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第734話 高等魔法学ゼミの最終日

 今年の秋学期も残り僅かとなった。

 明日が5日間講義サイクルの最後の日で、翌明後日が学院祭の片付け日の振替え講義の日。

 そしてその翌12月15日は、秋学期の最終日で卒業式の日だ。


 学院祭が終わったあとは、特に今年は大きな事件や出来事もなかった。

 ナイアの森の地下拠点をファータに活用して貰うことを決めて、探索仕事のため王都及び王都圏にいる彼らを集めた集会と見学会を行ったぐらいだ。


 この件に関しては、その集会を行った日の次の2日休日のときに水の精霊屋敷を訪れ、ニュムペ様にもお話をして了承していただいた。

 ナイア湖から東、妖精の森を囲む迷い霧の方向は禁足地として、俺が許可した者以外は誰にも入らせないようにするという条件も含めて。


 ニュムペ様からは、「シルフェさんの眷属ですし、エステルさんの一族ですから、そこは信頼することにいたします。逆に、何かがあったときに、わたくしどもが助けていただくかも知れませんしね」というお言葉をいただいている。


 このときの水の精霊屋敷への訪問はソフィちゃんの来ない日で、俺とエステルちゃんとクロウちゃんのほか、シルフェ様たち人外メンバーと、レイヴンの旧メンバーの5人だけにした。

 エーリッキ爺ちゃんたちには、いずれはということでその日は遠慮して貰いました。




 さて、そんな感じで11月もあっという間に過ぎて12月に入り、本日の3時限目にはウィルフレッド先生の高等魔法学ゼミがある日ですな。


 10月の学院祭が終わったあとのゼミで俺の修得目標とテーマの話になり、レポートを出せとか煩かった爺さん先生をなんとか誤摩化して、魔法をひとつ見せるということで納得させたのだよな。


 それから特に何も言って来なかったが、そこは伊達に魔法バカの教授ではないと言うべきだろうか。

 前回のゼミの時間に、「次回が最終日ですぞ。楽しみじゃのう」とか言って来て、忘れていなかった。


「あー、そんなこともありましたねぇ」

「ありましたねぇ、って、ザカリーよ。いちおうおぬしも受講生なのじゃから、わしも担当教授として学年末の評価をせんといかんでな」


「ふーむ、そんなものですか。でも、僕は特待生なので、評価の有無は関係なく、単位は取れているんですよね」

「お、おぬし、約束を違えるでないぞ。それで、特別に妥協したのじゃからな」

「そうでありますかね」



 まあ、何か魔法を見せればそれで良いのだけれど、いざ何にしようと考えるとなかなか悩むんだよね

 基本的な四元素魔法の大掛かりな複合魔法では、以前に大嵐テンペストなんかを見せてしまったので、それ以上は学院では難しそうだ。


 この世界で現在は失われているらしい拡声の魔法なども、風魔法の応用だからやってもいいのだけど、学院には古代から伝わるその魔導具もあるし、あまり驚いてくれないかな。


 あと例えば、このゼミでサネルちゃんに俺が指導している回復魔法は、目で見て直ぐに分かるものでもないし、総合戦技大会で治療を行っているしね。

 聖なる光魔法ならば、光が飛んだり対象が光ったりするので目視はし易いけど、あれはちょっと見せられないですな。


 そうすると、やはりこの話の発端になった重力魔法絡みということになるのだろうか。

 ちなみに、屋敷の訓練場で新設したエリアでの飛翔系の重力魔法訓練は、ようやく地上から跳躍と同時に浮遊して空中で停止。そしてまだゆっくりとだが、空中移動が出来る状態になった。


 これは先のナイアの森で行った、ファータの西の里のイェッセさんとの立ち合いで思い切って跳躍に重力魔法を組込んでみたのが、魔法発動の良いきっかけになったというところもある。


 そして現在は植え替えたカシの木に登って、枝から枝へ猿飛の体術で跳び移る際に重力魔法を組み合せて発動させる訓練に、ようやく取組んでいるところだ。



 と、いろいろと考えたり、俺が出来る魔法の現状を振り返ったりしつつ、結局はカリちゃんがアイデアを出してくれた、土魔法での建物建設作業を見せるのぐらいがいいかな。

 前に重力魔法が土魔法の延長線上にあるという説明をして、かろうじて納得させたところもあるのでね。


 それで具体的に何をやろうかなのだが、その前に今回は学院生には見せないことにした。

 これは、ウォルターさんやミルカさんから注意を受けていることもあるのだが、セルティア王立学院というのはいまさらながら、王国全土から貴族や騎士、有力文官、裕福な商家の子息子女が集まる学舎だ。


