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第773話 今年の冬休みの日常風景

 トビーくんとリーザさんの結婚式も無事に終えて、俺の周辺には冬休みの平穏な日々が戻った。


 ちなみに彼ら夫婦は10日間ほどの休日を貰って、現在はグリフィニア市内に購入した新居に移っている。

 場所は子爵館の南方向で、領都内をぐるりと巡って一周するアナスタシア通りを行った東南地区。

 子爵館からはわりと近いらしく、ブルーノさんの家もご近所さんなのだそうだ。


 領都の中心にある中央広場から南門に向かって伸びるサウス大通りとアナスタシア通りとの交差点には、冒険者ギルドと商業ギルドが斜め向かい合わせにある。

 サウス大通りは東南地区と西南地区を区分する境の通りで、冒険者ギルドは東南地区側にある。

 アラストル大森林に行くには南門を出るので、この辺りには冒険者が多く住んでいるんだね。


 そのうちブルーノさんの家にお邪魔して、トビーくんとリーザさんの新居も覗きに行くかな。



 それで俺の冬休みの日常だが、まずは朝起きると子爵館から中央広場までを往復する朝駆け。

 これにはエステルちゃんが一緒だったり、フォルくんとユディちゃんが一緒だったりする。


 それで中央広場でストレッチなどをして身体をほぐして戻り、朝食をいただいたあとはヴァネッサ館西館の調査外交局の長官室に通っている。

 一方でエステルちゃんは、彼女のデスクが設置された屋敷内の領主夫人執務室、つまりアン母さんの仕事部屋に行っていることが多い。


 ちなみにシルフェ様とシフォニナさん、アルさんは、屋敷2階のゲスト用ラウンジに居ることが多く、この冬は屋敷に宿泊客が無いので、このラウンジはほぼ人外のあの人たちの部屋になっている。

 なお、カリちゃんはその部屋に居たりもするが、いまは俺の調査外交局長官室に居るのですな。


「ソフィちゃんがザックさまの秘書でしたけど、わたしもですよ。ソフィちゃんは人間の秘書で、わたしはドラゴンの秘書ということですね。えへへ」


 そうですか。

 ソフィちゃんの場合は学院における彼女のロールプレイだったけど、いちおうはエステルちゃんのお墨付きを貰っていたんだよな。

 カリちゃんの場合、秘書かどうかの職名はともかくとして、エステルちゃんから俺のお手伝い兼監視役を指示されている。


 という訳で彼女は、何故か普段着ている侍女服のままで俺の長官室に居て、先頃揃った応接セットのソファでゴロゴロしている。


 これは彼女にも、それらしい衣装を用意した方がいいのだろうか。と言ってまだこの世界には、秘書っぽいビジネスウーマン的な女性服は無いけどね。

 あと、デスクと椅子なんかもあった方がいいのかもだが、どうせ王都に戻ってしまうので直ぐには必要ないだろう。


「ねえ、カリちゃんもうちに来てからもう1年だけど、金竜様のところに顔出しとかしなくていいのかな?」

「えー、いいんじゃないですか。わたしたちなんて、だいたい10年、20年の単位で考えますから、そのぐらいしたらいちど顔を出しますけど」


 さいですか。

 ドラゴンとか精霊とか、人族の時間感覚や尺度で考えたらいけないのは、分かってはいるんだけどね。



 俺が調査外交局の長官になって、自ら整備したこの長官室に毎日通うようになったと言っても、現在は特に日常的な業務がある訳ではない。

 そこのところをウォルターさんとミルカさんの両部長に聞いてみたら、「本格的に仕事をするのは、学院を卒業されてからで良いのでは」ということだった。


 ただウォルターさんからは、「外交仕事の手始めではないですが、あのショコレトール豆の輸入についてを進めるのはいかがでしょう」と言われた。

 輸入先やその可能性については、王太子のところにいるヒセラさんとマレナさんに任せてはいるのだが、あれからもう半年ぐらいが経過しているしね。


「ザカリー様のお話ですと、王太子様関連ばかりでなく、商業国連合、そしてエルフのイオタ自治領ですか、そういった他国との関わりが出て来る訳ですね。そこからの輸入ルートを確立するお仕事は、ザカリー様でなければ出来そうにありませんので」


 セルティア王国内だけで完結する話ならまだしも、他国やエルフの自治領が相手となるのは確かに容易な仕事ではない。

 普通だったら、往来するだけでも結構な日数と労力が必要になるしね。

 しかしそこは、うちの秘書や執事の爺様に助けて貰えば、往復するのはあっという間だ。


「これは私の想像で、間違っているのかも知れませんが。あのショコレトールというのは、これまでザカリー様が開発されたお菓子と違って、相当に広がりが期待出来るものではないですかな?」


