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第899話 シルフェ様たちの旅土産

「まずは、ドリュアさんのところに行ったのよね。はい、これお土産。あの子から、ザックさんとエステルにって」


 ファータの里にソフィちゃんを送り届け、2泊の滞在後に俺たちをグリフィニアまで乗せてくれたアルさんは、その足でシルフェ様の妖精の森に戻った。

 そしてその翌日には、世界樹へと向かったそうだ。


 以前に俺とエステルちゃんとクロウちゃんが旅したときには、空を飛んで2泊3日の旅程だったよね。

 どうもそれを1泊2日で移動したらしい。

 しかし、まずはってシルフェ様が言うので、それ以外にもどこかに行ったということだ。


「あ、すみません。それじゃ、せっかくなのでいただきます。あら、これって何かしら」


 シフォニナさんがマジックバッグから出したそれを、ドリュアさんからのお土産だとシルフェ様がエステルちゃんに渡した。と言うか、彼女の目の前のテーブルの上に置いた。


 何と言いますか、以前に俺たちが直接いただいた世界樹の樹液入りのものより少し大きめの同じような樽ですな。

 これ、絶対に危険物でしょ。



「かなり重たいわ。中に何が入っているのかな」

「ほんとですねぇ。蓋を開けて大丈夫なものですかぁ?」

「大丈夫よ、カリちゃん。開けてみて」


 どうやら樽の上部は着脱式の蓋になっていたようで、カリちゃんが樽を壊すことなく開けられた。


「おや? 木の実? ですか」

「ふふふ。世界樹の木の実ね」

「へぇー、そういうのがあるんですか」

「わたし、なんだか聞いたことありますよ」


 世界樹の木の実ですと。ほら、やっぱり危険物じゃないですか。

 エステルちゃんとカリちゃんが樽の中から、その危険物をひと粒ずつ指で挟んで見たり匂いを嗅いだりしている。

 クロウちゃんも樽の中を覗き込んでいるけど、大丈夫かな。カァカァ。


「ザックさま、ほら見てください。銀杏にちょっと似てますけど、匂いがぜんぜん違いますよ」


 エステルちゃんがひとつ渡してくれたので俺も匂いを嗅いでみる。

 見た目はなるほど銀杏に似ているが、それよりもすこし大きめかな。3センチから4センチ近くあるだろうか。

 しかし、あんなに巨大な樹木なのに、木の実はわりと普通のサイズなんだな。


 殻に覆われているようだけど、ものすごく硬くて厚いという感じではない。

 その殻の色は一見すると銀杏のように白っぽいのだが、良く見るとなにやら七色に輝いているようにも見える。

 そして、銀杏のあの独特の匂いは無く、どちらかというと微かに甘い香りがした。



「これって、危険なものでは?」

「何を言っているのだ、ザック。世界樹の実が危険な訳がないであろうが」


「ザックさんが言ってるのは、人間にとって、ということよ、ケリュ」

「ああ、そういうことか。ザックは樹液の方は持っておるだろ。あれは、定命の存在に対しては、その命の活力を増す効果があるのだが、この実のじんの方は、キ素力の発露を増大させる。つまり魔法力が高まるということだな」


 木の実とはつまり種子で、一般に俺たちが食べるのはじんと言われる部分だ。

 つまり、いまここにある世界樹の木の実も、元は果肉の中にあった種子ということだろう。

 そしてそのじんには、種子が発芽するための栄養素が詰め込まれているので、とても栄養価が高い。


 世界のあらゆる場所に存在するキ素を身体内に摂り込んで循環させ、魔法を発動させるキ素力とする際、そのキ素力の多寡や質の良し悪しは、その循環作業を行う個体によって大きく異なる。


