第84話 大森林の奥に入ってみたい
夕方になり、ふたつの冒険者パーティも帰って来た。
夕食後に今日の報告ミーティングだ。
「そうすると、ブルーノさんの探索結果と同じで、みなさんも魔獣や魔物どころか獣の群れも発見できなかったということですね」
「そうですね、ザカリー様。俺たちもブルーノと同様、昨日の一件が要因ではないかと思っている」
クリスさんはブルーノさんの報告も踏まえ、皆の考えをまとめてそう言った。
俺が魔獣・魔物引き寄せ罠という想像までは、ブルーノさんは話してないけどね。
「そいうことって、あるんですか?」
「うーん、大森林では、俺たちがまだ知らないバランスがあるらしいからな。それが崩れるようなことが起こると、危険を感じてその場から遠ざかった、ということはあるかも知れない」
「魔物や魔獣は自分の強さを前に出す危険な存在。だけど危険の察知も行動も早い」
「なるほどね」
エルフのアウニさんが簡潔に、珍しくそう発言した。
そう言えば3年前のときも、あの大型の凶悪魔獣のカプロスも逃げ足は速かったな。
それで明日は、冒険者パーティが今日と同じように探索行動を行うことを確認して、ミーティングを終えた。
ブルーノさんは「もう大丈夫でやしょ」と、ベースキャンプに残ることを自分で決めていた。
そのあと、俺とブルーノさんのテントにレイヴンのメンバーだけ集まって、ミーティングです。
「では、今日のミーティングを始めます」
「今日は2回目ですね」
「自分がいないときに、ミーティングをしたんでやすか?」
「ザカリー様への、エステルさんからのお説教ミーティングでした」
「あー、なるほどでやす」
「では、今日のミーティングを始めます」
「はーい」
「明日はキャンプ滞在3日目の最終日で、明後日は領都に戻ります」
「そうですね」
「これで、大森林のこのエリアを離れるわけです」
「ザックさま、なにかダメなこと考えてませんか?」
「ごほん。僕たちのなかで、ベースキャンプを離れて周囲の森に入ったのはブルーノさんだけで、あとの4人はこのキャンプしか知りません」
「それで、なんですか?」
「つまり、ちょっとぐらいはキャンプを出てもいいかなって……」
「もう、ザックさまはー」
ここからが肝心だぞ。ここから発言を間違うと、また大変なことになる。
「いや、エステルちゃん。僕はひとりで勝手な行動はしないから。みんなの意見に従うからさ。みんながダメだと言うなら、おとなしくキャンプにいるよ」
「ブルーノさん。ザカリー様はああ言っているが、どう思う?」
「そうでやすな。さっきのミーティングでも報告があったように、このエリアからは危険な魔獣や魔物は消えていやす。でやすから、キャンプにすぐ戻れる近辺なら」
どうやら、ジェルさんとブルーノさんが助け舟を出してくれたようだ。
「ジェルさんライナさんは、どう思いますか?」
「5人一緒で行動することが条件になるな」
「わたしも、それならいいと思いますよー」
「わかりました。それでは明日の午前中だけ。何があっても、5人で一緒に行動です。案内はブルーノさんにおまかせします。クロウちゃんも上空から監視をお願いです」
「はいっ」「へい」「カァ」
やっとエステルちゃんの許可が下りたよ。明日が楽しみになったね。
翌朝、朝食を終え冒険者パーティが探索に出発すると、俺たちも装備の確認をする。
昨晩、女子組が自分たちのテントに引上げた後、ブルーノさんとどちら方面に行くかをふたりで相談した。
結局、ふたつの冒険者パーティが、北北東方向と南南西方向に分かれて探索に行く予定なので、その間の東南東の方向に行ってみることにした。
この方面は、アラストル大森林最深部に向かう方向であり、冒険者たちが最初に合同で探索に行ったエリアだ。
「深く奥には行きやせんぜ」
「わかってるって」
さて僕たちも出発します。クロウちゃんは30メートルほど上空を飛んで貰い、ゆっくり旋回しながら僕たち合わせて移動する。
森の中は、なるほど静かだ。
魔獣や魔物、肉食の獣の群れがこのエリアからいなくなったせいか、ウサギやリス、森ネズミといった小動物の姿が俺の探査に引っかかる。
狩りをするなら、ちょうどいい具合だよね。
弓の達人であるエルフのアウニさんだったら、かなりの数を仕留められるのかな。
そんなことを考えながら、ブルーノさんの案内に従い森の中を進む。
30分ほど道なき森に分け入って小休止だ。
「ふー、ホントに静かなんですねー。恐ろしいと言われる大森林の奥とは思えません」
「ライナ、だが油断は禁物だぞ」
「わかってますよー、ジェルさん」
「あとどのくらい進みますか?」
「そうでやすな。あと30分ほど奥まで行って、その後、別ルートから戻りやしょうか」
「こんなに静かな森なら、早駈けの訓練とかしたら気持ちいいよね」
「ザックさま」
「はいっ、おとなしくしてます」
それから、ブルーノさんの言葉通り、更に30分ほど奥に入る。
「えーっ、ここって気持ちいいとこだわー」
「湧き水の池があるのだな」
「ここの水は美味しいでやすよ」
「陽の光がきらめいて、とってもキレイですぅ」
ブルーノさんが案内してくれたのは、少し開けた空間に小さな湧き水の池があり、そこから小川がつくられて流れて行く美しい場所だった。
彼の言う通り、手で掬って飲んでみると、ミネラルが豊富なのにまろやかで美味しい水だ。
空からクロウちゃんも下りて来て、美味しそうに喉を潤している。
あ、お菓子を広げるんですね、エステルちゃん。
俺たちはこの美しくて気持ちのいい場所で、しばしの休憩を楽しんだ。
気持ち良さげにしていたクロウちゃんが、ぴくんとして動きを止めて固まる。
俺はすぐに探査と空間検知を強く発動させる。
ブルーノさんも、耳を澄ませ、辺りを用心深く伺っているようだ。
女子組も何かを感じたみたいで、おしゃべりを止める。
エステルちゃんが、俺に身を寄せて腕にしがみついて来た。少しぷるぷる震えている。
この感覚、知ってるぞ。
しかし、探査と空間検知には、ほんのかすかな気配しか引っかからない。
俺は、見えないものを見ることができる見鬼の力も発動させた。
すると、この湧き水池の開けた空間を囲む木々の向うに、巨大なキ素力の塊が見えて来た。
「みんな、何かがやって来る。でも、不用意な動きはしないように。たぶん戦闘にはならないから」
「は、はい」
この感じは、3年振りだね。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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