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第901話 魔法と神力

 その翌日、ヴィオちゃんから返信が届いた。

 どうやら彼女は昨日に王都に戻ったようで、俺からの手紙を読むまでもなく直ぐに合宿の準備を始めてくれたらしい。


 部員たちの参加や日程の確認、初めて参加する1年生ふたりへの注意事項の連絡、強化剣術研究部部長のロルくんとの擦り合わせ、などなど。

 特に今回は向うの部の部員たちが乗る分も含めて、すべての馬車を俺の方で出すとしたので、18日の朝に参加する全員がうちの屋敷に集合となる。


 その点の確認に加え、1台はヴィオちゃんのセリュジエ伯爵家から出すと彼女は言ってきた。

 やり方は昨年のソフィちゃんの屋敷の馬車と一緒で、うちまで伯爵家の御者さんが馬車を動かして来てくれて、そこから先はこちらでということになる。

 全員の移動に必要な馬車は4台。うちのが1台でセリュジエ伯爵家から1台になったので、貸し馬車の手配は2台となった。


 ところで、この合宿に加わることになったケリュさんて、ちゃんと馬車に乗るんですかね。

 アルさんはお留守番だから、ドラゴン便は出ませんよ。黄金のエルク姿になって走って行くとか勘弁してくださいね。


「人間の馬車か。我もそのぐらいの覚悟はしているぞ」


 それを彼に話したら、そんなことを言う。いや、馬車で移動するぐらいで覚悟されても困るのですよ。確かに移動速度はのろいけどさ。

 人数的な問題で部員の誰かと同乗しなければならないが、それって大丈夫ですかね。

 これまでは男女別に分かれて乗っていたけど、今回はそれをやめて別の乗車配分を考えた方が良いですかね。




 ともかくもそんな合同合宿を6日後に控えつつ、うちの調査外交局のみんなも、先日の打合せで決めたことに従ってそれぞれに行動を開始する。

 午前中は屋敷での業務と参加出来る者は日課の剣術訓練を行い、午後からはそれぞれに分かれてという感じですね。


 ケリュさんはシルフェ様から「あなたも合宿に参加するんだから、一緒に木剣を振って来なさい」と言われて剣術訓練に加わり、素直にジェルさんの号令に従っていた。

 グリフィニアでの俺と手合わせとは異なり、素振りのあとは打ち込み稽古と、妙な神力も遣わずに人間と同じようにただ黙々と木剣を振っている。


 ジェルさんやオネルさん、フォルくんやユディちゃんなども彼に木剣を受けて貰っていたが、それぞれにまったく勝てる気がしないと言っていた。

 足の運びや身体の捌き、見切りや受け流し、たまに木剣を合わせる拍子や力加減、そのすべてが人間離れしている。まあ人間じゃなくて神様なんだけどね。


 しかし彼も、指導教官として合同合宿に参加すると言った以上、人間と同じような動きをするための練習をしているようだった。

 そういうところは意外と真面目に取組む神様なのですな。




 午後は久し振りにこの王都屋敷で魔法の訓練。

 ライナさんにフォルくんとユディちゃん、アル師匠とカリちゃんが加わり、ケリュさんはこちらにもやって来た。

 ただし、自分では何もせずに見学なのだと言う。


 それで、フォルくんとユディちゃんが火魔法の訓練を始めたのを、俺とふたりで眺める。


「ケリュさんて、魔法は遣うんですかね」

「我か? 我の為す力が魔法と言うなら、そうだな」

「ああ、所謂神力か。魔法と神力って、同じものですか? それとも違うのかな」


 俺が見たことのあるケリュさんの神力は、手合わせの際のものだ。

 光速の移動に木刀を合わせたときに伝わって来た力、そして同時複数行為と言うか時の流れを入替えたと言うか、あの最後の動きだよな。


 アルさんの解説によると、神が発する力も魔法を発動させるキ素力と性質は同じものらしいが、その力はキ素を摂り込んで体内循環させるものではなく、神自身が生みだすものなのだそうだ。


