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第769話 メイスの魔導武器、そして祭祀の社

「ヴァニー姉さまとヴィクティムさまによろしくね、父さん」

「このたびは、ありがとうございました。あの、えと、お父さま」

「里での暮らしを楽しんでくださいね、ソフィさん」

「はい」


「それでは、ザック様」

「うん。辺境伯家の方々にもよしなに。と言っても、ここで会ったことは言えないよね。あ、ヴァニー姉さんには言ってもいいですよ」

「ははは、ですね。でもまた、エールデシュタットにいらしてください。表のご身分のお仕事で理由でもつけて」


 グリフィン子爵家の外交を担う調査外交局の長官になったので、他領を訪問する立場だけは整ったからね。


 エルメルさんは、キースリング辺境伯領エールデシュタットに向けて、朝早く旅立って行った。その後ろ姿を皆で見送る。


「お母さんは、まだ居ていいの?」

「男爵様には、1ヶ月ぐらいはゆっくりしろって言われてるから、まだ大丈夫よね。なので、ソフィちゃんと暫く過ごさせて貰おうかな」


「いいんですか? お母さま」

「いいの、いいの。男爵さまのところは、ほら、平和だから」


 ジルベール男爵お爺ちゃんのところは領主貴族領としては小振りだけど、確かに安定していて平和なんだよな。

 お爺ちゃんはあれでも、熟達した為政者と言うべきなのだろう。

 少人数の探索者グループを率いているユリアナさんの役目は、どちらかというとお爺ちゃんとお婆ちゃんのお世話と、ごく身近な相談相手の方に重点が置かれているようだ。




 今日は俺たちも1日、里に滞在するということで、カーリ婆ちゃんとユリアナお母さん、エステルちゃんは、ソフィちゃんを連れて森大蜘蛛モリオオグモの生息地に糸の採取に出掛けた。

