第778話 長官初仕事で王宮に行く
実質的に最後の冬休みとなる1日をゆっくりと過ごし、その翌日の今日は午後から王宮へと向かう。
それで、今回はエステルちゃんではなくて、自称調査外交局長官秘書のカリちゃんが同行するのだが、午前中からうちの女性たちがエステルちゃんの部屋に集まって大騒ぎをしているんだよね。
何を騒いでいるのかというと、どうやらカリちゃんに何を着せるかということらしい。
エステルちゃんの部屋は俺の隣なので、その喧噪が漏れ聞こえて来るのですな。
うん、なんだか騒ぎに引きずり込まれる予感がするので、1階のラウンジに逃げましょう。カァ。
昼食を済ませて、王宮に行くそれぞれが出掛ける準備をする。
「ザックさまのお着替えは、今日はわたしがお手伝いですよ」
「はい、よろしくお願いします、シモーネちゃん」
昔はすべてエステルちゃんがしていたが、いまはその都度いろいろだよね。
どうやらカリちゃんの最後の仕上げを、エステルちゃんとエディットちゃんで行っているらしい。
俺はわりと普通の外出着だ。まだ肌寒いので、マントを羽織りましょうかね。
「あっちはどうなの?」
「カリ姉さんは、とってもお綺麗です。お化粧なんていらないとシモーネは思うのですけど、ライナ姉さんたちがもっとおめかししなさいって」
ああ、午前中にお姉さん方も加わって騒いでいたのは、それもあるんだね。
昼食のときにはまだしていなかったけど、いまはお化粧をしている最中ですか。
それで俺の方は早々と用意を済ませて玄関ホールで待っていると、ユディちゃんが「馬車のご用意が出来ましたよ」とやって来た。
「えーと、まだカリちゃんが」と言いかけたら、その当人が2階から降りて来る。
「どうですか、カリちゃん凄く綺麗でしょ」
「あふー、もう朝から大変な1日ですぅ」
「カリ姉さんが逃げようとするからですよ」
「カァカァ」
エステルちゃんの外出用の華麗な衣装を着させて貰って、普段はまったくしない人間の化粧をして貰ったカリちゃんは、確かにとんでもない美人に仕上がっていた。
クロウちゃんも見に来ていて、ドラゴンにも衣装とか訳の分からないことを言って感心している。
人化の魔法による変化としてはいちおうドラゴニュートの筈なんだけど、この1年でエステルちゃんを隅々まで観察しているという本人の言もあり、外見的には竜人だか人族だかファータだかほとんど見分けがつかなくなっているんだよね。
ちなみに、服の中身については正確には知りません。
しかし人化魔法って、熟達して行くと進化するんだね。アルさんなんかはそういうのがまったく無いのに。
それに本体がドラゴン娘だからか、今日は危険なオーラが余計に強調されている気がする。
獣や魔獣だと逃げ出すやつだけど、人間だとどうなんだろうね。
でもこれは、王宮でも目立つんじゃないかな。
昨年夏にエステルちゃんを伴って行ったときも、かなり注目を浴びていたのを感じたけど、大丈夫ですかね。
ただでさえ、いつも美人の女性騎士を3人も従えていると噂されているらしいのに。
あと、あの美人好きの王太子も、婚約して落ち着いたとはいえ危ないですぞ。
「あひゃー、カリ姉さん、すっごくお綺麗ですよ。これは王宮が大騒ぎです」
いやユディちゃん。俺は常に目立たない方向で行きたいんだけどさ。
屋敷の玄関外の馬車寄せでは馬車の前でフォルくんが待っていたが、どうやらカリちゃんをひと目見てドギマギしたようで、下を向いていた。少年よ、顔を上げなさい。
あと馬の手綱を持って待っていたお姉さんたちも、わぁわぁ大騒ぎだ。
分かりますけど、そろそろ出発しますからね。
「ねえザックさま。馬車の中でだけこのお衣装、脱いだらダメですか? 暑くて」
「へ?」
普段は寒い冬でも、薄手でスカートも短めの侍女服を着ていて平然としているので、冬用の貴族の女性の外出着は暑くて窮屈かもだけどさ。
それにドラゴンが人化している場合の体感温度って、どうなっているのだろう。
「いやいや、直ぐに着いちゃうんだから、我慢しなさい」
「えー、そうですかぁ?」
そうです。当たり前です。それにこの馬車の中で脱いだら、また着直すのが大変でしょうが。
「ねえ、ドラゴンの場合、体温てどうなってるの?」
「体温ですか? いまはいちおう、人間ぐらいになってると思いますけど。なんで?」