「じつは僕も、そうだと思っているんだよね。それこそ王国内だけでなく他国へも輸出が出来るような」

「そうすると、まずは原材料の安定した入手方法の確立が、やはり最優先事項となりますね」


 お菓子がグリフィン子爵領の新たな名産品になったと言っても、それはごく僅かな種類と販売量のもので、収益面よりはどちらかと言うとイメージの面の方が強い。

 しかしショコレトールに関しては、商品のバリエーションも期待出来るし一定の保存が利くものであることから、販売先がかなり広がるんだよね。


 そこのところをウォルターさんは、かなり正確に感じ取っているようだ。

 さすがグリフィン子爵家の内政外交のトップとして、長年勤めて来ただけのことはある侮れないおじさんですな。



 探索部部長のミルカさんの方は俺の仕事について、「そうですねぇ」と暫し黙考したあとにこう続けた。


「まずは王都に戻られてから手始めに、ソフィーナ様とグスマン伯爵家関連の動向調査を、是非ともお願いしましょうか」

「それはそうだね」


 その件は俺が責任を持ってするつもりだったから、もちろんだ。


「伯爵家現地での調査が必要な場合、リーアやメルヤも使ってください」

「メルヤさんもいいの? うちの探索部員ではないけど」

「ザカリー様がご指示なされた場合は、そういうことは関係ありません。ファータの誰でもザカリー様の手足となって動きますので」


 そういうことですか。つまり、グリフィン子爵家の仕事と言うより、俺の仕事という訳か。


「ちなみに現在のところ、私の元にはグスマン伯爵領から特段の情報は届いておりません。また、グリフィニアに何かを探る目的で入った不審者も、確認されてはおりませんので」


 つまりグスマン伯爵家では、ソフィちゃんが空の彼方に消えてしまった件について、固く口を閉ざしているということだよな。

 異常な事態に困惑して、どうすればいいのか対応に困っているというところもあるのだろう。


「ザカリー様もそう睨んでおられるかと思いますが、おそらくは学院が始まる前後に動きがあるのでしょう」

「うん、そうだね。ソフィちゃんが対外的に唯一、関わりを持っていたのは学院絡みだから、まずはそこだろうね。あとは王宮内務部への届けがされるのかどうか、かな」


「はい。それで、そこは是非ともザカリー様ご自身に動いていただきたく。いえ、これはウォルターさんとも相談していたのですが、ザカリー様が当家の外交局長官にご就任された、そのご挨拶という名目で、内務部長官を訪問するというのはいかがでしょうか」


 なるほどね。それでさりげなく伯爵家から届けなどがあったかどうか、探って来いということか。


 王宮内務部長官のブランドン・アーチボルド準男爵は、昨年のヴァニー姉さんの結婚式でソフィちゃんとも面識があるし、伯爵家の息女のことだから何か届出などがあれば、王宮内務部としても直接に調査を行うだろう。


 セルティア王立学院のオイリ学院長、そして王宮内務部のブランドン長官は俺が直接面談するべき相手ですな。

 あとウォルターさんと話したショコレトール豆の件で、セオドリック王太子とヒセラさん、マレナさんとは会わないといけないしね。



「そうすると、まずは王都に戻ってからですね」


 カリちゃんは「長官秘書ですから」と、ウォルターさんとの面談、ミルカさんとの面談のそれぞれに同席している。

 その打合せを終えたあと、俺とカリちゃんは長官室に戻った。


「そうだね。王都に出発するのは18日の予定だから、向うに着く早々、忙しくなりそうだよなぁ」

「ですね。なので、いまのうちに、重力魔法の練習をしっかりしとかないとですよ」

「あ、はいです」




 朝一で長官室に出勤したあと、何か知っておくべきことがある場合は、隣の部屋にいるミルカ部長からブリーフィングを受けるのだが、それが無い場合にはやがてフォルくんかユディちゃんが俺を呼びに来る。


 昨年の夏休みと同様に、この冬休みも騎士団見習いの子たちの剣術訓練にはジェルさんとオネルさんが特別教官に就いていて、双子の兄妹もアシスタントで参加しているのだ。

 それで俺の手が空いているときには、一緒に参加しろと呼びに来る訳ですな。


「はい、今日はお暇ですからね。お着替えして行って来てください」

「はいです」


 フォルくんならともかく、ユディちゃんが呼びに来るとカリちゃんと一緒になって訓練用の装備に着替えさせられ、ユディちゃんに手を引かれて騎士団訓練場へと行く。


 それでお姉さんたちの指導のもとで、騎士団見習いの子たちと木剣を振り、打ち込み稽古を受けてあげ、それが終了すると今度は、お姉さんふたりと双子の兄妹の訓練に付き合うのだね。



