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第775話 世界樹ドリンクで若さを保ちたい

 若さを保ちたいという誰しもが抱いている願望に、女性として結婚や出産をどうするのか、そして俺の独立小隊レイヴンのメンバーとしての立場や彼女ら自身の今後への望みや思い。

 そんなことが重なり合ったところに出て来た、世界樹ドリンク効果の仮説。


 だが、1杯で10年の寿命を延ばしてしまうという、その途方も無い世界樹ドリンクを、果たして人族が何杯も飲んで大丈夫なのか。

 あまりの効果の強さに、身体に致命的な異変が起きてしまわないだろうか。


 更に世界樹の樹液には、昨年の夏にヴァニー姉さんへの結婚祝いで作成した奇跡の万能薬エリクサーの原材料であるという、とてつもない事実がある。


 エリクサーのことまでは、お姉さんたちにもちゃんと話していない。

 だが、そういった効果効能を持つ世界樹の樹液というものがこの世に存在していて、かつ俺が所有しているという事実が万が一にも余所に漏れないようにと、俺とエステルちゃんは相談して封印したのだよね。


「これは、いくらなんでも僕ひとりで判断出来ないので」と、俺はそう言ってエステルちゃんと、それからシルフェ様たちに来て貰うことにした。


 クロウちゃん、呼んで来てくれるかな。父さんたちには内緒だよ。カァ。

 仕方ないなぁ、という感じでクロウちゃんは飛んで行った。




 程なくして、エステルちゃんとシルフェ様、シフォニナさんにアルさんがやって来た。


「ジェルさんたちも顔を揃えて、どうしたんですか?」

「それがね……。ここではなんだから、会議室の方に」

「うふふ。ザックさんが困った顔をしてるということは、これはライナちゃん辺りね」

「まあまあ、あちらへ」


 調査外交局に設置した会議室はそれほど広くないが、あまり話を漏らしたくないので少々我慢して貰いましょう。

 それでぞろぞろ移動すると、何ごとかと事務職員のふたりが顔を覗かせた。


「あ、王都屋敷関係の打合せなので、気にしないでね」

「お茶でもお持ちしましょうか、長官」

「それじゃ、お願いするかな」


 彼女らがお茶を淹れて持って来てくれるまでは賑やかに世間話をしていたが、ドアが閉まると皆が口を閉ざした。


「それで、何の集まりですか? ブルーノさんたちはいないけど」

「それがね、エステルちゃん」


 俺はこれまでの話の流れを説明した。

 途中からエステルちゃんは困った表情で、シルフェ様たちは面白そうに聞いていた。


「この話の発端は、カリじゃな」

「あ、すみません師匠」


「カリちゃんはアイデアを言ってくれただけで、そもそもの発端はわたしたちなのよー、アルさん」

「じゃがのう、ライナ嬢ちゃん。カリはこちらで暮らしてまだ1年じゃ。人間の社会というものが、もうひとつわかっておらん」


 カリちゃんはアル師匠からそう言われて、ちょっとシュンとしていた。

 でも先に俺にそのアイデアを話したのだから、ライナさんに言う前に俺がカリちゃんともっときちんと話した方が良かったよな。

 その点では、俺にも責任がある。



「わたしたち人族の女性って、20歳も半ばになると、いろいろと言われちゃうでしょー。そもそもが、まずはザカリーさまが学院を卒業するまでは、って話だったし、奥さまとかが心配してくださるのも、本当にありがたいことなのだけど」


「ジェル姉さんとわたしは騎士爵家の長女で、姉さんは既に騎士爵ですし、わたしも行く行くはってことになるんです。でも正直言って、結婚とか旦那さんとか、いまはぜんぜん考えてなくて。ジェル姉さんはどうなんですか?」


「それは……。わたしは出来ることなら、ずっとこのまま、ザカリーさまのもとで働きたいし暮らしたい。それが正直なところだ。だが、バリエ家とバリエ村のことは当面は大丈夫だとしても、将来のこととなると早く身を固めて跡継ぎをという声が、だんだん大きくなって来るだろうな。わたし個人としてはザカリーさまのもとで、ひとりの剣士として生きて行くのが……」


 ジェルさんの言葉は、だんだん小さくなって最後は良く聞こえなかった。


 この世界の人族の女性の結婚適齢期は14歳ぐらいの頃からもう始まって、だいたいは20歳代前半ぐらいまでが普通だ。

 それは、俺が前世でいた世界でも同じようなものだったよな。


 貴族は早くに婚約相手を決めてしまうことが普通で、騎士爵家や一般庶民ではもう少し自由だが、それでも同様の認識だ。

 冒険者などの一部の特殊な職業の女性だと、独身を貫いたり結婚してもかなり遅かったりする。でも農家や商家などは、わりと早くに結婚するんだよね。


 ジェルさんの場合はひとり娘で、かつ前バリエ騎士爵であったお父上が身体を壊して領地の村で療養する必要から、早くに騎士爵位と当主の地位を引き継いだという事情があった。

