第893話 ファータの里の夏休みのつづき
俺としては、ケリュさんがどうもうちの王都屋敷に居候、じゃなかった長期滞在して地上世界での活動拠点にすることになりそうなので、なにせ神様が側に居るという初めてのこともあって、いちおうアマラ様とヨムヘル様に確認をしておこうと思ったんだよね。
最高神のおふたりとは事前に相談済みというか、俺に会いに行けと言われたとケリュさんが話していたので、結果こうなりましたという報告の意味合いが強かったのだけど。
それが、おふたりが地上世界に降りて来る云々の、なんだか危ない話に進展して行きそうになった。
ケリュさん絡みで万が一に何か拙いことが起きそうになった場合、ヨムヘル様が叱りにと言うか監督しに来るという話から、アマラ様も行きたいと言い出し、終いには「わたしたちが預かっている息子に会いに行く」という風に何故か流れが変化している。
いやいや、田舎から都会に出て暮らしている息子に、両親が会いに行くとかじゃないのだからさ。
エステルちゃんなどは「アマラさまとヨムヘルさまがいらっしゃったら……。お部屋とかお食事とか……。どうしましょう……」などと口の中でブツブツ言っている。
カリちゃんはポカンと口を開けたあと、「これは金竜さまや曾お婆ちゃんとかも呼ばないと」などと呟いていた。
俺とアルさんは顔を見合わせ、彼は「困りましたのう」という表情をしていた。
「畏れながら、アマラさま、ヨムヘルさま」
「ん? なあに? アル」
ふたりで、「地上世界にはいつ行きましょう」「夏と冬の境目がいいんじゃないか。それよりも、どこに降りるかだ」「世界樹は遠いわね。アラストル大森林に行って、ルーにも会ってから」「しかし、まずはザックの屋敷に直接降りた方が」「やっぱりそうかしら」などと盛り上がっているところで、アルさんがようやく声を掛けた。
「お話が進んでおりますところ、大変に申し訳ないのじゃが、まずはケリュ殿の動きがこの地上世界でひとまず落ち着いてから、ということではいかがじゃろうか。話の発端は確か、万が一に何かトラブルが起きた場合に、というものじゃった気もしますので」
「…………」
「それに、おふた方が地上世界に顕現されるとなると、こちらとしても受け入れをどうするかなど、準備もいろいろと必要になりまするし、いらぬ騒ぎも起きそうじゃて、まずは落ち着かれて再考を」
そうか。ケリュさんが黄金色とはいえエルクの姿で地上に居たのは、あれは神の姿を多少なりともカモフラージュする意味合いと言うか、そんな目的があった気がする。
この世界で神が地上世界に現れるとなれば、地上の主立った人外側としてもどう迎えるか、受入れをどうするかなどが問題になるのかも知れない。
カリちゃんが金竜様やクバウナさんを呼ばないと、と呟いたのもそういうことだよな。
ましてやもしも人間に知られてしまったら、これはかなりの大騒ぎが巻き起こる。
ケリュさんの場合にはだから、まずはシルフェ様にも知らせずに部下のルーさんのところに行き、大森林をうろつき、俺たちに見付けさせるという迂遠なことをわざわざしたのかもだよな。
恐らくは地上に居る人外の存在にも、なるべく察知されたくなかったのだろう。
「顕現じゃなくてお忍びよ、お忍び。それに、息子に会いに行くのに、受け入れとか準備をいろいろとか、そういうのはいらないわ」
ほら、せっかくアルさんが口を挟んだのに、本来の主旨から逸れて息子に会いに行くとかの話になってるでしょ。
「まあ待て、アマラ。アルの言うことには一理ある。年寄りの話はちゃんと聞くものだ」
「わしの方が、ヨムヘルさまよりよっぽど若いですわい」
「まあまあ。確かに俺たちが揃って地上に降りるのは、滅多にあることではない。お忍びと言っても、察知する者も出るだろう。金竜あたりに黙っていると、後から煩そうだしな」
確かにあの爺様ドラゴンは煩そうだ。何しろアルさんでさえ苦手にしているからね。
「そもそも、ケリュが地上世界に降りたのは、近年の不穏な状況を調べるためのものだ。俺らがその調べの最中に姿を現し、誰ぞに察知されたりなどすると、何か物ごとがあらぬ方向に加速するやも知れん。ここは、アルの言うように、まずはケリュの動きを見守っていた方が良いな」
ヨムヘル様が凄くまともなことを言いましたぞ。