 ケリュさんが言うには、この世界樹の実のじんを食べて身体内に摂り入れると、そのキ素力の量と質を高め、パワーアップさせることが出来るのだという。

 あー、やっぱり危険物でしたね、これって。


 ただし、身体内でキ素力循環の出来ない普通の動物たちには、ただの栄養価の高い木の実なのだそうだ。

 でもそうすると、それが出来る魔獣なんかの場合には、ヤバい魔力ブースト薬になっちゃうよね。



「まあ、ザックには必要ないものだがな」

「ザックさまが食すると、どうなるのかは知りたいがのう」


 おい、神様とドラゴンは何を言ってるですかね。


「ちなみに、どうやって食べればいいんですかぁ? 師匠」

「そうじゃの。わしらはそのままでも割って中身を食せるが、人間の姿ならば銀杏のように煎るのが良いじゃろうな」


 ああ、やはりそうなんですね。


「ひとつ、食べてみてもいいですか? ザックさま」

「え? このまま、生で?」

「いまは止めておくのじゃ、カリ。少なくとも人の姿をしている状態で、生はいかんじゃろ。ある程度、保存用に乾燥はしておるが、やはりいちど煎ってからの方が良かろうて」


「そうですよ、カリちゃん。試食は別のときにしましょうね」

「はーい」


 大概、カリちゃんの場合はエステルちゃんの言うことには従う。

 でもまず俺に聞いたのは、食べていいよと俺が言うのを期待したのかも知れないよね。


 まあ、いまの話からするとドラゴンなら問題は無さそうだが、アルさんの言うように人間の女の子の姿なので我慢しましょう。

 尤も、試食会が開かれるかどうかは、当面未定だと思いますよ。


 ということで、ドリュア様からの頂き物はありがたく受取り、俺の無限インベントリに収納しました。




 世界樹のドリュア様のところに行ったのは、ケリュさんがずいぶんと久し振りということで、まあシルフェ様も妹のところに彼を連れて行きたかったからということらしい。

 なので、ニュムペ様の妖精の森の方には、このあと折りを見て行くことになると思う。


 ちなみに、火の精霊のサラマンドラ様と土の精霊のグノモス様のところには、今回も行かなかったそうだ。

 どうもシルフェ様があまり会いに行きたくないみたいだよね。


「ケリュさまは行こうかとおっしゃったのですけど、おひいさまが、またこんどにしましょって言いまして」と、シフォニナさんがそう耳打ちしてくれた。

 相性の問題なのでしょうかね。


「それでね、そのあとケリュがエンルのところに行こうって」


 エンルとは、この地上世界におけるドラゴンの統領である金竜のエンルアナ様のことだ。

 アルさんはあの金竜様の宮殿には、何十年だか何百年だかに1回ぐらいしか訪れないそうだが、1年半と時を置かずにまた行った訳ですね。


 あの口煩い爺様ドラゴンと会ったのなら、それはアルさんも疲れたでしょう。


「金竜さま、お元気でしたか? 師匠」

「あの爺さんが元気でないときなど、見たことがないわい」

「うふふ。それもそうでしたぁ」


「我も久し振りだったが、相変わらず煩かったな。ザックに、また遊びに来てくれと言っておったぞ」

「それと、カリちゃんのことも心配していたわよ」


 金竜様のところからカリちゃんを預かって、もう1年半余りが過ぎたですか。

 たまには報告に帰ったらとは言っているのだけど、10年や20年ぐらいは平気ですとかいつも流すよね。


「そうそう。ザックさんとエステルが来てもいいように、人間の姿で過ごしたり泊まったり出来る部屋を造るとかも、エンルは言ってたわね」

「ふん、あの爺さんらに、人間が心地良く過ごせる部屋など造れるとは思わんがの」


 そう言うアルさんだって、放っておけばやたら大きなサイズ感の建造物を造るけどね。

 でも彼に言わせると、金竜様たちは普段ほとんど人間とは接触しないので、人間が過ごすための快適な環境など分かる訳が無いのだとか。まあ、それはそうだろうな。



 それで、ケリュさんが金竜様に会いに行った目的は、やはり地上世界で不穏な動きがあるということに関しての情報交換のためだったようだ。

 一昨年のこともあったし、金竜様は配下のドラゴンたちに命じて世界中をパトロールさせているらしい。


 ただし、そのパトロールをしている四元素竜は、上位のエンシェントドラゴン五色竜のアルさんやカリちゃんと違って人化などは出来ないので、地上に降りて動物たちの周辺や人間社会などに行くことは難しい。


