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第779話 王宮内務部から、王太子訪問へ

「つい昨日のことですが、グスマン伯爵家についてセルティア王立学院より連絡がありましてね」

「学院からこちらに?」


 ブランドンさんの口調が先ほどまでとは変わって、慎重に言葉を選ぼうとしているように感じられる。


「はい。どうも伯爵家から学院に、ソフィーナ嬢の退学届けが提出されたとのことで。それで学院より、こちらにも問合せがありまして」

「退学届、ですか」


 暫し、この長官室に沈黙が訪れる。ブランドンさんと俺は、互いの表情を伺い合った。


「ザカリー様は、この件、何かご承知ではありませんかな?」

「いえ、いまお聞きして、いささか驚き、言葉を失っているところです」

「そうですか。しかし、落ち着いていらっしゃる」


「僕もまだ、学院には顔を出しておりませんので。またソフィーナ嬢は、昨年暮れの秋学期の終了後は、グスマン伯爵領に帰省したと承知していましたから」

「ふむ」

「王宮内務部には、何か情報は届いていないのですか?」


「王立学院を退学するという届出ですから。扱いとしては学院のもので、王宮内務部が直接的に関与するものではありません。学院側からも、領主貴族の息女ということで、念のための問合せだった思いますが、残念ながらこちらには何も。もちろん伯爵家のご令嬢ですし、私も昨年にご面識をいただいていますので、仮にソフィーナ様に何かあったということでしたら無関心ではおられませんが」


 つまりグスマン伯爵家としては、ソフィちゃんが行方不明もしくは消失といったような不穏な届出は控え、取りあえず学院を退学することのみを届けたということか。

 ブランドンさんもその学院への届出の詳細は把握していないようだが、その理由はどうやら記されていなかったらしい。


 王立学院は退学理由等を確認する文書を返信したらしいが、領主貴族家に対して独自に調査する機能を有していない学院としては、王宮内務部へも問合せたということだった。


「なるほど。これはひとりの女子学院生のことではありますが、僕にとっては同じ課外部の部員で、かつ仲の良い後輩のことです。僕の方でも調べてみましょう。まずは学院に状況を確かめないといけませんけど」


「ザカリー様が独自にお調べになるのであれば、私どもが何か申し上げるべきことは、いまのところありませんよ。学院長ともご懇意にされているそうですので、直接にお尋ねください。ただ」

