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第718話 総合戦技大会も最終日

 王太子たちは魔法侍女ステージを楽しみ、次の訪問先へと店を出て行った。

 その一行を店内の全員が頭を下げて見送る。まあ、やれやれですな。


 俺はいちおう形式上は、王太子とその婚約者の質問などに答えるという立場のため、だいたいは王太子のテーブルの側に控えていた。

 こういう王室絡みのほぼ公的な仕事って、ほんと年に一度ぐらいやれば充分だ。


 まあヴィオちゃんに押し付ける訳にはいかないし、ライくんは裏方に引っ込んで出て来ないし。

 これがセオさんじゃなかったら早々に俺もこの場を離れていたかもだけど、そこは我慢しましたな。あとでエステルちゃんに褒めて貰おう。


 偶然ながら王太子たちとの同じ時間を過ごし、他の人たちとともに見送った王都商業ギルド長のエイブラハム・コンドレンさんと奥様のリンジーさんは、お客様を代表するみたいなかたちで王太子とフェリさん、そしてジェイラス・フォレスト公爵とも少しだけ言葉を交わす機会を得ていた。

 どうやら王太子と公爵には面識があったようだね。



「それでは私どもも引揚げますよ。目的のザック様トルテをいただきましたし、偶然とはいえ、良い機会を得ました」

「ザックさまトルテは、本当に素敵なトルテでしたわ。あれは、一般でも手に入るものになるのかしら」


「そこはおまえ、グリフィン子爵家御用達のソルディーニ商会が」

「あら、もし出来ることでしたら、わたくしたちも扱いたいものですわ」


 彼らが退出するときの立ち話で、ふたりはそう言って俺の顔を見る。


 この夫妻って、もしかしてザックトルテを試すのと同時に、あわよくばと王太子がこの魔法侍女カフェに開店と同時に来るのを見越して、開店前から先頭で並んでいたのではないですかね。

 それから、ザック様トルテじゃなくてザックトルテね。お菓子の名前だから、そこは様はいりません。


「売り出すにはいろいろと課題もありますし、まだ何も決まっていませんよ」

「それは、課題もあるのでしょうな。しかし、そこにチャンスもあるということですね」

「そうよね、あなた。こうしてザカリーさまともお会い出来たことですし、とても貴重な時間を楽しく過ごすことが出来ました。ありがとうございます、ザカリーさま」


 そんな会話をして彼らは店を出て行った。

 商業ギルド長はもちろんだが、奥様もなかなかに侮れない女性のようだ。


「ザックさま、あの方たちて、王都の商業ギルド長夫妻、じゃないですか?」

「ああ、そうだけど、カロちゃんは良くわかったね。知ってたの?」

「以前に、何かのパーティーで、会ったことある、ですよ」

「へぇー、そうなんだ」


 カロちゃんもさすがはグリフィニアの商業ギルド長の娘だ。

 そういう商業ギルドや大手商会絡みのパーティーとか、社交の場にもう出てるんだな。


「狙い、ザックトルテ、ですよね。王都の商業ギルド長は、抜け目がないので有名。それに王国いちばんの商会、です」

「奥さんも、なかなかな感じだったよ」

「奥さまもたしか、お店をいくつか経営してる、です。食料品やお菓子関係、の筈。これは、うちの支店長に直ぐに報せないと」


 なるほど、そうですか。

 カロちゃんちのソルディーニ商会王都支店の支店長であるマッティオさんと奥様のジリオーラさんも、2日目にここに来てザックトルテを食べている。


 まずはショコレトール豆の調達ルートが優先だが、これは早めに今後の方針を決めたりしないといけないかなぁ。

 エイブラハムさんやリンジーさん、そして彼らコンドレン商会からのアプローチが、これからもある気がしますよ。




 俺は学院祭ではいつものごとく、ひとり昼食を早めに摂ってから総合競技場へと向かった。

 今日はまず審判員室に顔を出し、フィールドの状態チェックをしたあと貴賓席へと向かい、そこでまた王太子一行を迎えるという公務がある。

 本日2回目の公務ですな。


 貴賓席はわりと広めで座席数もかなりあるので、うちの屋敷の全員も無事に席が確保出来ていると昨日に学院生会に確認してある。

 学院に子息息女が在籍している貴族家の関係者が、どうやらうちの他にも来場するようだが、まったく関係のない貴族やその関係者は王宮と学院の連名で通達して貴賓席を遠慮させたようだ。


