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第889話 神様の自己紹介

 妖精の森の散策に行っていた女性陣が帰って来て、男ども3人とクロウちゃんの昼間からお酒を酌み交わしての話し合いは終了となった。

 クロウちゃんはまだ昼寝から覚め切らず寝惚けているけど、ほら、エステルちゃんに叱られるから起きなさいよ。クァ、カァ。


「たぶん、飲んでると思いましたけど、クロウちゃんは飲み過ぎみたいね」

「カァカァ」

「そんなこと言っても、いま起きたとこでしょ」

「カァ」


 飲んでいたのが蜂蜜酒ミード林檎酒シードルなので、大酒飲みのドラゴンとそれから神様も、酔っている様子はまったくない。

 俺も飲んではいたけど、林檎酒シードルを少量ですからね。



 女性たちはひと休みしたら皆で夕食の準備をすることにしていたようなので、俺はひとりで森の散歩に出ることにした。


「ザックさまひとりで大丈夫ですか? わたしも行きましょうか?」

「妖精の森だし、安全なところだから大丈夫だよ。エステルちゃんは、みんなと夕食の用意をしてあげて」

「そうですかぁ?」

「エステルさまが心配してるのは、その妖精の森の方ですよね」


 それって、どういうことでありますかね、カリちゃん。僕は魔物とかじゃありませんから。


「そしたら、森を騒がせないでくださいね」

「はいであります」

「うちの子たちが周回してますから、心配ありませんよ、エステルさま」


 風の精霊のナンバー3で、実質ここの責任者のシニッカさんが言うのは、本日担当の妖精の森警備部隊のことだよね。


「みなさんに迷惑を掛けちゃダメですよ」

「ダイジョウブであります」


 それで結局は、お目付役としてカリちゃんが付いて来た。

 俺としてはこの妖精の森でも木々の枝々を伝わって、ひとり猿飛で跳んで行きたかったのだが、まあカリちゃんなら一緒にそうやって森を巡ってくれるでしょう。




 それから森を巡り、先ほど女性陣が行ってきたという広大な向日葵畑を見学に行き、森の小動物や飛び回る蜂たちをはじめとした昆虫などにも挨拶をした。

 神様やらドラゴンやらが来ているのに、この森の小さな生き物たちが逃げ出さないで普通にしているのは、やはりシルフェ様のお膝元の妖精の森だからというところでしょうかね。


「さっきも、シルフェさまに挨拶をしに、虫や動物たちが集まって来ましたよ。エステルさまにも挨拶してました」


 いま俺とカリちゃんは、ラベンダーの群生地にいる。ここも見事ですなぁ。


「そういう小さな生き物は、わたしたちを怖がるのに。でも、エステルさまやザックさまって、虫にも尊敬されるですかね」


 いやあ、エステルちゃんならなんとなく分かるけど、俺はそんなことはありませんよ。

 俺にもしそういうのがあるとしたら、聖なる光魔法が出来るようになってからのことじゃないかなぁ。


「あ、それって曾お婆ちゃんもそんなこと言ってました。むかしに師匠と旅をしてたとき、師匠には決して近寄って来なくて逃げちゃうけど、自分にはいろんな動物が寄って来たって」


 俺が聖なる光魔法のせいじゃないかと話すと、カリちゃんはそんなクバウナさんとアルさんの話をした。

 この地上世界で聖なる光魔法の元祖たるホワイトドラゴンのクバウナさんと、あの見た目凶悪なブラックドラゴンのアルさんのコンビだからなぁ。


「その話は、アルさんの前では」

「しませんよぉ。師匠が拗ねますから」


 でも、いつかクバウナさんには会いに行かないとだよね。

 カリちゃんを預かっていて逆に世話になってるのも、ちゃんとお礼を言いたいし。


「ねえ、カリちゃんの故郷って、どっちの方なの? そこにクバウナさんがいらっしゃるんでしょ?」

「ああ、わたしたちの棲み処ですか。そうですね。金竜さまの宮殿からずっと南に行ったところですね。南のメリディオ海を、東にかなり進んだ場所と言った方がいいかな。そこにちょっとした山々が集まる場所があるんですよ」


