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第740話 ユルヨ爺を伴って、グリフィニアに到着

「それで、喧嘩の原因は何なのかな?」


 ジェルさんに一喝されて、驚いた男性が咄嗟に地面に這いつくばってしまったのを、その喧嘩相手が立ち上がらせている。


「あのよ、御領主様の御長男様だっていうのに、どうしてみんな普通にしてんだ?」

「ああ、グリフィニアの流儀はこうなんだよ」

「ザカリーさまは、あたしら全員の息子みたいなもんだからさ」

「だけどな、お前さんもグリフィニアで冒険者になろうって言うんなら、若旦那さんの顔ぐらいは覚えてないと酷い目に遭うぜ」


 えーと、だから喧嘩の原因とかは。

 いつの間にか喧嘩は終わったみたいだけど。


「あ、すみません、ザカリー様。それがですね。こいつは、どこかの田舎領で冒険者をしていたらしいんですが、グリフィニアのギルドに鞍替えして、大森林で大儲けするって大口を叩きやがるもので、そんなに甘くねえぞって話しているうちに、いつか言い合いになっちまいましてね。あ、俺は、ボジェク親方のところで職人やってます、ヨルクって未熟者で」


 へー、ボジェクさんのところの職人さんか。少し小柄な人だと思ったが、この人もドワーフなのかな。

 まあドワーフの特に男性は、気が強くて一本気で喧嘩っ早い人が多いからね。

 特に、あのボジェク親方のところの若い衆だとなぁ。


 それで、喧嘩相手のもう一方の男性は人族らしいけど、わりと大柄で冒険者なんだ。

 グリフィニアの冒険者ギルドに鞍替えして、アラストル大森林で大儲けね。

 昔からそういう手合いは多いようだが、まあくれぐれも生命だけは大切にしてくださいよ。



「グリフィニアももう直ぐだから、みなさんの帰路を喧嘩なんかで遅らせちゃだめですよ。特にあなた」

「お、俺でございますでしょうか」


「ほら、ザカリーさまは、これからあんたの若旦那になるんだから、ちゃんとご挨拶しないとだよ。それからエステルさまにもね」

「エステル様は姐御さんなんだから、いちばん偉えんだぞ」


「えーと、俺はコルデーロって言います。しがない冒険者ですが、グリフィニアのギルドに所属したいと、こうしてやって来たって寸法でして。ところで、若旦那とか、姐御さんて?」


 ああ、その辺は面倒臭いんで、あとで誰かから聞いてください。


「コルデーロさん、ですか。グリフィニアというのは、住民の全員が大きな家族みたいなもので、いつも皆で助け合って暮らしています。ですから、これからそのグリフィニアに入る前に、喧嘩とかはダメですよ。あなたがただの旅人ならばともかく、これから冒険者ギルドに所属して、その家族の一員になろうとするのなら尚更ね」


「はい。申し訳ありません」

「俺も言い過ぎたみてえで、悪かった。鍛冶職工ギルドも冒険者ギルドとは助け合う仲だから、兄弟みたいなもんだ。すまねえな」


「さあ、ザカリー様のご帰還を邪魔しちゃなんねえから、そろそろ馬車に乗ってくれや。ザカリー様、エステル様、足を止めさせちまって悪かった」


「ことが納まったのならいいんですよ、ビアージョさん。さあ、みなさんも早くグリフィニアに帰りたいでしょうから、馬車にお乗りくださいな。ジェルさん、ビアージョさんの馬車を先に行かせてあげて」


「ではお言葉に甘えて、直ぐに馬車を出すぜ」

「はい、エステル様。それじゃこれで」

「冬至祭でまた、お姿を拝見できますね」

「それにしても、おふたりを見る度に、ますますお似合いになるわよねぇ」


「なあ、若旦那と姐御って?」

「それはだな。いま教えてやるから、まずは馬車に乗ろうぜ。あ、失礼いたします、ザカリー様、エステル様」


 ついさっきまで、殴り合いが始まるやも知れなかったふたりをはじめ、乗客たちはわーわー話しながら馬車に乗り込んで行った。

 ビアージョさんがそれを確認すると、こちらに頭を下げ、御者台に上がって乗り合い馬車は出発して行った。

 その様子を俺たちはやれやれと見送る。



「ねえ、ライナさん。余所で冒険者をやって来たって人だと、直ぐに大森林に入れるのかな」

「いまのあの男の経験と実力次第じゃない? 冒険者歴があるのなら、戦闘力とかを試して。それから大丈夫そうだったら、いきなり単独では無理だから、どこかのパーティと仮に組ませてお試しで入れてみるって感じかしらー」


 なるほどね。それで、もし仮にそういう手順を無視して、勝手に大森林に入っちゃったら?