「地上世界の者が行う魔法は、基本として四元素に由来するだろ」

「四元素は自然界の構成要素ですからね」

「そうだ。シルフェたちが管理しているものだな。我の、というか神の為す力は、敢えて簡単に言えば、その四元素の通常の制約に囚われない」


 四元素の通常の制約に囚われない、か。その制約とは物理的性質や法則に依るものだとすると、例えば酸素が無くても燃焼が起きるとか、そういうことですかね。


「つまり、何でもありの反則技?」

「反則では無いわ。この地上世界においては、自然のことわりには則るが、通常はあり得ないとされることも、あり得ることとして成立させる。そういうことだ」

「ふうむ。これは難しい話ですぞ」


「なに、簡単なことだ。もしも水の中で火を燃やそうとしても、水の中では普通は無理だな」

「ですね」

「燃えている火は、水の中に入れれば消える。しかし、同時に燃えるための要件を与えてやれば、火は燃え続ける。これは反則ではないだろうが」


 火が燃えるための要件を簡単に言えば、燃えるもの、酸素、温度の3つだ。

 そう言えば前々世で、水中でも燃え続ける花火の実験を何かの映像で見た記憶があるし、前世でも忍びがそういう忍び道具を用いていた。

 つまり火薬に酸化剤が入っていれば、燃焼と同時に酸素と温度が供給されて燃え続けるという訳だ。


 いまいるこの世界では魔法が普通にある分、火薬などは見たことも聞いたことも無いが、誰かがどこかで開発して用いているのだろうか。


「ケリュさんなら、それが出来ると?」

「まあそうだな。でもそのぐらいなら、ザックでも出来るだろ?」

「魔法で、と言うより、材料を揃えれば、だと思いますけど」

「材料と言えば、燃やすためには硝石あたりか。そこらでは手に入らないかも知れんがな」


 酸化剤で代表的なものは硝酸カリウム、俺の前世では焔硝つまりケリュさんが言った硝石だよね。


「しかし、空中で火魔法を遣う場合でも、爆発を起こすようなものにはそのような要件が自動的に与えられている。攻撃魔法とはそういうものだろ?」

「そうですね。理屈や法則は分からなくても、魔法ならそうか。だから魔法と神力とは基本は同じなんですね」


「そうだな。だが我ならば、水の中で火を燃やす要件を、自らの力で与えることが出来る」

「酸化剤を同時に作り出して与えるってことか」

「さんかざい? ああ、この空中にある、火を燃やすための要件のひとつだな。まあそういうことだ」


 自然界の制約で通常なら出来ないことでも、そのことわりに則って出来るようにする。

 と言うことは、科学も魔法も神力も原則は同じなんですかね。

 しかし問題は、その出来るようにするというところなんだよな。



「だが、もちろん我らにも制限や制約はあるぞ」

「そうなんですか?」

「ああ、もちろんある。そうでなければ、すべての神がすべてのことを為し得てしまうではないか」


「なるほど。神様だからって、何でも出来る訳ではないと」

「それはそうだ。なのでひとつは、原則として自然のことわりに則っていること。ただしそのことわりは、必ずしも人間が知っているものだけでは無いということだ。むしろ知らないことの方が多いだろう」