 金竜様の宮殿は、ニンフル大陸の中央を東西に連なる長大なニンフル大山脈の途中にあるから、その大山脈の南側、メリディオ海の近くの山岳地帯ということらしい。

 メリディオ海の西の端には商業国家連合があるのだけど、そこからは東方向に相当離れているのだろうね。


 以前の世界樹への旅の経験から推測すると、金竜様の宮殿までがグリフィニアからだいたい2,500キロぐらいとして、そこから更に1,000キロ以上といった距離ですか。

 そう聞くと、このカリちゃんもずいぶんと遠くから来たものですな。




 やがて夏の長い日も暮れるという頃合いにシルフェ様の屋敷に戻ると、夕食の準備がひと段落したのか、広々としたリビングに皆が集まっていた。

 俺とカリちゃんが帰って来たのを見ると、エステルちゃんが皆と少し離れたところに俺を手招きして呼んで小声で話し掛けて来た。


「アルさんから聞きましたよ。アビー姉さまとソフィちゃんに、ケリュさまご自身で正体をバラすんですってね」


 正体をバラすってエステルちゃん、悪人じゃないのだから、せめて明かすと。


「ケリュさんから相談されてさ。そういうことになったんだ。大きく反対する理由も無いし、あのふたりにならいいかと思って。でも、いつ言うのかは聞いてないけど」

「そうですか。ザックさまから条件付きで許可いただいたって、アルさんが。それで、お夕食のあとにそういう場を持とうって、お姉ちゃんとケリュさまとで話してました」


 そうなんだね。そこら辺のタイミングは神様と精霊様に任せましょう。


「それよりもさ、エステルちゃん。あの旦那、どうも僕らのところに居候する気なのですよ」

「え? それって、王都でもってことですか? 軽い冗談とかじゃなかったんですね」

「あの人から聞いた理由はまたゆっくり話すけど、冗談とか気まぐれじゃないんだね、これが」


「居候ってことは、何日かいるお客様じゃなくて、住むってことですよね」

「まあたぶん。シルフェ様に合わせてだと思う」

「それは、お姉ちゃんにとっては良いことだと思いますけど……。あ、うちの王都のお屋敷、祭祀のやしろみたいにしなきゃダメですかね」


 神様のひと柱、その本人が居るので、人間たちが祈りの場にしている祭祀のやしろとは違うと思いますよ、エステルちゃん。お供え物とかも必要無いと思います。


「そうですかぁ? お酒が好きそうだから、毎日1本ずつお供えするとか」

「いや、普通に飲みたそうなときに与えればいいよ」

「与えるって、ザックさまは」


 そんなことを隅っこの方でコソコソ話していたら、夕食の準備が出来たと呼ばれた。



 総勢40人ほどがひとつのテーブルを囲めないので、予備のテーブルも並べてなんとか全員で揃って夕食をいただくことが出来た。

 昼食のときには巡回警備担当の精霊さんたちなどは交代で来ていたのだが、いまは全員だ。


 俺たちが遊びに来たからと言うよりは、ケリュさんが久し振りにここに戻って来た帰還祝いの宴席といった感じかな。

 そんなところも、なにかあれば直ぐに里を挙げての宴会となるファータのご先祖様で守護精霊といったところだろうか。


 皆で乾杯して、賑やかに談笑しながらテーブルに並べられた料理を取っていただく。

 水の精霊さんたちや樹木の精霊さんだと皆がわりと大人しいのだが、風の精霊さんはそれに比べて賑やかだ。

 まあ、おかしらがシルフェ様だからね。


 お腹いっぱい食べて飲んでそろそろお開きというところで、ケリュさんが立ち上がった。


「こうして、皆で美味しい料理や飲み物をいただき、我も久方振りに楽しく時を過ごせて貰った。これもひとえに、ザックたちのお陰と感謝している」


 グリフィニアの屋敷からと俺のストック分で、大量の食材や料理、お酒などを放出しましたからな。

 先日にアラストル大森林で仕留めたボアの肉なども、冷凍した塊でたくさん持って来ました。


「今日、こちらを訪れた者たちは、我よりも皆の方が良く分かっておると思うが、我らの古くからの友のアルに、クバウナの曾孫娘のカリオペ。……これは、そのうちクバウナも招かんといかんな。我もずいぶんと会っておらんし。なあ、アル」


