第742話 グリフィン子爵家のファータ集会
調査探索部の部員が集合した場所は、ヴァネッサ館の西館のラウンジだった。
騎士団本部と向かい合っているのが東館で、西館はその奥にある。
いまはどちらの館も宿泊者がいないので、東館の横を抜けて行くとこの敷地内は静まり返っていた。
玄関を入ると直ぐにラウンジで、そこには既に10名のファータの人たちが集まっている。
俺たちに気がついた全員が椅子から立ち上がって、一斉に頭を下げた。
えーと、現在の部員はと。
古くから俺とも顔馴染みのアッツォさんとヘンリクさんがいるね。もちろんティモさんも来ていて、調査探索部としては特別嘱託のアルポさんとエルノさんも顔を揃えている。
あとは女性が2名に男性が3名だ。時折メンバーが入れ替わるので、どうも顔と名前を把握し切れていないよな。
「よし。ザカリー様のお言葉なので、皆座ってくれ」
俺が座って貰ってくださいと言ったので、ミルカさんが全員を椅子に腰掛けさせた。
「ユルヨ爺が里から出て来て、こちらにいらした。状況は既にティモとアルポさん、エルノさんから聞いていたかと思う。それでただいま、子爵様方との会議で、ユルヨ爺はザカリー様とエステル様のお側にいることがグリフィン子爵家でも承認され、立場としては調査探索部相談役。表面的には王都屋敷の執事殿ということになった」
「おお、なるほどだ。アル殿とご同役で執事殿とは、これは面白いぞな」
「調査探索部の相談役は、普段は隠し役職ということよの。われらと同じだ」
「まあの、アルポ、エルノ。わしら年寄りが、表立って部員面をしてもいかんからな」
「そうそう。われらは門衛で、ユルヨ爺は執事殿。いいではないか」
いつもいまさらだけどファータの人たちの場合、現役の探索者は極めて物静かで、いちど引退したお年寄りたちは極めて良く話す。そして声も大きい。
そのなかでユルヨ爺は、里でも静かな方だったけどね。
アルポさんとエルノさんは、俺のところに来て現役復活とか言っているけど、まあこんな感じですな。
「まあそういうことです」と、ミルカさんはまだ話の続きがあるようで、いちど静かにさせた。
里長の次男で、うちでは副部長という役職に就いているけど、年寄り相手だと少しやりにくそうだよね。
「エステル様はもちろんご承知だが、ザカリー様にはあらためて現在の部員たちを紹介させてください」
「はい、お願いします」
こういうのは初めてだよね。個々ではともかくとして、ファータの探索者をいちどに紹介するとかは、仕事や立場上珍しいことだろう。
「まず、アッツォとヘンリクは古くからお世話になっているので、いいですね。アッツォには、今年からアプサラの主任を務めて貰っています」
ふたりが立ち上がって礼をした。
港町アプサラの責任者は、昔にミルカさんがしていたんだよな。俺が初めてミルカさんと会ったのも、そのアプサラでだ。
その後、彼はグリフィニアに移って、アプサラ主任は別の人に替わっていたのだと思うけど、現在はアッツォさんなんだね。
港町アプサラは、ウォルターさんのお兄さんのモーリス・オルティス準男爵が代官で治めていて、貿易港の町であるので他領や他国の船も入船し、人の出入りが多いことから、調査探索部としても重要な任地だ。
「アプサラにはアッツォの下で、ファータからはイーヴォとヴェンラが常駐しています」
男性と女性が立ち上がって頭を下げた。
このふたりは何となく顔が記憶にあるので、わりとベテランの人たちだと思う。
見た目はファータだから若いけどね。でもヴェンラさんは、エステルちゃんよりもだいぶお姉さんに見える。
エステルちゃんの場合、俺と出会ったときからまったく年齢的な変化が無いのですな。
「(ほら、まだ紹介の途中なんですから、余所見しないでくださいよ)」
「(カァ)」
「(はいです)」
「それでグリフィニア常駐ですが、ヘンリクを主任にして、ヴェイ二とサロモ、それと今年からリーアに来て貰っています」
「(あ、リーア姉さんだ)」とエステルちゃんが心の中で呟いて、小さく手を振った。
姉さんと言うからには身近な先輩なのだろう。
ヴェイ二さんとサロモさんはティモさんより歳上の感じで、リーアさんは20歳ぐらいに見える。
ファータの実年齢と見た目年齢は、人族と大きく異なるのでややこしいのだが、一族と深く付き合ってみると、どうも個人差が結構あるらしいことが分かって来た。
特に女性の場合、ある年齢でそこから長期間に渡って、まるで歳を取らないかのように変化せず、何年か何十年かするとまた次の段階にゆっくり移行するそうだが、全員がまったく同じという訳ではないらしい。
