第756話 仮拠点にドミニクさんを収容
ドミニクさんの移動に関しては、カリちゃんが空から連れ出してしまうという案も出たが、さすがに日中で大きなリスクが伴うのでそれは却下しました。
「これをお貸ししましょう」
「それなんですか? ザックさま」
「以前に、カーリお婆ちゃんから貰ったものだよ」
「あ、もしかしますと、それって、顔隠しの飾りメダル、ですか?」
メルヤさんは良く知ってるね。
そう、この飾りメダルは、初めてファータの里を訪れたとき、ボドツ公国から出て来た部隊を観察しに行くにあたって、カーリ婆ちゃんからいただいたものだ。
このメダルを身に着けていると、その人の顔がぼやけて見た人の記憶に残らないという、ファータ所有の探索用魔導具としてはかなりの優れ物だ。
これがいくつぐらいあるのかは知らないが、婆ちゃんは少なくともふたつは所有していて、おそらくエステルちゃんにも渡している。
「ファータでも稀少な魔導具ですからね。わたしも見たことはありました」
「え、わたしは知らないですよ、メルヤ姉さん」
「単独潜入用ね。滅多に里から持ち出して使用しないし、リーアはまだ単独潜入って、したこと無いでしょ」
本来そういうものなんですな。カーリ婆ちゃんは、エーリッキ爺ちゃんの浮気調査用に使っていたみたいだけどさ。
ドミニクさんにはその顔隠しの飾りメダルをポケットに入れて貰い、俺が重力魔法で彼の身体を俺の背中に引っ付けて、家の正面の門からではなく塀を跳んで越えた。
「ザカリー様、お手柔らかに」
「ははは、楽でしょ。そうしたらリーアさん。さっき街の城壁を越えて入った場所で。メルヤさんとおふたりに、ドミニクさんを任せていいかな?」
「ザカリーさまとカリさんは?」
「せっかくなので、伯爵家の屋敷でも眺めてから行くよ。いいかな、カリちゃん」
「はい、はーい」
家々の屋根を伝って行くのを、姿隠しの魔法を掛けたままならという条件でカリちゃんに許して貰った。
街路を走って行ってもいいんだけど、人通りが増えると面倒くさいし、時間もあまり無いからね。
それでふたりで姿を隠して、手近な人家の屋根に跳んで上がる。
ふと振り返ると、ドミニクさんが呆気に取られて辺りを見回していたのが見えたが、直ぐにリーアさんとメルヤさんに促されて歩き出していた。
この街の家屋は1階建てかせいぜいが2階建てばかりなので、屋根を伝って移動するのは楽ですな。
要領は猿飛での高速移動に近いのだが、練習になるので重力魔法も併用する。着地がスムーズで静かになるしね
そして暫く屋根の上を跳んで移動して行くと、伯爵家のものと思われる大きな屋敷と広い敷地が見えた。
「(中に入ります?)」
「(いや、時間も無いから、いまは止めておこう。位置の確認と様子だけ)」
近接した2階屋の屋根の上から眺めてみたが、特段変わったことは無さそうだ。
ただこちらの屋敷は、石造りのやはり南欧風の巨大な邸宅といった感じで、防備はそれほどでもないようだね。
せいぜいが、騎士団員風の武装した何人かが巡回している程度だ。
取りあえず見たということで、戻りましょうか。
午前中に、この街に入り込んだ場所で3人と合流し、再びドミニクさんを背中に付けて城壁を跳び越えると、そのまま街道脇の林の中へと走った。
「ふう。あの総合戦技大会で攫われた王宮騎士団員のお嬢さんは、こんな心持ちだったのですな」
ああ、そうですね。コニー・レミントン従騎士を背中にくっ付けて移動させたのと、まあ同じです。
「ここからは自力で走ります?」
「そうさせてくだされ」
ということでドミニクさんの要望もあり、自分で走って貰いました。
まあこの爺様もいいお歳だが、なかなかしっかりと走れる。でも、俺の背中にくっ付いていた方が楽だと思うんだけどさ。
そうして、伯爵家別邸からは距離を取りながら大きく迂回して、森の中へと向かった。
クロウちゃん、聞こえてる? カァカァ。もう戻ってるんだ。気が付いてると思うけど、ドミニクさんとメルヤさんを連れて来たので、そうエステルちゃんに言ってくれるかな。カァ。
