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第771話 トビーくんとリーザさんの結婚式

今話から第二十章です。

 今日のグリフィニア、子爵館は朝から大騒ぎだ。

 それというのも、お昼から屋敷の大広間で結婚式が挙行されるから。


 式を挙げるのは、もちろんトビーくんとリーザさんだよね。

 普通の一般庶民の結婚式だと、祭祀のやしろの神前で結婚の誓いを行い、祝福を受けてそのあとは新郎の家で披露宴というのが普通なのだそうだ。

 家で披露宴を行わない場合は、レストランや食堂を貸し切りでだね。


 騎士爵の場合だと、領地の村を挙げての大宴会。

 貴族なら、たいていは花嫁を迎えた自家の屋敷の広間で招待客を招いて、格式高く披露宴ということになる。


 それでトビーくんとリーザさんの結婚式なのだが、なぜうちの屋敷の大広間で挙式となったのか。

 彼らがふたりとも子爵家で古参の従業員であることが理由としては大きいが、もうひとつ新郎であるトビーくん側の事情もある。


 リーザさんの出身は、グリフィニアで商家を営んでいる家の確か次女か三女さんだったが、トビーくんはじつはアナスタシアホームの出身なのだ。

 彼は俺の誕生以前からうちの屋敷で働いていて、俺が生まれたときは14歳だった。



 アナスタシアホームはその名称の通り、アン母さんの名前を冠した孤児のためにグリフィニアの祭祀のやしろが運営している、お馴染みの施設だね。

 元は15年戦争での戦災孤児を育てる施設だったが、その後も不慮の事故や事件、病気などで両親を亡くすなど、はからずも保護者を失った子どもたちを引き取って育てている。


 特に両親が、グリフィニアや子爵領内に近親者のいない冒険者で、大森林などで事故死をしてしまうと、その子は必ずこのホームが引き取る。

 そういう意味では、死に繋がる危険と隣り合わせにあるグリフィニアにとっては、とても大切な施設だ。


 それまでも子爵家が援助していたが、母さんが嫁いで来た年に大幅に資金を提供して施設を整備し直し、毎年の援助額も増やしたのを機にアナスタシアホームという名称となった。

