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第786話 春学期の開始

 新入生の勧誘活動については、この2年間、強化剣術研究部のアビー姉ちゃんやエイディさんたちのご好意で、毎年隣り合わせで勧誘テントを張って行って来た。

 今年はもうエイディさんたちも卒業していないのだが、部長になったロルくんと、ヴィオちゃんとカロちゃんが打合せをしておいてくれていた。


「例年通り、隣通しで場所も確保してあるわ。向うはロルくん以下、4人しかいないから、留守番とかもし合いましょうねって、相談しておいたわよ」


 あちらの部は、4年生ひとり、3年生ふたり、2年生がひとりだ。

 新入部員を入れないと、課外部としてのこれからがなかなか厳しい。

 まあこちらも、来年以降は人ごとでは無いのだけどね。


「それで明後日からの勧誘活動だけど、まあ講義数の少ない4年生中心で行くけど、みなさんはあの制服を着るのかな?」


 例年、うちのクラスの学院祭での出し物である魔法侍女カフェの制服、つまりグリフィン子爵家の侍女服なのだが、女子たちがそれを着て1年生の勧誘を行うのが恒例だ。

 クラスの違うルアちゃんも作って貰って持っていて、何故か1学年下のソフィちゃんも持っていたんだよね。


「ソフィちゃんのことがあるから、ちょっと今年は止めとくかな」

「です」

「そうだよね」

「えー、わたし、着たかったんですよ。カロ先輩から貸して貰ってるし」


 そうか。ヘルミちゃんは着たことがないからな。カロちゃんに貸して貰っていたんだ。


「うーん、そうねぇ。ヘルミちゃんだけに着せるのもなんだし。あれを着て勧誘するのも最後だし」

「そうか。そうだよね。あたしの場合、これが最後になっちゃうんだ」


 ヴィオちゃんとカロちゃんは秋の学院祭で着ると思うけど、クラスの違うルアちゃんは最後になるよな。


「そうしたら、みんなで着て、ソフィちゃんの分も頑張って、勧誘する、です」

「そうね。そうしましょう」

「おっけー」

「わーい」


「男子も勧誘、頑張りなさいよ」

「はいです」

「お、おう」

「はいっす」



 そんなこんなで部員たちも少し元気を取り戻して、いつもの雰囲気になって来たところで、今日のミーティングはこのぐらいにしましょうかね。


「ザックさま。質問、あります」

「え? なにかな、カロちゃん」


「明日のホームルームの話題にもなるかも、ですけど。ザックさま、何かの長官になった、ですか? お父さんからちらっと聞いた、です」


 ああ、領内でもまだ大々的に公表していないけど、俺が調査外交局の長官に就任した件を、商業ギルド長であるグエルリーノさんがうちの誰かから聞き出したのかな。

 ソルディーニ家でそれを洩らせば、カロちゃんは耳聡く食い付きますよな。


「グエルリーノさんはもう知っちゃっているんだね。まあ仕方がないか。特に秘密という訳でもないし」


「え? 何なの、長官て」

「どこかの部署の役職かよ、ザック」


「あー、まだ学院生なんで、うちの領でもあまりおおやけにはしていないのだけどね。今年から、グリフィン子爵家では調査外交局という部署を整備して、その長官に僕がなった訳ですよ」


 ああ、そういうことかと、ブルクくんはピンと来たようだ。


 彼のお父上は、キースリング辺境伯家外交担当のベンヤミン・オーレンドルフ準男爵だし、辺境伯家ではエルメルお父さんが調査探索局の副部長として、わりと表立って活動をしている。

