第80話 ベースキャンプに襲撃迫る
初日の夜の見張り要員は、騎士団護衛組、いやさっき決めたパーティ名ではレイヴンからは、ジェルさんとブルーノさんが出ることになった。
冒険者さんたちの配慮か、21時から3時間のいちばん早い時間帯を指定されていた。
この時間帯の見張りのもうひとりは、サンダーソードの魔法職のセルマさんだ。
夜中はなるべく斥候職と戦闘職と魔法職という風に、職種が異なる組み合わせになるようにするんだね。
この世界は1日が27時間もあって夜が長いので、俺もまだ寝ないよ。
朝は5時くらいに起きるけど、24時に寝ても8時間の睡眠が取れる。
それで見張りの3人と一緒に焚き火を囲んでいた。
冒険者たちは、この後の見張りの順番や明日に備えて、それぞれのテントに入っているようだ。
エステルちゃんとライナさんもまだ起きてるけど、ライナさんがクロウちゃんと会話が出来るようになりたいと、ふたりと1羽でテントの前で何か話してる。
話せるようになるのかな。
大森林の中の遠くから、なんだか甲高い吠え声のようなものがかすかに聞こえる。
「ブルーノさん。あの声はなに?」
「あぁ、あれでやすか。凄く遠いと思いやすが、ザカリー様には聞こえるんで?」
「え、何か聞こえるの? 何も聞こえないですけど」
「私にも聞こえません」
セルマさんとジェルさんには聞こえないか。さすが、疾風のほかに遠耳のふたつ名も持っているブルーノさんだね。
4人でしばらく耳を澄ます。
「あの吠え声は、ムゥリークが仲間とやり取りしている声でやすな」
「ムゥリークって、手足が長くて大型のクモ猿よね」
「まだ何も聞こえないぞ。ザカリー様はどうして、そんなに耳がいいのですか」
俺は耳自体が良いうえに探査の固有能力で、聴覚センサーをブーストできるからね。
「ムゥリークって猿は魔獣じゃないの?」
「普通のムゥリークは魔獣ではないでやすが、だいたい大きな群れを作っていやして、そのボスや幹部クラスは魔獣でないとも言いがたいというか」
「ハイウルフのような頭のいい魔獣と同じで、配下の指揮がうまいそうです」
「ジェルさん、よくご存知でやすな。それにハイウルフよりもずる賢い」
「へぇー、そんなお猿さんなんだ」
「ゴブリンの群れとぶつかると、大きな戦闘になり、ムゥリークが勝つこともありやすね」
アラストル大森林のもっと奥では分からないが、この辺りだとゴブリン、ムゥリーク、そしてハイウルフに率いられた森オオカミが、群れを作って活動する代表格だそうだ。
「ねえブルーノ、私にはまだ聞こえないけど、そうとう遠くってこと?」
「そうでやすな。おそらくザカリー様と自分しか聞こえないので、かなり遠いと思いやす」
セルマさんとジェルさんは、あらためて変わったものでも見るように俺を見ていた。
その夜は、特に変わったことも危険なこともなく、無事に夜明けを迎えたようだ。
俺はテントでもぐっすり眠れました。
朝食を終え、8時になり冒険者チームが周辺探索に出発する。
ブルーノさんは俺に許可を得てから、一緒に出発して行った。
ベースキャンプには、ブルーノさんを除いた俺たち臨時パーティのレイヴンだけが残る。
ライナさんとエステルちゃんは昨晩の続きで、ライナさんがクロウちゃんと会話ができないか、まだなんかやっていた。
お菓子を出しても、ただクロウちゃんが喜ぶだけですよ。
それにそろそろ、クロウちゃんを上空からの見張りに飛ばしたいのだけど。
「ザカリー様、ちょっといいかな」
「ん、ジェルさんなに?」
「ザカリー様にお願いするのはなんなのだが、私に剣の稽古をつけてくれませんか」
「えー、逆じゃないの?」
「私も去年のザカリー様とオネルヴァの一戦は、あの場で見ていたのだ。それにヴァネッサ様との試合稽古の話も聞いています。せっかくのこんな機会だから」
「そうですか、わかりました。時間もあるし、いいですよ」
「木剣がないので、寸止め稽古ということで」
それで、まずはクロウちゃんをベースキャンプ上空に見張りで飛ばす。
