第727話 訓練場の拡張工事を始めます
その翌日の朝、朝食が終わったあとに、ジェルさんに訓練場の部分拡張と改築についての話をした。
というか、お姉さんたち3人にね。ブルーノさんとティモさんも側で聞いている。
「つまり、ザカリーさまが魔法の訓練をするためには、どうしてもそれが必要だというわけですか。訓練場を改築すること自体は問題ありませんが」
「具体的には、なになに、重力魔法で空中を移動する訓練でー、猿飛の技から始めるのでー、それ用の木を何本か立てるから、訓練場を少し拡げたいと。ふーん」
「どういう風に拡げるんですか? そんなにたくさんは拡げられませんよ。向かって正面から見て、右に騎士団分隊本部の建物があって、左には厩舎や馬車庫、倉庫がありますからね」
「あと、手前はお屋敷の直ぐ裏庭だからー、こっち側か、それとも奥に?」
「奥は敷地の中を囲む樹木が厚めにあって、それであとは塀だったな」
「奥側は、音漏れとかの問題がありますよ」
「で、どうすんのー?」
要するにお姉さんたちは反対はしないが、具体的にどうするかを示せという訳だ。
ブルーノさんはニヤニヤしながら聞いていて、ティモさんは興味津々という感じだね。
うちのメンバーで猿飛が出来るのは、俺とエステルちゃんとティモさんだけだから、彼もまったく関係がないということでもない。
「僕としては、左右は無理そうだから、奥の方に」
「音漏れとか目隠しは?」
「樹木は、その部分だけ薄くして残そうとは思ってるんだけど。あとは遮音結界を構築しようかと」
「遮音結界? って、ザカリーさまがときどきやるあれ? でもさー、ザカリーさまがずっとそれを維持出来るのー?」
「ザカリーさまが学院に行った途端に解除されるとか、ダメですよ」
「不安定なものは許可出来ませんぞ」
「わしが、魔法障壁を張るかの」
「いやアルさん。僕にちょっと考えがあるんだ」
アルさんの魔法障壁でも、かなりの長期間は維持出来そうだからいいとは思うんだけど、俺としては数年単位で保てるものを自分で構築したいと考えているんだよね。
「なんだか、ザックさんが自信ありげだから、やらせてみたらいいわ。それでダメそうならアルが手を貸せばいいし」
「ザックさま、大丈夫なんですか?」
「カァカァ」
少し離れて話を聞いていたシルフェ様やエステルちゃんも側に来た。
「そうですな。まずは好きなようにさせて、ダメそうだったらなるべく元に戻して貰って諦めさせる。それで行きましょう」
「そうねー」
「それなら良いですね」
まずはチャレンジさせて、周りの大人がダメそうと判断したら諦めさせるとか、俺って、小さい子のまずはやらせてみよう的なものですかね。
シルフェ様が言うならともかく、お姉さんたちからしてもそうなのだろうけどさ。
ブルーノさんはまだニヤニヤしている。
そういえばずいぶんと以前だけど、グリフィニアの屋敷の前庭にブルーノさんとダレルさんに手伝って貰って、巨大なクリスマスツリーならぬ冬至ツリーを立てたのを思い出すよな。
あれ以来、冬至ツリーは子爵館と中央広場で恒例の装飾になったのだけど。
アデーレさんとエディットちゃんはお昼の用意などが忙しいので屋敷に残ったけど、それ以外の全員が訓練場に行く。
特にアルポさんとエルノさんにティモさん、そしてブルーノさんの男衆4人には手伝って貰うつもりだ。
あとはアルさんとライナさんとカリちゃんね。
「えーと、まずはこの奥の壁をいったん撤去します」
王都屋敷の訓練場は、バスケットボールコートが二面分よりひと回り広いぐらいの面積がある。
だいたいで屋敷の裏の入口側から見ると幅が約30メートル、奥行きは35メートルぐらいですね。
昨年、地下拠点建設工事が終わったあとにダレルさんが補強改修をしてくれて、フィールド面が屋敷敷地内の地面より1メートルほど掘り下げられ、目隠し的に囲む補強された防護壁がフィールド面からだと、5メートルぐらいの高さになっている。
この壁は三方を囲み、手前正面側は入口が大きく開いているんだよね。
俺たちがいま立っているのは、そのフィールドのいちばん奥だ。
そこにそそり立つ防護壁の向う側には、敷地境界の内側周囲を囲んで樹木がぐるりと配置されていて、その更に向う、つまり敷地のいちばん外側の境界は、他の貴族家の屋敷でも良く見られる石積みの塀で囲まれている。
