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第751話 ドミニクさんからの急報

「ティモさん。ドミニクさんから報せが来たの?」

「カァカァ」

「はい。ただいま、王都の繋ぎ宿から至急の連絡が届きました」


 俺とクロウちゃんが階下に降りると、直ぐにエステルちゃんとカリちゃんも来たので、屋敷の玄関ホールで待っていたティモさんを応接ラウンジへと案内した。

 おっつけ、シルフェ様たちも来るだろう。


 ティモさんが言った王都の繋ぎ宿とは、ファータの一族が経営している食堂兼宿屋で、王都における連絡中継地点になっている。

 ソフィちゃんとドミニクさんがいるグスマン伯爵領には、昨年の暮れに隣領のグラウブナー侯爵領にいたファータの探索者が入り、ドミニクさんと繋ぎを取ったそうだ。


 そして、その探索者がドミニクさんから俺宛の連絡を持って王都まで走り、中継点の繋ぎ宿から先ほどティモさんにまで届いたということだ。

 ちなみに、そういった繋ぎ宿は王国内の貴族領領都の各所にあるらしいが、グリフィニアや辺境伯領のエールデシュタットには無い。このふたつの領都には、実質的にファータの部局があるからね。



「これがドミニクさんからの書状です。どうぞ」


 ティモさんがその書状を渡してくれた。俺は直ぐに封を切って中身を読む。


「ザカリー様。取り急ぎお報せ申し上げます。昨日1月9日、ソフィーナお嬢様が伯爵様の呼び出しを受け、面談。手前は同席を断られました。おそらく婚姻話の承諾を迫られたと推測されます。時が過ぎてもソフィーナお嬢様が一向に戻られないことから、屋敷の家令に確認したところ、お嬢様は伯爵家別邸に移られたとのこと。これは、と思い、屋敷の侍女などに探りを入れるとともに、ファータのメルヤ殿に繋ぎを取って調べていただいたところ、お嬢様は領都郊外にある伯爵家別邸に強制的に移送され、軟禁状態にあると判明いたしました。このあと、どのような措置がされるのか、無念ながら手前へは情報が全く遮断されておりまする。以上が本日時点での状況でございます。まずはザカリー様にお報せをと、中途半端な内容ながらご連絡申し上げました」


 俺は無言で、ドミニクさんからの書状をエステルちゃんに手渡した。

 それを読む彼女の顔が怒りでなのか、みるみる紅潮していく。

 そしてエステルちゃんも何も言葉を発することなく、その書状をカリちゃんへと廻した。


 そこにシルフェ様とシフォニナさん、そしてアルさんが現れ、続いてミルカさんとユルヨ爺も姿を見せたが、場が沈んでいる様子を見て何も言わずに座る。

 更に、父さんと母さん、ウォルターさんも応接ラウンジに入って来た。

 書状をゆっくり読んでいたカリちゃんが、「子爵さま、これを」と父さんに渡す。



 この場にいる全員が次々にドミニクさんの書状を廻し読むなか、「それで、どうするんだ、ザック」と父さんが口を開いた。


「うん。それでみんな、読んだかな」


 全員が頷く。シルフェ様が何か言いたそうだが、それでも口を閉ざしている。

 こういう場合、精霊様が率先して人間の間の事柄に口を出さないのは分かっている。が、しかし、それでも何か言いたいのを抑えているようだ。


「話を整理すると、ソフィちゃんが伯爵の呼び出しを受けて面談したのが1月9日。ドミニクさんが一生懸命に状況を調べて、僕宛にこの書状を託したのがその翌日の10日だとして、今日は13日だから、グスマン伯爵領から僅か2日半で届いた訳です」


 馬車で行けば、直行しても4泊5日から5泊6日はかかる距離を、その半分の日数で届けてくれたファータのネットワークにまずは感謝だ。

 あと、書状に記されているメルヤ殿というのは、ドミニクさんに繋ぎを取りにグスマン伯爵領に入り、探索もしてくれているファータの人だろう。


「それで、ソフィちゃんがその伯爵家の別邸にどうやら軟禁されて、既に4日目となります。ただ軟禁され、婚姻を了承するよう毎日迫られているだけなのか、それともどうなのか。僕にはあまり良い感じがしない。なので」


 エステルちゃんが俺の方を強い眼差しで見る。


「なので、僕が行って、まずは状況を把握します」

「わたしも、行きます」

「わたしも」


 俺がそう言うと、エステルちゃんとカリちゃんが直ぐに自分も行くと口を開いた。


「うん。それで、アルさん、お願い出来るかな?」

「それはもちろんじゃが、誰が行く? それと、ザックさまが行って、どうするかじゃ」


「おお、そうだぞ、ザック。おまえが行くと言って、それを俺らが止められないのかもだが、アル殿の仰る通り、おまえが行って何をどうするのかだ」

「ザック。父さんと母さんには、ちゃんと教えて」


 父さんと母さんは、俺が行くと言い出したらもう止めることは出来ないと、分かっているのだろう。

 しかし問題は、先方に行った後のことなのだ。

 俺がただ状況を把握するためだけに、わざわざ遠方のグスマン伯爵領まで行くなどとは、ここにいる誰も思っていない。



「すべては向うに行って状況を把握し、ソフィちゃんの状態確認と、可能であれば彼女と繋ぎを取りたいと思います。それでどうするかは、その状況や状態次第ですが、場合によっては……」