 そして王太子たちが入場、着席したあと、俺は審判控室に取って返し、王宮騎士団の選手たちとうちの教授たちとの顔合わせに同席。

 それから学院トーナメントを開始し、その終了後に模範試合あらため親善試合。そして表彰式と閉会式と続いて総合戦技大会が終了する。

 いやあ、忙しいですぞ、これは。



 貴賓席に足を運ぶと、今日は既にうちの屋敷の皆がもう揃っていた。

 王太子一行が入場する前に着席している必要があったので、そこはエステルちゃんがちゃんと差配したようだ。


「ザックさま、お疲れさま。何も起こしていないみたいで、安心しましたぁ」

「いやいや、エステルちゃん。何も起こしませんから」

「あなたのクラスが1回戦で負けちゃったぐらいで、あとは平穏よね、これまでは」

「だから、これから平穏じゃ無くなるみたいなことを言わないでくださいよ、シルフェ様も」


 これからも何も不穏なことは起きませんよ。それは俺が断言します。だって俺は忙しいんですから。


「爺ちゃんと婆ちゃん、楽しんでる? ユルヨ爺も」

「おお、楽しませておりますぞ。それにこれから、次の王と王妃が来るのじゃよな。ふふふ、それも楽しみじゃて。なあ、ユルヨ爺」

「次代の王の顔は、じっくりと見て吟味せんとな」


 えーと、なんだか不穏なのはこの爺さんたちの方ではないですかね。

 まあこの人たちにとっては、王様とか貴族とかは受託仕事のクライアント程度の感覚しかないだろうし、そもそも他国の人族のことだからなぁ。


 そういう意味ではうちのこの席にいるのって、セルティア王国民以外の方が多いくらいなんだよね。そもそも人外が5人もいるし。

 それから何故か、ソフィちゃんとこのドミニクさんとヴィオちゃんとこのハロルドさんも混ざっている。



「セオドリック・フォルサイス王太子殿下、ならびにご婚約者のフェリシア・フォレスト様、ご来場されます」


 魔導具を使った城内アナウンスが競技場内に響き、観客席の全員が立ち上がる。

 そして程なくして、学院長に案内されたセオさんとフェリさんをはじめ一行が貴賓席に姿を現した。


 それに合わせて何千人もの観客たちが一斉に頭を下げる。

 うちの人外の方たちにも、ここは同じようにしてくれと事前にお願いしておいたので、シルフェ様たちも軽く下げて貰っているようだ。


 そこを反発するような、瑣末で人間的な感覚はそもそも無いからね。ちゃんと事前にお願いしているかどうかだ。

「頭を下げるって、地面に落ちてるものを拾うときに、しゃがむようなものでしょ?」「しゃがまないで拾う場合もありますよ、おひいさま」とかなんとか言っておりましたが。


 そして競技場内からは大きな拍手と歓声。

 セオさんはにこやかに手を振り、フェリさんも恥ずかしそうに小さく手を振っている。


 そして着席、の筈が、セオさんとフェリさんのふたりが俺たちの席の方に歩いて来た。


「これはエステルさん、先日振りです。シルフェさまとシフォニナさま、そしてアル殿。その節はお世話になりました」

「エステルさん、またお会い出来ましたわね。みなさま、わたくしはフェリシア・フォレストでございます。このたび王太子殿下と婚約の運びとなりました。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」


 ふたりでそんなことを言って、特にシルフェ様に向かって頭を下げて挨拶した。

 おい、これって大丈夫なのか。何千人もが見ている場ですぞ。


「良かったわね、王太子さん。それから、あなたはフェリシアさんね。一昨年にいちどお会いしていたかしら」

「ありがとうございます、シルフェ様。こういう運びになりました」

「はい、シルフェさま。でも在学中は、ちゃんとご挨拶をしておりませんでしたので」


「いいのよ。それよりもこんど、ふたりで屋敷にいらっしゃい。そうしたら祝福を差し上げましょうね」

「はい。ぜひとも伺いたいです」

「ありがとうございます」


 シルフェ様とのそんな会話があってふたりは自分の席に戻り、ようやく着席した。

 すると直ぐに、フェリさんの隣に座るフォレスト公爵が彼女に何か言っている。

 後ろの席からはランドルフ騎士団長が何かを公爵に言い、王太子も口を開いている。


 どうやらいまのふたりの行動について、事情のまったく分からない公爵がひとり戸惑って尋ねているのを、周囲が押さえているようだった。


 あー、セオさん。これはやってくれちゃったかなぁ。

 一方で当のシルフェ様はもう知らん顔だし、うちのファータの者たちは向うが挨拶に来るのは当然だという雰囲気だ。

 エーリッキ爺ちゃんたちなら、そもそも挨拶すること自体が畏れ多いと思っているのだろう。


 俺はもう少しこの場にいて、このあと変な成り行きにならないかを見守ろうとも思ったが、公爵は周囲から何を言われたのか、もう口を噤んでいるみたいだし、次の予定が迫っているのでここを離れることにした。


