第86話 これからしたいことなど、そして無事帰還へ
その日の午後、レイヴンの皆は思い思いに過ごした。
エステルちゃんは、ブルーノさんに森の中での探索や偵察の仕方を教わったり、昨日と同じようにジェルさんとの試合稽古、ライナさんとの遠隔魔法稽古と休むことなく動き続けている。
俺はそんなエステルちゃんを見ながら、考えごとをしていた。
フェンリルのルーさんとの遭遇や言葉を思い出しつつも、これからのことなどを。
来年でやっと9歳。
アビー姉ちゃんが、再来年の冬にはセルティア王立学院の入学試験で、成績は怪しいが入学はするだろう。
俺はその2年後だ。おそらくこのまま行けば、俺も王都に行くことになるのだろうな。
つまり、それまでにはあと3年と少し。
俺はこの領都グリフィニアで何をしようか。
そうだ、フォルくんとユディちゃんの竜人の双子に、やっぱり俺が剣術を教えよう。
3年あれば、かなり鍛えられるんじゃないか。
あの子たちは今6歳だから、8歳になったら一緒に魔法の稽古ができるよう、アン母さんにお願いしよう。
竜人は火魔法が得意らしいから、あの双子もそうなのかな。
あとは、またどこかに行ってみたいな。
子爵の息子であることに何の不満もないけど、唯一といっていい不満は、好き勝手にどこにも行けないことだよな。
せめて、領都の中だけでも遊びに行けるようにできないかな。
そう言えば俺、未だに自分でお金を持ったことがないんだよ。お財布はエステルちゃんだ。まぁ、それはそれでいいか。
どこかまた遠出はできるかな?
これはまた来年の誕生日で、恒例の今年したいことお願いまでに考えておこう。
エステルちゃんが生まれ育った精霊族のファータの里、隠れ里というところにも行ってみたいな。
今ここにいるレイヴンのメンバーで、また出かけるのも楽しそうだよね。
あと、フォルくんとユディちゃんの村や、お父さんお母さんがどうなったのかも知りたい。
そしてできれば訪れてみたい。
でもそこは北方帝国ノールランドの更に北辺だと言うから、なかなか難しいだろうね。
北方山脈の向うの、リガニア地方での紛争の行方も気になるし。
そんなことなどを、つらつら考える。
「時間はたくさんある。だから急ぐな、無茶をするな」
フェンリルのルーさんの言葉が頭の中で響く。
したいこと、しなければいけないことは、きっとたくさんあるのだろう。
だが、今の少年の時間を、もっと楽しまなくちゃだよな。
「ザックさま、ザックさま。何を考えてるんですか? またダメなこととか考えてませんよね」
あ、エステルちゃん。稽古は終わったの?
「ダメなことなんか考えてないよ。領都に帰ってからのことだよ」
「領都に帰ってから、ですか?」
「たとえば、フォルくんとユディちゃんも剣術の稽古に誘うとか」
「騎士団の稽古じゃなくて、ってことですか?」
「うん、僕とエステルちゃんがやってる稽古に」
「あ、それいいかもですね」
「それから、領都の街にお買い物とか行ってみたいな」
「お買い物ですか。わたしがザックさまのおこずかいを預かってますから、欲しいものがあったら買ってさしあげますよ」
あ、俺のおこずかいってあったんだね。必要な時だけ、アン母さんに渡されてるのかと思ってた。
「お財布はエステルちゃんが持ってていいけど、何か買うとかの時、僕が払ってみたい」
「ええ、いいですよ。でも高いのはダメですよ。ザックさまは、何か欲しいものとかあるんですか?」
欲しいものか。それが、特にはないんだよね。
「今は思いつかないけど。まずは街に行ってみないとだなぁ」
「ザックさまは、不思議に物欲がないですからね。街へは、そうですねぇ。奥さまのご了解をいただかないと。ウォルターさんにも聞いてみましょうね」
