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第894話 グリフィニアでの夏休みもそろそろ終了です

 風の精霊の妖精の森とファータの里への旅を終えてグリフィニアに帰った。

 アルさんは俺たちを送り届けると、そのまま直ぐに引き返して行った。

 これから世界樹にシルフェ様たちと一緒に行くからなのだが、ケリュさんを乗せて行くというお仕事のためだね。


 風の精霊と同様に神であるケリュさんも、この地上世界で飛行しての移動が可能らしいけど、どうやら途中でどこかに行ってしまわないように、シルフェ様の監視のもとでアルさんに乗せて行くという理由もあるらしい。


「神が地上世界での活動の際に、ドラゴンの背に乗るというのは良くあることなのじゃよ」とアルさんは言っていた。

 尤もそういった空の移動手段としてドラゴンを使う場合、たいていは四元素竜などの下位のドラゴンに乗るのだと、カリちゃんが教えてくれた。


 なので、遥か古代に天界から降りた元始の五色竜たる、エンシェントドラゴンのアルさんが乗せなくても良いらしいのだが、そこはシルフェ様の旦那様だからということなのだろう。



 俺たちが帰って来てケリュさんを伴っていなかったので、父さんなどはなんだかホッとした顔をしている。

 正体を明かされてはいなかったものの、どうやら彼の滞在中はかなり緊張と不安の中にいたらしい。


 精霊様が身近に居るのには、すっかり麻痺しているのにね。

 でもやはり、はっきりと正体が明かされていない存在が同じ屋敷に滞在しているというのは、当主としてはかなり緊張を強いられていたようだ。


 同様にミルカさんも目に見えて安堵した様子だった。

 彼の場合はケリュさんの正体について正しく推測が出来ていたこともあり、俺のところに朝のブリーフィングに来るとその当の神様が一緒に聞いていたりしたからね。


 どうやら地上世界の状況を調べに来ているケリュさんは、グリフィン子爵領内での出来事報告などを楽しそうに聞いていたのだが、ミルカさん自身はその都度冷や汗ものだったみたいだ。


 あと、調査外交局の夏休み期間を終えて通常業務に戻っていたお姉さんたちからは、当然ながら今回の俺たちの旅について説明を求められました。



「シルフェさまのところに行って、ソフィちゃんをファータの里に送り届けて、それだけだったのー?」

「夏休み旅行なのでそれだけだよ、ライナさん。のんびりとした旅でありました」


 シルフェ様の本拠地もファータの里もお姉さん方は行ったことがあるので、そこがどんな様子かは知っている訳だが、要するに何か事件やら変事がきっと起きただろうと思っているらしい。

 そうそうに変わったことは起きませんよ。


「そこは誤摩化しておりませんでしょうな」

「カリちゃん、ホント?」

「はいっ。残念ながら、取り立てて変わったことは起きませんでしたよー」


 長官室に押しかけて来た3人は、それでももうひとつ納得が行かないようで、具体的に旅先で何をしたのかを聞きたがった。


 妖精の森を散策したり、滝と湖のある風光明媚な場所に日帰りで行ったり、ファータの里では子供たちと訓練をして、アビー姉ちゃんとソフィちゃんがエルク狩りで大物を仕留めたり、そんなところですよ。あとは宴会ね。


 もちろん、ケリュさんが正体を自分で明かしたとか、ファータの里の祭祀のやしろでアマラ様とヨムヘル様と交わした内容などは話さなかったけどね。


 お姉さんたちはいちおう納得してくれたものの、いまはこの場に居ないエステルちゃんとクロウちゃんからも念のために話を聞くと言っておりました。

 俺って、あまり信用無いよね。

 そうそう、ひとつだけ言っておかないとだよな。



「えーと、ですね。王都屋敷の方に戻りましたら、ですね」

「ん? やはり何かあるのだな」

「やっと白状する気になったわよー」

「でも、王都に戻ったときの話ですよね」


 どうもうちのお姉さんたちは、俺が何か変事を持込んで来ないと納得しない体質になっておるようですなぁ。

 それって、どうなのかと思うのだけどさ。


「あー、それほどたいしたことじゃないのだけど……。ケリュさんがあちらに来て、たぶん、当面、滞在すると思う」

「…………」


 お姉さんたちはそれぞれ暫し無言で、顔を見合わせていた。


「それは、そうか、シルフェさまの旦那さま、ですからな。ということは、ご一緒にお暮らしになるということで。でも、うちの王都屋敷で、ですか?」

「そういうことになりそうだね、ジェルさん」


 王都屋敷では俺が当主相当で、実質的にはエステルちゃんが女主人としてすべてを差配し、臣下の代表はジェルさんになる。

 アルさんが王都屋敷執事というていになっているが、まああくまで表面的対外的ににそうしているだけなので、あのドラゴンの爺様が何か執事の仕事をしている訳ではありませんな。