 何人か、里の婆様たちも一緒らしい。


 森大蜘蛛は粘着性の糸とそうでない糸を出すので、非粘着性の糸を採取して、その糸で探索者の装備にする布を織るのだ。

 その布は強靭で伸縮性に優れており、かつ黒く染めると光を吸収して見え辛いものに仕上がる。


 この糸の採取は、ファータの女性にとっては重要な仕事なんだよね。

 一方で爺様たちは、やはりエルク狩りだよな。今回は日にちもないので、俺は狩りには行けないけど。


 それで俺は里長さとおさ屋敷でのんびりしている。

 アルさんとカリちゃん、クロウちゃんも一緒だ。

 ちなみにカリちゃんは森大蜘蛛の糸採取には同行しない。体格は大きいけど意外と大人しい蜘蛛たちが、ドラゴンを怖れて逃げちゃうからね。



 女性陣が出掛けて行くと、入れ替わりにティモさんがやって来た。

 昨晩は彼も実家に戻ってのんびり出来たようだが、直属の配下としては側に控えていたいということらしい。


「ちょっと、祭祀のやしろにお参りに行って来ようかな。統領にならせて貰ってから、初めて里に来たこともあるし」

「おお、そうですか。それは良いお心掛けじゃ。ティモ、案内して差し上げろ」

「承知」


「アルさんとカリちゃんとクロウちゃんも行く?」

「行きますかの」

「行きまーす」

「カァカァ」


 それで、俺たちは散歩がてら出掛けた。

 ティモさんに案内はして貰っているのだけど、じつは場所は良く知っているんだよね。前回来たときに、むらほしの刀の件で訪れているし。


「ねえ、カリちゃん。アルさんちはどうだった?」

「あは。想像通り広かったですよ。ふたりで本体の姿に戻っても、余裕ですし。あと、あのお宝倉庫。師匠はもう、乱雑なんだから」

「わしとしては、わりと整理しているつもりなのじゃがのう」


 ぶらぶらと里の中を歩きながら、昨日のことをカリちゃんに聞いてみた。

 ああ、あの宝物庫ね。物が多過ぎるんだよな。それもすべてが、人間にとっては信じられないほど貴重で高価なお宝ばかりだ。


「マジックバッグを見つけちゃったので、持って来ちゃいましたぁ」


 えーと、そうですか。いま、うちにはいくつあるんですかね。

 エステルちゃんがひとつ持っていて、アビー姉ちゃんもひとつ。それからヴァニー姉さんもひとつ持って行った。

 あとレイヴンにふたつでしたか。これで合計5個だから、6個目ということか。ちょっとインフレ過ぎではないでしょうか。


 そう言えばいつも手ぶらのカリちゃんが、肩からマジックバッグを下げているよな。



「それで、こんなのを見つけたので、ついでに貰って来ちゃいましたよ」と、そのバッグから無骨な感じのメイスを取り出した。


 どんな金属で出来ているのかな。何と言うか黄色と赤の間の濃いオレンジのような変わった色で、一見金属ぽく無くて鈍く光っているところが怪しい。

 ごつごつと膨らんでいる頭部と、そして柄も同じ材質で一体に出来ている全金属製で、握りには革のような素材が巻かれている。


「メイス、ですか?」

「そう。はい、どうぞ」


 ティモさんが興味をしますと、カリちゃんはひょいとそのメイスを彼に手渡した。


「うぉおーっ」

「どうしたっ、ティモさん」


 カリちゃんが渡して手を離した途端、ティモさんが握ったままのメイスがドスンと地面に落ちた。おまけに落ちたその場所、踏みしめられて硬い道路面がへこんでいる。


「カリ。だから言っておいたじゃろ。これは相当のキ素力を注ぎ込まんと、人間には持てぬ代物じゃと」

「あ、忘れてたです。ごめんなさい、ティモさん」


 そのティモさんは、手に握ったメイスに引っ張られて地面につんのめり、転がっている。



「ちょいちょい。人目があるから、まずはそのメイスを仕舞って。それで、ちょっとこっちに」

「はーい」


 カリちゃんが回収し、里の人たちの目が届かない場所に移動して、あらためてそのメイスを出して貰った。


「これって、古代魔導具だよね、アルさん」

「巨頭砕きのメイス、じゃな」

「巨頭砕きのメイス、ですか」

「カァカァカァ」


「ミョルニル? なんじゃな、クロウちゃん、それは」

「ああ、あっちはハンマーだよね」


 ミョルニルとは、前世の北欧神話に出て来る神様トールが持っている槌、トールハンマーですな。

 巨人の頭をも一撃で打ち砕く代物で、自在にその大きさも変わるという。

 また、山羊を骨から生き返らせたり、火葬のための火を浄化するといった能力もあったとか。


「ふむ。このメイスは、そもそもがとてつもない重量があって、その大きさも本来はこれよりもずっと大きいのじゃよ。それで、いまは人間が持てるサイズなのじゃが、重さは軽くはならんのでな。人間がこれを持つには、大量のキ素力を中に送り込んで、その者が持てるようにせんといかんのじゃ」


 なるほど。カリちゃんは本来ドラゴンなので、そのパワーは人間の比ではないからね。



「ザカリー様も、ちょっと試してみてください」

「うん。でも、ティモさんみたいに転びたくないなぁ」

「うぅ」


「カリ、それを地面に置くのじゃ。それでザックさまよ。地面に置かれたまま握ってから、キ素力を流し込んで、試してみなされ」


 まずは何もしないで持ち上げてみよう。ふうむ、びくとも動きませんぞ。まるで地面に吸い付いたようで、しかも徐々に自重で沈んで行くみたいに思える。


 それで、アルさんに言われた通りにキ素力を流し込んでみた。

 おお、吸います吸います。綿かスポンジに水が吸収されるかのように、キ素力がメイスの中に吸い込まれて行く。


 それでもまだ持ち上がらないですぞ。

 これは、このメイスと俺のキ素力との闘いだ。ただ吸われるのではなく、強く送り込んで支配する必要があるのか。



「ふー、やっと持ち上がった。ちょっと疲れたよ」

「あはー、さすがはザックさまですよ。すごいすごい」


「これって、僕は持てているけど、重量は変わってはいないんだよね」

「そうですのじゃ。あくまで、持った者のキ素力によって、その者に従っておるだけですの。じゃから、これで殴ると、とてつもない重さで殴られたことになりますなぁ」


 以前にアビー姉ちゃんが貰った魔導剣、衝撃の剣は、キ素力を込めて振ればもの凄い衝撃力を生みだすものだったが、このメイスはそもそもの質量でとんでもない打撃力を生みだすようだ。


「カリが試すと言うて、わしのうちの石柱を1本、一撃で粉々にしおった」

「てへへへ」


 アルさんの洞穴の高い天井部を支えている、あの太い石柱を一撃ですか。

 人間ならちょっと掠っただけで死にますぞ、このメイスは。


「ああ、ザカリー様、そんなにびゅんびゅん振ると、危ないです」


 それからティモさんも試してみたのだが、彼がいくらキ素力を注ぎ込んでも、僅かに動かせる程度で持ち上げることは出来なかった。

 ティモさんも、一般人よりは遥かにキ素力の循環量は多いと思うんだけどな。


「ライナ嬢ちゃんが、やっと持てるかどうかではなかろうかの。キ素力の量も必要じゃが、やはり支配する力じゃな」


 カァカァカァ。なに? あの色はヒヒ色? 緋緋色か。緋緋色の金属? ヒヒイロカネ?

