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第741話 ユルヨ爺のこと、そしてソフィちゃんのこと

 ユルヨ爺が屋敷に来たというので、階下に降りて領主執務室に足を運んだ。

 内々の相談事や打合せなどは、いつもこの部屋で行うのが子爵家の決まりだ。


 俺がクロウちゃんを頭に乗せて入ると、エステルちゃんとカリちゃんも来ていて、ふたりでお茶を淹れている。

 部屋には父さんと母さんのほか、アビー姉ちゃんにウォルターさん、クレイグ騎士団長、ミルカさん、そしてユルヨ爺が揃っていた。


「ザックも来たな。ではあらためて、ザックとエステル、カリちゃん、お帰り。そしてユルヨ爺殿、良く来られた」

「殿は要りませぬぞ、子爵様よ」


「うん、そうか。それではユルヨ爺。まずは、先ほどの話の続きと言うか、ザックの元に来たというその訳を教えてはいただけぬか」

「はい。そもそもは1年余り前、昨年の11月の初め頃のことでござりまする」


 ユルヨ爺はそう言って、以前に聞かせて貰った話を語り始めた。

 ファータの里の祭祀のやしろでヨムヘル様の言葉を聞いたという、あの話だ。


 ただしユルヨ爺には、その話をうちの父さんたちにする機会が必ず訪れるから、その際にはヨムヘル様の「我が息子のために」という言葉を少し誤摩化してくれないかと、グリフィニアに帰着する前に頼んで置いた。

 うちの家族や家の者には、驚くような表現だからね。


 俺の頼みを聞いたユルヨ爺は、「ふうむ。人族のご家族たちには、いささか刺激が強過ぎますか」とそれを了承してくれている。

 それで、「ザカリーに仕えて、最後の風を遣え」というような託宣を得たと、多少言い方を変えて話してくれた。



「ザック様とエステル嬢様は、我が精霊族ファータの大先祖であり主人である真性の風の精霊シルフェ様に、義弟おとうと、妹と呼ばれ、とても大切にされておりまする。おそらくはそのことがアマラ様、ヨムヘル様にも伝わり、一族の最長老たるわしに、おふたりをお護りせよとのご命令が下されたものと、勝手ながら愚考しておる次第であります」


 ユルヨ爺の言ったことは大きな間違いではないが、真相は逆だ。


 俺は前世の神サマから、この世界の最高神であるアマラ様とヨムヘル様に預けられて、地上に産まれ降りた。

 つまりアマラ様とヨムヘル様はこの世界でのホストペアレンツで、このおふたりの長女であるシルフェ様が、地上世界で俺の面倒を見てくれている訳だね。


 そして、シルフェ様の直系子孫で、一族史上最も魂の繋がりの強いエステルちゃんが俺の婚約者となり、彼女が妹で俺が義弟おとうとということになった。

 なので敢えて言えば、いまここにいるのが血肉上の地上の家族で、アマラ様とヨムヘル様と精霊樣方が畏れながら魂上の家族ということになるのかも知れない。


 そんな感じでいいのかな、クロウちゃん。カァ。


「それでようやく、里の子供たちを指導する仕事の引き継ぎも終え、里長さとおさ夫妻の王都訪問に便乗して、ザック様の元に来たという訳なのでありまするよ」


 ユルヨ爺はそう話し終えて、口を噤んだ。



「これは僥倖ですぞ、子爵様。ユルヨ爺といえば、かつての15年戦争でも先代様が一目も二目も置いた、陰の英雄。そして戦後は、多くのファータの探索者の師匠であるそうな。そうだよな、ミルカさん」


「はい騎士団長。われらの里の現役の探索者は、この私もですが、ほとんどがユルヨ爺の弟子ですね。また、すべてのファータから尊敬を集める最長老であることも、間違いないことで」