 その点、王都屋敷でただひとりの騎士爵であり、独立小隊レイヴンの隊長であるジェルさんは、警護責任者というだけでなくエステルちゃんの相談相手であり、屋敷全体に関わるすべてのことに自分が責任を負っていると、生真面目な彼女はそう自負しているんだよね。


「武神さま……でありますよね」と、ジェルさんは俺にあらためて聞いて来た。

 ケリュさんと俺が手合わせをしたとき、その場にいたお姉さんたちにヒントだけは教えてくれと問われて、俺はそう答えておいたんだったよな。


「わたしたち、それを伺って、あれから街の祭祀のやしろにも行って、神々の祠を見たり、やしろ長さんからも話を聞いたり、したんですよ」

「もちろん、やしろ長さんには、ケリュさまのことは話しておりませんぞ」


 あのとき既にオネルさんは気が付いたみたいだったが、それでも確かめるべく、3人でグリフィニアの祭祀のやしろに行ったのだそうだ。


 どこの祭祀のやしろでも、アマラ様とヨムヘル様はもちろんのこと、人間が識っている神々の祠が並んでいる。

 その代表的なところでは、大地の女神キュベレア、海洋神ワタツティアマ、運命の女神ファルティナ、光の神でエルフの祖神とされるヘイムなどが挙げられる。


やしろ長のギヨームさんに話を伺ったところ、神々の中で武神と言えば、最高神はやはりヨムヘルさまで、そのヨムヘルさまのもとに3人の武神の方々がおられるそうです」


 3人の武神というのは、闘力と戦いの神アレアウス、知略と戦いの女神ミネルミーナ、そして狩猟と戦いの神ケリュネカルクの3柱だ。

 前世の文字で言うと、AA、MM、KKとしておけば憶え易いですかね。


 それぞれにその神と同体とされる別の姿が伝わっていて、アレアウスは漆黒のオオカミ、ミネルミーナが虹色のフクロウ、ケリュネカルクはご存じの通り黄金のエルクだよね。

 これらは学院の神話学の講義でも出て来る内容だが、ギヨームさんもそう教えてくれたそうだ。


 ちなみにアレアウス様の闘力とは、まさに闘争において発揮される物理的な力のことで、なんだか脳筋的な香りがしますな。

 一方でミネルミーナ様の知略は言葉の通り軍略のことだが、この女神様はいくさ以外での知恵全般も司るらしい。


 ケリュネカルク様だけは、狩猟というちょっと他のふたりとは視点の異なるものを司っているようにも思えるけど、これは狩猟が生存のための闘争という戦いの原点を示しているからだということだ。

 尤もこれらは人間の神話学における解釈なので、当の本人に聞いたら違うことを言うのだろうか。



「つまり、答えは簡単なことなんですよね」

「われらは、オネルからもしかしたらと聞いて、それからギヨーム殿より武神さまたちのお名前を伺い、そうとしかないと確信したのだよ、ザカリーさま」


「なにせ、真性の精霊さまの旦那さまが、他の精霊さまである訳ないしさー。立場や位から言えば、シルフェさまより下ってことは無いだろうし、精霊さまの上っていうと、そうなるわよねー」


 ケリュさんと手合わせをしたときに、見かけ上は相打ちと言っても実際は肩を砕かれて負けた。

 俺が剣術で負けてかつ怪我をしたのを初めて見たお姉さんたちは、あのときもそう言っていたが、酷く恐怖に襲われたのだそうだ。

 それも、シルフェ様の旦那様でおそらく人外の存在だとはいえ、正体の分からない相手にだ。


 剣術、いやどんな闘いや勝負においては常勝などあり得ない。

 子ども時代より剣では負けた試しの無い俺であっても、いつかは負けることも可能性としてあるのだ。


 これが学院で行われているような、木剣を得物に審判が付いている試合であれば、例え負けたとしてもその経験を次回に活かせば良いだろう。

 だがそれが実戦であるならば、そして相手が一撃で葬れる力量を持っていたら、決して次は無い。


 あのときはふたりとも、俺が前世から持って来ていた木刀を得物として使用していたが、それでもケリュさんなら確実に死をもたらすことが出来ただろうね。

 そしてそれは、もし相手が定命の存在であったなら俺も可能なことだ。


 その生死と紙一重の対戦を見ることになり、かつ初めて俺が打たれたのを目撃し、お姉さんたちとしてはその相手が誰なのか、どんな存在なのかをせめて正しく知っておきたかったということらしい。