「あ、いえ」
トカゲみたいな外気温に影響を受け易い変温動物と同じなのかと言いそうになって、俺は慌てて口を閉ざした。
トカゲと同じとか言うと、酷く叱られて軽蔑されそうだからね。
「元の姿だと、外の温度に応じて、自分でいい感じに調整が出来るんですけどね。人化してると、どうも調整し辛くて」
ああ、自分で調整出来ちゃうんだね。だから温度が極めて低い高空でも大丈夫なのか。
人化すると、恒温動物のように体温が一定に保たれる方向に変わって、却って調整し辛くなるということですかね。
そんな話をしているうちに、いったんフォルス大通りに出て商業街の中を走っていた馬車は、あっという間に王宮前広場を巡って正門前へと着く。
何の問題も無く王宮の敷地内へと入り、宮殿の横に渡り廊下で連結されている王宮内務部の建物前の馬車待機スペースに一行は到着した。
俺が先に馬車から降り、続いてユディちゃんに形式上介添えされてカリちゃんが降りると、
やはり前回のエステルちゃんと同じように、周囲から視線が飛んで来るのを感じる。
これが獣や魔獣の棲む森とかだと、彼らは一目散に逃げて行くのに、人間だと逆に注目して下手すると近寄って来そうだよな。
危険な魔獣を追い払い、むくつけき人間の男どもを吸い寄せるとは、ドラゴン娘はあらためて恐ろしい存在だ。
などとつまらないことを考えながら、そのカリちゃんの姿を俺は見ていた。
「ザカリーさま、確認が取れましたので行きますよ」
「あ、はいです。そしたら、フォルくんとユディちゃんは待機、よろしく」
「承知しました」
「はーい」
オネルさんが先に王宮内務部の受付に行って、訪問のアポの確認をして来てくれていた。
それでは行きましょうかね。
カリちゃんは油断無く周囲に気を配っていたが、それでも思ったよりは落ち着いている様子だな。
昨日にも彼女には念を押しておいたけど、王宮の敷地内では魔法は厳禁だ。
俺が初めて王宮を訪れたときのあの騒ぎではないが、王宮内では魔法感知系の能力を持った王宮魔導士が常に監視を行っているらしい。
基本的には王族や王宮騎士団長などの許可が無いと、ここでの不用意な魔法発動は厳罰に処せられるそうだからね。
そういう人間社会の面倒くさい決まりごとや流儀の中でも、カリちゃん自身が自制しながら行動が出来るようになるための訓練というのも、今回エステルちゃんが彼女を俺に同行させた狙いらしい。
王宮内務部の建物内に入り、職員さんに案内されて長官室へと通された。
そこでは、王宮内務部長官のブランドン・アーチボルド準男爵がニコニコしながら出迎えてくれて、後ろには秘書官らしい女性も控えている。
「ザカリー様、御無沙汰しておりました。このたびはわざわざ足をお運びいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、急な面会のお願いで、すみませんでした。お忙しいところ、お時間を作っていただきまして」
「いやいや、ザカリー様ならばいつでも歓迎ですぞ。ところで、本日はエステル様ではないのですね。昨年夏には、ご一緒に王宮に来られたとお聞きしましたが。それで、そちらのお嬢様は?」
「ブランドンさんは、グリフィニアで何回も会っていますよ。うちのカリオペです」
「お久し振りでございます、カリオペです。本日はエステルさまの代役で、同行させていただきました。よろしくお願いいたします」
ブランドンさんはヴァニー姉さんの結婚式でグリフィニアに来たときに、カリちゃんともわりと良く顔を合わせていたよね。
それと、カリちゃんが驚くほどまともな挨拶をしたのにも、俺は驚いた。
これはエステルちゃんに相当仕込まれたですかな。
「なんと、カリさんでしたか。これはこれは、驚きました。いや、失礼をいたし、大変申し訳ありません。それにしてもお美しくて、私としたことが……」
カリちゃんは口に手を当てて、「ほほほ」とか優雅に笑っている。おい、いったいどう仕込まれたですかね、カリちゃん。
それからジェルさんらお姉さんたちも挨拶をし、ブランドンさんからは同席している女性を紹介された。
年齢がジェルさんやライナさんと同じぐらいの若い女性で、グロリアさんというブランドンさんのやはり秘書官なのだそうだ。