 こうして午前を終え、屋敷の食堂で昼食。

 エステルちゃんは主に母さんと一緒にいるので、朝食のあとは最近はここで顔を合わせることが多い。


 一方でクロウちゃんは、俺と一緒だったりエステルちゃんと一緒、あるいはシルフェ様とシフォニナさんのところの場合もあるし、ひとりで遊びに行ったりと自由気侭だ。

 でも食事時は、しっかり食堂に戻って来ておりますな。


「クロウちゃんは、今日はこれから、ファータの里に行くんですよね?」

「カァ」


「ザックさまは、お手紙書いてありますか? わたしのはこれね」

「ああ、僕も書いたよ。頼むね」


 クロウちゃんは定期的にファータの里に飛んで、ソフィちゃんの様子を見て来ることになっている。

 それで、俺とエステルちゃんからのそれぞれの手紙を届けて貰うのだ。


「お金は足りてるかしら、エステル」

「大丈夫だと思いますよ、お母さま。里にいたら、ほとんど遣う機会は無いと思いますし」

「そのうち、ヴィリムルの街とかに連れて行って貰えば、遣う機会があるよね」

「ですね」


 先月にソフィちゃんをファータの里に送り届けた際、父さんと母さんからかなりの金額を預かって持って行き、カーリ婆ちゃんに渡しておいた。

 ソフィちゃんが落ち着いたら、婆ちゃんから彼女に渡して貰うためだ。


 まだそれほど日数が過ぎていないので、足りなくなるということはまったく無いのだが、母さんが言うのは、俺たちが王都に行ってしまう前に追加で届ける必要は無いかということだね。


 先日に母さんに持たされて届けた袋には、大金貨が20枚ほどと小金貨や大銀貨がかなりの枚数入っていたので、前々世の価値でたぶん200万円ぐらいはあったと思う。

 ちなみに大金貨1枚は、5万円ぐらいに相当しますな。


 爺ちゃん婆ちゃんのもとに居るので、おそらくお金を遣う必要はほとんど無さそうだけど、もし足りなくなることがあったらエステルちゃんは、王都屋敷予算から出す心算ではないかな。




 こうしてクロウちゃんは俺たちの手紙を携えてファータの里に飛び立ち、俺の午後はカリちゃんから言われたように重力魔法の訓練だ。


 子爵家専用魔法訓練場には、俺とカリちゃんにアルさんとライナさんが顔を揃える。

 午後一から暫くの時間は、こちらにもフォルくんとカリちゃんが加わって魔法の訓練。

 何しろアル師匠が指導しているので、このふたりも火魔法に限って言えばそこらの魔導士など遥かに超えた実力を備えて来ている。


 ただし、アルさんの指導方針であり俺の方針でもあるのだが、いちどの威力だけを求める大型の攻撃魔法よりも、基本は初級中級レベルでも様々なバリエーションと正確性や連続発動性を備えた魔法の修得に重きを置いている。


 具体的には以前に学院で俺が魔法学の教授たちに見せたような、火球魔法の高速高密度化とそれの連撃なんかだね。


 1年生のときに俺がやったのは、火球の多層化と中心核の高密度化により小型でも重量を持たせて推進力を高める。

 そして飛翔時には中心部分はまだ発動させずに、的に当たったときに遠隔発動させるという、いささか複雑なものだった。


 兄妹ふたりにはここまで複雑な構成にはさせずに、ひとつの火球の全体を高密度にして発動飛翔させ、それを連撃させるというものだ。

 あとは、牽制攻撃用に俺が開発した、いちどの発動で複数撃ち出す火球機関砲も訓練している。


 それから現在新たに取組んでいるのは、凝縮させたキ素力を飛ばして離れた位置で爆発させる遠隔発動だね。

 これはアル師匠が考案したもので、知らない者が見ると、いきなり遠くのあちらこちらで着弾爆発が突如起きるという不思議な魔法だ。俺は密かにステルス火球弾と呼んでいる。


 この魔法を修得する課題は、やはり遠隔発動の技術だ。

 それに一生懸命取組んでいるふたりを見ていると、エステルちゃんが出来るようになるまで苦労して練習していた昔の記憶が蘇るよね。



 こうして、フォルくんとユディちゃんがアル師匠に指導されて訓練を行っている側で、俺とライナさんは重力魔法の練習ですな。

 こちらはカリ先生が見てくれているのだけど、ふたりともどうも進捗が遅いんだよ。


「頑張ろうね、ライナさん」

「今回ばかりは、ザカリーさまより早く上手くなるつもりよー」

「ほうほう、おっしゃいましたね」

「ふん、お姉さんを見てなさい」


「ほら、そこ。おしゃべりしてないで、続けて練習ですよ」

「はーい」

「はいです」


 カリ先生の指導は意外と厳しいんだよなぁ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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