 うちの家族も分担して定期的に訪問し、俺とエステルちゃんは12月24日に訪問するのが恒例となっているよね。



 トビーくんのご両親は冒険者で、遠い他領からやって来て活動していた。

 おふたりはペアのパーティで、なかなか優秀な冒険者だったのだそうだ。

 だが、トビーくんがまだ幼いときに大型のリンクスと遭遇して仕留め損ねてしまい、近くに他のパーティがいなかったことから、ふたりとも救出が適わず命を落としてしまった。


 それまでは夫婦の稼ぎも良く、留守番の家政婦さんを雇っていたらしいのだが、トビーくんを養ってくれる人が突然いなくなってしまった。

 グリフィニアの冒険者ギルドは、大森林の事故で大怪我を負ったり亡くなってしまった冒険者への保証は手厚いが、さすがにギルドが幼子を育てることは出来ない。

 それで、アナスタシアホームが引き取ることになった。


 これらの話は、以前にブルーノさんから教えて貰った。

 彼もトビーくんのご両親とは仲が良かったらしいが、いつまでもペアで活動するのではなくパーティ人数を増やしたらと、ご両親にはいつも言っていたのだそうだ。



 トビーくんは3歳でアナスタシアホームに引き取られ、そこで9年間を過ごした。

 どうやら小さいときから料理を作るのが好きで、ホームでの食事の用意を良く手伝っていたらしい。


 そうして、時折ホームを慰問に訪れていたレジナルド料理長の目に留まって可愛がられ、12歳になった年に料理長の推薦で子爵家に住み込みのコック見習いとして入った。

 なので、トビーくんにとってはレジナルドさんが親父さんのようなものであり、屋敷の皆が家族なのだね。


 必然的に彼がリーザさんへの想いを遂げるにあたっては、アン母さんたちが強く後押しをしたということだ。


「うちの男の子は、あなたとトビーさんだけですからね」とは、母さんが良く言っていた言葉。

 俺にとっても彼は14歳の歳上ではあるけれど、屋敷で唯一の男子だったし、彼に対しては兄貴であり幼馴染でもあるという気持ちが強い。


 それでそういった事情から、トビーくんとリーザさんの結婚式は異例ながら屋敷の大広間で行うこととなった訳だ。


 ただしここでひとつ問題だったのは、披露宴で出す料理作りだね。

 と言うのも、屋敷の食事は宴会なども含めて、いつも料理長とトビーくんのふたりで用意して来たのだが、さすがに今回は新郎のトビーくんに働かせる訳にはいかない。


 だがこの冬は、王都屋敷料理長のアデーレさんがいるんだよね。

 彼女ならたいていの料理はもちろん、近年のお菓子作りのお陰もあってデザートまでしっかり作ることが出来る。

 それに、エディットちゃんも普段からアデーレさんの助手をしているので、彼女も加わることでこの問題はまったく問題にはなりませんでした。




 式は、午前11時に開始。

 まずは屋敷の玄関ホールを仮設の祭祀のやしろにして、そこで結婚の誓いを行う。

 今日は朝から、やしろ長のギヨームさんと女性の社守かみのやしろもりである巫女さんが3人ほど来ていて、準備をしてくれている。リリアーヌさんもいるね。


 仮設の祭祀のやしろと言っても、玄関ホール内にステージを組んで、その壇上に簡易な祭壇を作ってアマラ様とヨムヘル様の依り代を据えるというものだ。

 依り代はやはり鏡と剣ですかね。いまはまだ木の箱に納められている。


 その祭壇の準備を、シルフェ様とシフォニナさんが朝から見守っていた。


 様子を見に行くと、ギヨームさんが「とても緊張します」と俺に話し掛けて来る。

 彼らには、シルフェ様とシフォニナさんの正体をちゃんと話してある訳ではないが、やはり社守かみのやしろもりとして何か勘づいているのかも知れない。


 そして、「ザカリー様もいらしたので、アマラ様とヨムヘル様の依り代を箱からお出しします」と言う。

 ああ、箱の中から出すんですね。それを聞いて、シルフェ様とシフォニナさんも近寄って来た。


 リリアーヌさんたち巫女さんが介添えをして、ギヨームさんが慎重に木箱の蓋を開け中のものを取り出す。

 まずはアマラ様の依り代だ。お、これは金属鏡ですかね。


「あら、なかなかに古いものよね」とシルフェ様。


「はい。この地にグリフィン家が拠点を構えた際に、もともとグリフィン家が所蔵していたこの鏡を依り代として、祭祀のやしろを建立し納めたのだそうです」


 へぇー、そうなんだね。千年以上は前のものか、いやもっと古いのかな。

 次にもうひとつの木箱から出されたのは、これも古そうな鋼の剣だ。

 金属鏡も鋼の剣も古いものだけど、アマラ様とヨムヘル様の依り代だけあってキラキラ輝いている。


「あ、触るのはっ。その、あの……」


 ギヨームさんが慌てた声を出したが、シルフェ様はもう既に鏡を手にして「ふーん」とか自分の顔を写して見ていた。


「おひいさまったら」

「あ、ごめんなさい。ちょっと向うが見えるのかなとか思って。わたしが浄めておくから、勘弁してね」


 シルフェ様はそう言って、浄めの風を鏡と剣に当てている。

「向うが見えるかな」などと、危ない発言は止してください。


「はいはい、祭壇の準備の邪魔になりますから、あっちに行きますよ」

「そんな、ザカリー様。畏れ多い……」

「いいんですよ、ギヨームさん。ここにこのふたりがずっといると、準備作業がしにくいでしょ。それに放っておくと、何をするかわかりませんから」


「まあ、酷いわね、ザックさん」

「でもザックさまのおっしゃる通りですよ。お邪魔になりますので、ほら、リーザさんの花嫁支度を拝見しにいきましょう、おひいさま」


「あ、そうよね。それじゃギヨームさん、巫女さんたち、よろしくね」

「ははっ」


 巫女さんたちも分かっているのかいないのか、ギヨームさんと一緒に畏まって腰を折り、2階に上がって行くシルフェ様とシフォニナさんを見送った。やれやれです。




 騎士の叙任式のときと同じように、玄関ホールに設置された鐘がカーンカーンと打ち鳴らされた。

 11時になり、式の開始を告げる鐘だ。


 仮設された祭祀のやしろである玄関ホールには、大勢の人が集まっている。

 リーザさんのご両親や親族の方々は、もちろんいらしているね。

 うちの屋敷の全員、そして王都屋敷の人たちも皆出席してほしいという新郎新婦の願いで、レイヴンの皆やユルヨ爺もいる。当然に人外の方たちもだ。


 あとは騎士団や内政官事務所の主立った人たちや、招待客として主要ギルドのギルド長たちも来ている。

 彼らは新郎新婦とは古くからの知り合いだし、特に商業ギルド長のグエルリーノさんのソルディーニ商会は、グリフィニア特産のお菓子を監修しているトビーくんとは近年特に関係が深い。