俺は、どんなものでも完璧にコピーして作れる転生特典能力を持っているから、逆に物欲が無くなっちゃったんだよね。
それにしても、あらためて考えると、あれはとんでもない能力だよな。あまり活用してないけど。
「えと、ザックさまが街に行きたいというのは、きっとおひとりで行きたいってことですよね。そうすると、わたしがお世話係と監視役で同行しなきゃいけないですから、ふたりでってことだから。それでお店でお洋服とか見たり、お茶とお菓子が美味しいお店に行ったり。お金はザックさまが払うんですよね。それってつまり、デート? ……きゃっ」
エステルちゃんが、なんだか自分の世界に入り始めたので、放っておこう。
あ、冒険者のみなさんが帰って来た。
最終日の探索も特に問題がなかった。
俺たちレイヴンが森の奥でフェンリルに出遭った件は、もちろん内緒だよ。
「ザカリー様たちは、今日はどうでした?」って聞かれた時、うちの皆が妙に緊張していたけどね。まぁ大丈夫でしょう。
そしてその翌日、今日は朝からベースキャンプの撤収作業をして荷物をまとめ、領都に出発です。
冒険者パーティが探索中にサンプル採取したものとか、あのハイウルフの毛皮と牙をはじめ、状態の奇麗な森オオカミの毛皮もあるので、結構な荷物だ。
それらすべては冒険者たちが運んでくれる。
初日にここまで来たルートを逆に辿る。
特に何ごともなく、淡々と進むばかりだ。
行きに昼食を摂った休憩ポイントで、帰りも同じく昼食だね。
俺は食事のあと、小さく切った紙に短く文章を書いて、クロウちゃんの首に下げた袋に入れる。
この袋は何かが起きた時に、伝言などを入れて領都の屋敷に飛ばせるよう、エステルちゃんが作っておいてくれたものだ。
結局、その出番はなかったので、今初めて首に下げる。
「ザックさま、何書いたんですか?」
「うん、今日の夕方、無事に帰るよって、父さんと母さんに。それじゃクロウちゃん、頼むね」
「カァ」
クロウちゃんは大空に羽ばたいて行った。
俺はすぐにクロウちゃんの視覚に同期して、自分の視覚へワイプ画面のように嵌める。
クロウちゃんが本気で飛べば、領主館まではあっと言う間だ。
みるみるうちに大森林を飛び越え、領都が見えて来る。そして領主館の屋敷の上空を旋回する。
今日は庭園の広い果樹園で、秋の恒例の収穫をしているんだね。
母さんや庭師のダレルさん以下、侍女さんたちが総出で収穫作業を行うのだが、こちらもちょうど昼食が終わって食後休憩のようだ。
アビー姉ちゃんが誰よりもいち早くクロウちゃんを見つけて、母さんに何か言っている。
それじゃ母さんのところに下りてね。聴覚センサーも繋げてみようか。
「クロウちゃん、下りて来たよ、母さん」
「あらあら、ほんとだわ。何かあった訳じゃないわよね」
「ゆっくり下りて来るし、そんな感じじゃないよ」
「カァ」
クロウちゃんは、母さんとアビー姉ちゃんの前に静かに着地する。
そして、首から下げた袋を嘴で指すようにした後、「カァ、カァ」と鳴いた。
「あ、この袋ね。わかったわ、クロウちゃん」
「カァ」
「伝言ね、なになに。現在、無事に帰路の途中で昼食。みんな揃って元気で帰還、夕方に到着予定。夕飯は屋敷で食べるよ。ザック。だって」
「みんな無事なのね、良かったー」
「ほんとにほんとに良かった。クロウちゃん、伝言を届けてくれてありがとね」
「カァ」
それを聞いた周りの侍女さんたちも、ダレルさんやトビーくんも声を上げて喜んでいる。
クロウちゃん、ご苦労さま。いったんこちらに戻って来て。
さぁ、それじゃ元気に帰還しましょ。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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