エステルちゃんが15、6歳の容貌で留まってから、俺の知る限りではもう10年が経過しているよね。
それがいつまで続くのか、本人も分からないと言っていた。
ただし、置かれた環境の変化や立場、内面から醸し出す雰囲気は、ずいぶんと変わって来たと思う。
さっき紹介を受けたヴェンラさんは、ちょうどセリヤ叔母さんと同い歳ぐらいの20歳代半ばか後半な感じで、リーアさんは20歳前後。
今朝にお爺ちゃん男爵家で別れたユリアナお母さんは、いまは20歳代後半から30歳代前半な感じで、アラサーといったところですか。
うーん、分からない。ファータでいちばんの神秘だ。カァ。
「(なにをキョロキョロしてるですか。わたしの方は見なくていいんですよ。落ち着いていてください)」
「(ザックさまは、何か気になることでもあるんじゃないですかぁ)」
「(カァ)」
「(何か言いたいことがあったら、ちゃんと言ってくださいよ)」
「(いえ、ダイジョウブであります)」
マジで叱られそうなので、ファータの女性見た目年齢問題は、取りあえず封印しておこう。
「以上7名に、ティモと私を加えた9名が調査探索部の部員。アルポさんとエルノさんが特別嘱託で、今回、ユルヨ爺が相談役となりました。グリフィン子爵領でお世話になっているファータは総員12名で」
「わたしもいますよ」
「あ、これは……。エステル様も含めると総員13名。辺境伯家に次ぐ、探索者としては大戦力の数となりました。これもひとえに、子爵様やウォルター部長、そしてザカリー様のお陰と言えます。ザカリー様、あらためてよろしくお願いいたします」
調査探索部にはこのファータの人たちの他に、グリフィニアで採用した事務職員が何名かいる。
この夏にエールデシュタットでシルフェ様との対面があったときは、辺境伯家のファータの局員は確か20人近くがいたよな。
グリフィン子爵家はそれに次ぐ規模という訳だ。
まあ俺は、直接的に何かをした訳じゃないけどね。
「それで本日だが、ユルヨ爺の着任のほか、もうふたつ、皆に知らせることがある」
ここからが本題なんですね。
「ひとつは、既に皆は存在だけは承知のことと思うが、王都近郊のナイアの森に、グリフィン子爵家の隠し地下拠点がある。これはザカリー様の陣頭指揮で、王都屋敷の方たちにダレルさんが加わって昨年夏に造られたものだ」
ああ、まずはその件だな。これは、情報共有しておかないといけないよね。
「この拠点は、王家や王宮、その他どの貴族家にも秘匿しておくべき施設で、ザカリー様の管理下において、王都屋敷の方たちのみが使用して来たのだが、このたび里長夫妻と王都にいるファータの者が訪問を許可され、ファータの一族が共用出来るものと決まった。ただし、使用に際しては当面、ザカリー様のご許可が必要となる。ここにいる皆の者もいずれ行くことがあると思うが、立地する場所からも最高機密の場所であるとそう心得るように」
そうだな。ファータと共用を決める以前から、管理運用は調査探索部扱いとなっているので、うちの部員の皆もいちどは連れて行かないといけないよね。
「まずはこの件、よろしいかな。地下拠点施設については、もし知りたいことがあるのならティモに聞いてくれ。ティモも、ザカリー様の許可無くすべては話せないだろうが、必要充分の情報は共有しておくように。いいかな。それでは、ふたつ目だ」
ふたつ目だと言いながらも、ミルカさんはここでひと息入れた。
あの件だとすると、ファータにとってはとても大きなことだからね。
「先ごろ、ファータの一族総帥たる里長から文が届いた。これはすべてのわれらの里の者、そしてわれらの里だけでなく、他の里の長宛にも通達されたものだ。重要かつ他族には秘すべきことである。なお、当家の調査探索部部長であるウォルターさんには、敢えてご出席いただいている」
つまり、子爵家の誰かに伝えるべきことかどうかは、ウォルターさんの判断も加えるということだな。
既に知っている者も、そう軽々に話せることではないからね。
「それでは、里長からの通達を伝える。かねてよりエステル様のご婚約者となられているザカリー・グリフィン様は、このたび、ファータの総意のもとで、ファータの一族のすべてを統べる統領となられる。統領とは、即ち里長の上に頂く御方である。なお、われらが一族の先祖であり主である真性の風の精霊シルフェ様が、これを認めたものであり、またあらためて、ザカリー様を義弟、エステル様を妹とするともシルフェ様がお認めになられた。そして、ザカリー様ご本人からのご了解もいただいている。これに異を唱える者、不平不満がある者は、速やかに里長エーリッキ・シルフェーダまで名乗り出るように。以上だ」
