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第87話 エステルちゃんと街に行くよ

 アラストル大森林から、全員が大きな怪我もなく無事帰還した翌日、冒険者パーティからの代表者も参加して騎士団本部で報告会が行われた。

 俺とエステルちゃん、そして臨時パーティ・レイヴンの皆も当然参加した。


 大森林の奥の現状、魔獣や魔物の様子など、冒険者たちから報告が行われる。

 そして、ハイウルフと森オオカミの大きな群れによるベースキャンプ襲撃と撃退も、報告せざるを得ないよね。

 これは、俺たちのいつもの報告係である従騎士のジェルメールさんが、ブルーノさんライナさんや冒険者のニックさんの補足を受けながら報告を行った。


 特に最後にハイウルフの部分だが、今回はなかったことにする訳にもいかないので、事実通り俺がひとりで倒したと説明される。

 ただし、フェンリルのルーさんも言っていたキ素力の爆発とか閃光とか、剣のひと振りで首を落としたとかは、なんとか誤摩化してもらったよ。


 報告会に参加したのはヴィンス父さん、そしてアン母さん。それからクレイグ騎士団長やネイサン副騎士団長、家令のウォルーターさん、冒険者ギルド長のジェラードさん。

 皆は揃って、驚きと不審の表情を浮かべていたが、この場では誰も何も言わなかった。



 だけどその翌日、俺とエステルちゃんは、父さんと母さんに領主執務室に呼ばれた。

 そこにはクレイグさんとウォルターさんも同席していて、この場で俺はこっぴどく父さんから叱られたよ。

 叱られた理由は、エステルちゃんにお説教をされたのと同じ。

 つまり、ひとりでハイウルフに真正面から突っ込んだことだった。


「たとえエステルさんと一緒でも、当面は領主館の敷地内以外での単独行動は許可しない」


 最後に父さんからそう申し渡された。


 クレイグさんは、俺がどうやってハイウルフを倒したのか、もっと詳しく聞きたそうだったけど、ぐっと我慢をしているようだったね。

 きっと後で、騎士団メンバーの3人から根掘り葉掘り聞き出すんだろうな。



 そういう訳で、領都の街を騎士団の護衛無しに散策したいという、いちばん手近な望みは敢えなく当面の延期になりました。


「ザックさまがひとりで突っ込むからぁ、デートが消えましたー」


 ふたりだけになった時、エステルちゃんが原因と結果を間を省いて繋げて、俺に文句を言っていたけど。



 毎年恒例の、年に2回の大きなお祭り。そのひとつの年末の冬至祭には、家族揃ってなので行けました。

 でもその後も、いつ父さんの申し渡しが解除されるか分からず、たとえ騎士団の護衛付きであっても街には行かせて貰えなかった。


 そして9歳の誕生日。

 これも毎年恒例の、今年は何をしたいという父さんの問いに対して、もっと大きな望みを言っても良かった気がするのだけど。

「街にひとりで買い物とか行ってみたい。もちろんエステルちゃんの監視付きだよ」と、ささやかなお願いをした。


「必ず母さんの許可を得てから行くこと」という条件で、ようやく許可が下りました。

 その場に控えていたエステルちゃんは、小さくガッツポーズしてたよ。



 この世界に転生して生まれてから、10年目の初夏。

 とても天気の良い爽やかな午前に、俺はエステルちゃんとそれからクロウちゃんを頭に乗せて、騎士団の護衛は付けずに領都の街に行けることになった。

 ふたりだけで街に行くのは、初めて冒険者ギルドに行った時以来で、なんとわずかに2回目なんだよね。


「ザックさまは、どこ行きたいですか? 買いたいものとかありますか?」

「そうだなぁ。色んなお店は覗いてみたいけど、エステルちゃんにまかせるよ」


 ホント俺は、あまり物欲とかがないんだよね。

 ほぼひとりで行動もできず、外出して買い物など無縁だった戦国時代の前世での経験がそうさせるのか、それとも二度転生した魂の年齢がそうさせるのか。


「それじゃそれじゃ、わたしがご案内しますっ」

「カァ」


「ザックさまがひとりで勝手にどこかに行かないように、手を繋ぎますよっ」

「えー、いいよ。ひとりでどこかなんて行かないから」

「ダメです。奥さまからも、そうしなさいって言われてます。それに昔、初めて冒険者ギルドにふたりで行った時は、ザックさまから手を繋ごうって言ったじゃないですかぁ」

「わかったよ」



 それから中央広場に着いて、広場を囲むようにあるお店を順番に覗いて行く。

 お洋服と服飾品が並ぶ大きなお店に入ると、エステルちゃんの目がいちだんと輝き、俺の手を引っ張ってあちこち商品を見て回り始めた。


