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第737話 残された案件について

「それで、お爺ちゃんたちはどうするんですか? いつまで一緒にいるんですか? わたしたちはグリフィニアに帰っちゃいますよ」


「なあ、エステル。わしもグリフィニアに行ってはいかんかの」

「お爺ちゃんは何を言ってるんですかね。昨日も話しましたよね。冬至祭はどうするんです? 帰省してくる人たちもいますよね。1年間、里を離れて働いていた人たちを、里長さとおさが出迎えなくていいんですか」


「あなた。孫娘にいつまでも我侭を言って甘えるのは、もうそのぐらいにしておきなさい」

「しかし、のう」

「しかしも何もありません」


 学院の秋学期が終了して、夜に王都屋敷に戻ったその翌日。

 午前の早い時刻からラウンジで、祖父と祖母と孫娘のそんな会話がされていた。

 ユルヨ爺は? ああ、もう訓練場に行ったんだね。


 シルフェ様とシフォニナさんとアルさんは、そんな様子を気にもせず寛いでいる。


「あれって」

「ここんとこ毎日なんですよ。お爺ちゃんが、わしはまだ帰りたくない、グリフィニアに一緒に行くとか言って、エステルさまに叱られてます」


 カリちゃんがそう教えてくれた。なるほどね。


 エーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃん、ユルヨ爺がこの王都に来たのが9月の23日だったかな。

 なのでもう、2ヶ月半もこの屋敷に滞在している訳だ。

 確かに、里を留守にしている日数としては長いよね。


 ファータの一族の総帥、里長さとおさという立場を忘れてはいないだろうけど、すっかり孫のところに厄介になっている爺様という風だ。



「あ、ザックさまも何か言ってください」

「ふうむ。爺ちゃん、そろそろ里に帰らないとダメだよ。いくらいまは里が安泰だとは言っても、いつなんどき変事が起きないとも限らないしね。そもそもあそこらの周辺は、まだ不安定なんだからさ」


「じゃが、ザック様。わしらも子爵家のみなさんにご挨拶をしたいし……」

「冬至祭に里長さとおさが居ないんじゃ、ダメでしょう。里でちゃんとヨムヘル様に感謝を捧げて、里の外で働いている人や里を守っているみなさんを労わないと」


「ザックさまにもこんなこと言わせて。お爺さんは、もういいかげん諦めなさい」

「むう」


 本人も帰らなければいけないのは良く分かっているのだろうけど、これまで孫に甘えるなんて機会なんてほとんどなかったのだろうから、なかなか諦めがつかないというところかな。


「エーリッキさん。孫たちをあまり困らせてはダメよ。統領が里に帰れと言ったら、従いなさい。それに、わたしたちも妖精の森に帰りますからね」

「はい、ですじゃ」


 とうとうシルフェ様が口を挟んで、爺ちゃんもそれ以上は何も言えなくなった。

 統領が言ったことに従えとは一瞬何やら分からなかったけど、ああ俺のことでしたな。



「仕方がないで、わしと婆さんは里に帰りまするが、ユルヨ爺のことはよろしく頼みますな、ザック様」

「へっ?」


「ユルヨ爺がね、わしはザックさまのお供をするから、里長さとおさたちは帰れって、そう言うんですよ」

「そうなの? エステルちゃん」


 ここに来たときからそのようなことを言っていたが、どうやらユルヨ爺は本気らしい。


「これは、ヨムヘルさまからわしに下されたご命令です、とか言ってね。何しろうちのお爺さん以上に頑固でしょ」

「さすがにわしも、ユルヨ爺が心に決めたことに反対が出来んでな。それに前にも話しましたが、半年以上かけて準備もしておったようじゃし」


 ああ、里での子供たちの教育や訓練を、ほかの爺様婆様に引き継いだということだね。

 ふうむ。それで俺は、シルフェ様の意向を伺うように彼女の顔を見る。


「あなたが決めて了承すればいいことだけど、本人がお父さまの言葉を聞いたというのなら、決意はもう翻らないでしょうね。いいじゃないの。グリフィニアに連れて行ってあげなさいな」


 シルフェ様の言うお父様とはヨムヘル様のことだが、その神様の命令と受取ったのならそうなのだろうね。

 しかしヨムヘル様も、事前に説明とか相談とかして欲しいよな。




 これで爺ちゃんたちについての案件は、ようやく決まった。

 俺たちの出発予定日である21日にエーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんも出発し、男爵お爺ちゃんのブライアント男爵領都まで一緒に行く。