ラウンジは静寂だ。みなさん、驚きを抑えたような表情でじっと俺の顔を見ている。
既に承知しているティモさんはいたって平静で、アルポさんとエルノさんは何となくニヤニヤしていた。
「もし、異のある者がいたならば、この場で申し出よ。と言っても、ここはザカリー様のお膝元だ。まずはそれを忘れるでないぞ。いいか。誰も無いか? 里長から通達された内容を承諾するのなら、椅子に座ったままで良いから、ザカリー様に対し頭を垂れよ」
ユルヨ爺の大音声が響いた。滅多には出さないが、なかなかの迫力だ。
ここにいる者たちは、アルポさんとエルノさん以外の全員が彼の弟子であり、師匠の問いに返答を躊躇する者はいない。
直ぐさまティモさんが頭を下げ、続いて全員が頭を下げた。
「よおし、もう顔を上げてええぞ。おんしらは、縁あってグリフィン子爵家で働き、こうしてザカリー様を目の前にしておる。ユルヨ爺が申した通り、ここはお膝元。そんで、おんしらは一族の中にあっても、ザカリー様の直属の配下よ。ええか。そこんとこを身体と心と魂によおく刻み、仕事に励め」
「はいっ」
「そういうことだで、あらためてよろしくお願いいたしまするぞ、ザカリー様」
「うん、わかった」
アルポさんが皆を代表するようにそう言ってくれた。
15年戦争の当時は、特別戦闘工作部隊長のアルポさんと副長のエルノさん、そしてユルヨ爺がいて、部隊員がいて、こんな感じだったんだろうな。
でもいまは、ミルカさんが調査探索部の実質トップだから、頑張ってくださいよね。
しかしミルカさんも大変だよな。僕はあなたをとっても頼りにしてますからね。
それから皆と少しずつだけど言葉を交わした。
エステルちゃんも意外と、うちにいるファータとの人と話す機会が少ないしね。
思いがけずにユルヨ爺と会うことになった彼らも、俺とエステルちゃんと話した後は師匠のところに行っている。
「リーア姉さん、グリフィニアに来てたんですね」
「ええ、この夏終わりからなのよ。エステル嬢さまとは、入れ替わりになっちゃったわね」
「ザックさま。わたし、小さい頃はリーア姉さんにずいぶんと鍛えて貰ったんですよ」
「ふふふ。それはどちらかというと、わたしの方ですよ」
「里での訓練時代は、一緒だったの?」
「ええ。ティモさんがいちばん上で、リーア姉さんはわたしやハンナちゃんのふたつ上だったかしら」
「そうだったわね。それにしてもエステル嬢さまは、見た目がすっごく若いままよね。わたしはかろうじて、これで留まってるけどね、ふふふ」
「そうですかぁ? でもわたし、ザックさまと同じぐらいで、いい具合でしょ」
「あら、ごちそうさまです」
ふうむ。やはり個人差があるようだな。
リーアさんがふたつ上ということだけど、もう少しお姉さんに見えるよね。
十代半ばでずっと停止したままなのが、これはエステルちゃん固有のことなのだろうか。
本人はずいぶんと以前に、そのうち俺が追いついて抜かされるって言ってたよな。
それとも、精霊化に影響があるのかも知れないのか。カァカァ。ああ、世界樹ドリンクもね。加えてそれも少しは影響していそうだよな。
「ザックさま。ちょっとエステルさまに言えないこと、考えてるでしょ」
「あ、何のことでありましょうか」
「人間て、特に人族とかは姿かたちと年齢を、妙に気にするよね」
「それはさ。人族は精霊族よりも、ずっと寿命が短いからでありまして」
「そうですかぁ? でも、エステルさまはたぶん、暫くはずっとあのままですよ」
「え? そうなの?」
「はい。だってシルフェさまなんか、何千年もあのお姿でしょ。あとザックさまだって、もう少ししたらいったん止まるんじゃないかなぁ」
エステルちゃんがリーアさんと話しているので、俺はそっと離れたのだが、側にいたカリちゃんがそんなことを言う。高位ドラゴンからのご託宣ですか。
このドラゴン娘は精霊と人間をごっちゃにしているのか、それとも何か感ずるところがあるのだろうか。
「ザックさまとエステルさまは、そういうものですよ。ねえ、クロウちゃん」
「カァカァ」
そういうものって、どういうものなのでしょうかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
 