 そのほか、厨房関係と取引のある他の商会の人たちもいらしている、


 それとカロちゃんも来てるね。カロちゃんと会うのは、冬至祭のパーティー以来かな。

 ソフィちゃんのことはまだ話せないので、話題に出来ないのが申し訳ないけど。



 そして2階から、トビーくんが階段を降りて来た。介添えで付き添っているのはレジナルド料理長だ。

 続いて、大広間の入口を挟んで反対側にあるもうひとつの階段からは、リーザさんが降りて来る。こちらの付き添いはアン母さん。

 リーザさんは、現在は屋敷の侍女ナンバー2の侍女長だけど、長年に渡って母さん付きの侍女さんだったからね。


 トビーくんは、なかなかパリっとした正装に身を包んでおりますな。この服は料理長と父さんからの共同のプレゼントなのだそうだ。

 そしてリーザさんは、豪奢なウェディングドレス姿。白を基調に色とりどりの刺繍が施された美しい衣装で、こちらはやはり父さんと母さんでプレゼントした。


 ふたりがそれぞれ階段から降りると合流し、出席者の間を通って壇上に上がり祭壇の前に並んだ。

 そして結婚の誓いの儀が始まる。


 ふたりが揃って発する誓いの言葉は、ヴァニー姉さんとヴィック義兄にいさんのときと似ているが、領地と領民と幼き子を護り慈しむといった言葉は含まれていない。

 あれは領主貴族家ならではのものだからね。


 代りに、「共に末永くグリフィン子爵家に仕え、グリフィン子爵領の繁栄と幼き子らの健やかな成長と暮らしを護る一助となるべく、共に誠心誠意務めます」といった言葉が含まれていた。

 結婚してからも我が子爵家と一緒に歩むことを、誓いの言葉に入れてくれたのだね。


 そして指輪の交換、誓いの口づけと、結婚の誓いの儀は滞りなく進んだ。

 ヴァニー姉さんのときみたいな不思議現象は起きなかったけど、玄関ホール内を季節的にはまだ早いが、甘い香りの心地良い春の風がなぜだか緩やかに吹いていたのには、心から感謝しましょう。



 そして、新郎新婦と参列した出席者の全員が大広間へと移動する。これからは披露宴ですね。


 この披露宴の準備は、母さんとエステルちゃんのふたりが陣頭指揮を執って準備を行って来たものだ。

 今朝からは騎士団の仕事を休んだアビー姉ちゃん騎士も加わって、大忙しだったんだよな。


 もちろん大変なのは、コーデリア家政婦長とフラヴィさん以下の侍女さんたちで、アデーレさんとエディットちゃんは厨房に入り、ユディちゃんやシモーネちゃんもお手伝いをしている。

 つまり、屋敷の女性陣が総動員で準備し運営し、かつ彼女らも出席者でもある一大イベントという訳ですな。


「ザックさま、大丈夫ですか?」

「え? なにが?」


 まずは自分のテーブルに着くと、隣のエステルちゃんがそう聞いて来た。


 貴族の結婚式だと、招待客に向かって新郎新婦が中央の席に座り、そのふたりから左右に流れてそれぞれの貴族家の当主や親族の席が作られるのが、この世界では普通だ。

 まあ要するに、貴族家両家の結びつきを披露するという意味合いも強い。


 しかし今日の主役は貴族ではないし、と言って貴族のように新郎新婦と一列で両親や家族を並べる訳にいかない。

 トビーくんには血のつながった親族が誰もいないし、親にあたるのはレジナルド料理長だからね。それに家族は屋敷の皆だ。


 なので、こちらに向かって正面には、トビーくんとリーザさんだけの席が作られていた。

 そして、ふたりに相対するように長テーブルが縦に何本も並べられ、リーザさんの両親とご家族がうちの両親やシルフェ様たちと同じように、新郎新婦にいちばん近い言わば上座にいる。

 この席順については、リーザさんの両親はかなり恐縮していたらしい。


 それで俺とエステルちゃんは、父さんと母さんの隣や向かい合わせではなく、何本かの長テーブルの最前列だけど、いちばん端に座っている。


 それはどうしてかって? 何故ならエステルちゃんは、この結婚式を進行させるディレクター役で、この俺は司会進行だからですな。

 彼女が「大丈夫ですか?」って聞いて来たのは、そのせいなのですよ。

 ちなみにカリちゃんは俺たちのアシスタントで、シルフェ様やアルさんの側ではなくエステルちゃんの隣にいるんだね。



「ザックさま、そろそろ」

「えむしー開始、ですよ、ザックさま」

「カァカァ」


 ああMCですか。まあ今日の式は普通に司会進行を務めるつもりだけどね、カリちゃん。

 ディレクターのエステルちゃんの「そろそろ」というキューが出たので、俺は立ち上がって前に出て、会場を見渡す。うん、知っている顔ばかりですね。当たり前ですが。


「みなさん、本日はお忙しいなか、ご出席を賜り誠にありがとうございます。わがグリフィン家におきまして、とても大切なおふたり。トビアスさんとリーザさんの結婚披露のうたげを、ただいまより始めさせていただきます。なお、本日のうたげの司会進行は、不肖このわたくし、ザカリー・グリフィンが務めさせていただくこととなりました。まだ若輩ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 少しだけ拡声の魔法を遣って、声を大広間の隅々に届くようにしておく。


「おい、ザカリー様が司会かよ」

「これはこれは」

「なんとも異例ですぞ」


 会場がざわざわし、そんな囁きが聞こえてくるのはまだしも、何人もの人たちが不安そうな顔で俺を見るのは止しなさい。

 特に新郎のトビーくんと新婦のリーザさん。俺が司会をするって言っておいたでしょ。

 さて、楽しく披露宴を始めますよ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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