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第891話 旅先の小旅行

 夏休み中の夏休み期間、風の精霊の妖精の森への旅の2日目。今日は少し遠出をする予定だ。

 どこへ行くかというと、ここから西へ1時間も掛からずに行った先に、見事な滝と湖があるという。

 と言っても、アルさんに連れて行って貰うんだけどね。


 実質的に40分ぐらいの飛行らしいから、巡航速度で時速500キロ程度で飛行したとして、この妖精の森から300キロあまりといったところだろうか。

 その距離を西へだと北方山脈の南端辺りのエリアになり、ミラジェス王国の東端の彼らからすれば辺境地帯に近い場所となる。


 ミラジェス王国と聞いて、カートお爺ちゃんやエリお婆ちゃん、それからいつもお世話をしてくれているファータの西の里のセリヤ叔母さんの顔を俺は想い浮かべた。

 とは言っても、お爺ちゃんたちが住んでいる村はもっと西北方向の、セルティア王国との国境に近い地域らしいけどね。お爺ちゃんたち、元気かな。


 あと、セルティア王国の南方地方で、ミラジェス王国と国境を接する貴族領と言えば、ソフィちゃんの元の故郷であるグスマン伯爵領と、それから海沿いのサルディネロ伯爵領だね。

 ちなみにサルディネロ伯爵家は、キースリング辺境伯夫人であるエルヴィーラさんの実家だ。



 話を戻すと、これから行く北方山脈の南端エリアの特に西側部分は、獣人族の故郷と呼ばれている地方なのだそうだ。

 実際に現在でも獣人族の種族ごとの村々が点在し、必然的にミラジェス王国では獣人族の比率が多い。


 カートお爺ちゃんたちが暮らす村は人族と獣人族とが混在し、また獣人族の種族もいろいろらしいが、その獣人族の故郷地帯の村々は例えば獅子人族の村とか、狼犬族の村とか猫人族の村とかにそれぞれ分かれているのだという。


 彼ら獣人族同士では、自分たちの種族のことを獅子人族とか言わずに、獅子人族ならテフヌト、狼犬族ならアヌビス、猫人族ならバステトといった具合に、固有の名称で呼ぶ。

 言語が基本的に単一共通のこの世界でも、ときどきこういった固有の言葉が現れたりするのだが、単に方言や内々の表現という以上の理由があるような気もする。


 この獣人族の種族名称の場合は、俺の前世の世界の古代エジプトの香りが何となくするけど、何か関係があるのでしょうかね? カァカァ。クロウちゃんも分からないか。


 ともかくも今日はそちらの方向に行くのだが、ミラジェス王国の辺境地帯にまでは足を伸ばさない。

 俺としては、そんな獣人族の故郷の村々を巡ってみたい気もするけどね。


 だって、猫人族の村とかに行けば、村人全員がマリカさんみたいな感じなのですよ、きっと。

 あ、マリカさんて、グリフィニアの冒険者パーティであるサンダーソードの、あの斥候職のマリカさんね。

 村人全員がマリカさんみたいに小柄で、すばしこいのかなぁ。気は強そうだけど。



 アルさんの背中の上から右手前方に見える北方山脈を望みながら、そんなことに思いを馳せる。

 地上は緩やかな丘陵と森林地帯だ。


 風の精霊の妖精の森を囲む迷い霧を越えてもこの森林地帯は延々と続き、やがてミラジェス王国辺境へと至るのだが、学院の地理学でもそう解釈しているように国境線は明確では無いということだ。