あ、あと、念のために追って来る者がいないか、空から見てくれる? いちおう僕の探査には誰も引っ掛かってないけど。カァカァ。
午前に着陸した森の中の空き地に着いてみると、誰もいないし何も無かった。
近くで擬装したかな、と思ったら、「(こっちですよ)」というエステルちゃんの念話が聞こえた。
それで木々の間に入って少し進むと、土というか岩のような物が盛り上がっている場所の横にエステルちゃんが立っていた。
またまた、アルさんとライナさんは何を造ったですかね。
「おおーっ、エステル様っ」
「ドミニクさん、無事に会えましたね。もう安心ですからね」
「はい。はい。はい」
「ザックさま。ドミニクさん、大丈夫?」
「ちょっと涙脆くなっちゃっててね」
「ご心痛が絶えなかったのですね。あ、メルヤ姉さん、お久し振りです。今回はありがとうございます」
「エステル嬢さま。ご無沙汰しておりました。いえわたしなど、たいしたことも出来ませんでしたので」
「姉さんがいたから、こうしてわたしたちが直ぐに来られたのよ」
その大岩のような塊の向こう側に、小さな入口があった。
人がひとり、やっと通れるほどの穴だ。
そこから入るとなだらかな下り通路になっていて、2回ほど折れ曲がるその通路を進んで行くと、いきなり大きな空間へと出た。
これって、まるで学院のあの地下洞窟みたいだよな。
「ふふふ。あそこを参考にね。でもさー、アルさんたら、この何倍も大きなのを造ろうとしたのよー」
「せっかくと思ったのじゃがの。お、ドミニクさん、ご無事じゃったな。よう来られた」
「これはアル殿。このたびはお世話を掛け申し、何とも申し訳なく言葉もありませぬ」
「ソフィちゃんのためじゃからの。わしは手助けだけじゃよ」
メルヤさんもみんなに紹介し、ようやく落ち着いた。
この地下の大広間には、野営用にマジックバッグの中にいつも備えている椅子とテーブルが出されており、野営用の寝具も既に出されていた。
「トイレは外ね。あとで案内するわよー。ザカリーさまがいなかったから、水で流す式にはしてないけどね。あ、あとお風呂はこの部屋の隣に造ったから、入るときはザカリーさまがお湯を出すのよー。ふふふ」
はいはい、了解であります。
そのお風呂をちょっと覗いて見たけど、3、4人がいちどに入れるぐらいの広さがあった。
アルさんとカリちゃんもお湯を出せるが、ライナさんやエステルちゃんは水魔法が得意じゃないんだよね。
なのでどうしても、そういう役目は俺に廻って来ます。
「そうしたら、遅くなりましたけど、お昼にしちゃいましょ。ザックさま、出して。たくさんありますから、ドミニクさんとメルヤ姉さんも遠慮しないでね」
今日の分のお昼は、レジナルド料理長とアデーレさんにサンドイッチを多めに作って貰って、俺の無限インベントリに入れてある。
本日の遠征の荷物は、エステルちゃんとライナさんが持っているマジックバッグがふたつだけ。
あとは女性たちの全員が、自分用の小さなポシェットサイズのバッグを持っているぐらいで、ほぼ手ぶらだ。
そのマジックバッグの中には様々な武器や装備をはじめとして、テントも含めた野営道具、着替えやその他消耗品も入っているのだろう。
それからトビーくんに作って貰った多種大量のお菓子もね。
俺の無限インベントリの方にはサンドイッチの他にも、多めの食材も補給しておいた。
それ以外に何が入っているのかは、もう正確には把握していない。カァカァ。
あ、クロウちゃん、ご苦労さま。追跡して来た者はいなかったんだね。カァ。
昼食をいただいて人心地がつき、あらためてドミニクさんとメルヤさんから話を聞いて皆で共有した。
それによると、ソフィちゃんがあの別邸に閉じ込められたあと、一昨日にいちどだけ伯爵家の家令が訪問しただけで、伯爵本人や継母、兄姉など誰も来ていないそうだ。
毎日責められているのかと心配したが、そうではないらしい。
「あの家族は、わざわざ来るような者たちではありませぬ。家令もおそらく様子見に来ただけですな」
つまり、婚約を承諾するまで外部と切り離しておけ、ということなのだろうか。
