第88話 武器武具屋とレストランと
ブリサさんのお店を出て、中央広場から東南地区と西南地区の間のサウス大通りを行く。
この先には冒険者ギルドがあるのだけど、その途中に大きな武器武具屋さんがある。
冒険者ギルドの行き帰りにお店の外観は見ているけど、入ったことはないんだよね。
エステルちゃんは、前に行ったことがあるそうだ。
「今日は冒険者ギルドには行きませんよね」
「うん、行かないよ。久しぶりに行ってもいいけど、また今度にしよ」
「そうですね。デートで冒険者ギルドも変ですし」
「カァ」
エステルちゃんの中では、屋敷を出てから今日の外出は完全にデートに変換されているようだ。
まーそう言う意味じゃ、武器武具屋もちょっと違う気もするけど。
ということで、以前から少し気になっていたお店に着きました。
このお店も結構大きいんだね。
店舗の中はかなり広くて、武器コーナーと武具コーナーに分かれている。
まだお昼前なのに、意外とお客さんがいるんだね。というかほとんどは冒険者だった。まぁそうだよね。
この世界では、一般の人たちも武器や武具を所持しているし、領都には領内の各地から来た人がこういった商品を求めに来るそうだけど、やはり需要は冒険者に多い。
領兵、衛兵さんは、基本的に支給品だし、騎士団は支給品以外に独自の装備も揃えるからお客さんではあるけど、今の時間帯はだいたいお仕事か訓練中だよね。
そんなことを考えながらお店の中に入って行くと、やっぱり見つかりました。
「あ、ザカリー様だぜ。エステルの姉御とクロウちゃんも一緒だ」
「なに? 首ちょ……」
「しっ、そうじゃなくてレィヴン・ザック様だ」
「そうか、そうお呼びしろって、回状が回って来たよな」
「ザカリー様って、背が伸びて来たわよね」
「なんだか逞しくなってきたわー」
「姉御はいつ見ても変わらねえな」
「可愛いなぁー」
きみたちは、ギルドにいる時だけじゃなくて、いつもヒマなのですかね。
俺もおそらく、140センチは超えたぐらいにはなったので、確かに背は伸びてきた。
それにしてもレィヴン・ザック、大鴉のザックか。
去年の大森林探索で、騎士団護衛メンバーと俺たちの5人の臨時パーティ名をレイヴンにしたけど、そこから来たんだよね。
首ちょんぱ様より遥かにましだけど、回状が回ったってなんだ?
「もう、うるさくてデートが台無しですぅ」
「カァ」
「こういうお店に来ると、こうなるよね」
「それはそうですけど」
「まぁ気にしないで、せっかくだし見ようよ」
「はい」
ショートソードにロングソード、それより長大なグレートソードもあるね。
ダガーなんかも長さや幅の違いでいろいろある。
あとはエストックやレイピアといった細身の剣。こっちのはバスターソードかな。
メイスや戦斧も種類が豊富だな。
こっちは槍だ、スピアだね。あれは投擲槍のジャベリンか。幅広の穂先を付けたパルチザンもある。
ランスとかハルバードとかトライデントなんかもあるけど、これって買う人がいるのかな。
武具コーナーでは革鎧や金属鎧の各種鎧や盾などのほか、冒険者の活動に必要な背嚢から野営道具、テントまで色々な備品類も揃っている。
冒険者じゃなくても、行商人とか旅に出る人たち向けの需要にも応えられるようになっているみたいだ。
「ザックさまはやっぱり男の子ですよね。楽しそうですぅ」
「こんなに色んな武器や武具が揃って並べられているの、初めて見たからね」
「何か欲しいものとか、ありましたか?」
「うーん。武器も身につける装備もねー」
「鎧装備は去年に新調したばかりですし、武器はわたしの知らないのを、まだたくさん持っていそうですよねぇ」
革鎧は去年、大森林探索に行くにあたって、ファータの里からいただいた素材を使った素晴らしいものを、家令のウォルターさんが揃えてくれた。
剣もヴィンス父さんから、グリフィン家に代々伝わって来たというダマスカス鋼のショートソードを渡されて、返せとは言われなかったので俺のものにしている。
その表の武器や装備以外に、裏の武器として無限インベントリに前世から持って来た刀とかを収納しているのを、エステルちゃんはなんとなく知っているんだよね。