 カァ、カァカァ。でも、ヒヒイロカネ自体は軽い筈だから、何か別の魔法金属との合金ではないかって? オリハルコンとか?

 それに、元はもっと大きいっていうから、かなり凝縮されているのかな。


 とにかく、そういう魔導武器なんだね。取りあえず危険物なので仕舞ってください、カリちゃん。

 俺は使わないので、そのメイスはカリちゃん専用武器だよな。


「ふふふ。これで、人化してるとき魔法以外でも戦闘が出来ますよ」


 そうですか。でもキミは拳でただ殴っても強いですよね。




 祭祀のやしろに着いた。


「おや、統領さま、お参りかね」

「はい。統領にならせていただいたので、お礼をしませんと。ちょっとの間いいですか?」

「なんとも腰が低くて、心がけの良い統領さまだて。さあさあ、入って入って。わたしらは外に出ているで、ゆっくりお参りしておくれ」


 今日は婆様がふたり、やしろの番をしていた。

 アルさんとカリちゃんも一緒だったので、気をきかせて俺たちだけにしてくれる。

「わたしも外で」と言うティモさんもやしろの中に引っ張り込み、入って正面のアマラ様とヨムヘル様、シルフェ様の3柱が並んだ祠の前に立った。


「アマラさまとヨムヘルさま、おられますかね」

「ザックさまがお声を掛ければ、いらっしゃるじゃろ」


 カリちゃんとアルさんの言葉に、「え?」とティモさんが変な声を出す。

 まあまあ、ここはそんなものだと思っていてください。


「アマラ様、ヨムヘル様。無事にソフィちゃんを救い出し、ファータの里で預かっていただけることになりました。あらためて感謝を捧げます。あと、ファータの統領として、里の皆さんに迎え入れていただきました。こちらも感謝いたします」


 精神を集中させ、声を出してそう感謝の口上を述べると、やしろの中に霧が薄く漂って来て満たされて行った。

 アマラ様とヨムヘル様の祠の方から、眩しい光が輝く。



「首尾良くことが成って、良かったなザック。それにしても神隠しとは、考えたものだ。尤も、俺らが人間を隠すことは無いがな」

「それは方便と言うものよ。でも、昔にサクヤちゃんから、あちらの世界にはそういうのがあるって聞いたことがあるわ」


 ヨムヘル様とアマラ様が姿を現して、早速に神隠しの話題だ。神隠し、だもんね。

 それにしてもここの祭祀のやしろは、おふたりとの繋がりがいいよな。


「それは、俺らが隠すというより、人間が世界の狭間に迷い込んでしまうという現象ではないかな。アルはどう思う?」


「そうですのう。こちらとそちら、その境目に足を踏み入れてしもうて、狭間に捉えられるということはあるでしょうな。ただ別の世界じゃと、それを行う神や魔物なぞもおるのやも知れませんぞ。じゃで、こちらの世界でも無いとは限りませぬな」


「まあまあ、あってもそう滅多にないことでしょ。矢鱈にそういうのに引っ張り込むのがいたら、お仕置きが必要ですけどね。ザックのは方便だから、それでいいわよ。大切なのは、あの子を無事にファータの里まで連れて来たってこと」


「そうだな。生まれた先が、少々間違っていたということだ。本人は良く育っているようだが、納まるところに納め直さないとな。新たな生を始めるには、このシルフェのもとにある里が良いだろう」


「そうね。なのでザック。ときどきで良いので、このおやしろに足を運びなさいって、あの子にそう言っておいてね」

「だな」

「はい」



「あとね。ザックが考えてる、グリフィニアのお屋敷のどこかにおやしろを造りたいって件だけど」

「あ、はい。何か問題がありますか?」


「あっても無くてもいいけど、造るのなら可愛いのにしてね」

「は? はあ」


「あなただとデザインが心配だから、エステルの意見も聞くのよ。カリちゃんもお願い」

「はーい。お任せください」


「そうしたら、今年1年はしっかりお勉強して、来年からに備えなさいね、ザック。アルとカリちゃんもよろしく。クロウちゃんとそこの彼もね」

「そういうのは、いまは俺が言う順番の季節なんだが。まあいいけどよ」


 なんだか、言うだけ言っておふたりは姿を消した。

 それにしても、可愛いデザインの祭祀のやしろってなんだ??


 あと、そこで床に這いつくばってしまっているティモさんには、やはり申し訳なかったですかね。

 ちょっと休憩してから、里長さとおさ屋敷に戻りましょうか。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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