 そこで爺ちゃんたちとは別れるのだが、ユルヨ爺が俺たちに同行する替わりに、ティモさんがふたりを里まで送って行くことになった。

「護衛などいらん」とか言っていたけど、まあそういう訳にはいかない。


 一方でアルポさんとエルノさんは、ユルヨ爺がグリフィニアに行くということから「われらが里に帰る訳にはいかん」とグリフィニアまで行く。

 夏至祭にも帰っていないし、冬も帰らないでいいのかな。

 まあ現役の探索者だった場合は、何年も里に戻らないケースもあるのだそうだけど。


 ちなみに地下拠点については、2月までこの王都屋敷が不在となるので、鍵を複製して王都でのファータの繋ぎの場所である食堂に保管して貰うことになった。

 ただし急を要する場合を除いて、あの施設を使用する場合には俺の了解が必要としたとのこと。そういった連絡はファータの連絡網で直ぐに届くのだろう。



 シルフェ様とシフォニナさん、アルさんは、例年通り風の精霊の妖精の森に戻る。

 妖精の森では冬至に祈りを捧げる祭事があるので、シモーネちゃんも一緒だ。

 アルさんもあそこに自分の部屋を構えたので、すっかり別宅扱いになったみたいだね。


 それからエディットちゃんとアデーレさんだが、まずエディットちゃんは当然のように夏に続いて、俺たちに従いグリフィニアに行くと決まった。

 彼女も来年はもう13歳。この世界での立派な社会人として、親元を離れるのには問題が無い。

 いちおうエステルちゃんが、ご実家を訪れてその旨の了解をいただいたそうだ。


 そしてアデーレさんも念願のグリフィニアだ。

 特に今年はトビーくんから来てほしいと強くせがまれているらしく、要するに手紙で聞いたショコレトールやザックトルテを早く賞味したいのですな。

 そう言えば、トビーくんとリーザさんの結婚はどうなったのだろうか。


 それに関係してもうひとつの案件であるショコレトール豆入手の件だが、まだヒセラさんとマレナさんからは報せが届いていない。

 まあ、これについてはどうしても急ぐという案件ではないので、待つしかないかな。


 豆もあとひと樽あるので、これはグリフィニアで試作する可能性も考えて、無限インベントリに収納して持って行くことにした。

 保存しているショコレトール生地なども、やはり全部ではないけど持って行きます。あと、焙煎用の道具とかもね。




 さて、この冬に向けた案件としてもうひとつ残っているのは、ソフィちゃんのことだ。

 これがいちばん難しいよな。カァ。


 夏休みにはグスマン伯爵領には帰らず、なんとか秋学期に持込んで学院生活を送って来た訳だけど、通常ならば彼女も故郷に帰らなければいけない。

 だけど実家に帰れば、伯爵家では直ぐさま婚姻話が再燃するんだろうな。


 それで、冬休みに入った日の翌日、早速にも朝早くからソフィちゃんがやって来た。おや、今日はドミニクさんも一緒ですか。


「おはようございまーす」

「お忙しいところ、お邪魔いたしまする」


「あら、いらっしゃい。ソフィちゃんは直ぐに剣術のお稽古かしら」

「いえ、エステル姉さま。今日は姉さまたちとお話を、と思いまして」

「そうなのね。それでドミニクさんもご一緒ですのね。まあお座りなさい」

「はい」「失礼いたしまする」


 こちらも朝食が終わったばかりで、屋敷の皆は1日の仕事や訓練の前のひとときを寛いでいるところだった。


 それで男衆と双子の兄妹は、門衛やら馬の世話やらの仕事を片付けに出て行く。ユルヨ爺もすっかりその男衆の一員と本人が決めて、馬の世話をするようだ。

 一方でジェルさんたちお姉さん3人は、ソフィちゃんが話があるということでこの場に残った。



「はいどうぞ。寒くなって来ましたからね、ホットショコアですよ」

「あ、ありがとうございます。カリ姉さん」

「ほほう。これがショコアという飲み物ですか。学院祭でいただいたお菓子の、飲み物版ですな」


 ドミニクさんはショコアが初めてだったね。どうぞ召し上がれ。

 俺的には、前々世の寒い冬の温かな記憶を呼び起こす飲み物ですな。カァ。


 それで、ラウンジに残った皆でそのホットショコアの甘さと、午前のひとときを楽しむ。


「ふむ。これは美味しいですな」

「でしょ、爺や。わたしも加わって、ザック兄さまのショコレトール工房で作ったものなのよ」

「ほほう。ソフィお嬢様もお仕事をされましたか」


 そんな微笑ましい主従、というか孫娘と祖父のようなふたりが会話している様子を見守る。

 でも、こうやってのんびり過ごすために、うちに来たのではないですよね。


「ザック兄さま、エステル姉さま。わたし、明々後日にはグスマン伯爵領に行きます。そして、はっきりと断って来ます」


 明々後日というと20日か。俺たちが出発する前日だね。

 はっきりと断るというのは、彼女に持ち掛けられている婚姻の話のことだ。

 あと、行きますという言い方がちょっと引っ掛かる。


 故郷に戻れば、グスマン伯爵家に臣従する準男爵の長男との縁談。

 30歳前の年齢で複数の愛人もいるらしいその長男が、準男爵の爵位を継ぐに向けた体面を整えるためだという、何の幸せももたらしそうにない結婚だ。


「それって、大丈夫なの? ソフィちゃん」

「大丈夫かどうかなんて、わたしにはわからないです。エステル姉さま」

「でも、自分ではっきり拒否するって、そう決めたのね」

「はい」


「わかった。いまここで、僕らが直接的に何かを出来そうもないけど、僕らはソフィちゃんの兄として姉として、キミの勇気と決断を遠くから見守っているよ。例えどんなことがあっても、兄であり姉であることに変わりはないからね」