この塀は高さが3メートルぐらいかな。
こういった王都の貴族屋敷の塀は石が美しく加工されていたり、石材と金属装飾が組み合せられていたりしていることが多い。
屋敷を侵入者から護るという以上に、どこも貴族家としての存在感を示している風ですな。
ただしグリフィン子爵家の塀は、じつに無骨で頑丈だ。
「この壁、取っちゃうんですね。わたしも手伝いますよ」
「うん、カリちゃん。この奥側の1面だけだよ。あとでまた使うから、少し崩してこっちに避けて置こう」
「わたしも参加するわよー」
「ならば、わしも」
要するにグリフィン建設(仮)のメンバーですな。アルさん以外はザック・ショコレトール工房のメンバーでもある。ダレルさんがいないのが少し寂しいよね。
それで、4人で間隔を空けて奥側の長さが30メートルほどの壁を崩し気味にし、フィールドの一角にまとめて仮置きした。
まあ、あっと言う間です。
こういった作業を初めて見るエーリッキ爺ちゃんやカーリ婆ちゃん、ユルヨ爺の3人は、「ほうほう」とか「あらまあ」とか感嘆の声を上げるばかりだ。
そして、防護壁の1面がすっかり取り払われると、その向うに立つ樹木が現れた。すべて常緑樹だね
種類としては、いちばん多いのがこちらの世界のヒイラギで、前世のものに良く似ている。
樹高は5メートルから6メートルぐらいかな。
それからカシの木も立っている。前世の世界の白樫に近いみたいだね。
こちらはヒイラギほどの本数は無いが、高さがどれも10メートル以上はあってなかなかのものだ。
前にいた世界では、ヒイラギは邪気を払う縁起木であり、またカシは防風樹などにも使われて家屋敷を護る木とされていたが、こちらでもそんな感じなのかな。カァ。
その樹木たちが、この訓練場と塀の間の部分だと、奥行きがだいたい15メートルほどもある帯状に生えて左右に続いている。
常緑樹の帯がぐるりと巡り、敷地内を取り囲んでいる訳だね。
これら屋敷の敷地内にある樹木は、年に何回かソルディーニ商会の手配で庭師さんが来て、庭園とともに手を入れて貰っているが、普段はブルーノさん以下の男衆が手入れをしてくれている。
「ここを削るんでやすな。半分ほどの厚みぐらいでやしょうか」
「そうだね。現状は50ポードぐらいの奥行きがあるから、それをこの訓練場の幅の部分だけ、25ポードほどにしようと思う。あと、カシの高木は使いたいから。ヒイラギの方も、何かに利用するのなら取って置きましょうか」
「了解でやす」
ブルーノさんとそんな打合せをする。15メートルの半分、7.5メートルほどだ。
つまりその分だけ、訓練場の奥行きが拡張される。面積的には225平米だね。
ヒイラギの木は幹が堅くしなやかで、例えば作業道具の柄などに加工して利用したり、そのほか細工物の材料にも使えるそうだ。
そういった木工細工が得意なブルーノさんに、伐採後の利用方法は任せよう。
あとカシの木は強度が高く耐久性があるので、木材としては良く使われるよね。
俺が前世から持って来ている愛用の木刀は本赤樫製だけど、白樫でも充分だ。
こっちも、うちの男衆に任せればいろいろと利用してくれそうだが、何本かはこの場で俺が使いたいんだよね。
それでまずは、カシの木を残してヒイラギを伐採する。
男衆4人は斧を振るい、グリフィン建設メンバーは魔法で伐り倒す。
斧で作業するメンバーも風魔法で振りを速くしているので、次々に伐採して行きますな。
あ、ライナさんとカリちゃんは、伐採した木をこっちに運んでください。
「どうして、女の子にそういう重労働をさせるのー?」
「ライナ姉さんは手袋したら、ぜんぜん重労働じゃないでしょ」
重力可変の手袋を装着したら、人間ではいちばんの力持ちというか誰も比較にならないのは、いまさらでしょうが。
カリちゃんは重力魔法でまとめて運んでるけど。
こうして伐採作業もサクサク進み、あとはカシの高木だけになった。
えーと、10本はあるかな。
このうち5本ほどを、訓練場を拡張した部分に根っこごと移動させて植え替える。
配置は一列直線じゃなくて、5、6メートルぐらいの間隔を空けてジグザグに配置する感じかな。