 現在は、お父上も体調を回復されて村のことに専念出来ているので、ジェルさんもひとまずは自由に動けているのだけど。



 お姉さんたちの話を聞いて、エステルちゃんは「うー」と唸っていた。

 彼女は人族とは寿命の異なる精霊族ファータなので、そういう人族の女性と同じ立場ではない。

 ましてや今回の話は、世界樹ドリンクの力によって、彼女のように寿命を延ばして若さを保ってしまおうという話だから。


 これを種族の違いと言ってしまえばそれまでだ。

 この世界では、同じ人族の中においては人種を区分することは無く、見た目の多少の差異で、それがどうこうという考え方なども無い。

 しかし同じ人間であっても、種族の違いは如何ともし難いのだ。特に種族で異なる寿命や年齢の重ね方の違いにおいては。


 精霊族にはファータ、エルフ、ドワーフといった区分があり、獣人族の中にも獅子人、狼犬人、猫人、竜人といった何種類かの区分がある。


 しかしこれは、精霊族、獣人族という種族で便宜上大括りはされているものの、例えばファータは風の精霊、エルフは樹木の精霊、ドワーフは土の精霊という始祖の違いがあり、各始祖は兄弟姉妹であるとしても、それぞれはそもそも本来的に種族が異なると言ってもいい。


 話が多少脱線したが、この種族による人間としての在り方の違いを、寿命と若さという点において世界樹の力によって乗り越えてしまおうというのが、いまのこの話なのだ。


 ただ、そんな大それた理屈はともかく、同じ女性としてエステルちゃんは何か言おうとして口を開きかけながら、でも何も言葉にすることが出来ないのだろう。

 彼女は、そんな心の内を覗かせる苦しげな表情をしていた。



「エステルさまは、そんなご自分を責めるみたいな顔なんてしなくていいのよー。エステルさまはエステルさま。わたしたちはわたしたち。それはわかっているの。それにエステルさまは、特別の御方なんだからさ」

「ライナさん……」


「でもさ。もし世界樹の力で、わたしたちがザカリーさまとエステルさまと一緒に過ごせる年数が少しでも増えるのなら、それに賭けてみるのもいいかなーって、わたしはカリちゃんのアイデアを聞いてそう思ったの。わたしはこんなだから、どんな結果になっても平気だけど、ジェルちゃんとオネルちゃんは立場があるから少し違うでしょ。だからなかなか、3人で事前に相談出来なくて。でも気持ちや思いは一緒だと思ったの」


「ライナ」

「ライナ姉さん」


 それで何も事前に話をせずに、俺のところに引っ張って来ちゃったのだね。

 自分ならどんな結果になっても平気とは言っても、ジェルさんとオネルさんの立場や思いを考えたからこそ、ひとりだけでこっそり抜け駆けする訳にはいかなかったということか。



「はいはい。お話はわかりましたよ」と、ここで初めてシルフェ様が口を開いた。

 皆が口を閉ざして、そのシルフェ様に注目する。

 どうこう言ってこの件は、シルフェ様が如何に判断を下すのかが最も重要であると、誰もが分かっているからだ。


「要するに、ライナちゃんはこれからも、ザックさんとエステルと一緒にいたいのよね。それは、ジェルちゃんとオネルちゃんも同じなのね?」

「はい」

「それは……、出来ることでしたら」

「わたしも、です」


「ねえ、アル。世界樹の樹液って、人間の、人族の身体にはどうなのかしら?」


「それは、決して悪い、ということは無いですぞ。ただし」

「ただし?」

「強過ぎる、ということじゃて」


「そうなのね。それと、カリちゃんが言ってる、寿命を歳ごとに均等に延ばす、というのはどうなの?」


「ああ、カリの言う通りですの。そもそも寿命が延びるというのは、例えば老いた状態を延ばすということではないのじゃ。それは精霊族を見てもわかるじゃろうて。寿命の年数によって、その者の持つ身体的変化の辿り方が違うと言うことじゃな。なので、ある一定の変化をしてしまった末に、そこから寿命が延長されるということは理屈に合わん」


 つまり、老化という生物としての経年による変化が、ゆっくりになるという解釈で良いのかな。

 経年変化を身体的機能や状態の劣化と言い換えれば、その劣化の進行速度を遅くしてしまう、あるいは劣化を防ぎ続けて行くということだろうか。


 世界樹の樹液と聖なる光魔法によって作られる万能薬エリクサーが、一般的な回復治癒のポーションと違うのは、当人の自己治癒作用を高めるだけでなく、世界樹の樹液の効果によって怪我や病理による身体の劣化を防いでしまう、ということなのだろう。

