第725話 魔法学ゼミの研究修得テーマ
学院も平常運転に戻り、講義への出席とその合間の自由時間、そして講義時間が終わったあとは総合武術部で練習という日々になった。
この秋学期も10月の半ばとなり、気がついてみればあと2ヶ月ほど。そろそろ3年生としての1年間が終了する。
この時期になると、特にゼミ形式で行っている講義の場合には、自分で立てた目標や研究修得の予定に対して成果を考えなければいけない。
まあ座学の講義の場合はレポートの提出で済むのだが、問題は実技中心の講義である剣術学と魔法学だ。
とは言っても、俺の場合にはどちらも特待生なので、担当教授が何と言おうが既に単位は取れてしまっている扱いになるんだよね。
また講義において、実質的には教授のアシスタントをしている身なので、いまさら単位を取る取らないという立場でもない。
例えば魔法学では、今年履修している高等魔法学ゼミはウィルフレッド先生のゼミとジュディス先生のゼミのふたつ。
そのどちらでも、講義時間中の大半は回復魔法の修得指導をしている。
と言うのも、この春先に何故だか行うことになってしまった回復魔法の適性判定会で、ジュディス先生のゼミ履修生ではF組のパメラちゃん、そしてウィルフレッド先生のゼミの方ではB組のサネルちゃんに回復魔法の適性があるのを判定してしまったので。
それで、それぞれ本人の意向もあり、俺が教えることになってしまった訳ですな。
ジュディス先生は自分も回復魔法が遣えるくせに、「わたし、あまり得意じゃないから」と俺に指導を押し付け、ウィルフレッド先生はそもそも適性が無いので俺がやるしかなくなってしまったのだ。
なので、それぞれのゼミでは教授が他のゼミ生の指導で、パメラちゃん、そしてサネルちゃんは俺という分担になってしまった。
講師料とか出ないんですか? ああ出ませんか。ボランティアですか。そうですか。俺の場合、学院でほとんどお金使わないので、まあいいですけど。
ただし回復魔法というのは、いくら適性があっても一般的には修得が難しい魔法だ。
それは要するに、魔法発動自体が目視し辛く、かつ実際的な魔法効果を確認することが出来ないからだね。
これが冒険者とかだと、日々多少の掠り傷ぐらいは負う人間が身近に山ほどいるので、実践的に訓練が出来るのだが、学院生だとそういう訳にはいかない。
それでとにかくも、回復魔法が発動出来る状態になるまで練習を繰り返させ、実際に発動されているかどうかは、俺が見鬼の力もこっそり使って判定するという指導を行って来た。
ここら辺のところは、回復魔法をいちおう修得しているジュディス先生と、それからクリスティアン先生にもどうやって修得したのかを参考に聞いてみたのだが、ともかく長い日数を掛けて訓練し、軽い怪我人に出会った場合には試させて貰うなどしたのだそうだ。
特にクリスティアン先生の場合には、前職がアルタヴィラ侯爵家騎士団の魔導士部隊にいたので、そういう怪我人がわりと身近にいたらしい。
また学院の教授となってからは、たまに課外部活動とかで怪我をする学院生が出るので、治療室のクロディーヌ先生に補助して貰い、訓練がてら実践練習を行ったのだとか。これはジュディス先生も同様だ。
ともかくももう10月も半ばになり、パメラちゃんもサネルちゃんもよやく発動が出来るか出来ないかという状態にはなって来た。
ずいぶんと進捗が遅いようにも思えるかもだが、5日に1回のゼミの時間内でしか指導が出来ないので、これは致し方ない。
まあ、休日にでもうちの屋敷に呼べば高度な回復魔法の出来る連中が揃っているので、集中訓練とかも出来るのだが、そこまでする必要も無いだろう。
あくまで学院の講義の中の一環だからね。
それよりも問題なのはウィルフレッド先生のゼミだ。
先日の総合戦技大会の反省会兼打ち上げからこの爺さん、いつも以上に煩いのですな。
「のう、ザカリー。お主の研究修得テーマと目標じゃが、春以来、聞いておらんかったよな」
「え? そうでしたっけ? いやあ、回復魔法の指導に忙しいもので」
「そ、そうじゃな。その点については感謝しておるし、学院生に回復魔法の指導が出来るというのも、お主の母親が在学していたとき以来じゃな」
「あ、そうなんですね。母もやっていたのなら、息子としてもやらざるを得ないですよね」
「そう言って貰えると、本当に助かる」
「それで、何でしたっけ?」
「じゃから、お主の研究修得テーマと目標の話なのじゃけど」
「そう言えば、魔法学の特待生って、拝命したときには想像出来なかったのですが、いろいろやらされますよね。ゼミもふたつ取っているし、何故だか2年生の講義にも出てアシスタントをしてるし」