「いや、それは、ケリュ殿……」

「そうしましょうよ、師匠。曾お婆ちゃんも、来たがると思いますよ」

「そうか、のう」


 アルさんはなんとか声を出したものの、ケリュさんの発言に困ったような当惑したような様子だ。

 そうか。アルさんと一緒にクバウナさんに会いに行くよりも、ここに来ていただいた方がいいかもだよな。


「そして、ザックとエステルの姉であるアビー騎士殿と、妹となったソフィさん。アビーさんは、シルフェたちともこれまで多くの時間を過ごし、そしてソフィさんはその原因はともあれ、この冬からファータの里で預り、ファータや言ってみれば風の精霊とも縁を深めることとなった。そして、ザックとエステルとクロウ殿。この3名については、言わずもがなだろう。ザックとエステルはシルフェと我の義弟おとうとと妹。それからクロウ殿は、ザックの分身だ」


 このタイミングで何やらケリュさんのスピーチかと思ったけど、そういうことですか。

 神様があらためて、今日ここに来た俺たちのことひとりひとりを言葉にしている。


「つまり、それぞれがシルフェと我と風の精霊の友であり、兄妹姉妹同然の者たちである。尤も、そんなことをあらためて口にしている我が、いちばんの新参者だがな」


 精霊さんたちや俺たちから温かい笑い声が広がる。さすがにちゃちゃを入れる者はいないけどね。



「そこでだ。その新参者の我としては、我にとっても新しく兄妹姉妹同然となった者たちに、せめて多少の自己紹介をせねばいかんと、そう思った訳だ」


 ケリュさんがそう言うと、30人ほどの精霊さんたちが素早く居住まいを正した。

 彼女らならば、いま彼が言ったことがどういう意味なのか、即座に理解出来たのだろう。

 俺やエステルちゃん、カリちゃん、そしてアルさんも姿勢を正し、そのこの場の様子を見てアビー姉ちゃんとソフィちゃんも同じようにした。


「まあ、皆はあまり緊張してくれるな。せっかくの楽しい宴席の場だからな」

「あなたの前置きが長いからよ。あまり勿体ぶってると、ザックさんから叱られるわよ」


 いやいや、俺が叱るとかシルフェ様。どういう風に話すのか、大人しく黙って聞いておるではないですか。

 それからケリュさんも、俺の方をちらちら見なくていいですから。


「あー、新参者の自己紹介だ。楽にして聞いてくれ」と言って、ケリュさんは少し間を空けた。


「我の名は、ケリュネカルク。地上世界の人間たちからは、狩猟と戦いを司る者と呼ばれている。以後よろしくな、アビーさん、ソフィさん」


 精霊さんたちが、そのケリュさんの真名を本人の口からあらためて言葉にしたのを耳にして、自然に深く深く頭を下げた。


 以後よろしくと、自分の名前を呼ばれたアビー姉ちゃんはポカンと口を開け、ソフィちゃんは小さく「あっ」と声を出す。

 それから周囲の精霊さんたちに倣って、慌ててこうべを深く垂れた。


 俺の隣のエステルちゃん、それからアルさんやカリちゃんも軽く頭を下げている。クロウちゃんもテーブルの上で座る姿勢を低くしていた。

 それじゃまあ、俺も同じようにしておきましょうか。




 今日、泊まる部屋だけど、俺とエステルちゃんの部屋だと言われているその部屋に、女子4人が一緒に泊まるそうだ。


 アルさんが造った居室なので、4人で泊まっても充分の広さがある。

 昨年と同じくまだベッドは無くて敷物が敷いてあるだけなので、俺が無限インベントリにストックしている夏用の寝具を今回も出しましょうかね。


 他に客室の空きもあるけど、俺はアルさんの部屋で寝ようかな。あっちもかなり広いしね。

 しかし、俺とエステルちゃん用の部屋だと聞いているここに、前回も今回も俺自身が泊まったこと無いんだよなぁ。

 クロウちゃんはどこで? ああ、エステルちゃんたちと一緒なのね。でしょうね。


 精霊さんたちはそれぞれの家に引揚げて居なくなり、俺たちは宿泊の用意をしてから戻り、リビングにはグリフィニアから来たメンバーだけになった。


 これから暫し、妖精の森の夜のひとときを過ごす感じかな。

 尤もいつものように、夜が弱いシルフェ様とシフォニナさんにアルさんとクロウちゃんは、直ぐに寝ちゃうだろうけどね。


 あと、アビー姉ちゃんとカリちゃんは口数が少なくなり、先ほどからの驚きと緊張がまだ続いているようだ。

 これはもう少しお酒でも飲ませて、多少はリラックスさせた方が良いですかね。カァ。


 ああ、キミは昼間にたくさん飲んでるんだから、量を控えるように。カァカァ。昼寝をしたからまだ眠く無いって、エステルちゃんに叱られるからほどほどにね。カァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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