「エステルちゃんが装備してる武器は、どこで揃えてるの?」
「だいたいは里から持って来たものですよ。こっちで働いてる里の者が、ときどき届けてくれたりしますし」
「そうなんだ」
それってきっと、こういうお店じゃ流通してない暗器とかだよな。
ひと渡り店内を見てお店を出る。結構、長居したかな。もうお昼の時間だね。
エントランスから出ようとすると、冒険者たちが帰るでもなく屯していた。
「おっ、お帰りだぞ」
「ご苦労さまです」
「ご苦労さまです、レイヴンの若」
「お疲れさまでした、姉御」
頬に傷のある人とかではないんですけど。
いちおう貴族の子弟なんですけど。
「お昼はどこで食べる? 中央広場の屋台とか?」
外食って、夏至祭と冬至祭の時に中央広場に出る屋台でしか、食べたことがないんだよね。
「なぁに言ってるんですか、ザックさまは。領主様のご子息ですよ。レストランに決まってるじゃないですかぁ。それにデートなのにぃ」
「そ、そうですよね」
お昼を食べるレストランは、エステルちゃんがちゃんと予約していた。
ウォルターさんにも相談していたらしい。
連れて行かれたのは、中央広場を臨む瀟酒なレストランだった。
「ようこそお出で下さいました、ザカリー様、エステル様。それから……クロウ様?」
「カァ」
「クロウちゃんでいいって言ってます」
「は、はい」
支配人という人が出迎えてくれて、2階の窓際の眺めの良い席に案内してくれる。
「お昼のコースでと伺っておりますが、それでよろしいでしょうか?」
「はい、それでお願いしますね」
「お飲物はどうしましょうか?」
「ワイン……」「ザックさま」「えーと、ミネラルウォーターで」
「アラストル大森林の湧き水が入荷しておりますが、いかがでしょうか」
「じゃ、それで」
大森林の湧き水とかがあるんだね。それも冒険者の仕事だよね。
運ぶ量が限られているから、きっと貴重なんだろうな。
お昼のコースのメインは、港町アプサラから運ばれたヒラメのムニエル。その前に出たガスパチョ風の冷たい野菜スープとともに、とても美味しかった。
大満足のランチで、食後の紅茶もいただき幸せな気分に浸る。
「エステルちゃん、今日はありがとうね」
「え? えと、わたしの方こそです。ありがとうございます、ザックさま」
エステルちゃんは、薄らと頬を赤らめた。
精霊族のファータ人は、15歳ぐらいでいったん見た目の成長が止まるって前に言ってたけど、あらためてその姿や表情を見るとホントのようだ。
いつも側にいるから気がつかないが、彼女が15歳の時に初めて会ってもう4年。
でもその姿は、あの時からまったく変わっていない。
「そのうちザックさまが追いつきます」って言ってたけど、そんな気がしてきたよ。
「はい、これは今日の、というか、これまでのお礼だよ」
無限インベントリから、ブリサさんのお店で購入したものを出す。
「なんですかぁ、これどうしたんですか?」
「いいから、その包みを開けて」
「いいんですか? あ、これって、さっきのお店に飾ってあった髪飾り……」
「エステルちゃんが欲しそうだったから、買っちゃった」
「もう、もう、いつもいつもザックさまは……」
エステルちゃんの大きなふたつの眼が、ゆっくり涙で潤んで来る。
「これ、お高かったですよね」
「初めての買い物にしては、ちょっとね」
「ちょっとじゃなかったですよぅ」
「ここの支払いも僕がするからねっ」
ちょうど支配人が様子を伺いながら、伝票を持って来たところだった。
えーと、ふたり分とクロウちゃんの分で、ぴったり1,000エル。
ふんふん、ランチだけどそれなりのお値段だよね。それに料飲税が5パーセント付いて1,050エルね。
なるほど、こういう高級レストランの支払いには料飲税が課せられているんだね。
「あの、エステルちゃん」
「はい、なんですか?」
「……50エル足らないので、貸してください」
「もう、ザックさまはー」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
それぞれのリンクはこの下段にあります。