「そんなお方が、ザックのところにおられるのは確かに勿体ないことだが、しかしうちでのお立場はどうすればいいんだ?」


 ああ、ユルヨ爺の立場か。それはあまりしっかりと考えてはいなかったよな。

 俺の独立小隊レイヴンの顧問的なことでいいのかなぁ。


「わしは、いち兵卒でよろしいですぞ」


 なんだか、ソフィちゃんがときどき言うようなことを本人が言ったけど、そういう訳にはいかないよね。

 この場にいる皆も、ふうむと考えている。



「あの、いいですか?」

「何かな、カリちゃん」


 このドラゴン娘のカリちゃんの立場も変なものだけど、いちおう上辺的には侍女さんということになっているし、服装もその通りだ。

 何かいいアイデアがあるのかな。でも突飛な発言が飛び出しそうで、ちょっと怖いですけど。


「うちの師匠は、いちおうは王都屋敷の執事ですよね。ユルヨ爺ちゃんも、そんな感じの偽装がいいのではないですか?」


 ああ、意外とまともな意見でした。偽装なんて言葉を知ってるんだね。

 それはともかく、アルさんが執事だから、同じくお年寄りの姿かたちのユルヨ爺に見た目が相応しいような役職ということか。

 いや、執事がみなさん年配者ということではありませんけどね。


「カリさんのご意見に私も賛成です。出来ますれば、調査探索部の相談役というお立場でいていただいて、外目にはアル殿と同じく執事のていではいかがでしょう。いえ、執事のお仕事をしていただくかどうかは、ご本人にお任せしますが。それでどうかな? ミルカさん」

「はい、良いのではないかと」


 ウォルターさんが直ぐにその意見に賛成した。

 裏は調査探索部の相談役で、表の顔はアルさんと同役の執事か。

 まあアルさんの場合は、執事というよりご隠居さんだけどね。


 グリフィン子爵家では、家令のウォルターさんが家政を統括するハウス・スチュアードと、領内の執政と加えて外交も統括するランド・スチュアードの両方を兼務している。

 前世の世界で言えば、まあ家老ですな。


 現在のところの実際は、執政については実務官として筆頭内政官のオスニエルさんがいて、

 外交関係は調査探索部が表向き調査外交部という名称で、ミルカさんが実務を行うことが多い。

 家政の方は執事を下に置かずに、ウォルターさん自身と家政婦長のコーデリアさんとで分担する極めてコンパクトな体制だ。


 それでユルヨ爺には当面は王都屋敷執事になって貰って、調査探索部分室と戦闘訓練を見て貰うのがいいだろうね。魔法訓練はアルさんの方だし。



「カリちゃんも、たまにはいいことを言う」

「たまにはではないですよぉ、ザックさま」


「でも、アルさんもユルヨ爺もわたしの師匠だから、そのふたりが執事ならなんだか安心ですよ」

「ですよね、エステルさま」


「でもさ。グリフィニアにいるときは、騎士団の見習いの子たちの戦闘訓練も指導して貰ってもいいんだよね。ねえ、ユルヨ爺」

「いいですぞ、アビー殿。子供たちの指導は慣れておりますからな」


「そしたら、わたしの訓練も」

「姉ちゃんはそれが狙いだな」

「えへへ」


 まあその辺はユルヨ爺本人に任せよう。

 アルポさんとエルノさんにも加わって貰って、ファータ流の戦闘術を教えて貰うのもいいかもだよな。

 あの爺さんたちは、大森林での狩りもしたがるだろうけど。


「よし、わかった。ではそれでお願いするとしよう。お立場としては調査探索部相談役で王都屋敷執事を兼務ということで。よろしいでしょうかな? ユルヨ爺」

「はい。わしに出来ることなら、立場なぞは何でも良いですによって」


「そのお立場で、報酬はウォルターとエステルで相談してくれ」

「承知しました」

「はい、お父さま」


「報酬なんぞはいらんですぞ」

「いやいや。そういう訳にはいきません。自分のお金が必要なこともあるでしょうし。頼むぞ、エステル」


「そうですよ、ユルヨ爺。ザックさまのお小遣いは、わたしが預かってますけど、ユルヨ爺の分までは預かりませんからね」

「そうしましたらこの爺は、エステル嬢様から小遣いをいただいておくことにいたしましょうかな。はははは」



「ザック。あなたはまだ、自分のお金をまるまるエステルに預けてるの?」

「そうなんですよ、お母さま。渡そうとしても、いいや、とかいつも言って。でもこの人、以前にお母さまからいただいたお小遣いを、まだ残して持ってるらしくて」


「あらまあ。あなたって、意外とケチなのね。そんなの早く遣っちゃって、エステルに預かって貰っている分は自分で管理なさい。そうだ。いくら残しているかは知らないけど、その残りで、エステルとかカリちゃんとかに何か買ってあげなさい」