「場合によっては、どうしますか? ザックさま」

「場合によっては、彼女に神隠しに遭って貰います」


「神隠し??」

「それって?」

「どういうことなの、ザック」


「あ、わたし、わかりましたよ。神さまの御技で、人が姿を消すってことですよね」

「つまり、人が人を攫うのでなく、神が人を隠してしまう、ということじゃな」


「そういうことね。神が行うことならば、人間には誰にも分からないってことね」

「これは、ザックさまにしか出来ないことですよ」

「カァ」


 人外の4人とクロウちゃんだけが直ぐに反応し、続いてエステルちゃんも「あっ」と声を出した。


 神隠しとは俺の前世の世界では、ある日、人が忽然と姿を消してしまう現象のことを言う。

 神域や人が足を踏み入れないような自然の中、あるいは遭魔時おうまがどきという日中と夜との境目の時刻にそれは起きるとされた。

 つまり、現世と常世とこよとを繋いでしまう端境目の場所や時刻で生じる現象だ。



「シルフェ様たちにはお分かりになっておられると思うが、どういうことなんだ、ザック。説明してくれ」

「いまの、みなさんのおっしゃったことで、なんとなくわかったけど。でも説明して」


「それはですね。誰の仕業かも分からない、人間が人を攫ったとか、まったくそう思われない出来事で、ある日あるとき、忽然と姿が消える、ということですよ、父さん、母さん」


「それを……。ザックがやるのか」

「あなたなら、できるのね。できちゃうのか……」


「まあ、アルさんとカリちゃんにも協力して貰いますけどね」

「そうか。そうなら、できるのだろうな」


 これ自体はそれほど問題無く可能だと思っている。

 だが、問題なのは、そのあとのことだ。


「おそらく、ザカリー様なら。そして、アル殿とカリさんにご協力いただくのなら、如何なる状況でも造作もないことでしょう。しかし、その後はどうされますかな? ザカリー様」


 まさにその点をウォルターさんが尋ねて来た。

 要するに、ソフィちゃんが神隠しに遭って忽然と姿を消した後、彼女がどこに行くのか。どこで暮らすのか。王立学院はどうするのか。などなど。


「そこが悩みどころなんですよ、ウォルターさん。でも、例えばグリフィニアに連れて来るとかだと、誰かに見られた場合、その口を封じてしまう訳にもいかないので、僕としてはファータの里で一時預かって貰おうかと思っています。それはどうですか? ユルヨ爺」


「ザック様のご決定であればファータは従いますし、誰も反対はせぬと思いますぞ。それにグリフィニアに置かれると、いらぬ輩が忍び込んで来ないとも限りませんからな。学院でのザック様との関係を考えると、その可能性は大きいと思いまする」


 グスマン伯爵家からはファータは仕事を受けていないということだが、ソフィちゃんが消えたとなると、俺との関係を疑って誰ぞをグリフィニアに潜入させる可能性が、まったく無いとは言えないよな。


 調査探索の専門の人間ではなくても、商人や冒険者を偽装して送り込む可能性はあり得る。

 グリフィニアは、特にそういった職種の流入がわりと多いからね。



「ありがとう、ユルヨ爺。もしもの場合、ソフィちゃんが神隠しに遭ったら、ファータの里に現れて暫くお世話になる。その方向で行きましょう」

「それ、わたしも賛成です。うちの里なら、もう誰にも探し出すことはできませんよ」

「カァカァ」


「もっと言えば、わたしのところでもいいわよ」

「わしの棲処でもええぞ」


 いやいや、シルフェ様の妖精の森とか、人間が一時的にとはいえ住むのはやっぱりダメでしょ。

 アルさんの棲処は、もうあそこなら絶対に見つからないけど、女の子の住める場所ではないよな。そう言ってくれるのはありがたいけどさ。


「わたくしどもの森やアル殿の洞穴でも良いですけど、やはり人が大勢居て暮らしに困らないファータの里がよろしいかと。それは良いとしてザックさま。学院が始まってからはどうされるのですか?」