 それでジェルさんたちお姉さん方3人に声を掛けて、貴賓席を後にする。

 特別に審判を務める彼女たちも顔合わせをするからね。



 審判員控室では、ニコラス王宮騎士たち親善試合に出場する王宮騎士団員の7人が揃っていた。

 ジェルさんたちも来たので、この夏にグリフィニアを訪れ共に訓練の時間を過ごした王宮騎士たちと挨拶を交わし、魔導士部隊の3人とも紹介し合う。


 魔導士は男性がふたりで女性がひとりだ。3人とも若い。

 午前中に魔法侍女カフェで少しばかり言葉を交わしていたのだが、3人ともこのセルティア王立学院の卒業生なのだそうだ。

 俺が入学したときにはもう卒業していたから、フェリさんよりも歳上の18歳から20歳ぐらいの人たちだよね。


「ヴァニーちゃん、いえヴァネッサさまは存じ上げていますよ」

「僕らの後輩だったのですよ」

「辺境伯家にお嫁入りなされたとか。おめでとうございます」


 ああ、そういうことですね。どうやら3人とも総合魔導研究部に在籍していたらしい。

 なので、在学中に総合戦技大会は4年連続で出場しているし、試合方法や規則も分かっている。

 それにもちろん、ウィルフレッド先生とクリスティアン先生も良く憶えている人たちだった。


 少々の懇談を終えて、間もなく学院トーナメントの試合が始まることから解散となった。

 王宮騎士団員の選手は、貴賓席の護衛には行かずにこのまま観客席下の魔法防護壁を背負った控え場所、つまりダッグアウトから観戦する。

 ジェルさんたちはいったん貴賓席に戻って、学院トーナメントの終了後にフィールドに降りて来る予定だ。


「どう? あの魔導士たち」

「あの子たちのこと? 普通なんじゃないのー。盗賊とかぐらいなら、相手に出来そうよねー。こっちのジュディちゃんとかの方が数段優秀よ」


 ライナさんに彼らに会った感想を小声で聞いてみたが、そういうことだそうだ。

 まあ俺もそう思う。現役の学院生よりはずっと上だけど、教授と比べるとだいぶ下かな。

 卒業生でもあるし魔法レベルもそのぐらいだから、親善試合を行ううえでは問題無いだろう。




 さて、学院トーナメントがようやく始まる。


 まずは1年生の1位と2年生の2位が試合を行い、次に1年生の2位と2年生の1位の対戦だ。

 そしてその第1試合では2年生の2位チームが勝ち上がった。

 つまりカシュくんのチームが勝ち、ヘルミちゃんのチームが負けてしまった訳だが、これは仕方がないだろう。

 今年の1年生と2年生との間には、大きな実力差があるからね。


「ヘルミちゃんは、ああ、怪我はしてないか」

「へへへ。やっぱり負けちゃいましたねぇ。カシュ先輩がいますしね。これは、わが学年の底上げがだいぶ必要でありますなぁ、ザック部長」


 まあそうなんだけどさ。それからヘルミちゃん、ちょっと口調が強化剣術研究部の男子部員みたいだよ。

 尤も彼女だけは魔法も撃ち剣術でも立ち向かい、2年生をひとり倒していた。

 ほんと、いまだにこの子の能力については良く分からないよな。


 カシュくんはと。キミも怪我してないよね。速やかにフィールドから退出しなさい。

「なんだか僕に対する扱いだけ雑だなぁ、ザック部長は」という声が聞こえるけど。



 続いて行われたソフィちゃんの2年A組と1年生の2位のクラスとの試合は、もうこれは一方的な試合で直ぐに終了した。

 ソフィちゃんは魔法すら撃つこともなかったよね。いちおう彼女も診ておく。


「ご苦労さま」

「はい、お疲れさまです。ちゃんとわたしの身体、隅から隅までぜんぶ診てくださいよ、ザック兄さま」


 はいはい、小声でもフィールド上で余計なことは言わないように。


「次はカシュのクラスとで、それに勝てば決勝戦だね」

「そうですねぇ。次はともかくとして、決勝に出て来るのはエイディさんのチームか、もしかしたらブルク先輩かルア先輩のとこですよね。ともかく、兄さまと姉さまたちが観てますから、精一杯闘います」


 王太子たちも観てるけどね。ソフィちゃんにはそっちはあまり関係が無いようだ。


 こうして1年生と2年生が交差する1回戦が終わり、次は3年生と4年生の試合ですな。

 ここまでは順調だけど、まだ今日の午後は始まったばかりです。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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