それでその5本は、伐り倒さずに土魔法で根ごと掘り出し、位置決めをして植え替えをするのだけど、根腐れを起こさないように、ここでとっておきの肥料を植え替える部分の土に加えますよ。
「ザックさま、それって」
「ふふふ。そうでありますよ、エステルちゃん」
「大丈夫なんですか?」
俺が取り出したのは、ドリュア様からお土産にいただいた世界樹の樹液の樽だ。
これを使えば、樹木が根から腐るようなことは絶対にない筈だよね。
植え替えても直ぐに土に馴染む気がする。
ただし、原液はもとより、希釈するにしてもあまり濃いと何が起きるか分からないので、世界樹ドリンクよりも更に薄めておきましょう。
ついでに聖なる光魔法の浄化も加えておくかな。奇跡の万能薬であるエリクサーよりはずっと薄いから、大丈夫だよね。
「何か起きても、わたし知りませんからね」
「ダイジョブダイジョブ。ですよね、シルフェ様」
「あー、わたしは良くわかんないわ。でも、あなたたちが作ったエリクサーよりも相当薄めれば、たぶん。ねえアル」
「わしも、世界樹ドリンクやエリクサーならばともかく、薄めて樹木の植え替えに撒くとかはのう」
「あ、もう地面に穴を開けて、撒き始めちゃってる」
「作業はサクっとだよ。ほらカリちゃん。ここに立ててくださいな」
「はーい」
こうして枝振りの良い白樫の木を5本、植え替え終えた。
グリフィン建設は工事が手早いのが信条ですからね。
そして残りの6本のうち、背の高くてなるべく真っ直ぐな4本を選り分け、あとの2本は木材用に取っておく。
「ザカリー様よ。この選り分けた4本は、枝葉を落として幹だけにして、樹皮を剥くんだな?」
「うん、アルポさん、エルノさん。お願いします」
「自分らもやりやすよ。ティモも頼む」
「承知」
男衆がたちまちのうちに枝葉を落とし、幹の皮剥きも進めて行った。
その間にグリフィン建設メンバーの4人は、土魔法で樹木を伐採して拡張した部分に残った根の部分などを取り除き、地面を馴す作業を行う。
こちらは魔法作業なので、みるみる進みますよ。
「みなさん、そろそろひと段落ですよね。お昼にしますよ」
「はーい、エステルさま」
ジェルさんやオネルさん、ユディちゃんも散らばった枝葉の掃除やら片付け作業をし、フォルくんはアルポさんたちに教わりながら、樹皮を剥く作業を一緒にしている。
一方でエステルちゃんとシモーネちゃんが、野営用の椅子やテーブルを出して揃え、シルフェ様や爺ちゃんたちを座らせていると、アデーレさんとエディットちゃんがお昼にとサンドイッチを大量に作って運んで来てくれた。
午前中でだいぶ作業が進んだよな。あとは仕上げを残すばかりだ。
それではお昼にしましょうかね。お水を出しますから、手を洗ってくださいよ。
「なんともはや、ザックさまばかりでなく、この屋敷の人たちはもの凄いものじゃよな。ティモばかりでなく、アルポもエルノもあらためてじゃが、良く馴染んでおるのう」
「それは里長よ、われらはもう1年半以上もザカリー様とおるのだから、当たり前だわな」
「これぐらいは一緒にやらんとな。尤もいつも楽しいがなあ」
「わしらは何もせんで、一緒にお昼をいただくのが申し訳ない」
「なんの、ユルヨ爺。いまは客扱いだが、直ぐに巻き込まれるて」
「ほんにほんに」
ファータの爺様たちがそんな話をしている。
本人たちが言っているように、アルポさんもエルノさんもいつも本当に楽しそうなんだよね。
「ねえ、ところで、ザカリーさま。あの皮を剥いた4本は何に使うのー」
「カァカァ、カァ」
「え? なあにクロウちゃん。けっかい柱って?」
俺が答える前に、クロウちゃんの話すことがだいぶ分かるようになっているライナさんに、彼がそう正解を教えていた。
まあそういうことですな。
「ほう。境目を決めてその内側を護る柱じゃな」
「そんなところだね、アルさん」
「依り代にもなりますよね」
「ああ、そいうことなのね。それで効果を長期間保たせる訳ね」
人外の方々なら理解が早いよな。
それではお昼を済ませたら、結界柱を立てましょうかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
 