「ただ?」


「物騒なことはお控えいただけると、王宮内務部としては助かります。グスマン家は言わずもがなの有力貴族ですので、揉め事になるようなことは……」

「ははは。いくら僕が北辺の貴族の息子だからといって、何でも直ぐに物騒なことを仕出かしたりはしませんよ。あくまで、学院の後輩のことを心配して、ですからね」


「そうだとよろしいのですが」


 ブランドンさんの言い方から分かるのは、大なり小なり俺が何かの火種になる可能性のある存在だと認識していることだ。

 なので、俺の行動を阻害することは出来ないが、変にことを大きくして欲しくないということなのだろう。


 彼からすれば、伯爵家の四女が王立学院を中退するという事実だけで、それ以上に物ごとが発展しないのなら、それはそれで良いと考えている筈だ。

 領主貴族の令嬢云々を置いておけば、学院生が中途退学をするなんて特別に珍しいことでは無いからね。



 それからはまた和やかに言葉を交わして、面談は終了となった。


「ザカリー様が、グリフィン子爵家の調査外交局長官にご就任されたということですと、王宮に来られる機会も更に増えそうですな」

「ええ、そうかもですね。でも、無用に足を運んで、騒ぎを起こしてもいけませんので、なるべくは控えておきますよ」


「これはっ。いえいえ、そういうことではありませんので。私としては、大歓迎です。何卒、お手柔らかに願います」

「はい。今後とも、よろしくお願いいたします」


 最後はそんな風だったが、俺としてもそうそう王宮には来たくないんですよ。

 でも、このブランドンさんとは今後も顔を合わせるのだろうね。



 王宮内務部の建物を出て、待機していたフォルくんとユディちゃんと合流した。

 いつもながらに思う、小屋と言うには豪華で立派な待機小屋で少し一服しますかね。


「人間の会話って、面倒くさいですよね」

「特にああいうお偉い人と話すと、そうなのよねー」

「でも、ザカリーさまも、あらためて大人になったんだなって感じます」

「伊達に王都で3年、過ごして来なかったということか」


 はいはい、何とでも言ってください。

 心の中だけで何回も言うけど、俺だって前々世で29年、前世でも29年、社会でそれなりに揉まれて来た訳ですよ。

 特に前世は、ここよりももっと面倒くさくて、もっと物騒な世界だったからね。

 ああ、クロウちゃんが居ないから、誰も同意してくれないんだよな。


「でもザックさまって、ああいうときにはそれほど人間離れしてないんだって、わたしも感心しましたよ。ちゃんとお話されてましたし」


「カリちゃんも、ちゃんとご挨拶が出来ていたな」

「えへへ、そうでしたかぁ、ジェル姉さん。エステルさまに特訓を受けてますから」


 やっぱりそうなんだね。

 ライナさんとカリちゃんという、俺の近くで最も危険なふたりが揃っていたので、まったく心配していなかったということはないけど、取りあえずは大丈夫そうで良かったのであります。




 少しばかり休憩をして、王宮の宮殿内に向かった。


「へぇー、なかなか広くて大きいんですね。人間なのに良く造ったものです」

「そうだね。でもカリちゃん。ここは声が響くから、小さめでね」

「はーい」


 宮殿の大ホールには警備の王宮騎士団員や王宮関係者らしき人、貴族関係者や王都の有力者らしき外部からの訪問者などもちらほら居て、俺たちが足を踏み入れると皆がこちらに視線を向けた。


「あは、やっぱりカリちゃんを見てるわよー、コソコソコソ」

「今日は飛びっきり可愛いですもんね。王宮で話題になっちゃいますよ、コソコソコソ」

「えー、姉さんたちも美人だから、ザックさまを妬んでる目ですよ、あれは、コソコソコソ」

「むー、やはりわれらは目立つのか、コソコソコソ」


 ジェルさん、それはいまさらだよ。俺はもう諦めています。



 王宮騎士団員に取り次ぎをお願いして暫く待ちながら、そんなコソコソ話をしていると、やがて奥に続く廊下の方からマレナさんが姿を現した。


「これはこれは。お待たせしましたザカリーさま、みなさま。あら、カリさんですよね。今日はカリさんがお付きなんですね。なんて可愛らしくてお綺麗なのかしら」


 マレナさんはカリちゃんと何回も顔を合わせているので、直ぐに分かったみたいだ。

 まあ女性だし、こういう点は男よりも遥かに敏感ですな。


「本日はエステルさまの代りに、わたしがお供をして来ました。よろしくお願いします」

「こうしてあらためてお姿を拝見しますと、エステルさまもですけど、カリさんもなんとも言い表せない高貴さをお持ちなんですね」

「えー、そんなことありませんよ。ただの田舎者です」


 いやいや、遥か大昔に天界から地上に降りた、5体のエンシェントドラゴンである五色竜のうちの、ホワイトドラゴンの曾孫娘ですからね、普段は俺も忘れてるけど。

 言ってみれば、人間が考える高貴とか何とかなどを超越した存在なんですな、忘れてたけど。



「(ねえねえ、ザックさま)」

「(うん?)」

「(今日は会う人からキレイとかカワイイとか言われちゃって、これはわたしの人化魔法もいよいよ完成期に辿り着きそうな感じですよ。どうですかぁ?)」


「(さすがはホワイトドラゴン、って言うべき?)」

「(うふふ。自分で言うのもなんですけど、優美さではドラゴンでいちばんですからね)」

「(だよね)」


「(もう、ザックさまは素っ気ないですよ。ザックさま的にはどうですかぁ)」

「(うん、とても可愛いと思います)」

「(えへへ)」


 無理矢理に人間の姿かたちを造形しているのではなくて、アルさんがもし人間だったらというのと同じように、カリちゃんが人間だったらという自然の摂理によって、人化魔法は作用しているらしい。


 なので、ホワイトドラゴンであるということと、彼女の言う人化魔法の熟達の両方が上手く結びついているんだろうな。

 女の子にはそういう理屈話じゃないって、クロウちゃんが居たら突っ込まれそうだけどさ。



 静謐に包まれた大廊下をマレナさんに案内され、そんな念話でカリちゃんと話しながら進むと、いつの間にか王太子の暮らす区画へと入っていた。


「まだ肌寒い季節ですので、本日はこちらで」


 マレナさんがそう言って、以前に王太子と会った中庭ではなく、居住区画の中へと案内された。

 なかなか広くて天井も高い、豪奢な部屋ですな。

 それでも落ち着いた雰囲気なので、リビングみたいな一室なのだろう。


 大きて低めのテーブルを囲んで、10人ほどがいちどに座れそうなソファが並ぶ応接セットがあり、そこに王太子とヒセラさんが座っていた。


「おお、ザック君、良く来たな。ジェルさんたちもようこそ。おや、そちらは?」

「あら、カリさんですよね」

「ん? カリさんて、侍女のカリさんなのか? おいおい、これは見違えたぞ。どうしてザック君の周りには、凄い美人ばかりなんだ。カリさんは魔法の達人で、正真正銘の魔法侍女さんだよな。おまけにこんなに美しいと、もう言葉も出ないぞ」


