第713話 教授たちと戦術会議
今日の教授たちとの打合せは、教授棟の会議室で行うそうだ。
学院中が学院祭の準備で喧噪に包まれているなか、この教授棟と事務棟だけは平穏を保っている。
俺はその会議室が初めてなので、職員さんに案内されて行ってみると、なかなかに重厚で古めかしくも落ち着いた雰囲気の部屋だった。
この会議室は主に教授会で使われるそうで、学院の全教授が収容出来るとあって広い。
セルティア王立学院の講座は分類すると18種類あるのだが、各分類にふたりか3人の教授がいるので、教授の総数としては45人ぐらいじゃないかな。
中央には楕円形の大きな会議テーブルがあり、その45人ほどの教授が全員着席出来る、これも重厚で座り心地の良さそうな椅子が据えられている。
その一角に剣術学と魔法学の教授6名が固まって座っていた。
今日は学院長はいないんだね。学院祭開催前日だから、きっと忙しいのだろう。
「おお、ジェルさんたちも来てたのか。これはちょうど良かった。まあ座ってくれや」
「さあさ、こちらじゃこちらじゃ」
「ユディちゃんも来たのね。ちょっと見ぬ間に、なんだか凛々しい感じのお姉さんになったわね。騎士団の制服を着てるんだ」
「あれ? そちらの方は初めまして?」
この教授たちは、昨年の暮れにアビー姉ちゃんの卒業パーティーでうちの屋敷に来ているし、特にジュディス先生とフィロメナ先生は昨年の特訓で何回か来てるから、ユディちゃんのことは良く知っている。
「ええ、ユディタと兄のフォルタは、今年から正式に従騎士見習いになったんですよ」
「ほう。従騎士見習い、なのか。従士を飛ばして従騎士の見習いとは珍しいが、ずいぶんと期待されてるんだな」
「えへへ」
フィランダー先生の言葉にユディちゃんは恥ずかしそうに少し顔を赤らめ、しかし誇らしげに胸を張った。
「それで、こっちの子はですね」
「ザックさまの魔法侍女のカリオペでーす。よろしくお願いしまーす」
「なんじゃと? 魔法侍女、とな?」
「ザックくんのクラスの出し物の?」
「わたしは、本物の魔法侍女、でーす」
ああ、先ほどうちのクラスでそんな話をしていたよな。
カリちゃんに喋らせるとややこしくなるから、いちおう対外向けの説明をしておきますけど。
「うちの執事のアルさんの親戚筋の子で、そのアルさんが魔法の師匠で、ライナさんとカリちゃんは姉妹弟子なんですよ」
「アル殿は、魔法の師匠じゃったのか。それもライナさんがお弟子さんとは。つまりはアル殿は達人クラスの、相当の実力者ということじゃな。おい、ザカリー、なんでそれを早く教えんのじゃ。ジュディスは知っておったのか」
「えーと、去年の特訓のときに、アルさんにも少し教えて貰って……」
あ、ヤバい。ウィルフレッド先生が食い付いちゃったよ。早く話題を変えよう。
「今日は模範試合の戦術の打合せですよね。開催準備で忙しいんだから、ちゃっちゃと打合せをしちゃいますよ」
「おうよ。そうだな」
「それで、アル殿は学院祭に来られるんじゃよな」
爺さん先生は無視しましょう。
「ザックさまって、さっき、すっごく暇そうでしたよね」
「どうせクラスの準備でも、何も手を出させて貰えないんじゃないのー」
そこの姉妹弟子は煩いから口を閉じていなさい。
だいたい、うちでも学院でも、ああっいった何かの準備のときに手を出さなくていいって言われるのがどうしてなんだか、俺にはいまだに分からない。
「さて、対王宮騎士団戦の、まずは役割確認ですけど。その前に、審判は昨年と同様にジェルさんたちにして貰うでいいんですよね」
「是非ともそれでお願いする。今年もよろしく頼みます」
「アル殿もフィールドに……」
フィランダー先生の言葉で、教授たちは全員頭を下げた。
ひとりまだブツブツ言っている爺さんがいるけど、無視しよう。
「お任せください。はからずもだが、われらは王宮騎士団員を存じ上げているので、様子はだいたいわかっています」
王宮騎士団チームのメンバー構成は既に伝えてあるので、ジェルさんはそんなことを言った。
審判をする者にとって、闘う選手たちの力量が分かっているかいないかでずいぶんと違うからね。
分からないのは魔導士部隊のメンバーだが、原則として初級程度の魔法を遣うということだから、たぶん問題はないだろう。
よもや、強大な高等魔法や即死級の魔法は遣わないと思うし、おそらく遣えないだろうけどね。
「では、審判については良いとして、こちらのフォーメーションなんですけど」
「その話の前に、あらためて確認だけどよ。ザックはやっぱり、剣術で前衛に出ないのか?」
「あー、そのことですか」
まずはその件のことになるよな。
ジェルさんたちにもそのことは話していなかったので、彼女たちもフィランダー先生の言葉を聞いて俺の方を見る。
「それは先日にもお話しましたように、今回、僕は後方から魔法で支援攻撃をしたいと思います」
「だがよ、相手も王宮騎士団の中じゃ実力のある連中で……」
「ねえねえ、ライナ姉さん。今回の相手の王宮騎士団員って、グリフィニアに来てたのがほとんどですよね。ザックさまにひとつも木剣を合わせて貰えなくて、最後は揃って土下座をしたあれですよね」
「カリちゃん。事実はそうだとしても、ここは黙っているのが人間社会というものなのよー」
「はーい、姉さん」