 おっと、とんだとばっちりですぞ、これは。カァ。


「でも奥さま。前に王都の商業街で、ソフィちゃんとユディちゃんとわたしに、お揃いのブローチを買っていただきましたよ。そうそう、フォルくんにはハンカチ」


「あら、ザックも少しは大人になったのね」

「少しですけどね、お母さま。うふふ」


「ザック、わたしにも何か買って」

「姉ちゃんは、騎士団からお給料を貰っておるでしょうが」

「でも、その代わりにお小遣いは無くなったからさ」


 アビー姉ちゃんは自分の領地の無い騎士爵だから、収入は騎士団からの俸給だけの筈だ。

 これまで貰っていた、子爵の娘としてのグリフィン家からの小遣いは無しになったんだね。



 ユルヨ爺の件が済んで、あとソフィちゃんのことについても、いちおうこの場で報告をしておいた。


「そうなの。そうしたら、あの子は年明けが勝負なのね。ドミニクさんが付いているにしても、女の子がひとりで闘う決意をしたのですか。ファータからおひとりを近くに廻していただいたのは、感謝しかありませんけど」


 俺の報告を聞くと、アン母さんがそう言ってユルヨ爺とミルカさん、そしてエステルちゃんに頭を下げた。


「何かあれば、ドミニク殿からの報せが、直ぐにザック様に届く手筈になっておりまする。そのあとの動きは、ザック様のご指示次第ですが」

「そうか。ありがとうございます、ユルヨ爺」

「いえ、子爵様。これは里長さとおさから言い出したことですのでな」


「ねえ、ザック。それで、ソフィちゃんの対決が失敗したら、あんたはどうするつもりなの?」

「そうだなぁ……」


「攫いに行くの? そうなら、わたしも行くよ」

「アビー姉さま」

「姉ちゃんはうちの騎士様だし、それに目立つからダメだよ」


「むむむ。そしたら、ジェルさんたちだってダメじゃない。それを言うなら、あんたは子爵家の長男なんだから、もっとダメでしょ」

「目立てばね。しかし、誰にも悟られなければ」


「ザックさまもアビー姉さまも、ソフィちゃんを攫いに行く前提で、なに話してるですか」

「でもさ、エステルちゃん」

「もしそれが必要なら、わたしが行きます」

「わたしも、もちろんですよ」


 自分が行くとエステルちゃんが宣言した。当然にカリちゃんも言葉通りに行くだろう。

 しかし、ことが伯爵家相手の話で、これはなかなかに難しい問題だ。


「攫いに行くとかどうするとか、あなたたち。それでザック、どうするつもりなの?」

「うん、母さん。今回のことはそう簡単な話ではないのは、僕も理解している。それに、年を越して、ドミニクさんから報せや何かのお願いがあったとしての話だから。なので、もう少し考えさせて貰えないかな」


「ザック。おまえが何かしたいというのは、俺たちも充分にわかるし、俺自身も何かしてあげたい。だが、相手は魔物でも悪党でもなく、この国の高位貴族家だ。だから決して、独断で行動を起こすなよ。必ず事前に相談してくれ。それだけは頼むぞ」

「うん、それは僕もわかってるし、もちろんだよ、父さん」


 前にも考えたのだけど、ソフィちゃんを密かに連れて来ちゃうとかは、たぶんそれほど困難な仕事ではないと思う。

 それより問題は事後の始末なんだよな。カァカァ。それを決めてちゃんと段取りして、本人も納得しないと実行するのは難しい。カァ。




 この話は、これ以上はまたしかるべきときにということで、解散となった。

 何せ僕らも本日、王都から帰着したばかりだからね。


 領主執務室を出て、クレイグ騎士団長とアビー姉ちゃんは騎士団本部へと戻って行った。

 さて俺は、夕飯まではまだ時間もあるし、どうしましょうかね。


「ザカリー様、それからエステル嬢様も。少しこれから、お時間をいただいてよろしいですか?」

「うん、いいけど、何ですかミルカさん」

「まずは、玄関ホールの方へ」


「(何かな。エステルちゃんは知ってる?)」

「(いいえ。何ですかね)」

「(わたしも一緒でいいですか?)」


 屋敷の廊下を玄関ホールへと歩く。俺とエステルちゃんとカリちゃん、クロウちゃんに、そう言ってきたミルカさんとユルヨ爺、そしてウォルターさんも一緒だ。


「カリちゃんも一緒でいいかな」

「あ、はい」



 玄関ホールに着いて、ミルカさんに「それで?」と顔を向けた。


「調査探索部の部員たちを集めておりまして」


 ああ、そういうことですか。俺はウォルターさんの顔を見る。


「私は席を外そうと思ったのですが、まあいちおう部長ですし、ミルカさんがいてくれと言いますのでね」


 調査探索部の部員、つまりグリフィニアのファータ集会ですね。

 仕事柄、部員が一堂に集まることはほぼ無いだろうし、そこに俺が顔を出すのはもちろん初めてのことだ。

 ともかくもそんな滅多に無いことで、せっかく全員が揃っているのなら、では行きましょうかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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