エステルちゃんとライナさんは、俺たちが剣の稽古をするというので見学だ。
「ザックさま、真剣の稽古なんですから、ちゃんと自制してくださいよ。ジェルさんに怪我させちゃいやですよ」
何を言ってるのエステルちゃん。俺はいつも自制の塊ですよ。それに相手は従騎士さんですよ。
新しい軽装鎧装備での戦闘時の動きが確かめられるので、ちょうどいい相手だしね。
ふたりは剣を抜いて、少し距離を空け向かい合う。
ジェルさんはロングソードだ。そして俺は、父さんから渡されたダマスカス鋼のショートソードだよ。
彼女の身体の正面右側で剣先を立てた構えは、余計な力も入っていなくて、なかなか決まっているね。
稽古をつけてくれというジェルさんだけど、俺の方から動こうかな。早い動作で装備の具合を確かめたいしね。
俺は外部に放出しないように、ほんの少しだけキ素力を纏って前に出る。
ジェルさんはそれを見てカッと眼を見開き、合わせて前に踏み出した。
間合いに入ると、俺はショートソードを横から薙ぐように振るう。
それにジェルさんが剣を合わせる。キーンという音が響いた。力強い合わせだ。
俺は反動を消すように少し斜め後ろに飛んで、着地と同時に再び前に飛んで上段から剣を振り下ろす。
それを顔の前で剣を寝かせて防いだジェルさんは、俺の剣を撥ね上げると俺に向けて袈裟に斬り下ろした。
俺は寸前で見切り、今度は大きく後ろに跳んで、再び間合いを空ける。
「ふー、やはり斬れる気がしません。でもまだ行きます」
「いいよ。これからだよ」
それから、お互いに間合いを詰めては剣を合わせ、また離れる闘いを何回か繰返した。
だいぶ新しい装備の動きが確かめられたな。いつも着ていた稽古用の装備よりも遥かに良い動きができるよ。
それでは。
俺は縮歩の緩いバージョンで、一気に前に出てジェルさんの胸部プレート目がけて剣を突く。
接近と突きのスピードに驚いたジェルさんが、体勢を崩しながらかろうじて避けたところを、俺は横から剣を当てる寸前で止めた。
「負けました。最後の速さは、あれはなんですか」
「まぁ、あんなスピードの動きもあるってことで」
「はぁ……」
そのとき突然、上空のクロウちゃんからのアラートが頭の中で響いた。
珍しくクロウちゃんも焦っているようだ。
なになに、何か来たの?
クロウちゃんが示す方向に探査と空間検知を発動させながら、同時にクロウちゃんの視覚に同期させる。
突然に動きを止めた俺に、エステルちゃんが慌てて駆け寄る。
北方向から、四つ足の獣がベースキャンプに向かって複数接近して来る。いや複数と言うか多数だ。
上空から見ると、まだだいぶ距離があるが接近速度は速いぞ。
あれは森オオカミの群れか。
そのとき、ブルーノさんがひとり、森の木々の間から飛び出て来た。
「ザカリー様っ」
「わかってます。多数の森オオカミらしき群れがこちらに向かって来る」
「えーっ、本当ですかっ」
女子組が驚く。
「ブルーノさん、冒険者さんたちは?」
「途中でパーティごとに分かれやしたが、サンダーソードが近いので、やがて戻ると思いやす。ブルーストームは、やや遠いでやす」
「では、僕たちだけで迎え撃ちます」
「へいっ」
「わかりましたっ」
ベースキャンプにいたのに、いきなり戦闘になっちゃうよ。
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この「時空渡りクロニクル」の外伝となる短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」を投稿しています。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にしています。
こちらの連載とは別になりますが、よろしかったらお読みいただければ。
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