「そうですか。まあ僕も、相手がああいう存在なら負けるということでありますよ」

「一方的に負けてないですよ、ザックさま。少なくとも転がしたんだから。それに、わけ分かんない力も使われたんだし」


「わけの分からない力? とは、何なのだ、カリちゃん」

「あー、わたしも、聞いても理解出来なかったんですよぉ、ジェル姉さん」

「カリちゃんでも理解出来ない力ですか? それって魔法?」

「でも、あのとき、魔法で攻撃するのは無しだったでしょー」


「まあまあ。簡単に言うと、仮に先に打たれるか、あるいは相打ちでも斬ってしまえる、そんな力かな」

「ザカリーさまが良く言われる、後の先、ですか」

「ああ、それの超常版でありましょうか」


「超常版とは?」

「神力ですよぉ、姉さん」

「カリちゃん」

「あひゃ、つい口が滑りましたぁ」


 てへぺろ的な表情をして、つい口が滑ったとか言っているけど、これって確信犯じゃないの。


「魔法じゃなくて神力って、つまり神さまの力ってことよねー、カリちゃん。あなたがそう言うってことは」

「てへへ。ライナ姉さん、わたしの口からそれ以上は」


「要するに、わたしたちが調べたことと合わせて、そう納得しろってことね」

「どういうことだ、オネル。……ああ、そうか。ザカリーさまでも、神さまを相手にすれば打たれることもあり得ると、そういうことか」


 いや、負けるでしょ、ジェルさん。ましてや神力などを咄嗟に遣われたら。これでも俺は人間なんだからさ。



「と言うことは、ザカリーさまって、神さまを転がして尻餅を突かせたってことよねー」

「なんと」

「そうなりますよね」


「そこはほら、ザックさまですから」

「そうか。そこはザカリーさまだからな」

「なんとも、畏れ多いことですけど」

「そこも、畏れを知らないザカリーさまだからよねー」


 あー、俺だって人並み程度には畏れぐらいは知っておりますよ。

 ただ、前世から今世のこともあって、神的な存在が一般より身近と言うか、棚の上に奉る前に向うから降りて来ると言うか。


「ケリュさまとは良く、つまらない言い合いをしてますしね」

「そうなのか?」

「王都のお屋敷に来られても、たぶんそんな感じですよ」


「それでいいの?」

「いいんですよぉ、オネル姉さん。それだけおふたりって、妙に仲が良いんです」

「わたしたちも、それに合わせていればいいのかしらー」

「温かい目で眺めてればいいんですよ」


 カリちゃんのお陰もあって、なんだか締まらない感じでお姉さんたちからの追求や質問は終了した。

 まあ、神たる存在が眼の前に現れたら、受入れるしかないということですな。

 あのひと、存在感は半端ありませんからなぁ。




 夏休み中盤の数日が過ぎて行き、やがて王都に戻る日が近づいて来た。

 王都に行けば、夏休み終わりの恒例である合同合宿があり、そして学院生活最後の秋学期が始まる。


 そんな明後日には出発というその日。お昼を過ぎた頃合いに長官室でのんびりしていると、珍しくシモーネちゃんがクロウちゃんを伴ってこの部屋にやって来た。


「シモーネちゃんがここに来るの、珍しいですね」

「はい、カリ姉さま。シモーネも珍しいと思います」

「カァ」


 シルフェ様とシフォニナさんは、いま頃はケリュさんを連れてアルさんに乗せて貰って世界樹のドリュア様のところに行っている筈だ。

 だからいま屋敷では、風の精霊はこの見習いの少女がひとり。


 妖精の森への夏休み旅行にも同行せずにグリフィニアに残っていたのだが、エステルちゃんが側に居なくても、屋敷でひとり人間たちの間で過ごして大丈夫になったんだね。

 そう言えばあらためてこうしてシモーネちゃんを見ると、人族で言えば10歳ぐらいの少女な感じで、初めて俺たちのところに来た頃から比べて少し大きくなりましたかね。


「ザックさま。シモーネの顔に何か付いてますか?」

「あ、いや、何も付いて無いですよ。えーと、なんだかシモーネちゃん。背がちょっと伸びたかなって」


「いま頃ですかね、ザックさまは。シモーネちゃんとは毎日、顔を合わせてるじゃないですか」

「いやいや、そこはカリちゃん。ふと気付くこともあるのでありますよ」

「シモーネちゃんはですね、ファータの人たちぐらいの成長に合わせているんですって」

「ほう」


「はい。シモーネはエステルさま付きですから、その方が良いだろうって、シルフェさまがおっしゃってました」

「なるほど」


「エステルさまはとっくにご存知ですよ。もう、どうしていま初めて聞いた風なんですかね。ほら、クロウちゃんも呆れてます」

「そうでありましたかぁ」

「カァ」


「それよりもシモーネちゃん。何かザックさまにご用があったのでは?」

「あ、はい、そうでした。ザックさまとカリ姉さまに厨房にいらしていただけないかと、アデーレさんが」


 アデーレさんが呼んでるんだ。厨房にと言うと、何か料理か食材関係のことですかね。

 エステルちゃんとエディットちゃんも厨房だというので、それでは行ってみましょうか。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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