 あそこも、対外的には同じ調査外交局って名乗っていたんじゃないかな。


「うちの父と近い立場だよね、ザック」

「まあ、そうでありますな」


「ふーん、ザックはもう、仕事の立場を得た訳か」

「さすがはグリフィン子爵家、というところだね」

「うちの子爵閣下としては、僕が卒業する前に決めてしまえって感じかなぁ」


 4年生の男子3人のそんな会話に、女子たちもなるほどねえと感心していた。


「ライくんもブルクくんも、そういうの決めないとなのよね」

「あー、それはそうかもだけど、男爵家の次男になんて仕事があるかなぁ」

「もう、あなたは直ぐにそういうこと言う」


「ブルクくんはさ、どうなの?」

「え? 僕かぁ。僕は父のあとを継ぐタイプじゃ無いし」

「やっぱり、騎士団に入りたいの?」

「うーん」


 こっちのふたりと、そっちのふたりがこんな言葉を交わしている。

 カロちゃんはひとりニコニコしていたが、騎士爵家の息子のロルくんはどうなんですかね。


「先輩たちは、大変すよねぇ」

「カシュ先輩だって、人ごとじゃないよぉ。でも先輩の場合、まずは騎士団に入って、騎士の道をしっかり歩めるかどうかが問題ですかねぇ」

「ヘルミちゃんも厳しいすなぁ」


 カシュくんもエイデン伯爵家の騎士爵の長男で、騎士になることを目指して自分を鍛えるためにうちの部に入ったんだからね。

 ああ、俺が彼を騎士にならせるって、そう言いましたっけ。


「お願いしますよぉ、ザック部長」

「カシュ先輩は、そうやって直ぐに部長に泣きつきますよね」

「ホント、いちいち発言が厳しいっす」




 翌3月1日、俺の学院生活最後の春学期が始まった。


 新入生を迎える入学式があり、そのあと今日の予定は最初のホームルームだけ。

 入学式では学院長挨拶、来賓の王宮内政部副長官の挨拶、教授代表の挨拶、そして学院生会会長の挨拶があって、新入生代表の挨拶と続く。


 例年、来賓として副長官が出席する王宮内政部というのは、王国の内政全般を取扱う部局で、王立であるこの学院もその管轄下にある。


 王宮内務部と名称が良く似ているが、あちらは王家関連全般と王国内の貴族関係を取扱う組織だね。

 役所の所在場所も、王宮内務部が王宮の宮殿横に連結してあるのとは異なり、王宮内政部は王宮敷地外で隣接した建物に入っている。


 教授代表は魔法学部長教授のウィルフレッド先生だ。

 剣術学部長教授のフィランダー先生と毎年交代で教授代表を努めているので、今回はこの爺さん教授の番という訳ですな。


 そして今年の学院生会会長は、俺と自然博物学ゼミで一緒のスヴェンくんだね。

 彼は北辺のデルクセン子爵領の高位文官の息子さんで、貴族ではない。そういえば1年生のときから学院生会に入っていた。

 剣術と魔法はともかくとして学業はかなり優秀で、まあインテリですな。


 この学院生会会長は領主貴族の子息子女がなることが多いのだが、今年の4年生で領主貴族の子たちといえば、俺やヴィオちゃんやライくんで、みんな総合武術部だしな。

 本来なら、伯爵家令嬢であるヴィオちゃん辺りが会長というのが順当なのだろうけどね。

 セルティア王立学院の場合、あまりそういう貴族への配慮的なことは存在しない。



 入学式は粛々と進んで終了した。

 さてこのあとは、クラスの専用教室に行ってホームルームということで学院講堂を出ようとすると、先ほどスピーチをしていた王宮内政部の副長官という人が近づいて来る。


 今回出席された副長官は、20歳代後半ぐらいに見えるなかなかの美人の人族の女性だ。

 亜麻色の髪をきちんとまとめ、姿勢も美しく役所の人にしてはとてもスタイリッシュだ。

 以前はおじさんだったけど、いまはずいぶんと若い人が副長官なんだなぁと、ちょっと目についていた。

 さっきまで学院長と立ち話をしていたようだが、はて、俺のところに? ですかね。


「ザカリー・グリフィン長官殿でございますね?」


 ああ、そういうことですか。


「ええ、そうですが」

「わたくし、本年より王宮内政部副長官の任に就いております、マルヴィナ・ノックスと申します。入学式が始まる前にと思いましたが、ご挨拶が遅れ、大変に失礼いたしました」


