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第768話 里長屋敷でようやく落ち着く

 今回のファータの里への来訪は、ソフィちゃんを送り届けて、かつ預かって貰う了解を里にいただくのが目的だった。

 それに加えて、ファータの統領になってしまった俺のお披露目というのもあった訳だが、これについては俺自身があまり気にしていなかったというところだ。


 でも昨日の大宴会では、まずそのお披露目があり、ファータの衆が誓いを立てるというちょっとしたセレモニーがあったんだよな。


 それから続いて、ソフィちゃんの紹介。

 ごく簡単だけど、エーリッキ爺ちゃんがことの経緯を説明し、統領及び里長さとおさと長老衆の決定ということで、すんなりと受入れられた。

 どうやらティモさんが先触れで一報をもたらしてから、里の年寄りたちにもだいたいのことは既に伝わっていたらしい。


 あとはいつものように無礼講の宴会で、ソフィちゃんに酒を飲まそうとする爺様たちからはエステルちゃんが守っていたのだが、その分、俺がしたたかに飲まされてしまった。

 人間の酒など無限大に飲めるアルさんとカリちゃんが、俺と一緒に居たのもいささか拙かったようだ。


 午後過ぎから深夜までは続くファータの宴会だが、それでも俺たちは途中で引揚げることが出来た。

 アルさんとクロウちゃんが、夜が弱いというのも助かりましたよ。

 これでアルさんが夜も強かったら、ドラゴンの爺様を置いていく訳にもいかないので、深夜過ぎまでは覚悟する必要があったけどね。



 翌日はソフィちゃんと、それから里は初めてのカリちゃんに里を案内するということで、エステルちゃんとティモさんに連れられて里の中を巡る。

 アルさんとクロウちゃんは、屋敷で居眠りしています。


 俺としては、里を離れてこちらに来てしまったユルヨ爺が、それまで師匠を務めていた子供たちの訓練が少し気になっていた。

 なので訓練場の様子を見たかったんだよね。


 尤も、ユルヨ爺が里を離れて爺ちゃんたちと王都に来たのが、もう昨年の9月のことだったので、だいぶ落ち着いているとは思うんだけどね。


「あ、やってる、やってる」

「えと、先生役は、4人いるみたいですね」


 ぜんぶで14、5人ほどの子供たちが、剣術、ダガー撃ち、体術、魔法と4つのグループに分かれて訓練に励んでいた。

 ダガー撃ちが独立した訓練科目になっているのはファータらしいが、それぞれのグループにひとりずつ、爺様か婆様が付いて指導している。


「へぇー、みんな上手ですねぇ。あんなに小さい子もいるのに」

「ファータは、5歳から訓練を始めますからね」

「凄いんですね」


 里での訓練は、5歳から12歳までの足掛け8年。12歳になる年に見習いとして現場に出る。

 その間、実技訓練のほかに座学もあり、読み書き算数はもちろん、ファータの探索術をはじめとして、神様と精霊様のこと、自然や魔獣・魔物のこと、歴史や地理、社会情勢や政治状況なども勉強する。


 里長さとおさからは直接に、古代に里を襲ったクロミズチの襲来伝説と霧の石のこと、現在も里を囲んでいる迷い霧の成立譚の物語も、必ずいちどは語って貰うことになっているそうだ。

