第72話 大森林探索への同行が決まった
「ザカリー様、騎士団としてはですな、今回の冒険者ギルドのアラストル大森林探索には何の異存もありません。むしろ歓迎するところです」
クレイグ騎士団長が、歯切れの悪いヴィンス父さんに替わって口を開いた。
「ただ、われわれとしては、冒険者探索チームからの結果報告を受けるだけには留まりたくないのです。大森林内で既に探索済みのエリアは、騎士団も定期的に偵察行動を行っています。しかし、新たな探索を冒険者ギルドだけにまかせる訳にもいきません」
つまり、騎士団も今回の探索に関与したいということだよね。
「ですが、例えば冒険者の探索チームに騎士小隊が加わると、おそらくマイナスの結果になってしまうでしょう。指揮系統の問題もありますし、行動形態も違います」
「その点、ジェラードからのブルーノを貸してほしいという話は、まさに打って付けではあるのです。彼は冒険者の斥候職としても、わが領でナンバーワンですから。しかしこの場合、本人の承諾が重要になります」
「それでブルーノさんに聞いたら、僕の参加が条件とおっしゃってた訳ですか」
「ええ、これは子爵様のお考えはともかく、騎士団としては考慮に値する条件です」
「俺は素直に賛成しないぞ」
父さんが、不安いっぱいの表情で横から口を挟んだ。
「ですから、騎士団としては、です。そこで私どもはブルーノを交えて、具体的な方策と条件を検討しました」
「具体的な方策と条件って、僕が冒険者チームの探索に同行するためのってこと?」
「はい。まず、ブルーノは騎士団から斥候職として参加させ、その条件としてザカリー様も同行すること。そしてブルーノ以外にも、ザカリー様の護衛を付けるということです。ただ、先ほども言いましたように、騎士団から大人数が加わると探索行動にマイナスになるのを考慮し、ごくごく少人数の護衛とします」
母さんが、ますます面白そうにニコニコしているのが気になる。
「これはあくまで騎士団の考えで、子爵様がご承諾なさらなければ実行されません」
「だから俺は、いてっ……」
父さんが言いかけて、横にいる母さんから黙ってなさいとつねられていた。
「まず、騎士団からの同行者はブルーノを含め3名。騎士の爵位持ちは、冒険者とぶつかる可能性があるので加えません。ただ指揮系統の問題もありますので、従騎士1名、従士2名とします」
あ、話が見えてきたな、これ。
「うち、従騎士と従士の各1名はザカリー様の護衛に専従させ、またブルーノは、ザカリー様からの命令によりのみ冒険者とともに探索行動を行う。ただし、ザカリー様に万一危険が迫るようなことが起きた場合には、ザカリー様の護衛を最優先にさせます」
今度は、俺の横にいるエステルちゃんが、少しぷるぷる震えながら俺の腕にしがみついて来た。
自分が一緒に行けないんじゃないか、と不安に陥ったのだろう。
するとそれを見ていたのか、アン母さんが口を開いた。
「もしこの計画が実行されるのなら、子爵家からはエステルさんを、ザックのお世話係兼護衛、あと監視役に同行させますよ。いいですわね、ウォルターさん」
「はい奥様。私もそうご提案するつもりでした」
母さんとウォルターさんのその言葉を聞いて、エステルちゃんは俺の腕をぎゅっと強く握ってから、ほっとしたように力を緩めた。
大丈夫だよエステルちゃん。誰もそう言わなくても、俺がエステルちゃんを連れて行くから。
それから母さん、わざわざ俺の監視役って付け加えなくてもいいんじゃない。
「そうですな。それが良いでしょう。では騎士団からは、ザカリー様の護衛が慣れているジェルメール従騎士とライナ従士を付けることにしましょう」
ですよね。もう分かってましたけど。
「子爵様、ザカリー様。以上が騎士団が検討した結果です。ブルーノばかりでなくザカリー様が今回の探索に加わることで、おそらく冒険者チームだけの探索以上の成果が出るのではないかと、これは私個人の考えですが。またギルド長たちも、反対することはないかと思います。さて、いかがでしょうか? 子爵様」
ブルーノさんの意向が発端だけど、たぶんこれは、クレイグ騎士団長とウォルターさんが相談してそれに乗って、母さんを巻き込んで父さんを説得するという茶番だよね。
俺自身が拒否する訳ないしね。
「わかったわかった、充分わかった。どうせザックは、もう行く気満々なんだろ」
「僕は父さんの決定に従うよ。行く気満々はそうだけど」
「エステルさん、もしも万が一、百万が一の危険が起きたなら、冒険者も騎士団も全員を盾にしてでもザックを助けてくれ。酷い意見かも知れないが、これが俺の本音だし、俺がそれを許可する。頼む、エステルさん」
「はいっ、わかりました。どんなことがあっても、ザックさまをこのお屋敷に連れて帰ります。お任せください」
「子爵様、それで結構です。ブルーノ自身も、自らの生命を賭してザカリー様をお護りすると申していました」
「アンもそれでいいんだな」
「ええ、いいわ。可愛い子には旅をさせよ、よ。この経験が、きっとザックを成長させてくれる筈だわ」
「よしわかった。それでは冒険者ギルドと騎士団の計画を承認し、ザックを俺の名代としてアラストル大森林の探索に同行させる。クレイグはすぐにジェラードにこの決定を伝え、具体的な行動計画を決めてくれ」
「了解いたしました」
父さんの決定で、俺が子爵名代で冒険者ギルドの大森林探索に同行することになったので、クレイグ騎士団長自らが、冒険者ギルド長のジェラードさんと詳細を詰めることになった。
どうやら、ジェラードさんと冒険者ギルドはこの決定に驚いたらしいが、すぐに同意したとのことだ。
それから何日かして、俺はウォルターさんに呼び止められた。
「ザカリー様、ちょっとよろしいですか」
「なに? ウォルターさん」
「私からザカリー様に、お渡ししたいものがありまして」
「うん? なになに」
「こちらへ。エステル、例のものを持って来てください」
「はいーっ」
俺はウォルターさんに、彼の家令執務室に案内された。
ほとんど俺は入ったことがないのだけど、領主執務室に比べれば狭いものの、なかなか立派な部屋だ。
ウォルターさんの私物装備なのか、騎士団の制式装備とはちょっとデザインの違う、フルプレートアーマーとロングソードが飾ってある。
近寄ってアーマーを良く見ると、ところどころに傷や修復の痕があって、使い込まれたものであることが分かる。
「ふふ、恥ずかしいものをお見せしましたな。これは30年ほど昔、私が若い時分から愛用していたものでして」
「あー、北方15年戦争で……」
「はい、クレイグと私で随分無茶をしました」
そんな話をしていると、エステルちゃんがなにやら大きな包み担いで部屋に入って来た。
「お持ちしましたぁ」
「ありがとう。包みを開けてください」
エステルちゃんが開けた包みからは、新しい軽装鎧の装備が出て来た。
「この装備をザカリー様に着ていただきます」
「これを僕にくれるの?」
「はい。この装備は、ザカリー様用に今回特別に誂えたもので、エステルの故郷で集めた特殊な素材で作られたものです」
おー、精霊族ファータの隠れ里の特殊な素材で出来た装備かぁ。楽しみだぞー。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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