 獣人族の故郷の村々を過ぎて更に東に行けば、そこは王国の外と、そんな感じなのかな。


 あと、この森林地帯はアラストル大森林のように巨大なまとまりを持った森では無いし、周囲を人間の生活圏で囲まれている訳でも無いので、特に名称が付いていない。

 だからまあ、とりあえずシルフェ様の森とかで良いのだろう。

 尤も、ミラジェス王国や獣人族の間では、何か呼び名があるのかも知れないけどね。


「見えて来ましたか? ザックさま」


 アルさんの背中で立って後ろに流れて行く地上の風景を見ていた俺の隣に、いつの間にかエステルちゃんが来ていた。

 まあこの飛行中に立って歩けるのは、人外の3人を除けば彼女しかいないのだけど。


「あそこかな。ほら、あっちの」と俺が指差す方向を、エステルちゃんも額に手をかざして眺める。


「あ、大きな滝がある。凄く水が落ちてますよ。水しぶきがキラキラ光って、きれい。それから、あそこが湖ですね。ナイア湖よりも大きいのかしら」


 彼女が言うように、それはとても大きな瀑布だった。

 高低差はそれほどでも無いが、横幅がなかなかに広い。


 俺が前世に生きた国では、ああいった幅広の大きな滝はあまり無かった気がするが、その前の人生のときに映像で見たことのあるナイアガラやビクトリアの滝を思い出させる。

 尤も、あれほど横に連なり重なるような巨大さは無いのだが、それでもなかなかに大きい。


 その滝から少し離れた森の中に、こちらも大きな湖が見える。

 俺たちが良く行くナイア湖のような真ん丸形では無いので面積的な比較は難しいが、同等以上の広さがありそうだ。


 その滝や湖がある一帯を見ると、あそここそニュムペ様の水の精霊の本拠地に相応しい環境のようにも思えるのだけど、でもちょっと人間の生活圏から遠過ぎるのかな。


 水の精霊の居場所は、水が滞って不足したり汚れたりし易い人間が住む場所から、あまり離れ過ぎない方がいいんです、ってニュムペ様が言っていたよな。

 確かに、水が綺麗で豊富な場所では、水の精霊がすることは何も無いだろうからね。



 湖へと向かって勢いよく水が流れ出して行く滝壺の、その近くにドラゴン2体分の程よく開けた空間があったので、アルさんとカリちゃんは同時に着地した。


「さあ、着きました。滝の水が落ちる音が凄いです。あ、虹が掛かってますよ。ほら、あそこ。アビー姉さま、見て見て」


 エステルちゃんは元気だよね。

 俺と一緒に居るようになってからは都会暮らしがもうずいぶんと長いけど、本来は大自然の中でこそ活き活きするタイプなんだよね。


 一方で、野性児だった筈のアビー姉ちゃんは、今日は40分ほどとはいえ、連日の空の旅にまだ慣れずにいつもの調子が出ないようだ。


「ちょ、ちょっと、休憩させてよぉ。ソフィちゃんは大丈夫?」

「あ、ほんとです。虹が綺麗ですよ、アビー姉さま。ほらほら、座り込まないで」


 そもそも都会生まれ都会育ちだったソフィちゃんの方が、この半年でいつの間にか野生児になっていました。


「なかなか見事な景観ですねぇ。この滝って、何か名前はあるんですか? 師匠」

「ふうむ、どうじゃろ。わしらは、シルフェさんの森の近くの滝としか呼ばんからのう」

「この滝の名前ですか。そういえば聞いたことありませんでしたね。うちの近所の滝としか」


 300キロの距離を近いと言う大雑把なドラゴンの爺様はともかく、シフォニナさんも知らないのなら、そもそも名称が付いていないのだろうね。

 何かと名前を付けたがる人間が、ここに到達しているのかどうかも分からないし。


「ならば、我が名前を付けて進ぜようか」


 話に加わったケリュさんが、何故か俺の方を見ながらそう言った。

 いやあ、神様が名前を付けると、そこに神力が入るとかなんとかの変な効能で、その名前で決まっちゃいますよ。

 でも、俺を見ながらニヤりと笑ったその顔が怪しいんだよな。


「ザカリー滝。これでどうだ」


 だからさ、無闇に俺の名前を出すんじゃありませんよ。

 グリフィニアに造る新しい門をライナさんとかがザカリー門とか言うのは、まあグリフィン子爵家が治める街の新設門なので、分からないでもなかったけどさ。


「ザカリー滝、いいですねぇ。ケリュさまご命名のザカリー滝。決定です」

「だろ、カリ。それであちらに在る湖は、エステル湖でどうかな」

「もう、ケリュさまったら。わたしまで巻き込まないでください」


 なんだかデジャヴのようなやり取りだ。

 あのときは門と通りの名称だったけど、今回は大きな滝と湖でスケールが違い過ぎるですぞ。


 尤も、ここに居るメンバーでそんなことを言っていても、ミラジェス王国の王家や民衆に伝わったりはしないと思います。



「ねえ、シルフェ様。この滝とかあっちの湖って、人間が来たことあるんですか?」

「そうねぇ、どうかしら。シフォニナさんは知ってる?」


「まったく無いとは言えませんね、ザックさま。狩人や流浪の冒険者などが足を伸ばして、というのもあり得ますし。もしかしたら、西の里で知っている者がいるかもですね」


 まあそうだよな。この森林地帯は、アラストル大森林とは違ってそれほど危険そうではない。

 先ほどアルさんとカリちゃんがドラゴンの姿で降り立ったこともあって、周囲からは危険な生物の存在をまったく感じないとしてもね。


 ちなみにシフォニナさんが言った西の里の者とはファータの西の里のことで、俺がファータの統領になってから教えて貰ったところでは、ミラジェス王国の南、商業国家連合との中間地帯に立地している。

 なので、妖精の森からは真西というより南西の方角だね。ここまではかなり距離がありそうだ。


「そうそう。大昔にクバウナさまが戦士だかを助けたのって、この森のどこかではないでしたっけ。ですよね、アル殿」

「あー、それは、シフォニナさん……」


「もしかして、それって、あの奇跡の万能薬の物語のことですかぁ? ねえ、師匠」

「それは、もうちょっと西の方じゃて……」


 シフォニナさんとカリちゃんが口にした奇跡の万能薬の物語とは、昨年の夏に俺たちが世界樹の樹液から作ってしまった、どんな傷や病でも癒してしまえる薬効を有したエリクサーが、大昔に人間の手に渡る物語だよね。