メルヤさんの調べでは、別邸に居るのは身の回りの世話をする侍女がふたりほどと、別邸管理人の執事がひとり。そして警備の騎士団員が数人。あとは下働きの人たちだそうだ。
ただし、これまでソフィちゃんに近しかった者は排除されていて、騎士団員もドミニクさんのお弟子さん以外から選ばれているらしい。
「エステルちゃんの方はどうだった?」
「メルヤ姉さんの調べの通りですね。先ほどは屋敷の中までは入りませんでしたけど、建物の周囲から様子を伺った限りでは、とても静かでした。あと、ソフィちゃんの居るお部屋を、クロウちゃんに探して貰いましたよ」
「カァカァカァ」
「湖に面した側の、2階の角の部屋か。ソフィちゃんは居たんだね。キミに気づいた?」
「カァ、カァカァ」
「ベランダから、窓を覗いただけか。居たけど、窓に背中を向けて座っていて、机に突っ伏していたんだ」
「お嬢様……」
「憔悴しているのですかね」
「心が折れていなければいいのだが」
「ソフィちゃんなら大丈夫よー」
「可哀想に。でももう大丈夫よ」
ちょっとやそっとでへこたれない子だけど、でもまだ今年14歳の少女だ。
何を思っているのか、気持ちだけはしっかりと保っていてほしい。
それから、これからの行動計画について話し合った。
午後の陽のあるうちは、交替で別邸の監視を行う。
そして陽が落ちてから屋敷の中に潜入し、ソフィちゃんの部屋に行くつもりだ。
姿隠しの魔法が遣える俺とエステルちゃん、カリちゃんアルさんなら日中でも可能だが、夜にしたのはまあ念のためだね。
潜入メンバーは俺とエステルちゃんにカリちゃんで、その間ジェルさんたちには周辺警戒をして貰う。
アルさんは、もしも不測の事態が起きた場合の奥の手要員で、彼だったら別邸にいる伯爵家側の全員の記憶の中を混乱させるとか出来てしまう。
ただし、かつてのナイアの森の盗賊団ならともかく、ブラックドラゴンの魔法は強烈なので、あとで何が起きるか心配だからあまりこれはやりたくない。
精神崩壊とか起こされちゃうと困るし、実際に捕まえた盗賊どもはそうなったらしい。
そして次に、これはソフィちゃんが望んだ場合だが、神隠しの実行だ。
つい先ほどまで居た筈なのに、突如、忽然と姿が消える。そんな演出も交えた脱出だね。
例えば、侍女さんが身の回りの世話で彼女の部屋を訪れた直後、とかがいいんじゃないかな。
たぶん軟禁状態なので、侍女がひとりで来ることはない筈だ。警備の騎士団員とかも同行しているだろう。
そういった人たちに、状態の変化が無いことを認識させた直ぐあとに消える、といった感じだ。
そのためには、どうすればいいかな。
あるいは逆に、人間の仕業でないことを強く印象づける方がいいかも知れない。
まずは手順や問題点を整理しよう。
屋敷の部屋の中に入り込むのは、姿隠しの魔法を遣えば可能。
ただし、部屋のドアは鍵が掛けられているだろう。あと警備の者が常時立っている可能性もあるな。
鍵は壊すのは簡単だが、それは拙いか。そうすると魔法で解錠をする必要があるが、これは俺がアルさんから教わっているので問題ない。
魔法鍵ではなく普通の機械式の鍵の場合は、重力魔法の操作でわりと簡単だ
警備の人間は、一瞬目を逸らすようにすれば良いかな。
問題はソフィちゃんを消す、または脱出させる方法。
姿隠しの魔法は他人に掛けることが出来ないので、誰にも見られずにドアを通って脱出するのは少々難易度が高い。
それではベランダからか。ふうむ。
「はい、はーい」とライナさんが手を挙げた。
どうやら意見かアイデアがあるようだけど、大丈夫かな。
「はい、ライナさん」
「ここはやっぱりー、神さまの御技というかー、普通の人が見たこともないことが起きちゃう方のがいいのよー」
「おいライナ、それはどういうことだ」
「ライナ姉さんは、またぁ」
アナスタシアホームでの土人形劇でも、物語をアレンジして台本まで作るのが好きなライナさんだ。
まあここは、彼女のアイデアを聞いてみましょうかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