「わかったわ。わたしも少し浮かれてしまいました。ここは、地上のことを良く分かっているお年寄りの意見を尊重しましょう」
「だから、わしの方が遥かに若いと」
まあまあアルさん。そこはスルーしておこうよ。
それから何とか落ち着いたのだけど、アマラ様はそれでも「人間の状態に極力近づけて、あまり目立たないようにすればいいのよね。地上でのザックのお母さんみたいな感じがいいかしら……」とかなんとか、ひとりでまだ言っておりました。
そろそろ時間切れということでアマラ様とヨムヘル様が姿を消し、俺たちはやれやれという感じの疲れた表情をそれぞれに浮かべ、祭祀の社の殿社から外に出た。
「あれま、エステル嬢さま、大丈夫かね。ザカリー統領もみなさん方も、なにやらお疲れのご様子で。難しい儀式でもされたのかいな」
「あー、いえ、大丈夫ですよ。ちょっと集中して、お祈りをしておりましたのでね」
「そうかね。それは奇特なことでしたな」
奇特と言いますか、最高神を何とか抑えてくれたアルさんを讃えたい。
その夕方にはエルク狩りに出ていたアビー姉ちゃんとソフィちゃん、クロウちゃんに、狩り部隊の面々が大きな獲物を1頭、持ち帰って来た。
なかなかエルクを見付けられずに、本日はこれで終了かという土壇場でクロウちゃんが探し出したそうで、姉ちゃんなどはつい先ほどまで行っていた狩りの興奮が、いまだ覚めやらずという様子だった。
そしてそのあとは、案の定の連日の大宴会。まあこの里でエルクを狩れば、こうなりますな。
そして翌3日目の午前、俺たちは夏休み旅行を終えてグリフィニアに戻ることにした。
「そしたら、僕らは戻るよ。またときどきクロウちゃんには、こちらと往復して貰うから、手紙を書くね」
「次にわたしたちが来るときは、ソフィちゃんを迎えにって、きっとそうなるわ」
「カァカァ」
「はい。わたし、もう少し頑張ってしっかり鍛えて、晴れて兄さまと姉さまのお側に参ります。そのときには、どうか迎えに来てください」
「わたしも楽しみにしてるよ、ソフィちゃん」
「第二秘書の席は空けておきますからね」
「次にわしの背に乗るのは、そのときかの」
「アビー姉さま、わたしもそれを楽しみに。カリ姉さま、待っていてくださいね。アルさん、いつもありがとうございます。次はそうしたいです」
こうしてファータの里にソフィちゃんを残し、俺たちは里の外へと出た。
里の出入り口まではエーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんをはじめ、大勢の爺様婆様や子供たちが見送りに出てくれる。
森の中に続く道から振り返ると、ソフィちゃんが両手で大きく手を振り続けていた。
里の一帯を囲む迷い霧を抜けて、いつもの場所からカリちゃんとクロウちゃんが飛び立ち、続いて俺たちを乗せたアルさんが大空へと舞い上がった。
「夏休み、終わっちゃいましたね」
「あー、明日からまた仕事だよ」
「姉ちゃんのこの夏休みの成果は、森の野生児にいっとき戻れたことだよな」
「なによ、それ」
「アルさんの背中に乗って空を飛んでも、こうして会話が出来るようになり、森でエルクを見事仕留めたっていうことだよ」
「ああ確かに、お陰さまで喋れるようになったわ。そうね。騎士団の巡回だと、狩りなんて出来ないから、ホント楽しかったよ。でも、ソフィちゃんの弓矢の腕前、けっこう凄かったな。森の中を走るのも慣れててさ。あんたらみたいに木の上にもひょいって上がるし」
「野生児に認められた、二代目野生児の誕生ですか」
「て言うか、エステルちゃんの妹らしくなったって感じ」
「ファータの里で訓練すれば、そうなるんですよ」
ファータの一族の血を継いでいる者ならばそうなのだろうけど、ソフィちゃんは人族だからね。
エステルちゃんはそういうことにあまり拘らないけど、考えてみるとソフィちゃんの資質には驚かされるよな。
「(ザックさまよ、まだ午前中じゃが、どこかに寄りますかいの)」
「(ああ、そうだね。エステルちゃん、どうする?)」
「(アルさんは、自分のお家に寄らなくていいの?)」
「(そうじゃのう。そうしたら、みなさんが良ければ、ちょっと寄って行くかの)」
「(いいよ。そうしよう)」
「(カリとクロウちゃんもいいかの?)」
「(らじゃー)」「(カァ)」
「姉ちゃん、ちょっとアルさんの家に寄って行くよ」