 同時に聖なる光魔法が練り込まれていることにより、高度に自己治癒作用と浄化作用をもたらし、怪我ばかりでなく病魔も快癒させてしまうということかな。


「ザックさまは納得したようじゃな。つまり、そういうことじゃて」


 黙って暫し考えていた俺の顔を見て、アルさんはそう言った。



「ねえねえ、アルさん。そうしたら、わたしたちが世界樹ドリンクをたくさん飲んでも、大丈夫ってことよねー」

「たくさんとは、ライナ嬢ちゃんはどのぐらい飲むつもりじゃ」


「えーと、昨年に2杯飲んだから、あと10杯ぐらい?」


 ぜんぶで12杯ですか? 先ほどの俺の仮の計算だと、例えば80歳の寿命がプラス120年で200歳になって、20歳代をあと20年近く続けるということですぞ。


「そのぐらいなら、いいんじゃない?」

「またおひいさまは、軽くそういうことを言う」


「だって、シフォニナさん。12杯飲んで120年でしょ。そのぐらい、たいしたことないわよ」

「それはファータなら、200歳以上の寿命は普通だからいいですけど、問題はそこではなくて、先ほどのザックさまの計算からすると、いまのお三方のこのお姿で、あと20年くらい変わらないってことですよ」


「そんな20年ぐらい、エステルだってたぶんこのままだし、カリちゃんはずっとだし、ねえ」


 ねえって、俺の方を見んでください。カリちゃんがずっとあのままなのは分かるけど、エステルちゃんはいまの15、6歳ぐらいの容姿が、あと20年は続くとですか。そうですか。カァ。


「それはそうですけど、ジェルさんたちは人族なのですから、ご家族とか周囲の人たちとかに不思議がられて、それにどう答えますか?」

「それはほら、お母さまとお父さまの思し召しでとかね。ザックさんと居るから」

「直ぐにアマラさまとヨムヘルさまのせいにするのは、ダメですよ」


「だってー、世界樹の樹液のことの方が、言えないでしょ。わたしに聞かれたら、そう種明かししちゃいそうだから、取りあえずお母さまとお父さまを引き合いに出せばね。この世界のすべてのことの大もとは、そこにある訳だし」

「それはそうですけど」


 ああ、この辺の話になると、もうシルフェ様だとややこしくなる。



「先のことはともかくとして、えーと、シルフェ様は反対しないと、そう思っていいんですか?」


「それはザックさん、わたしは人間の家のこととか、立場とか地位とかをどうこうの意見は言えないですけど、少なくともこの3人が、まだ暫くあなたとエステルと共に歩みたいと真に願うのなら、それを適うようにすることに反対はしませんよ。人族の女性だけど、ファータの女性みたいになった。それでいいじゃない。アルが言うように、身体に悪い影響が出ないのならばね」


 ライナさんとジェルさん、オネルさんの3人は、シルフェ様の言葉を聞いて互いに顔を見ながら頷き合った。

 そして、彼女らが何かを言おうと口を開きかけたそのとき、それまでずっと無言だったエステルちゃんが初めて言葉を発した。


「ライナさん。それからジェルさん、オネルさん。お姉ちゃんたちが反対しないのなら、それでザックさまがご許可されるのなら、わたしも反対はしません。と言うか、同じ女性として、反対なんて出来ませんし、ザックさまとわたしと、まだ一緒に歩みたいと、本当に願っていただけるのなら、わたしが賛成します」


「エステルさま」


「でもね、シフォニナさんが懸念されたことも、良く考えてくださいね。わたしとカリちゃんと、5人で。もしかしたら、あともうひとり増えるかもですけど……。ともかくこの5人で、20年はこのままなんです。それで世間にどう見られようと、ご家族や周囲の人に何と言われようと、そういうのをすべて飲み込んで自分らしく生きて行く。その覚悟を持ってくださいね。その覚悟があるのなら、わたしがザックさまにご許可をいただきます」


 近くにファータの人たちが居るとは言え、俺と一緒になることで人族が多数派の社会の中で生きると決めた、そのエステルちゃんらしい言葉だった。


 再びお姉さんたち3人は無言で頷き合った。


「エステルさま。わたしの望みは変わらない。適うことならそうしたい。そして覚悟もします」

「わたしはもう、とっくに覚悟は決めてるわー。是非、お願いします」

「若さを保つとか寿命がどうとかじゃなくても、わたしは覚悟を持って一緒に歩みます」


 エステルちゃんは滅多に見せない強い眼光で、彼女らの真の思いと魂の揺らぎの無さを確かめるかのように、3人と順番に目を合わせて行った。


「わかりました。そうしたらザックさま。わたしから願います。是非ご許可をお願いします」


 3人から何をどのように受取ったのか。エステルちゃんは力強く、そう俺に願ったのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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