知識に無い前世の世界のことをかなり識っているみたいだからね。



「我の場合には、加えて外部からキ素を摂り入れなくとも、自ら生成が出来るからな」

「つまり、燃料もいらず、永久運動をする発電機みたいなものかな」

「はつでんき、とは何だ?」


「いえ、忘れてください。つまり、無限に活動が出来ると。魔法なんか、永遠に撃ち続けられちゃうのか。しかしそれだと、エネルギー保存の法則に反する? いや神だから何でもアリか」


「何をごちゃごちゃ言ってるんだ。我もさすがに限りなくというのは無理だぞ」

「あ、そうなんですね」

「神は、壊れない道具ではないのだ」


 その意味するところは、ときには壊れることもある、あるいは限界を迎える可能性がある、ということですかね。

 前に聞いた万能では無いという話と、どこか繋がる部分がありますよね。


「話はこのぐらいにして、そろそろ身体を動かそうぞ。ああそうだ。それから、前におまえが貸してくれた反りのあるあの木の剣。あれをまた貸してくれ」


 グリフィニアで手合わせをしたときに貸した得物、本赤樫の木刀ですね。

 彼には、俺が愛用している定寸のものよりも長い2尺9寸4分5厘、89.2センチという、大包平おおかねひらの長さに合わせた木刀を提供した。


「いいですよ。そうですね、いまはふたりだけなので、僕も木刀で素振りから始めましょう。はい、これをどうぞ。それ、差し上げますよ」

「お、いいのか? うむ、これは良い。手に馴染む。すまんなザック。大切にする」



 ザカリー式ストレッチで身体をほぐし、続けて素振りを行った。

 ふたりだけの静かな訓練場に、木刀が風を斬る音だけが響く。


 学院での総合武術部の練習だと、剣術の素振りはだいたい300本ぐらい。

 うちの屋敷で皆が行う訓練の場合は、500本程度を基準にしている。

 だけど俺がひとりでするときには、1000本以上は木刀を振るんだよね。これは前世からの習慣だ。


 今日は相方がケリュさんなので、1000本を遥かに超える数の素振りをしちゃいましたよ。

 なにせ彼は武神なので集中力がとてつもないし、先ほどの話のようにそうそうエネルギーが切れるということが無い。


「ふう。このぐらいにしておきましょうか」

「終わりか? ふむ、良い頃合いだな」


 正確には本数も時間も測ってはいないけど、1時間ぐらいは続けていたですかね。


「次はどうする? 打ち込みか」

「そうですね。打ち込みですけど、打ち手と受け手に分けないで、互角稽古にしましょうか。ただし、試合稽古では無いですからね。あくまで打ち込み。見切りや躱しはありで」

「おう。なんとなく分かった。それで行こう」


 ケリュさんと互角稽古というのは、ちょっと不遜で失礼という気もするけど、俺としてはそういう心持ちでということだ。

 あと、適度に攻防を行い勝敗に持込むような試合稽古ではなく、あくまで打ち込み稽古として互いに攻防を続けるという感じだ。


 では行きますよ。



 打ち込み稽古の詳細は良いだろう。ただひたすら、刀の攻防を繰り返した。

 跳躍による空中戦といった特別な体術はほとんど使わず、縮地などももちろん用いない。

 両足でフィールドをしっかり捉え、互いに動きながら、見切り、躱し、流し、打ち込み、ときには厳しく木刀を合わせる。


 今回はケリュさんも特に神力を遣って来なかったので、代りに俺が打ち合わせた瞬間に木刀にキ素力を流して、相手の木刀から握り手の弛みや痺れを誘う攻撃を試してみた。

 素早い攻防の中で行うので、僅かにタイミングがずれてその1度目はあまり上手く行かなかったが、それでも力は伝わったのだろう。ケリュさんはニヤりとした。


 そして少し時間を空けて2度目も試みる。今度はタイミングも瞬時に合わせた。

 すると、互いの木刀が打合わされたその打点で、激しく光が飛び散る。

 俺はその刹那に、後方へと少し跳んで間合いを空けた。


「そっちも合わせましたね」

「時間はいじって無いぞ。こちらの手に届く前に、おまえの力にこちらからぶつけたただけだ」

「ふうむ。まさに神技、ですか。参りました」

「そもそもが俺の技だからな。そう簡単にはやられんぞ」

「これは、失礼」


 つまり、俺の魔法力に彼が神力を撃ち合わせて押し止めた訳だ。

 先ほどの光はその際に出たもののようだけど、おそらく押し止めるだけでなく俺のを凌駕して撃ち負かす神力も出せた筈だ。


「でも、間合いや加減は、なんとなく手の内に入りました」