 学院生自身がその意図を持たないにしても、学院というのは悪意の無い情報漏洩源や情報発信源であり、王国全土から無自覚なスパイが集まっている場所であると言えなくもない。

 なので剣術はともかくとしても、魔法に関してはあらためて注意を要するという訳だ。


 普通の魔導士がやらないような魔法を見せてしまうのは、学院生自身はともかくとしてその口から間接的に伝わる周囲に、必要以上に警戒心を抱かせたり、一般的な価値観を揺るがしたりしかねないからね。




 さて、いま居るのは3時限目のゼミが終了し、4時限目も終わった魔法訓練場。

 4時限目にはウィルフレッド先生の2年生の高等魔法学の講義があったので、それを終わらせて、受講生たちを退出させたあとだ。

 俺は下級生には姿を見せずに、訓練場内の控室のひとつで待機していた。


 そろそろ頃合いかなと思って訓練場のフィールドを伺うと、2年生の姿はもう見えず、ウィルフレッド先生にクリスティアン先生とジュディス先生の3人が居て、何かを話していた。

 魔法学の教授に限って見学オーケーと伝えておきましたから。


「やあやあ、お揃いでありますな」

「どこにおったのじゃ。待っておったぞ」

「まあまあ。ちょっと隠れておったのですが、それほどお待たせしてはいなかったでしょ」

「わしの心持ちとしては、春から待っていた感じじゃぞ」


「それで、今日は何を見せてくれるの? ザックくん」

「学院生には見せないと聞いたが、危険なものとかではないのだろうな」

「いやあクリスティアン先生。きわめて平和なものですよ」


 苦労性で少々心配性のクリスティアン先生は、いつも担任として俺が何かやらかさないか気にかけてくれるよね。


「平和な魔法か。すると、大規模な攻撃魔法などではないのかの」

「ええ、違います」

「なんだ。いささか拍子抜けじゃの」

「でも、普通じゃないんでしょ。ザックくんだから」


 大規模攻撃魔法ではないと聞いてちょっと不満そうな爺さん先生と、それでも期待に目を輝かせているお姉さん先生。

 クリスティアン先生は、頼むぞ、新しいものは見たいが出来れば穏便に、とでもいう複雑な表情だ。



「先生方は、土魔法というとどのようなイメージをお持ちですか?」

「土魔法か? それは地面に穴を開けたり、土壁を立てたり、じゃろか」

「あとは、ザックくんが総合戦技大会でやっているフィールドの補修とか?」

「攻撃魔法だと、ストーンジャベリンが代表的だよな」


「そうですね。大穴や土壁も攻撃魔法とは認識されてませんけど、実際の戦闘では、結構便利なんですよ。うちのライナさんは良く使っています。相手を咄嗟に穴に落としたり、土壁を立てて突進を塞いだり、とか」


 あとはあの人の場合、死体などを埋めて始末するのも得意なのだが、それはまあ言わなくていいでしょう。


 クリスティアン先生が挙げたストーンジャベリンは、硬化させ先端を尖らせた石の槍を現出させて撃ち出すもので、代表的なものとは言ったけど、実際にその攻撃魔法を遣える人は少ないんじゃないかな。

 少なくとも俺はライナさんしか知らない。彼女はダレルさんに教わったそうだから、彼も当然出来る。


「ですね。例えば、普通のストーンジャベリンは、こうです」


 俺がストーンジャベリンを発動させると、短槍サイズの石槍が現れて飛んで行った。

 それはフィールドに立てられていた的に突き刺さって、直ぐに消える。

 消えるというか消したのだけどね。ジャベリンの速さも威力もかなり抑えたものだ。


「ほほう。見事なものじゃな。わしもそうそう見たことがないが、本物の槍が飛んだように見える」

「本物の槍のように見えると先生は言いましたけど、本物の槍、なんですよ。土魔法は、モノを実体化させる魔法でもありますから。こんな風に」


 次に俺は、空中にストーンジャベリンを出現させて、それを直ぐに飛ばさずに空中に浮かべたままにする。

 生成と現出は土魔法で、浮かべたままにするのは重力魔法だ。

 それを、2本、3本、4本と次々に出して、手を伸ばせば届く高さに浮かべた。



「ほ、ほほほう」

「4本、浮かんだままよ」

「実体のある槍、なのか」


「ええ、実体のある石槍ですよ。ほら」


 俺はそう言って、浮かんでいるうちの1本を手に取った。

 長さは3尺半、つまり105センチほどの短槍で、まあこの世界のジャベリンとしてもこのぐらいだ。

 ちなみに、前々世の世界での槍投げ競技に使われるものは、2メートル以上の長さがある。


 短槍の全体は硬化された石で一体的に出来ているが、穂先であるスピアヘッド部分は刃にまではなっていないものの、重心を前に取るように柄よりも少し大きくなっていて、鋭利に尖らせている。