「これはご丁寧に。本学院4年生のザカリー・グリフィンです。ご家名がノックスといいますと」

「はい。ノックス公爵家の傍流ですね。わたしの父が、現在の公爵の弟であります」


 そういうことですか。

 無爵位の貴族家の娘さんということだが、印象は仕事が出来そうなキャリアウーマンのような感じだな。


 この王国では貴族の爵位を乱発することは無いので、無爵貴族と呼ばれる人たちの方が人数的には多い。

 商会を起こして商家になったりする人もいるが、彼女のように公職に就くケースは結構一般的らしい。

 なかにはブライアント男爵家のエルネスト伯父さんみたいに、学者さんになる人もいるけどね。


 ちなみに貴族爵位をやたらに増やさないのは、それを行うと王国や貴族領地を疲弊させる要因となるからだ。

 どうこういって貴族家は金がかかるし、領地を持たない貴族爵位を新設して与えたとして、国庫や領庫から歳費を出さざるを得ず、結局食い潰すことになり兼ねない。

 なので無爵貴族の家の人たちは、何らかのかたちで働かないといけないんだよね。


「王宮内務部のブランドン・アーチボルド長官より、セルティア王立学院の入学式に出席したら、ザカリー・グリフィン長官に必ず挨拶しておけと言われまして」

「ああなるほど、ブランドンさんですか。それはわざわざ恐れ入ります。でも、僕は確かにグリフィン子爵家調査外交局長官に就任しましたが、いまここではただの学院生ですので」


「はい、それは充分に承知しております。学院では身分や学院外での立場は関係ない、ですね。わたくしも卒業生ですから。ですが、今後とも学院外でのお付き合いもあろうかと思いまして。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「そうですね。僕の方こそ、よろしくお願いします」


 これから、こういうことが増えるのかもだよね。

 まあ、子爵家の外交担当になっちゃったのだから、仕方ありませんな。




 ホームルームでも例によって俺への質問タイムがあり、その話題が出た。

 手を挙げて質問するのは、いつもペルちゃんだよな。


「ヴィオちゃんとカロちゃんから聞きましたけど、ザックくんは……」

「それよりもさ。ペルちゃん、総合剣術部の副部長になったんだよね」

「あー、うー、わたしのことは」


 総合剣術部の今年の部長は、D組のオディくんだそうだ。

 どうやら昨年の課外部剣術対抗戦で、彼が3年生ながら2勝1分だったことも大きかったらしい。

 うちのクラスのペルちゃんとバルくんも選手だったが、あのときはふたりとも1分2敗で、最終的にどう決めたのか結局ペルちゃんが副部長になったようだ。


「えーとですね。お聞きしたいのは、ザックくんが長官さまになられたとかで、そこを詳しく」


 そのペルちゃんの質問を聞いて、男子たちは知らなかったらしく「なんだ、なんだ」とざわざわした。

 担任のクリスティアン先生も、どういうことなんだという顔をしている。


「あー、お静かに。今年から、グリフィン子爵家に調査外交局という部局が新設されて、僕がそれの長官ということになったのですよ。詳しいことについては、子爵家の秘匿事項になりますので、以上であります」

「えーっ」


「あー、僕は学院では、みんなと同じただの学院生だからね。でも学院の外でのこと、うちの子爵家のことは、そうそう話せないのはわかってくれますよね」

「うーん」


「ザックくんが、わたしたちと同じただの学院生って、到底思えないんだけど」

「それは置いといて、秘密なのかー。でもまだ在院中よね」

「卒業を待たずして、そういう役職に就いちゃうなんて、やっぱりただの学院生じゃないわよ」


 仕方がないので、昨日も部員たちに言ったように、うちの子爵家としては卒業後の進路を前倒ししてなるべく早く決めてしまえ、ということになったからと、少々適当なことを言っておいた。


「卒業までは、実質的にあと7ヶ月。そのあとの進路については、これは僕だけの問題ではなくて、それぞれみんなの問題ですからね。そういうのをしっかりと考えて準備しながら、最後の学院生活を過ごす。それが大切であります。そうですよね、クリスティアン先生」

「お、そうだな。その通りだ」


 ちょっとズルいけど、質問からわざと視点をずらして、この話題は終了にしてしまいましょう。



「卒業したあとの進路かぁ」

「やっぱり、働くのかしら」

「花嫁修業でもいいわよね」

「そういう進路って、まずは男子よね」

「でも、女の子だって働くべきよ。女の子の方がお金が掛かるんだし」

「男子なんて、何か食べられてさえいれば生きていけるわ」

「そう言えば、さっきの入学式に来られていた王宮内政部の方、お美しい女性だったけど、副長官だったわね」

「ああいう方に憧れるなぁ」


 質問からは逃れることが出来たけど、みんなが好き勝手に喋り出して、ホームルームをなかなか終えられませんぞ。


「今日は4年生になっての初日です。さっきも言いましたが、これから卒業まで、しっかりと考えて準備しましょうね。それでは本日のホームルームは終了とします」

「はーい」

「おう」


 さて今日は、あとは寮での夜の新入生歓迎会だけですかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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