 今日の彼女は、いつもお屋敷で着ている侍女の制服ではなく、もちろん探索・戦闘用の装備でもなく、初夏らしいブラウスにふんわりとしたスカートだ。

 こちらの世界の女性の普段着は、こういった上下の服装か、前世のヨーロッパで中世終盤からルネサンス期以降に着られたコタルディみたいな、上半身から腰までがわりとタイトなワンピースを好んで着るんだよね。

 このコタルディ風ワンピースは身体のラインも良く出るし、裾も凄く短いものから床を引きずるような長さまで色々だ。



「あの、店内にカラスはちょっと……あっ、あなた様は」

「はい貴女あなたはもういいわよ、こちらのお方は私がご案内するから」

「わかりました店長」

「ようこそいらっしゃいました、ザカリー様、エステル様」


 女性の店員さんが、頭の上のクロウちゃんを見つけて近寄って来たが、その後ろからこのお店の店長さんが来たようだ。


「お邪魔しています。今日はザックさまのお忍びですので、あまり騒がないでいただければ」

「わかっておりますよ。ご挨拶だけさせていただいて。あとはご自由に店内をご覧ください」

「ありがとうございます。僕の頭の上のクロウちゃんは、おとなしいから許してね」

「大丈夫でございます。ザカリー様とカラスさんは、この街では有名ですから」

「カァカァ」


「カラスさんではなくて、クロウちゃんと呼んでくださいと言ってます」

「え、そうなんですかエステル様。わかりました、えーと、クロウちゃん」

「カァ」

「あの、あらためまして、このお店を任されているブリサと申します。以前におっとのテオドゥロが、ザカリー様にお会いしたと申しておりました」


 この店長さんは、去年の夏の主要ギルド会合で会った、大きな商会を経営している若手商業ギルドメンバーのテオドゥロさんの奥さんなんだね。



「ザカリー様、何かお目に留まったものはありましたか?」


 エステルちゃんがまた熱心に商品を見始めたので、俺は後ろからその姿を眺めていると、ブリサさんがヒマそうな俺にまた声を掛けて来た。

 こういう場面で男の子に求められるのは、ただただ黙って時間を消化する忍耐だけだけど、さすが店長さんは分かっている。


 エステルちゃんはさっき、あっちに飾られていた髪飾りをずーっと見つめて、それから「ふー」と息を吐いて目線がほかに移って行ったね。


「あそこに飾られている髪飾りだけど」

「あー、あれでございますね。王都から買い付けた最新デザインの良いものですよ」

「あれって、いくらぐらいなんですか?」

「ちょっとお待ちください。そうですね、小金貨1枚、1,000エルですわね」



 この世界の貨幣単位はエルと言う。

 お金を使ったことがないからあまり良く分からないが、おそらく1エルで前々世の10円ぐらいじゃないかな。

 つまりあの髪飾りは、1万円ぐらいと言うことだから結構するよね。

 そして今日の俺は、生まれて初めてお金を持っている。


 エステルちゃんが預かっている俺のお小遣いから、今日は自分でもお金を持ってみたいと2,000エル渡されたんだよ。小金貨1枚と大銀貨10枚。

 ちなみに俺のお小遣いが全部でいくらあるのか、どのくらいエステルちゃんが預かっているのかは彼女も誰も教えてはくれない。



「はい、これ。あの髪飾りを包んでください。エステルちゃんには内緒にしてね」

 俺は小金貨を1枚、ブリサさんに渡した。


「あら、まぁ。はいわかりました」

 ブリサさんはちょっと驚いてから満面の笑顔になり、すぐに店員に命じてその髪飾りを美しく包んで持って来させてくれた。


 さてこれ、どこでエステルちゃんに渡そうかな。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

今回から第三章です。


よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。


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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。

彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。


ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。


それぞれのリンクはこの下段にあります。

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