 まあ、この世界のこの時代の科学レベルならばそうだろうね。

 でも、俺の前々世の世界だって、すべてが解明され理解されている訳では無いだろう。

 宇宙の法則は計り知れない。


「もうひとつは、その神の性質や存在、役目柄に依るもの。ざっくり言えば、神によって得手不得手があるということだな」



 ケリュさんと俺は、フォルくんとユディちゃんが魔法の訓練をしているのを眺めながらそんな話をしていた。

 ライナさんとカリちゃんはいつものように重力魔法の練習をしていて、アル師匠はその両方を見ながら時折アドバイスをしている。


 取り留めなく話していたら、どうやら訓練がひと段落したようだ。


「ザック様。訓練を終えましたので、仕事に戻ります」

「ちゃんと見てて貰えましたか? ザックさま」

「うん、見てたよ。ふたりともだいぶ精度が上がって来たね」


 ふたりは凝縮した高速火球弾の的中精度を上げる訓練をしていたのだが、精度的にはほぼ完成と言って良いのではないかな。


「お疲れさまでした」と声を合わせて挨拶したふたりは、屋敷の仕事をするために訓練場を出て行った。

 この場に残ったのは、ライナさんとカリちゃんにアルさん、ケリュさんと俺の5人だ。


「ザックさまたちは、なに話してたのー」

「ああ、ライナさん。えーと、魔法の話を少々ね」

「ふーん」


 何を疑うような目で見ているですかね。魔法の話ですよ、魔法。あと、神力についてだけど、これは軽々に言えません。


「そう言えば、ライナさんは土魔法の達人と聞いたが、何か見せて貰えることは出来るかね」

「え、わたしですか?」


「そうなんですよ、ケリュさま。ライナ姉さんは、人間にしておくには惜しいくらいの遣い手なんです。何かお見せしましょうよ、姉さん」

「えー、お見せするって、何がいいかしら」


 ケリュさんがそう話を振って、ライナさんは珍しく少しあわあわしていた。

 しかしカリちゃん。人間にしておくには惜しいくらいって、どういう評価ですかね。


「穴を開けるとか、壁を立てるとか、何か撃ち出すとか……」

「あれがいいですよ、姉さん。ほら、何か土人形とか造ってください」

「あー、そっちね」


 ライナさんの得意な土魔法での造形だよね。造るスピードと表現の確かさでは、俺も彼女にはぜんぜん敵わないよね。


「そうねー、何がいいかしら」とライナさんは小首を傾げながら少し思案していたが、「それでは」とイメージが纏まったのか、誰も居ないフィールドの方を向いた。

 そして「えいっ」と可愛らしい掛け声で片手を前に出す。


 するとフィールドからみるみる土が盛り上がり、その大きな塊が何かのカタチを造り出して行った。

 それにしても、いつもの人型の土人形よりもかなり大きいですな。以前に造ったクマ型のまとよりもデカいですぞ。



「ほほう」「すごい」と、ドラゴンの師妹が思わず感嘆の声を出した。


「はーっはっは。これはこれは、なんとも」

「ライナさん……」


 そこに出現したのは、左右に広がる巨大な角を頭に載せた頭が前方を見据え、頑丈そうな四肢で大地を踏んで立つ、とてつもなく大きく威厳に溢れたエルクの姿だった。


 その全身が硬化され石のような鈍い色ではなく、もしも黄金色に輝いていたのなら、これはまさしくエルクの姿のときのケリュさんそのものではないですか。

 ライナさんて、その姿は見たことが無い筈だよね。それとも、どこかで見たの?


「ライナさん。どうして、このエルクを?」

「あー、うーん。何を造ろうかしらって考えていたら、なんだか、このエルクの姿が頭の中に入って来てねー。これを造るんだって、そう思っちゃったのよねー」


 それを聞いて、俺は思わずケリュさんの顔を見た。

 すると彼は、頭を左右に振りながら「我は何もしておらんぞ」と小さく声を出している。

 ホントですかね。意識せずにでも、何か影響力を行使してませんかね。


「これは、ライナ嬢ちゃんが何やら感応してしまったのじゃろかのう」

「感応って? わたし、頭に浮かんだ姿をそのままに」


「まあ、そういうこともあろうぞ。しかしこれは見事なものだな。例え、頭の中に何かが思い浮かんだとしても、これほどに、しかもあんなに速く土魔法で造形するなど、そう易々と出来るものではない。いや、素晴らしい。感服した」

「あ、ありがとうございます。ケリュさま」


「しかし、ひとつ残念なのは、色だな。これは基が土だから、仕方がないと言えばそうなのだが。どれ、我がもうひと手間、加えよう」


 あ、ケリュさん、それは、と俺が声を出す前に、彼が何かの力を行使してしまっていた。


「あひゃー」

「わぁー」

「ケリュ殿」


 ライナさんが瞬時に土魔法で造り上げた巨大なエルクの造形が光に包まれたかと思うと、その全身は黄金色に彩られていた。

 と言っても、すべてが金ピカという訳ではなく、黄金色の豊かな毛並みに全身を包みながらも自然なグラーデーションに彩られた、まさにアラストル大森林で見たケリュさんの姿そのものになっていた。



「これ、シルフェ様に叱られますよ」

「あ? あー、うん。つい、あまりにも造形が見事なものだったので」

「色付きの自分の彫像にしちゃって、どうするんですか、これ。ここって、訓練場なんですけど」

「お、おう」


「おう、じゃないですよ。ライナさんが吃驚しちゃってますし」

「す、すまん。ライナさん、いま見たこれは忘れて、無かったことにしてくれんか。あと、このエルクの像自体も、すまんが無かったものにさせて貰えんかな」

「あ、はい?」


「悪かった」と言って、ケリュさんがパチンと指を鳴らした。

 すると、黄金色のエルク像はあっと言う間に崩れ去り、元の何も無いフィールドに戻っていた。


「すまんが、勝手に壊させて貰った。ライナさん、申し訳ない」

「証拠隠滅」

「そう言うな、ザック」


 これは、ライナさんには誰にも言わないようにして貰わないとだよな。

 あとケリュさんには、もう少し自重していただかないとですよ。俺が言うのもなんだけど。

 でもまあ、危険が伴うようなことでも無かったので、まあこの場限りということで。




「あれ?」

「ん?」

「はぁー」


 そのとき、カリちゃんが何かに気付いたように空を見上げ、ケリュさんも同様に同じ方向に目をやった。

 アルさんも同じく気付いたみたいだが、彼は深く溜息をついている。


 いや、俺も気付きましたよ。空の向うから何かがこちらに近づいて来るのが。でもどうやら、危険は無さそうな感じだ。

 こんどは何でしょうかね。しかし王都に戻ったばかりで、いろいろとありますよね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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