「おお、手で掴めるのじゃな」

「ええ。どうぞ、先生たちも手に取ってみてください」


 それで3人の教授たちは、その空中に浮かんでいるストーンジャベリンに恐る恐る手を伸ばして、掴み取った。


「あ、少し重たいわ」

「手で掴んだ途端に、重さを感じたぞ」

「ひょほう」


 彼らが掴んだ途端に、空中に浮かべていた重力魔法は解除されている。



「どうですか?」


 彼らはスピアヘッドの尖り具合を触って確かめたり、両手で柄を持って突き出したり、片手で投げる格好をしてみたりしていた。


「槍だな」

「うん、本物の槍、よね」

「じゃな」


「ですね。では、はい」


 俺がそう声を出すと、4本のストーンジャベリンは崩れるように消え去った。


「おっ」「ああーっ」「ひょっ」


 まずは今日の掴みで、少し驚いていただけましたかね。



「まてまて、少し整理するのじゃ」と、ぽかんとした顔から冷静さを取り戻したウィルフレッド先生が、そう口を開いた。


「ストーンジャベリンという土魔法がある。これを遣う魔導士はとても珍しいが、しかしこの世で、もの凄く稀ということではない」


 そうですね。でもこの魔法バカの爺さん先生がそう言うのだから、珍しいというのはそうなのだろう。


「じゃがな、発動と同時に空中で留まり、それが4本も……。おまけにその槍を、発動者以外でも手に持てる。そして、一瞬で崩れ去って消えた。つまり、いまザカリーがやったのは、通常のストーンジャベリンの土魔法の先にあるもの、ということか」


 先日の会話を覚えていましたね。

 普通の四元素魔法でも、その延長線上の先により高度な魔法が存在すると。


「物を作り出して実体化させ、発動者以外でも物として使用出来るものにするのは、これは土魔法の特性じゃな? そこはそれでいいのか?」

「ええ、そうですね。穴を開ければそこに飛び込めますし、土壁を立てればぶつかったり、よじ登ったり出来ます。これが土魔法の基本的な特性ですが、ストーンジャベリンの場合は、それを他人が手に取れるようにするというのは、基本特性だけではちょっとね」


 攻撃魔法なので、普通は他の四元素魔法と同様に発動と同時に撃ち出されてしまい、本人もましてや他の人が手にしたりはなかなか出来ない。


「そうなのじゃな。そこは土魔法として、より高度化されておるということか。じゃが、発動と同時に撃ち出されずに空中に留め置かれるとは、それはあれか。この前におぬしが言っておった、念動力、じゃのうて重力? の魔法か」


「でもさ、その前に実体化自体も凄いわよ。ちゃんと尖った槍の穂先が出来ていたし」

「一瞬でそこまで作れるものなのか。いや、作られていたが。それも4本も」


 そこも、ただ土魔法の基本特性だけでは少し難しい技です。


 ライナさんの作る、誰かにそっくり似せた土人形とかを見せてあげたいよな。

 顔や身体のディテールが、かなりの精度で再現されるからなぁ。あ、いちおう装備とか服を着た姿なので、身体の中身や細部は分かりませんけど。あくまで見た感じですよ。



「まあ、先生たちのおっしゃるとおりですね。あくまで、基本的には土や石やそれに類するものに限られますが、物体として形成、現出させ、有用なものとして実体化させる。そして、それを空間的に操る。それが土魔法と、その延長線上の先にある重力魔法の応用です。そこには攻撃魔法だからどうのとか、違うからどうの、といった区分はありません。まずはそれを知っていただきたく、小手調べにストーンジャベリンを出してみました」


「ふうむ……」


 ウィルフレッド先生は唸るような声を洩らして、それから黙り込んだ。何かを思考しているようだね。


「まってまって。ねえ、ザックくん。いまあなた、小手調べにって言ったわよね。そしたら、まだ本番があるってことなの?」

「お、そうなのか、ザカリーよ」


「はい。今日考えていたのは別にありまして」

「おお、どんな魔法じゃ」

「いえ、いまのストーンジャベリンと似たようなものですよ。これもちょっと、土魔法で造り出すのですけど」


 では、事前のレクチャーはこのぐらいにして、ひとつ造ってみましょうかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。


今話から第十九章です。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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