「ギルドとしては追放ねー。それでも入ろうとしたら、それからはわたしたちの扱いになるわよ」


 冒険者ギルド員であればギルドが管理。

 もし追放されてしまいギルド員で無くなれば、ただの流れの冒険者、乃至は密猟者として、大森林に無断立ち入りをすると騎士団の捕縛対象になるんだよね。


 ただしこれはグリフィン子爵領の決まりであって、他領がすべてそう厳格であるとは限らない。

 辺境伯領は北方帝国との国境がある関係もあって、大森林への立ち入りはかなり厳しく、ブライアント男爵領もうちと同様の措置を行っている。

 しかしデルクセン子爵領などは、かなり緩いらしい。


「さあ、われらも出発しますぞ」とジェルさんの声が掛かって、俺たちの一行も動き出した。



「ああやって、余所から来る人もいるんですねぇ」

「冒険者さんは出入りが多いのよ、カリちゃん。みなさん、大森林に入ってさっきの人みたいにひと旗挙げようって考えるらしいんだけど、上手く行かなくてまた移って行っちゃう人も多いらしいわ」


 そうなんだね。エステルちゃんは良く知ってるなぁ。グリフィニアを離れていても、やっぱり姐御さんは違うよね。カァ。


「それじゃ、せっかくグリフィニアの冒険者ギルドに所属出来ても、若旦那さまと姐御さまにお会い出来ずに、去って行く人たちもいるんですね」


「エディット、若旦那さまと姐御さまって、なんなのだい?」

「あー、それは目の前のおふたりのことですよ、アデーレさん」

「もう、エディットちゃんたら」


 夏至祭のときには冒険者たちが揃っての挨拶に、エディットちゃんもいささか驚いていたけど、まあこんどの冬至祭で分かりますよ、アデーレさん。




 馬車の中でそんな会話もしながらも、やがて一行はグリフィニアの南門へと到着し、今日は入門を待つ馬車もいなくてスムーズに入ることが出来た。

「お帰りなさいませ、ザカリー様、エステル様」と、南門を守る領都警備兵たちが揃って出迎えてくれる。


 徒歩で出入りする領民たちも手を振って迎えてくれたり、大森林からの帰りの冒険者たちが俺たち一行を見て、挨拶をしながらギルドに知らせに走って行くのもいつものことだ。

 ただし夏とは違って、この冬の時期は人数が少ないけどね。


 サウス大通りから中央広場を経てグリフィン大通りを、領都民の皆さんの挨拶を受けながら進み、ようやく子爵館へと帰って来た。


 玄関前では知らせを受けたヴィンス父さんとアン母さんをはじめ、ウォルターさんやコーデリアさん、ダレルさん、侍女さんたち屋敷のみんな。

 そして騎士団からは、クレイグ騎士団長とネイサン副騎士団長にアビー姉ちゃん騎士。調査探索部のミルカ副部長も顔を揃えていた。


 その中で、ユルヨ爺の顔を知る人たちが彼の姿を見て驚いている。ミルカさんだけは予測していたのだろうけど、少し当惑気味の表情だ。

 あとうちの家族でユルヨ爺を知らないのは、あれは誰なんだと見ている父さんだけだよね。


「あらあらあらあら、ユルヨ爺ではないですかぁ。驚いたわ」

「ユルヨ爺、お久し振りです。って、いったいどうしたの?」


 母さんと姉ちゃんが直ぐに近づいて来て、馬から降りたユルヨ爺に驚いた様子で声を掛けた。


「これはアン奥様、一別以来でございます。アビー殿はなかなか凛々しいですな。こうしてザック様に従い、グリフィニアまで罷り越し申した」


「ユルヨ爺、やはり来られましたか」

「ふふふ、ミルカよ。これからよろしく頼むぞよ」


「ユルヨ爺殿ですか。なんとも懐かしい」

「15年戦争以来か。貴方様のお顔が再び見られるとは」

「おお、ウォルター殿にクレイグ殿だな。お久しゅう」


 ミルカさんにウォルターさんとクレイグ騎士団長も近づいて来て、そう挨拶を交わす。

 うちの重鎮ふたりとは、15年戦争のときに良く知った間柄だった訳だ。

 さて、あそこでぽつんと取り残されているヴィンス父さんに、紹介しないとだよね。



 それで、皆がそれぞれにいろいろと聞きたがっているのを後にして貰って、ユルヨ爺をエステルちゃんと共に父さんの前に連れて行った。


「父さん。この人はファータの里のユルヨ爺。里の最長老で最強の戦士で、現役のファータ衆みんなの師匠でもある人だよ。ユルヨ爺、このポカンとしている人が、ヴィンセント・グリフィン子爵閣下で、つまり僕らの父上でありますな」