 なので、地上の動物を驚かせないような上空からの見回りとなるし、ましてや人間の活動する場所にはほとんど近づけないのが実際のところだ。


「まあ、機動力は高いのだが、いかんせん、そうやたらと地上に降りる訳にはな。とは言っても、この地上世界では突出した戦力だ」


 ケリュさんは俺の顔を見ながらそう言って、ニヤリと笑った。


 神獣フェンリルのルーさんなどの単体戦力と異なり、ドラゴンは金竜様の元に一定の数が揃っている。

 つまり統領である金竜様は、この地上世界の人間などが与り知らぬところで、最大と言っても良い戦闘集団を有しているということですな。




「エンルの宮殿に行って、それからね」

「まだ他のところにも行ったんですか? お姉ちゃん」

「そうなの。わりと近いし、ついでだからあそこにも行こうって、この人が言うものだから」


「わりと近いと言っても、だいぶ遠いんですよ」と、シフォニナさんが小声で教えてくれた。

 どこに行ったのですかね。それと、なんだかアルさんが不機嫌そうな表情をしている。


「ふふふ。クバウナさんのところよ」

「あっ」


 シルフェ様の言葉を聞いて、カリちゃんが思わず大きな声を出した。


 クバウナさんのところ。つまり、アルさんと同じく天界からこの地上世界に降りたエンシェントドラゴンの第一世代で、五色竜のうちの白竜、ホワイトドラゴンであり、カリちゃんの曾祖母の方が棲むところだ。


 以前にカリちゃんから聞いた話では、クバウナさんはニンフル大陸の南部、メリディオ海にほど近い山の山中に暮らしているという。

 カリちゃんが生まれ育ったホワイトドラゴンの棲処は、そこよりももう少し北だということなので、クバウナさんはひとり隠棲しているらしい。伴侶の方とかはもう居ないのかな。


 それでカリちゃんは、金竜様のもとに出仕する前には、曾お婆ちゃんのクバウナさんに預けられて一緒に暮らしていたことがあったそうだ。

 彼女の知識や魔法の技術は、そのときにクバウナさんから授けられたみたいだね。



「曾お婆ちゃん、どうしてました? 元気でした? 病気とかしてないですよね。わたしがここに居るの、曾お婆ちゃんは知ってるのかな」


 カリちゃんが珍しく息せき切って、早口にそう言う。


「ほらほら、カリちゃんたら。心配しなくても、クバウナさんはとても元気だったわよ。わたしたちが到着したら直ぐに、アルとずっと言い合いをしてたわ。というか、アルがずっと小言を言われてたわね」


「はっはっは。我らをそっちのけでな。互いにドラゴンの姿でそれを続けておるものだから、頼むから人間の姿にでもなってくれと言って、ようやく納まったものよ」


 巨大な白いドラゴンと黒いドラゴンが言い合いをするとか小言を言われ続けるとか、何となくその情景を想像すると可笑しい。

 でも周辺に動物たちとかが居たら、かなり傍迷惑だよね。


「ふん。わしがこの姿にならんかったら、あの婆さんはドラゴン姿のままケリュ殿たちを放ったらかして、何やらずっと口煩く言い続けておっただろうよ」


「まあまあ、アルったら。それでね、クバウナさんは、カリちゃんがこちらでご厄介になってることは、ちゃんと知っていたわよ。エンルから聞いていたみたいね。わたしたちも、あなたの暮らしてる様子はお話ししておきましたよ。ザックさんとエステルのことも含めてね。それで、とても安心していたわ」


「クバウナさまも、カリちゃんのことはとても心配だったみたいですよ。なにせ歳若いのに人間の間で暮らしているのですから。人化のことも心配だったみたいです。でも、わたしたちが普段の様子をお話しして、アル殿が師匠として側に付いていると聞いたら、あの方も安堵されていました」


「ありがとうございます、シルフェさま、シフォニナさん。そうか、曾お婆ちゃん、わたしのことをとても心配してくれてたんですね」


 カリちゃんは、クバウナさんの血や魂を色濃く受け継いでいるって聞いたことがあるけど、それも含めてかなり曾お婆ちゃん子だったみたいだね。

 これは彼女を預かっている立場の俺としては、いちどクバウナさんのところにご挨拶に行かないとだよな。


 しかしこれで、アルさんが旅から帰って珍しく疲労気味の理由が分かりましたね。

 金竜様に加えてクバウナさんに会いに行ったとか、口撃がダブルパンチだったのでしょうな。

 いやいや、お疲れさまでした、アルさん。カァカァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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