「はい、ザック兄さま」


 伯爵家の四女で、他の兄弟姉妹とは母親が異なり、その母の顔や姿や愛情も知らずに死別している彼女が、そう決断して勇気を振り絞って拒否したとしても、それが通じるのかどうかは分からない。

 でも、いまの彼女にとっては、はっきりと自分の意思を示すことが大切だよね。



「そうしたら、今年はこれが最後の訓練だな。訓練場に行くぞ、ソフィちゃん」

「そうそう。貴重な時間を無駄にしないで、まずは木剣を振りますよ。そしたら勇気が更に湧いて来ますからね」

「はい、ジェル姉さん、オネル姉さん。力一杯、木剣を振るであります」


 ジェルさんとオネルさんがそう声を掛け、このままここにいたらまた泣き出してしまいそうなソフィちゃんを連れて、ラウンジを出て行った。

 木剣を振って身体を動かしただけで何かが解決する訳ではないけど、勇気が湧く量は増えるかも知れない。

 それにこれは、お姉さんたちのソフィちゃんへのエールなのだろう。


「それで、ドミニクさん。実際のところどうなのですか?」


 そんな3人の後ろ姿を見送って、俺はドミニクさんにそう尋ねた。

 いくら本人が拒否したとしても、それで話が納まる伯爵家ではないだろう。


「ふむ。なかなか難しいというのが、正直なところですな」

「そうなのだろうね」


「領都に帰って、間もなく冬至祭ですによって、直ぐにどうこうはないでしょう。ただ、年が改まって落ち着いたところで、準男爵側から正式に願い出られるのではないかと踏んでおります。これまでは、準男爵位の継承と伯爵家から嫁をいただきたいという願い出に対して、伯爵家内で内々にソフィお嬢様に白羽の矢が立ったというところです。本来ならお嬢様も納得のうえ、あらためて準男爵から願い出て、婚約を結び、お嬢様の学院卒業を待って結婚という流れになるのでしょうがな」


 なるほど、そういう手順なのですな。いまは本人の内諾待ちという状態か。


「しかし、ご本人が納得されんでも、お嬢様が置かれた立場からすると、家の命令ということで無理矢理決められてしまうでしょうな。形式だけは、準男爵からソフィお嬢様をと願い出て、本人が受諾して婚約という進め方をする」


 ソフィちゃんも来年は14歳で、貴族の令嬢が婚約を決める年齢としては決して早過ぎるということはない。

 逆に、冬休みで帰省し冬至祭から年越しを過ぎて、14歳の年を迎えたその時点で早いうちに決めてしまおうということなのだろう。



「つまり、準男爵から正式に願い出られたときに、はっきり断ってしまおうというのがソフィちゃんの考えか。それで無事に済むのかなぁ」

「おそらく、済まんでしょうな。いや、これはまだこれからのことで、どうなるやもわかり申さぬが」


「無事に済まなかったら、どうするんです?」

「お嬢様の選択肢は、ふたつでしょうな」

「ふたつ?」

「いや、敢えて言えば3つか。ひとつは、すべてを諦めて婚約に進む、ですか」


 それは無いよな。明確に断って、それが通らなかったので一転して受けるというのはあり得ないし、ソフィちゃんの性格なら絶対にない。


「もうひとつは、自裁する」

「ドミニクさんっ」

「ああ、申し訳ござりませぬ、エステル様。平にお赦しを。これもあり得ませぬ」


 自裁、要するに自ら命を断つことだが、これはあまりにも極端な選択肢だし、あり得ない。


「すると、もうひとつは?」

「はい。伯爵家と縁を絶ってでも、自らの意志を通す」

「縁を絶つとは……」

「具体的には、逃げる、姿を隠す、いなくなる、ですかな」


「ああ、それよ、それ。それがいいわ、ドミニクさん」


 これまで、珍しく静かに黙って話を聞いていたライナさんが、大きな声を出した。

 そうか。ライナさんは家出経験者だよね。それも、遥か遠くのアルタヴィラ侯爵領からグリフィニアまで、11歳の女の子がひとりで旅をして。


 でも、ライナさんのところは騎士爵家だけど、伯爵家ともなるとだいぶ状況は異なって来るよな。

 そう簡単にお姫様が逃げ出せる訳でもないでしょう。


 ふうむ。俺が直接に手を出して解決出来ることなら、少しぐらいの無茶でもするけど、これはどうしたものかなぁ。カァカァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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