 主役はカリちゃんの曾祖母のクバウナさんで、物語には直接登場はしないが、それでも陰の脇役なのがアルさん本人だ。

 昨年夏、その奇跡の万能薬エリクサーをヴァニー姉さんに結婚祝いとして贈呈した際に聞いた物語の舞台って、ここから西へと行った森の中だったのですなぁ。


 と言うことはですよ。クバウナさんが人間の娘の姿で森に迷い込んだ戦士と出会い、その後に魔獣に襲われ片足を失った戦士を助け、エリクサーで足を復活させたというこの物語の発端についてなのだけど。


 クバウナさんがひとり森の中で泣いていた、その原因となったのが恋人との別れ話。

 その別れ話をしていたのって、もしかしていま俺たちがいるこの滝のほとりとかではないですかねぇ。

 さっき、アルさんとカリちゃんが同時に着地したあそこは、何ともドラゴンふたりに丁度良い広さの空間があったしね。


 カァカァカァ。ん? それはそうだとしても、アルさんを前にして余計な推測話をしない方がいいって。そうだね、クロウちゃん。

 アルさんは、もの凄く気まずそうな表情をしているしなぁ。



「そのクバウナの昔の話よりも、我はザックがエリクサーを作ったという話の方に興味があるぞ」


 ケリュさんがそんなことを言い、カリちゃんは「あ、しまった」と両手で自分の口を塞いだ。

 それは狩猟と戦いの神なら関心があるよね。


 仕方がないので、俺がカリちゃんからクバウナさんが開発した作り方を聞いて、エステルちゃんと3人でその奇跡の万能薬エリクサーを作製した経緯を説明した。

 アビー姉ちゃんは知っていることだが、ソフィちゃんは初めて知る話でとても驚いていたけど、もちろん口止めはしましたよ。


「ふむ。結婚を控えた姉に1本進呈したのだな」

「わたしが許可したのよ、ケリュ」


「自分の姉への結婚祝いならば、まあそれは良い。それで、アルが試しに1本飲んで、あと2本はアル、1本はカリが貰っているのだな。しかし、おまえらはいらんだろ」

「そこはそれ、珍しいものは、ですのう」

「わたしも便乗して」


 ドラゴンの収集癖はいまさらですからね。


「あと、何本残っているのだ。それから、そのあとはもう作っていないのだな」

「あなたったら、せっかく遊びに出て来て、こんな景色の良い気持ちのいいところにいるのに、そんな風に野暮なことは言わないの。詳しいことは、またザックさんに聞けばいいでしょ」


「お、おう、そうだな。我はその、クバウナ以外にこの地上でエリクサーを新たに作れる者がいたというのが、いささか驚きでだな」

「それはほら、ザックさんだから」

「そうか。ザックだからな」


 はいはい、そこで夫婦でつまらないやり取りをしていないで、ちょっとこの辺りを散策してから湖の方に行って休憩にしますよ。




 それからは、もしかしたらアルさんの大昔の想い出の地かも知れないここの景観を楽しみ、湖畔まで足を伸ばして休憩場所を設えて、早めのランチをいただいたりした。

 ブルーノさんとかが一緒だと釣り大会になるところだけど、今日は夏の日のピクニックをのんびりと楽しみましょうかね。


「兄さま、明日はファータの里ですね」

「そうだね。だから今日は、思う存分のんびりしていようよ、ソフィちゃん」

「はい、兄さま」


「ねえ、ちょっと身体を動かさない? ザック。あんた、木剣とか持ってるでしょ」

「いま、今日はのんびりしようって話していたばかりなのに、姉ちゃんはこれだから」


「明日、里に行ったら訓練場でいくらでも木剣が振れますよ」

「そうですよ、アビー姉さま。わたしがお相手して進ぜましょう」

「お、言ったね、ソフィちゃん。エステルちゃんもだよ。カリちゃんは、えーとやめとくか」


「はいはい、そうしましょうね」

「えー、わたしもお相手して進ぜますよぉ」


 ランチを目一杯食べて元気を取り戻したアビー姉ちゃんは、やっぱりアビー姉ちゃん騎士なのだけど、こうして見ていると血は繋がっていないけど仲の良い姉妹という感じだよね。

 雰囲気的にはやっぱりいちばん年長のエステルちゃんが、お姉さんですな。


 先ほどまで、まだ何やらふたりで話していたシルフェ様とケリュさん、そしてアルさんとシフォニナさんが、そんな4人の娘たちをニコニコしながら眺めていた。

 特にシルフェ様とケリュさん。その顔は精霊様と神様の顔と言うよりは、母親と父親の表情のようにも、俺には見えました。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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