「そこなんだよね、シフォニナさん」


 シフォニナさんは上位の精霊なのに、ちゃんとそういう風に考えてくれるからありがたいよな。


「そのまま、ファータの子にしちゃうというのは、どう?」

「おひいさま。それは難しいですよ」

「そうかしら、ねえ」


 ファータの始祖がそんなことを言うが、いまは無視して置きましょう。

 ソフィちゃんは人族だから、ファータの一族の中にずっと置いて精霊族にしてしまうのはどうなのだろう。シルフェ様なら、なんとか出来ちゃうのかもだけど。



「いずれにしても、学院生のままでいるのは難しいでしょうな。仮に学院の寮に送り込んだとしても、先方の伯爵家から学費や寮費は断たれますし、おそらく退学手続きを取られて、強制的に引き渡すよう要請が来るでしょう。理由はどうあれ、領主貴族家が実子についてそう要請すれば、王立学院と言えど拒否するのは難しい」


 ウォルターさんがそう推測した。

 3月に春学期が始まって、ソフィちゃんが学院に現れたとグスマン伯爵家に露見すれば、おそらくそういうことになりそうだ。

 あと、ドミニクさんは王都屋敷の執事ではいられないだろうから、ソフィちゃんが屋敷に戻れば庇護出来る者もおらず、直ぐさま伯爵領に返されてしまうだろう。


「俺も、ウォルターの推測通りになる可能性が高いと思う」

「そうね。そういう事態になったら、たぶんだけど、伯爵家としてもあの子を学院に通わせる必要はなくなるから、結婚させてしまうまで再び軟禁ということになるわ。貴族ってそういうものなのよ」

「同じ貴族としてとても残念だが、そうだろうな、アン」


 俺もそう思うよ、母さん。家族や娘個人のことよりも、家を第一に考えるのが貴族というものだ。

 この場合の家というのは、その臣下や領地領民の全体を含めた体制のことになる。


 ましてや、ほとんど愛情を注いで来なかった娘だ。

 その娘が学院生として勉学に勤しむことよりも、上位の臣下である準男爵とその息子の意向や今後の安定の方を重視して、さっさと学院を退学させるだろう。



「ファータの里に一時身を隠して貰うとして、それからどうする、ザック」


 父さんがゆっくりと静かに、俺にそう尋ねた。

 ほかの皆も、口を開くことなく俺の顔を見つめる。


 俺自身、その先の最善策が結論としてまだ出て来ていない。


 じつは俺も、ファータの里に預けたあと、当面はそこで暮らして貰うことも考えた。

 でもソフィちゃんなら、俺やエステルちゃんの側に居たいって言うに決まっている。

 それが、学院に居られなくなってしまったとしてもだ。


 そうだとすると、この1年はうちの王都屋敷に置いておくのか。

 でもグスマン伯爵家の王都屋敷はわりと近くだし、先方も貴族屋敷街をはじめ王都内には目を光らせるだろう。

 結果としてうちの屋敷の外に出ることも出来ず、実質的に逼塞状態になってしまう。

 彼女なら、それでもいいと言いそうだけどね。


 あと、どこで暮らすにせよ、学院での勉学だけでなく、総合武術部の部員たちやクラスメイトをはじめとして、学院生との一切の交流を断つことになってしまうよな。

 俺が大きく関与して、彼女のいまの暮らしと人生をそこまで変えてしまって良いものなのだろうか。


 カァカァカァ。え? 俺が関わらないと、ソフィちゃんの人生が悪い方に流されるのなら、俺が少しでも良い方向に変えられるとしたら、それがいいに決まってるって?

 でもさ、クロウちゃん。


 カァ、カァ。まずは会って、彼女の気持ちと意志を確かめようよ、か。そうだよな。

 俺が選択肢を提示したとして、ソフィちゃんがどう考えて、どう選択して決めるのかだよね。

 何も学院がどうこうだけで、人生のすべてが決まる訳でもないしな。



「伯爵家と縁を切って、学院生では居られなくても、彼女のことは僕とエステルちゃんで護りたいと思う。でも、それが彼女の望むことなのか。彼女の人生にとって最善のことなのか。そこのところを彼女と会って、きちんと考えを聞き、確かめてから行動を起こそうと思います。昨年暮れに会った際にも、自分の意志をはっきりと伯爵に伝えると言っていました。それが今回のことを招いたにしても、自分の大切なものを自分で護ろうとした結果だと思いますので、僕はそれを汲んで最大限、助けようと思います」


「はい。わたしも、ザックさまのお考えと同じです」

「カァ」


 俺が言ったことにエステルちゃんとクロウちゃんが直ぐに同意し、父さんたちはそれぞれに口を噤んで暫し考えていた。


「よし、わかった。まずは会いに行って来てくれ。だが、そのなんだ、神隠し? とやらが起きるのかどうなのかは、彼女自身の意志をはっきり確かめてからだ。そして、そんな現象が起きてしまったのならば、俺たちも出来る限りのことをする。いいよな、アン」

「もちろんよ」


 父さんの言葉を聞いて、シルフェ様が優しく微笑んだ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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