 俺も初めて里に来たときに聞かせて貰ったし、ソフィちゃんも直ぐに聞くことになるだろう。



「あっ、ザカリーさまとエステル嬢さまだー」

「ザカリー統領さまー」


 剣術を訓練していた子供たちが先に俺たちに気づいて、バラバラとこちらに走って来る。


「ザカリー統領さま、剣術を教えてください」

「わたしにも」「僕にも」


 はいはい、では少し身体を動かしましょうかね。他の訓練をしていたグループも走って来るね。


「ユルヨ爺がいなくても、どうやらうまく訓練が出来ているようですね」

「はいな。わしらではユルヨ爺には及ばんが、子どもらを鍛えるぐらいはなんとかなり申すよ」

「いつまでの、あの爺さまばかりにさせておくのも、いけませんからね」


 昨日の宴席でも皆からユルヨ爺の様子を聞かれたのだが、まああの人もより一層元気になっていると話すと、「これはまだ当分は生きよるな」とか勝手なことを言われていた。


「そうしたら、一緒に木剣を振るか。このソフィお姉さんも、剣術はなかなか強いんだよ」

「わたしも訓練したいですから、一緒にやりましょう」


「なら、わたしはダガー撃ちをしましょうかね」

「エステル嬢さま、体術も」

「魔法も」

「はいはい、順番に。体術はティモさんね。魔法はこっちのカリお姉さんが凄いのよ」


 エステルちゃんがそう言ってカリちゃんを示したけど、凄すぎるので魔法はあとで俺も一緒にやりましょうか。




 身体を動かして午前中を過ごし、もう直ぐお昼ということで里長さとおさ屋敷に戻った。

 さすがにアルさんは起きていて、エーリッキ爺ちゃんとお茶を飲んで寛いでいる。

 飲んでいるのは紅茶なのだが、このふたりだと緑茶が似合いそうだよな。この世界にはないけど。


「クロウちゃんは散歩ですかね」

「ああ、里の周辺を飛んで来ると言っておったのう」


 特に彼から通信が入っていないけど、まあ大丈夫だろう。


「エルメルとユリアナがヴィリムルに行っておるから、そちらの方に飛んだのではないですかの」


 爺ちゃんがそう教えてくれたが、ふたりでお出掛けとか珍しいよね。


「まあ買い物がてら、ヴィリムルの様子を見て来るといった感じじゃろ」



 暫くして、そのふたりとクロウちゃんも帰って来た。どちらもトップクラスの探索者なので、移動速度が速いんだよね。


「はいソフィちゃん、これはあなたにね」

「え? わたしに、ですか?」


 ユリアナお母さんが、袋に入った包みをソフィちゃんに手渡した。


「母さん、何買って来たの?」

「エステルが持って来た服は良い物ばかりだけど、ちょっと良過ぎるでしょ。なので、里で普段着にして、汚れても大丈夫な物をね。あとは下着とか」


「ユリアナさま……」

「ユリアナお母さんよ、ソフィちゃん」

「ありがとうございます、ユリアナお母さん」


 あの別邸で与えられて着ていたドレス以外、まったく何も持たずにグスマン伯爵領を出てしまったので、エステルちゃんが彼女自身のものとアビー姉ちゃんのものから何着か持って来ていたのだけど、確かに貴族の子女が着る良い物だよな。


「そうね。里だと、土いじりとかもするかもよね。あっちにはそういうのが無くて」

「ここにあるあなたのお古も、もうちっちゃいから。ソフィちゃん、こういう普段着も着られるかしら」

「はい、わたしはもう、伯爵家の娘ではありませんので」


 それでエルメルさんとふたりで朝から、この里にいちばん近いリガニア都市同盟の同盟都市ヴィリムルに、街の様子を見がてら買い物に行っていたんだ。

 それに下着とかも、多めにある分には困らないだろう。



「ヴィリムルはどうでした?」

「わりと平穏な雰囲気だったわよ」

「あそこは、セルティア王国との貿易の中継都市だから、それほど疲弊はしていないんですよ」


 リガニア都市同盟の各都市は、ボドツ公国との長年に渡る軋轢で都市の防備を固めるために傭兵を雇い続けている。

 いまは紛争も落ち着いているようだが、いつまた激化するとも限らない。

 しかしそういった費用も年月を重ねると都市の財政を圧迫し、また治安も悪化するんだよな。


 その点では、ボドツ公国から最も離れた位置にあり、かつセルティア王国にいちばん近いヴィリムルは、まだ疲弊せずにいられる訳か。

 しかしボドツ公国との紛争は、何とも長期化してしまっている。


「クロウちゃんもヴィリムルを見て来たの? 何かあった?」

「カァ、カァカァカァ」


「何じゃて?」

「街の城壁の外に、訓練場みたいのが出来ていて、兵士が訓練していたんだって」


「ああ、それは最近出来た都市防衛隊の訓練場じゃな」

「都市防衛隊、ですか」


「ええ、去年からですか。傭兵や冒険者とは別に、街や近隣の若者を募って防衛隊を組織し始めたんですよ。まだ、それほどの人数はいないようですけど。クロウちゃんは見るところを見てますね」