「それはジュディスのせいじゃろが。あいつがお主に甘えるからじゃ。どうも甘やかされて図に乗っておる」
「学院生が教授を甘やかすとか、そういうのってありなんですかね。でも、それだけじゃなくて、総合戦技大会では3年連続で審判もやってるし、現場の治療もしてるし」
「ああ、それは魔法学部長としても感謝しておるぞ。ザカリーのお陰で、総合戦技大会での怪我人も減ったしのう」
「まあ、大会の後に尾を引くような怪我人が出なくて、僕も嬉しいですよ。それで、何の話でしたっけ? いくら単位が自動的に取得出来る特待生とはいえ、学院生の役に立つのなら出来る限りのことはしますけど」
「じゃから、テーマと目標……。お主、まともに受け応えする気が無いのじゃな」
これ以上はぐらかすと、爺さん教授もさすがに怒り出しそうだ。
「ああ、僕の研究修得テーマと目標ですか」
「そうじゃ。最初からそう聞いておろうが」
「そうですねぇ……」
個人的に何とかしたいのは、ひとつは空を自由自在に飛翔すること。もうひとつは時間魔法だよな。
しかしどちらも、研究や訓練に未だ着手出来ていないし、時間魔法の方はその手掛かりすらも掴んでいない。
しかしそのふたつを、ここで言う訳にはいかないよな。
「お主、ほれ、先日のあれ」
「あれ?」
「重力、魔法じゃったか。あれなんぞをテーマに、はどうじゃろうかと思って」
まあ鼻っから、何が言いたいのかは分かっておりましたけどね。
「ふうむ。重力魔法ですか。まあ、どんな魔法でも、それが初級程度のものであれ、高度なものであれ、研究すれば奥が深いものですけどね」
「じゃな。それでどうじゃ。4年生まで引き継いでも良いのじゃが、その重力魔法の研究をレポートにまとめて提出するというのは。なかなか意義のあるテーマであろうが」
「ふうむ」
要するにこの魔法バカの爺さん教授は、この世界の人間で修得者の極めて少ないと思われる重力魔法というものについて、俺にレポートを書かせて学院に残したい、それ以上に自分が読みたいということですな。
「あらためて確認しますけど、魔法学のゼミではレポート提出の義務は無かったですよね。1年間の研究と修得練習の経過、及び学年末時点での成果で判断されると、そうでしたよね」
「ま、まあ、それはそうなのじゃが。そこはほれ、教授も判断のつかない魔法の場合は、やはりレポートに書いて貰うて……」
「ふうむ、それがわがグリフィン子爵家で秘匿すべき内容でも?」
「あ。ず、狡いぞ、ザカリー。ここで貴族家を持ち出すか」
「ぜんぜん狡く無いですよ。そもそも、高度な魔法というのは、そう易々と開示すべきものではありませんよ。ましてやその当事者が、領主貴族家の直下の人間であるならば。これが、例えば僕が市井の魔法研究者とかだったら、自分の研究成果を世に出して認めてほしいという欲求が出るかも知れません。ですが残念ながら、僕は違う。僕は将来的に、子爵家と領民と領地に責任を持たなければいけない立場なんです。声高には言えませんが、うちの子爵領、この国、この世界が、今後どうなるかなんて分からない。平和でのんびりとした世界がいつまでも続くなんて、誰にも分からないんです。言わば、いつ如何なるときも、危機に備えていなければいけない。そんな立場の僕が、もしかしたら危険の引き金になるような高度で稀少な魔法の術理を、紙に記して渡せますか? 出来ませんよね。僕だって、魔法が進歩するのを否定している訳ではありませんよ。ですが、やっていいことと出来ないこと、やっていい立場と出来ない立場というものがあるんです」
「…………。なんだか、すみませぬ」
ウィルフレッド先生は、しゅんとなってしまった。
別にこの魔法バカの教授の、魔法に対する探究心や希求を否定するつもりはない。
俺だって日頃から、古代文明の時代よりかなり衰退してしまっていると思われる現在の魔法に対する疑問はあるし、高度な魔法が復活するのを一概に反対するつもりはないのだ。
だが一方でその危険性も感じているし、どだい重力魔法ひとつを取っても文字に記してそれを誰かが読んだからといって、修得出来るという気もしないのだから。
こういう魔法もありますよ、こんなことが出来ましたよ、といったことを書いても、それはただのお話でしかない。
お話や伝承ならば、既に文献に残されている。
「ねえ、ウィルフレッド先生」
「なんじゃ」
「この世に、魔法の禁書とかってあるんですか?」
「なんじゃ、いきなり。ふむ、禁書か。どこかにはあるのじゃろうな。もしかしたら、王家にはあるかも知れんし、古い貴族家やら、人族以外の一族にもあるやも知れん。わしは未だに見たことはないが。お主の家には無いのか?」
「うちには僕の知る限りではありませんね」