「そう1度や2度の試しで、手の内に入るものでもないのだがな」

「いえ、実戦にはまだまだですよ」

「これを遣う必要がある相手との実戦があれば、の話だ」


 以前にも思ったけど、まあそうなんだよね。

 普通に人間相手なら、剣を打ち落とすか破壊すればそれで済む。

 魔獣や魔物相手だったら、互いに剣を合わせるような敵はそうそう存在しない。

 それに俺は基本、剣や刀を打ち合わせずに勝つのを信条としているしね


 考えられるとすれば、ただの素のキ素力や魔法力ではなくて、例えば聖なる光魔法を剣を通じて急速に流し込むということも考えられる。

 それを瞬時に発動させて出来ればの話だけどね。


 それならば、魔物相手などには浄化を含めた無力化といった相当の力を発揮出来る筈だが、でも俺にはヨムヘル様からいただいた不死を断つ神刀の叢星そうせいがあるからなぁ。



 更にずいぶんと長い時間、ケリュさんとの打ち込み稽古というかたちの攻防を続け、どちらからともなく双方が木刀を下ろして終了とした。


「いやあ、良い汗をかいたな」

「ケリュさんでも汗をかくんですね」

「我の身体にも水分はあるからな。ははは」


「ともかくも、お疲れさまでした。お陰で良い稽古が出来ました」

「我もだ。しかしザック。おまえの真の技量だと、この地上世界ではまともな訓練相手がおらんだろ」

「そんなことは無いですよ。エステルちゃんとは良く訓練してますし、ジェルさんやオネルさんも良い訓練相手ですから」


「なるほどな。おまえが、彼女らをそこまで引き上げたということか」

「いえ、天賦の才と各自の努力の結果ですよ。あとは環境ですかね」

「その環境を作っているのがザック、というところか」


 いま名前を挙げた3人なら、このケリュさんとも充分に剣術の稽古が出来るかも知れない。

 エステルちゃんは大丈夫そうだが、あとは彼女らがケリュさんの存在自体に畏れで気負けしないかどうかだよね。

 神様に対して畏れるなというのも、無理な話かも知れませんが。




 ふと振り返ると、シモーネちゃんが訓練場に来てこちらを見ていた。


「エステルさまたちがお帰りになりました。あやや、ザックさまは汗びっしょりです。風邪ひきますよ。ザックさまもケリュさまも、水でも浴びてお着替えしてください」


 まあ俺はこのぐらいで風邪など引かないし、ケリュさんはもちろんなのだが、夏の終わりの炎天下で長時間の訓練をして汗だくなので、言われた通り水浴びをしましょうかね。


「シモーネは良く仕えておるのだな。どうだ? 良いあるじかな?」

「はい。エステルさまは素敵な御方ですけど、でも、ザックさまは良いときとだらしないときと、両方ですよ」


「面目ないのであります」

「はっはっは。それは困ったあるじだな」


「シルフェさまが、そういうところはうちの旦那と似てるって、そうおっしゃってました。さあ、無駄話してないで行きますよ」

「お、おう」


 シモーネちゃんは俺の手を取って「ザックさまの掌、汗でにちゃってます」とか言いながら、それでも嬉しそうに俺を引っ張って歩き出す。

 気が付いてみれば、そうして隣を歩く彼女の顔の位置が以前より少し高くなっている。

 精霊の子も、成長して少しずつ背が高くなるんだね。


 以前は良く俺と手を繋ぎたがっていたユディちゃんも、近ごろはすっかりお姉さんになってしまったし、このシモーネちゃんもやがてそうなるのかな。


「シルフェたちがここに居着くのも、良くわかるな」と、後ろからケリュさんの声がした。


「え? そうですか?」

「ははは。我も義弟おとうとに甘えて、そうするか」


 あらためて言わなくても、そのつもりだったでしょ。


「そしたら、ケリュさまもうちの家族さんなのですか?」

「おお、そうだぞシモーネ。ザックとエステルの義兄あにだからな」

「家族さんがだんだん増えるんですね、ザックさま。だったらクバウナさんもそうかな。カリ姉さんのお婆ちゃんだし」


「ということは、シモーネちゃんのお婆ちゃんだね」

「はい。お爺ちゃんとお婆ちゃんが揃いました」


 さて、それではそのお婆ちゃんたちの買い物の成果でも、見せて貰いましょうか。

 アルさんとクロウちゃんは、ちゃんと目を覚ましているかな。尤も、まだ居眠りをしていたら叱られますけどね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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