「カァカァ」


 都市同盟を組んでいる独立都市が、独自に兵士部隊の組織を始めたという訳か。

 これまではせいぜい、街の治安を維持する警備兵のみを置いていたが、より対人戦闘に特化した部隊を置こうということだろう。

 紛争が長引いているなかでは防衛のために必要な措置だと思うけど、それはそれで人員の確保はもちろん手間も支出も大変そうだよな。




 今日は1日、のんびりとさせて貰うつもりだけど、午後からアルさんとカリちゃんが出掛けて行った。

 ふたりはじつは、アルさんの棲み処に行ったんだよね。


 アルさんから「ソフィちゃんを案内するかの?」と聞かれたのだが、エステルちゃんとも相談の結果、今回はまだやめておこうということにした。


 このたった数日の間に、自分の親による軟禁、そして幽閉のために移送されるなかを脱出、グリフィニアからファータの隠れ里へと環境の大きな変転を経験している彼女には、まずはここに慣れて少し落ち着いて貰おうとなったからだ。


 それにアルさんの洞穴の存在は、まだファータの人たちには秘密なので、彼女にそういった秘匿事項を背負わせてひとり里に残すのも可哀想だというのもある。

 いちどに何もかも、というのはやめておきましょう。行く機会はこれからもあるしね。


 それで、カリちゃんがまだアルさんの洞穴に行ったことがないので、ふたりだけで行くということになった訳だ。

 カリちゃんは、甘露のチカラ水の補充をエステルちゃんからお願いされていた。



 それで彼らが出掛けて行ったあと、ソフィちゃんは家のことを覚えたいと言うので、カーリ婆ちゃんとユリアナお母さん、エステルちゃんと一緒だ。

 俺とクロウちゃんはエーリッキ爺ちゃんとエルメルお父さんと、大囲炉裏の広間で寛いでいる。ティモさんはいちど、自分の家に帰らせました。


「それで、ザック様はいつまで居て貰えるのじゃろか。エルメルは明日出るのじゃよな」


 エルメルさんは年を越して帰省したのを、今回の件もあって滞在を延ばしていたのだが、そろそろエールデシュタットに戻らなければいけないそうだ。

 俺たちの方もそれほど長くは滞在出来ないんだよね。

 グリフィニアでは、父さんたちも心配しているだろうし。


 あと今月の末、1月25日にはトビーくんとリーザさんの結婚式が控えている。

 今日は18日なので、あと数日後ですな。


「明日1日ゆっくりさせていただいて、明後日には出発って感じですかね」

「もう少しおっても良かろうに」


「父さん、今回はザック様たちも急遽だし、グリフィニアでも心配しているでしょう。それに父さんと母さんは、つい昨年の暮れまで、ずっと一緒にいてお世話になっていたのですよね」

「まあ、そうなんじゃがな」


「僕らよりも、いまは新しい孫娘のことをお願いしますよ、爺ちゃん」

「そうじゃな。わしらにも、里の暮らしにも、まずは慣れて貰わんとじゃよな」



 それからエルメルさんに、ヴィック義兄にいさんとヴァニー姉さん夫婦の様子を聞かせて貰った。


「昨年秋で、エールデシュタットにもずいぶんとお慣れになったようです。それにヴィクティム様も、当面は屋敷から離れるのを控えておいでですから、毎日仲睦まじくお暮らしのようですよ」


「そうですか。冬至祭では、領民の前にも出たのかな」

「はい。エールデシュタットでは、城の前の広場がメイン会場になるのですが、ご家族全員で領民の前に立たれて、あらためてご紹介がされました。尤も、ヴァネッサ様人気はもうかなり高いですけどね」


 辺境伯家のあの家族の中に馴染んで立っているヴァニー姉さんの姿を想像して、俺はなんだか嬉しいような少し寂しいような、そんな気持ちになった。


「領民の間では、いささか気が早いですけど、もうお子様のご誕生に期待が寄せられていますよ」

「そうかー。でも、ヴィックさんと仲良く暮らしてるのなら、そのうちだよね」

「カァカァ」


「あちらもそうじゃが、ザック様とエステルの子も、待ち切れぬのう」

「カァ、カァ」

「おお、クロウちゃんもそう思うか」


 クロウちゃんは、まだだいぶ先だと思うよと言ったのだが、爺ちゃんは同意したと勘違いしたようだ。


 この世界でも、庶民では先に子どもを設けてしまう出来ちゃった婚があるようだが、貴族のそれも継嗣だと、そういう訳にはいかない。

 尤も、やむを得ずそうなった場合は赤子の産まれ月日を誤摩化して、順序を整えるらしいけどね。


 ともかくも俺は、まずは学院を卒業しないとだよな。

「なんだ? どうなんじゃ? クロウちゃん」と、何故かクロウちゃんに尋ねている爺ちゃんを見ながら、俺は笑うしかないのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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