「これは、ご挨拶が遅れ申した。初めてお目に掛かります、ヴィンセント・グリフィン子爵閣下。私めはユルヨと申しまする。15年戦争当時には、カーティス・グリフィン閣下に大層お世話になり申した。戦争終結後は里に閉じ籠っておりましたが、このたび故あって里を出ることになり、ザカリー様のお側に置いていただく運びとなり申した。何卒、この年寄りの我侭をお許しいただきますよう、伏してお願い申し上げまする」


 ユルヨ爺は父さんの前で片膝を突き、そう挨拶をした。

 父さんはまだポカンとした表情でその口上を聞いていたが、直ぐにユルヨ爺に手を差し伸べて立たせた。


「丁寧なご挨拶を。私が、ザックの父のヴィンセント・グリフィンです。このグリフィニアに滞在されるのは、ザックが認めたのなら問題ありませんが、里長さとおさ殿には?」


「ああ、エーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんとは今朝まで一緒で。あの人たちは里に帰ったんだけど、ユルヨ爺がこちらに来るのは、里長さとおさも認めたことなんだ」

「そうなのか、ザック。それで、おまえの側に置いていただくということだが。ミルカ、それはいいのか?」


「はい。うちの里長さとおさが認めて、ザカリー様がご承認になられましたら、それはファータの総意ともなりますので」

「そう、なのか。ならば、俺も認めざるを得ないな」


 俺が承認するとファータの総意になるというミルカさんの微妙な言い回しに、父さんは一瞬「うん?」という表情をしたが、それ以上突っ込むことはなかった。

 ミルカさんのところにも、爺ちゃんから既に連絡が廻って来ているですかね。



「そういうことでしたら、まずは部屋に荷物を置いて貰って、落ち着いてからお話を伺いましょうね。エステル、ユルヨ爺のお部屋はどうすれば?」

「それが、わしはザックさまの配下なので、ティモたちと同じ場所でって、そう言うんですよ」


「騎士団宿舎ってこと? ユルヨ爺。お屋敷ではなくて」

「エステル嬢様のおっしゃったように、それでお願いしまする、奥様」


「そう、ですか。いいのかしら。そしたら、ネイサンさん。お部屋は空いているのかしらね」

「はい。ひと部屋はあるかと」

「わたしがユルヨ爺を案内するわよ、母さん」

「頼むわアビー。そうしたら、あとで屋敷の方に来てくださいね、ユルヨ爺」


 いまや、アルポさんとエルノさんに加えてユルヨ爺も加わるとなると、騎士団の宿舎の方も部屋数が足りなくなるよな。

 ファータの調査探索部員とうちのレイヴンメンバーの分の部屋を、独立して別途確保するか。

 ヴァネッサ館がいまは空きだろうから、あそこを活用すればいいんじゃないかな。



 取りあえずは馬車から荷物を降ろし、と言っても大半はマジックバッグか俺の無限インベントリの中なので、それ以外は形ばかりの量なのだが、とにかくも屋敷の中に入れる。


「アデーレさん、良くいらっしゃいました。あれから、あなたに随分とお世話になっているのを、わたしもしっかり承知していますよ」

「いえ、奥さま。わたしのお役目ですので。でもようやく、こちらに来させていただくことが出来ました」


「あ、アデーレさん、待ってたっす。ほら料理長、アデーレさんすよ。ちゃんと挨拶して」

「おおよ。おまえに言われんでも挨拶するわい。よくいらした。話はトビーからいろいろ聞いております。料理長のレジナルドです」


「これはトビーさん。お久し振りですね。初めまして、レジナルドさん。よろしくお願いいたします」


「アデーレさん、早くあれを味見させていただきたいっす」

「おまえ、焦らんで。アデーレさんも着いたばかりだ。まずは部屋で落ち着いて貰ってからにしろ」


「そうだよ、トビーくん。キミはホントに、お菓子のこととなると周囲が見えなくなるよなぁ」

「煩いっすよって、あれ? ザカリー様じゃないっすか。いたんすか」


「いたんすかって、みんなと一緒に帰って来たんだから。それに、あれの開発者は僕なのでありますぞ。だから、僕が許可をしないと、トビーくんに味見はさせられないなぁ」

「ひょー。久し振りに会って早々、ザカリー様は相変わらず冷たいすねぇ」

「態度が冷たいのはキミの方でしょ」


「はいはい、そこのふたり。そういうのは後でゆっくりしなさいね」

「カァ」

「あ、すみません、エステル様」

「はいであります」


 トビー選手にはこの冬の間に、ショコレトールの製法を伝授して今後のことも相談したいから、ちゃんと後で味見させてあげますよ。

 まあ彼とのやりとりは、幼馴染と再会したときの恒例行事ですな。



 そんな感じで久し振りのグリフィニアの屋敷の空気を味わい、自分の部屋に荷物を収めると、俺は家族用ラウンジに腰を落ち着けた。

 さてそろそろ、ユルヨ爺が屋敷にやって来るかな。カァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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