第5話 この世界のこと
生まれてからこれまでに理解した、この世界の基本的なところを話しておきましょう。
21世紀の地球人ならネットやテレビ、本や雑誌など、あらゆるところに情報があふれている。パソコンやスマホがあれば知りたいことはすぐ検索できる。
ただ、それが正しいかどうかを判断する必要はあるし、リテラシーも必要だけどね。
俺が前に生きていた16世紀の世界では、知識や情報はわずかな本と、ほとんどは人づてで得るしかなかった。伝聞情報というやつ。
幸いというかなんというか、俺が転生した先の立場上、一般人よりもかなり多くの知識や情報に触れることができたし、ある年齢からは、情報を専門に調べて俺に報告する部下たちもいたしね。
さて、この世界での3歳児の俺だが、いまのところ身近の家族や使用人さんに聞くしかない。
あと、アナ母さんやヴァニー姉さんが読み書きを教えてくれるので、じつはもうだいたいの本は読むことができる。だからときどき、館にある図書室に忍び込んで本を読んでいる。
アビー姉ちゃんは? アビーもときどき自分の絵本を自慢げに持って来て、「きょうはザックに、わたしが本を読んであげる」と可愛いこと言うんだけど、あいつ読み間違いも多いし、ときどき勝手にお話を作るんだよね。
あるとき「へー、そんなこと書いてあるんだ、どこに?」って言ってやると、「こことここの間の白いところに書いてあるの。ザックには見えないのっ?」と強気なこと言いやがる。
アビーにも、見えないものが見える「見鬼」の力があるのだろうか。
それはともかく、この世界の基本情報だ。
前にも言ったけど、この世界の1日は地球よりも長い27時間もある。1秒1分の時間の長さを正しく比較することはできないけど体感的には同じで、60秒で1分、60分で1時間は同じだから、要するに1日がとても長いということだ。
もっとも、分とか秒なんて誰も使わないし意識もしていないけどね。この館にはさすがに貴族家だけあって、正面玄関から入ったホールに振り子式の時計がある。地球と同じ時計回りに1から27が刻まれていて、ふたつの針が動いて時が分かるけど、みんなの認識はいま何時とかせいぜい何時半ぐらいのものだ。
それからひと月は27日、1年は12ヶ月だから、1年間で54週324日、8,748時間になる。地球が8,760時間だから、太陽を巡るこの星の自転は多少ゆっくりで、公転はだいたい同じだね。
あと、1週間七曜の概念は無い。なので土日とか決まった休日は無いんだよね。みんな働き者ですな。
この世界、つまりこの惑星は「アヌポス」と呼ばれていて、巨大な大陸が2つと広大な海があるらしい。これが俺の転生したアヌポス世界。
ふたつの大陸は「ニンフル」と「エンキワナ」。
ニンフルとエンキワナとの間には、狭い海「ティアマ海」と広い海「大ワタツ海」と呼ばれる海があり、大小さまざまな島が点在しているという。
ティアマ海は狭い海と呼ばれている通り、この世界の船でも充分渡れる海で、ニンフルとエンキワナに住む人々は古くから交流がある。
一方、大ワタツ海を越えた者は誰もいないらしいが、古くからの伝承で、それぞれの大陸のティアマ海側とは反対側にある海は、同じ大ワタツ海だとされているということだ。
アヌポス世界が球であることが、なんとなく認識されているんだね。筒とかドラム缶みたいだったら神サマもびっくりだけど。
それで、俺が転生して今いるのはニンフル大陸の方。その北部西側のティアマ海に面して存在する「セルティア王国」という国、その中にある「グリフィン子爵領」に生まれたということだ。
つまりヴィンス父さんは、ヴィンセント・グリフィン子爵が正しい名前。そして俺は、ザカリー・グリフィンということになる。
アン母さんは、グリフィン子爵領の隣のブライアント男爵家の三女アナスタシア・ブライアントで、そこからこのグリフィン子爵家に嫁いで来た。
ふたりは小さい頃からの幼なじみで、案の定恋愛関係になったのだが、どうも結婚するのは両家で初めから決まっていたらしい。
その辺のところは、3歳児の俺にはなかなか話が伝わって来ないのだけれど、乳児のときに侍女のシンディーちゃんと乳母のベラさんが話していた。
あと、俺のおじいちゃんとおばあちゃん、つまりヴィンス父さんの両親は、息子に爵位と領地を譲ってどこか遠い場所にひっそりと暮らしているそうなんだけど、俺はまだ会ったことがない。
会いに行くにもなかなか大変な場所に住んでいて、幼児にはまだ行くのは無理とのこと。
アン母さんの両親である母方の祖父と祖母、ブライアント男爵夫妻はこの前会ったよ。というか、生まれてすぐあとと乳児の頃にも来てるけど、初めてお会いした振りをしておいた。
今は6月の初め頃。もう初夏で強くなった日差しが気持ちよい。
今月の終わりが夏至で、夏至祭というのがある。セルティア王国での大きなお祭りは、この夏至祭と12月の終わりの冬至祭で、これは世界中でだいたい同じなのだそうだ。
もちろんわがグリフィン領でも盛大に祝われるらしい。というのも、去年はまだ2歳児ということで街にはもちろん行かせてもらえず、屋敷内で家族と使用人さんたち全員が集まってのお祝いに参加しただけだからね。
今年は、ぜひとも街に行くことにしよう。
俺は5月27日が誕生日で、3歳になった誕生祝いの席でヴィンス父さんが「ザックも3歳だ。3歳になって何がしたい?」と尋ねて来た。
そこで剣の稽古初めと身体づくり、というのは心の中にひっそり留めて、幼児らしく「お祭りを見に行きたい!」と言ってみた。
父さんは「そうだなぁ、どうかなぁ」とアン母さんの方を見ると、「いいんじゃないのー。わたしも子供たちとお祭りを見に街にいきたいわ」と母さんは無邪気に言っていた。
いちおう領主家族だから、街にお出かけするのはそれなりに大変なんだろうね。父さんは側に控えていた家令のウォルターさんに、なにやら目配せをしていたな。
アビー姉ちゃんは、隣の俺の手を握って振り挙げ、「やったぁー!」とバンザイした。仕方ないから俺も、もう一方の手も挙げてバンザイしたよ。
ヴァニー姉さんはニコニコしながら、小さくガッツポーズをしていた。姉さんたちもお祭りに行きたかったんだよね。
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