「え、そうなの? 久し振りだね」
姉ちゃんは細かいこと考えないから、もちろん賛成ですな。
ということで、アルさんの棲み処に立ち寄ることになった。
アルさんの洞穴に空から入るには、高い崖の中ほどに口を開けている大きな穴から進入する。
俺もずいぶんと久し振りだし、この崖の穴から出たことはあっても入るのは初めてじゃないかな。
でもお陰で、アルさんの洞穴の位置関係がだいたい分かった。
北方山脈の連なりの中ほど、ファータの里から北方向に行った辺りで、セルティア王国側はアラストル大森林に続く位置の山間にある、大地を引き裂いたような深い谷にそそり立つ崖の一画だ。
ここならば人間が迷い込むような場所では無いし、仮にこの崖に開く穴を見付けてもそこに到達するのは不可能だろう。
まさにドラゴンが隠れ棲むのには絶好の場所だよね。
ちなみにファータの森とは100キロ以上離れた距離なのだが、あの森にある境界の洞穴の内部から滑り落ちる方の入口からは、時空の歪みによって直ぐ近くのように繋がっている。
「ここをカリの部屋にしようかと思っておってな。それからこっちは、ザックさまとエステルちゃんの部屋じゃ」
まだガランとして何も無い空間だが、そこを指してアルさんが説明してくれた。
しかし、カリちゃんの方はドラゴン姿でも入れるように天井までが凄く高く広い空間なのは分かるけど、俺とエステルちゃんの部屋だと彼が示した方も、同じぐらいデッカいのですけど。
「ちょっと大き過ぎるわ、アルさん。王都のお屋敷の半分ぐらい入りそうよ」
「おお、それはこの中に、お屋敷を建てるとええかと思っての。そうすれば、わしやカリが人化しても過ごせるし、シルフェさんたちも寛げるじゃろ」
そういう考えですか。部屋って言うから勘違いしたけど。
まあアルさんならば、大きめになるとはいえ人間サイズの屋敷も建てられるし、悪く無い考えではあるよな。
ただ問題は出入りでしょ。ファータの森側の境界の洞穴からは入って来られるけど、あそこってこちら側からは出られないんだよね。
あとは、いま入って来た崖の穴へと至る滑走路みたいな通路の方だけど、そちらは飛ばないと外部と出入り出来ないから、アルさんかカリちゃんに乗せて貰わないとだ。
「ザックさまなら、いけるでしょ」
「えー、まだ無理だよ、カリちゃん」
「でも、空を飛ばなくても、崖を伝わって昇り降りすれば、エステルさまも大丈夫だと思いますよ」
「そうかしら」
「あんたたちの会話は、いつもながら荒唐無稽だよね」
そう言えば、万万が一の際に、ここにファータの里の衆を一時避難させることもアルさんは考えてくれているって、シルフェ様が言っていたよね。
逃げ込むのは境界の洞穴に駆け込んで、途中の穴から滑り落ちて行けばいいから、まあ素早い避難は可能だよな。
問題は人間の居住性だけど、俺たちの屋敷を建てると同時に大人数を収容出来る宿舎なんかを造っちゃうのもありですかね。
何しろこのアルさんの洞穴の内部はドデカいからなぁ。
それから、洞穴の中の一画で湧き出ている甘露のチカラ水を汲んで、無限インベントリに収納している樽に補充をしたり、良い頃合いということでお昼にしたりして過ごした。
「何かお土産に持って帰りますかの。何が良いかのう。ちと探しますか」とアルさんが言うが、それは遠慮した。
もうみんな魔導武器をいただいているし、アビー姉ちゃん騎士などは前回に来たときに貰った衝撃の剣に加えて、学院の卒業祝いにグリフィンの盾を贈られている。
「ザックさまの卒業祝いまでに、なんぞ探しておきますか」
「師匠。わたしがまた来て宝物庫を整理しますから、そのときに探しましょう」
「なんじゃ。もう充分に整理されておるではないか」
いやいや、ちらっと宝物庫を覗いたけど、前に来たときとほとんど変わっていないように見えましたぞ。
これを持って帰れと孫に言い、いらないからと断られてしょぼんとする実家のお爺ちゃんみたいな表情のアルさんを「じゃあ、卒業祝いを楽しみにしてるよ」と宥め、そろそろグリフィニアに帰ることにした。
しかし卒業祝いですか。この世界での俺のひとつの区切りなのだろうけど、なんだかとんでもない物を持って来そうで、ちょっと怖いなぁ。カァ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