「あとは、例えば古代遺跡から発見されて、どこかに保管され禁書扱いになっておるとか、じゃろうか。しかし、どうしてそんなことを?」
「魔法の禁書というものがあるとしたら、それは書かれて書物になったのだけれど、そのあとにこれは読むべきではないとされた書物ですよね」
「そうじゃな。最初から、誰も読むべきではないとして書かれたものもあるかも知れんが、それは既に書物ですらないからのう」
「ですよね。そして、読むべきではないとされたのには理由がある筈です」
「読むことによって害悪や禍いをもたらすか、書物自体に危険な魔法的な力が備わっているか、内容やその存在そのものが邪悪であるか」
「あるいは、将来に誰かがそれを読んだとして、安易に得るべきではない知恵や知識が記されているとか」
「ふうむ。つまり、そういう類いの場合、安易にではなく、ひとつずつ地道に解明されて行くものならば、それは禁書にはならないということじゃな」
「研究と成果というのは、そういうものですよね。多くの人間が知恵と研鑽を重ねて研究し、互いに影響し合いながら解明して行くのなら、その成果は禁書にはならないと、僕は思うんです」
そこでウィルフレッド先生は、口を閉ざして少し考え込んでいた。
「ザカリー。お主が言いたいのは、もしお主がその、重力魔法について何か記したとしたら、それは禁書にせざるを得ないということか。誰も読んではいけないものとして。いや、待て、少し違うな。重力魔法というものがあるのは分かった。それは過去の文献では、念動力系の魔法とおそらく同様のものであろうと」
先生は、なんとか考えをまとめようとしているのだろう。ゆっくりと言葉にする。
「先日に土魔法との関連で、お主は話してくれたな。魔法とは、いまある魔法を延長した先に、更に高度な魔法があるのじゃと。それから、その重力、ということについても言っておった。つまり、そういう風に少しずついろいろなことを解明し、発展させながら辿り着いた先に、その重力魔法というものもあると言いたいのか。そうしないと、その魔法が出来る者が書いたものを読んでも、結局は何も分からないじゃろうし、仮にそのことを安易に理解出来たとして、それは危険なものになり兼ねないのじゃから、もしかしたら禁書にせざるを得ないと」
まあ概ねはそんなところですね。
この魔法バカの爺さん教授も、伊達に長年に渡り魔法と向き合っている訳ではないですな。
あと、この話についてもう少し言えば、四元素魔法の火も風も水も土も、目に見えるかたちで誰の前にもある。
そして、それを攻撃に活用すれば四元素の攻撃魔法になる。土魔法だけは理解が遅れているけどね。
しかし重力というのは、この世界のこの時代では、もちろん自然の中に存在しているのだけど、誰も意識して解明しようとはしていないし、ましてや活用など思いも寄らない。
だから、いきなり魔法という自然現象を超えた現象を人間の技として使うのには難しさもあるし、危険性もあると俺は思う訳だ。
人智を超えた、という言葉があるけど、人間が行うものである限り人智を超えてしまってはコントロールすら出来ない。
神様や精霊様、人外の存在の為す力や魔法では無いのだからね。
禁書云々は理解し易くするための方便で持ち出したものだが、ウィルフレッド先生にはなんとなく納得して貰えたのかな。
「なんとのう分かった。……それで、ザカリーの研究修得テーマと目標は? いや、レポートは提出せんでええがの」
「…………」
「あ、いや、お主は特待生じゃから、何もせんでも高等魔法学ゼミに来て貰っておれば、単位は自動的に取得しておるぞ。じゃが、この秋学期も残すところ、あと2ヶ月ばかり。特に学年末試験なぞはないゼミじゃが、ものは相談じゃ。学期末に何か見せては貰えんかのう。学院生に見せるのは拙いということなら、わしだけ、いやジュディスとクリスティアンが怒るか。教授3人にだけ。お願い出来ませんじゃろかなぁ」
じゃろかなぁ、とか言われてもねぇ。もう仕方がないなぁ。
「うーん。仕方ないです。そうしたら、何がしかの発展系か、これまでに見せたことのないものか。学期末にですね」
「おお。約束じゃぞ。よしよし、これは楽しみじゃて」
ウィルフレッド先生は最後に機嫌が良くなって、この話は終わった。
それにいまはゼミの最中で、そろそろ講義時間も終了する頃合いだ。
ほぼ自習のようになって、それぞれに魔法の練習をしているゼミ生がこちらをちらちら見ている。
サネルちゃんとディアナちゃん、ごめんね長話をして。
この魔法バカの爺さん教授のせいだからね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