 いやいや、俺たちがここに来ていきなりで、言葉が出ないも何もかなり雄弁ではないですか。やはり相変わらずのセオさんだった。


 カリちゃんはその王太子に、優美なカーテシーの挨拶をちゃんとしている。そういうのも教えて貰ったんだね。


「本日はエステルさまの代役で、ザックさまのお供としてお邪魔させていただきました。こうしてまた、王太子殿下にお目に掛かる機会をいただき、誠にありがとうございます。今後ともどうか、よろしくお願いいたします」


「おう、ご丁寧な挨拶、ありがとう。こちらこそ、よろしくな。いやあ、参った」


 セオさんは何故か照れながら、そんなことを言う。

 何が参ったんだか良く分からないけど、殿下には美しい婚約者がおるのですからね。

 それにしてもこの王太子、シルフェ様に目を奪われたり、今日はカリちゃんに見蕩れたりと、人外の美人にとりわけ魅かれる体質でも持っているですかね。



「それで? ザック君、今日は何か面白い話でもあるのか?」

「いやあ、セオさん。特別面白い話でもないのですけど。本日罷り越したのは、ひとつはご報告とご挨拶。もうひとつはお願いなんです」


「俺に報告と挨拶とお願いか。なんだ? 何かあったか?」


「いえいえ、それほど大層なことでは。その前に、オネルさん」

「はい。こちらをどうぞ。ザックトルテです」


 宮殿に入る前に、オネルさんが肩に下げているマジックバッグからザックトルテのホールケーキの入った箱の包みを出して、手に持って来ていた。

 オネルさんがその包みをマレナさんに渡す。


「わぁ」とマレナさんが声を出し、「いまカットして来ます」と直ぐに奥の別の部屋に持って行く。


「いつも悪いな、ザック君」

「いえいえ、自家製ですのでね」

「フェリも、またあのトルテが食べたいと、なかなか煩いんだよ」


 フェリさんも昨年の学院祭でザックトルテを食べているので、気に入ってくれたようだ。

 今日はまさに、原材料であるショコレトール豆の件が本題ですからね。

 それが入手出来ないと、もうショコレトール関係のお菓子を誰も食べることが出来ないのですよ。



「ご結婚の日取りとかは、どうなりましたか?」

「ああ、それか」


「それか、ではないですよ、王太子さま。ザカリーさまにでしたら、お話されてもよろしいのでは?」

「そうだな、ヒセラ。いや、ザック君。年明けの先月に、俺たちの結婚の儀の日取りが決まってだな」


「決まりましたか。いつです?」

「それがな。少々揉めたのだが、6月の18日と決まった。まだ内密にだぞ」


 おお、そうですか。6月18日というと俺的には学院の春学期の終了後で、夏休みの帰省に出発する前ですな。


「揉めたというのは?」

「やはり、夏至祭との関係だな。でもフェリが、学院の春学期を終えたあとの日程を主張してね。俺はいつでも良かったのだが」


「王太子さまはもっと早く、2月頃でもいいじゃないかっておっしゃったんですよ。でもそれだと、ご招待の関係や式の準備に無理がありますでしょ。それで、夏至祭の前かあとということになったのですけど、王立学院の春学期終了後と夏至祭の間の日程でという案を、フェリシアさまが出されまして」


「王宮内では、王立学院など関係ないという声が多かったのだよ。しかしフェリは、学院関係者もご招待しますのでと強く主張して、ようやくその日程で決まった。もちろん俺も、ザック君が夏休みで帰ってしまったあとに、また王都に来て貰うよりはと賛成したぜ」


 まあ俺のことは、この場の話での配慮っぽいけど、確かに王都にいる貴族関係者が夏至祭りで自領とかに帰省してしまったあとだと、日程を合わせてまた呼び寄せることになるからね。


 しかしいよいよ王都での、王太子殿下と公爵家令嬢との結婚式ですか。

 これは王国を挙げての一大イベントになるのでしょうな。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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