暫し、昨年の結婚式やヴァニー姉さんとヴィック義兄さんの話題で会話を交わしたあと、そろそろ本題ですな。
「本日は、ブランドンさんにご報告がありまして、挨拶に罷り越した次第です」
「はて、ザカリー様から私にご報告をいただけるとは」
「このたび、グリフィン子爵家では、従来の調査外交部を拡充しまして、新たに調査外交局という部署を新設しました。それで、不肖この僕がそこの長官となりましたので、ご挨拶をと思いまして」
「なんとなんと。ザカリー様が長官にご就任と。これは、おめでとうございます。ふむふむ、調査外交局ですか。確か従来の調査外交部では、家令のウォルターさんが部長を兼任されていて、ミルカさんが副部長でしたな」
「はい。ウォルターは、そのまま部長職を兼任して僕の補佐役で、ミルカも部長になりました」
「ほほう。部署名に外交と共に調査という名称を付けられて、局に拡充されたということは、ミルカさんはその調査関係の部長となられましたか」
「まあ、その辺はご想像にお任せします」
さすがに王宮内部のことと同時に、王国の貴族関係を扱っている王宮内務部の長官なだけあって、細かい点にも気づきますよな。
「それでザカリー様が、その局の長官になられたと。これは調査だけでなく、グリフィン子爵家は外交面も強化されるということですな。つまり、今後はザカリー様が表立って活動されると、そう解釈させていただいてよろしいのでしょうか。騎士団関係などの武の方では無いのが、少々意外です」
「ははは。騎士団の方は、姉のアビゲイルがおりますから。まあ僕の場合は、まだ学院生として1年間残っていますので、それほど表立って活動云々では無いですけどね。うちの子爵としては、僕が卒業後にふらふらしないように、いまから立場ぐらいは決めておけ、ということなのでしょう」
「なるほどなるほど。継嗣を遊ばせておくだけの領主貴族も多いですが、さすがはヴィンセント閣下です。しかし、ザカリー様がただふらふらしているだけなどとは、到底信じ難いですがね」
「まあ、父親として、ひとりだけの息子が心配だったのでしょう」
表面的には笑いを挟みながら、そんな感じで和やかに会話を交わして行った。
でも王宮内務部長官としては、今後のグリフィン子爵家や俺について、頭の中でいろいろとシミュレーションを始めているんだろうな。
ミルカさんについても、ただの上級職員とは思っていなかったようだし、どこまで把握しているのかは分からない。
少なくとも調査関係を主に統括しているぐらいは、推測しているようだ。
ただ彼がファータのシルフェーダ本家の者で、俺とエステルちゃんの叔父さんであることまでは知らない筈だ。
それから、この場に同席しているジェルさんたちが俺に直属する独立小隊員で、調査外交局が独自の武力を持っているのは、もちろん内緒ですよ。
「まあでも、僕がそういった外交関係の公職に就いたものですので、やはり身近な貴族の子息子女とはより一層、良好なお付き合いをしなければとは自覚していますよ」
「ははあ、なるほど。ザカリー様の学院での課外部、総合武術部でしたか。その部員の皆さんは、確か貴族の方たちが多かったですな」
「はい、たまたまなんですけどね。現状、現役学院生では最も高位の伯爵家の令嬢が、ふたりもおりますし」
「ああ、セリュジエ伯爵家のヴィオレーヌ嬢と、昨年にグリフィニアでご一緒したグスマン伯爵家のソフィーナ嬢ですな」
このおっさん、やはりその辺はきちんと名前まで把握しておるのですな。
まあ尤も、ソフィちゃんとはグリフィニアでも結婚式でも言葉を交わしていたからね。
そのソフィちゃんの名前が出たところで俺は、ブランドンさんの顔をあらためて見た。
カリちゃんもお姉さんたちも、声は決して出さないが注視しているのが伝わって来る。
「そのソフィーナ・グスマン嬢のことですが、ザカリー様」
「はい」
少し間を空けてから、ブランドンさんは言葉を続ける。
やはり、何か情報が届いておりますかね。俺はそう思いながら、彼の目を見つめた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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