またぁカリちゃんは。あのとき彼らは片膝を突いただけで、土下座はしなかった思うけどな。それ以外は事実だけどさ。
ああ、ニコラスさんの一撃だけは受けたか。
「おいザック。いまの、そこの魔法侍女の嬢ちゃんの話は本当なのか? というか、どういうことなんだよ」
「ああ、えーとですね」
聞こえちゃってましたよね。聞こえれば食い付きますよね。
「(ザックさまぁ。わたし余計なこと言っちゃいましたか? ごめんなさい)」
「(まあ、秘密にするほどのことでもないから、カリちゃんは気にしなくて大丈夫だよ。ちょっと面倒くさいだけ)」
「(人間て、面倒くさいんですね)」
「(そうなんだよね。それが人間たちの間で空気を読む、というものでありますな)」
「(空気って吸うだけじゃなくて、読めるものなんですね。お勉強になりますぅ)」
カリちゃんも、普段はグリフィン家以外の人間と触れることがあまりないから仕方がないけど、まあこういう人間同士の会話の空気的なことって人外の存在には関係ないからなぁ。
それで、この夏の初めにヴァニー姉さんの結婚式出席のために王太子が来訪したことと、その護衛にニコラスさんら今回の模範試合の参加メンバーが来て、少しばかり試合稽古をしたことを話した。
各王宮騎士団員との試合稽古の、詳しい内容までは話さなかったけどね。
「ふうむ、そういうことかよ。あいつらはもう、ザックの力量を直接に知っているって訳だな」
「だから、ザックくんが前衛に出ちゃうと、手加減しない限り試合が直ぐに終わるか、あるいは指導みたいになっちゃうってことよね」
「大勢の観客の前での模範試合のために、ザカリー君は敢えて後ろに下がると、そういうことですか」
剣術学の教授たちが、それぞれ自分を納得させるようにそんな発言をした。
そういう意味では、カリちゃんの言葉が発端となって、結果的に余計な理由を付けて説明する必要が無くなったとも言える。
「じゃが、前衛は3対4になるのじゃよな。こっちの魔法部隊は、誰も前になぞ出られんぞ」
「え? そんなこともないでしょ」
俺がジュディス先生の方を見ると、彼女は「無理むりムリ」と激しく顔を左右に振った。
クリスティアン先生は? と、こっちを見るなという顔で目を逸らしましたよね。
爺さん先生に前衛は期待していないし。
「仕方ありませんなあ。それでは、王宮騎士団の前衛のうち、誰かひとりを向うのフォーメーションから引き離しましょう。それは僕がやりますので、6対6で思う存分に闘ってください」
「お、そうか。それなら……。ん? そうなのか?」
「ひとりを引き離すってことは、それってザックくんが前衛に出るってことと違うの?」
「だから、フィロメナ先生。僕は今回、当初は後衛で、魔法で支援か牽制役ですから」
「????」
「またうちのザカリーさまが、よからぬことを考えてるぞ」
「不正や反則はしないでしょうけど、変なことはしますよね」
「なーにするのかしらねー」
まあ、相手の前衛のひとりを向うのフォーメーションから引き離す方法は、いろいろ考えられるよな。
ただし、先手を取ってひとりだけ俺が倒してしまうとか、そうは言っておりませんからね。
「ザックさまは、魔法で闘うのよね。そしたら、そんなのいろいろあるわ」
「え? そんなこと出来るの? カリ姉さん」
「そこはほら、ユディちゃん。ザックさまだから」
「あー」
「そ、そうか。まあわかった。わかんねーけど、わかった。ザックがそう言うのなら、そうなるんだろう。それで、残った向うの6人と俺たち6人が向き合う訳だな」
「そうなりますね」
「あいつらがどう闘ってくるのか、ザックには予想とかついてるのか?」
「うーん、そうですねぇ。向うの魔導士がどういう闘い方をしてくるのか、力量も含めてそこら辺がわからないんですけどね。ただ」
「ただ?」
「王宮騎士団長とニコラス騎士は昨年も来ていて、総合戦技大会や模範試合も見ていますし、そもそも王宮騎士団員て学院の卒業生が多いんでしょ?」
「まあそうじゃな。在学中に、総合戦技大会に出場した経験もあるじゃろ」
だろうね。
魔導士部隊の人員もそうかどうかは分からないが、少なくとも王宮騎士の息子、娘ならばそうだと思う。
「なので、基本のフォーメーションを取りながら、ただし向うの剣術前衛は僕がやはり前衛だと思って、そこから離れた誰かに集中して潰しに来るんじゃないかと。そんな戦術で来る気がするなぁ」
「あー。向うの騎士連中は、おまえに手も足も出なくて土下座したぐらいだから、初手で早々に潰されちまうのだけは避けようと、こちらの前衛の各個撃破に来る訳か」
俺を避けて、俺から遠い位置のポジションにいる誰かを集中して攻めても、その場合は直ぐに駆けつけるけどね。
ただし王宮騎士の皆さんは、俺の移動速度を知らない筈だ。
「ポジションにも依りますが、ニコラスさんがまずフィランダー先生を抑えに出て、あとの前衛3人がフィロメナ先生かディルク先生のどちらかに集中するんじゃないかな。それでもし僕が前衛なら、僕ともうひとりの前衛を魔導士部隊の3人が牽制する。もちろん、こちらの魔法攻撃にも応戦しなければいけませんから、かなり難しい攻撃になるとは思いますけどね」
「つまり、ザックを魔法攻撃で足止めして、ひとりずつ前衛を潰して行く戦法か」
一撃必殺や広範囲攻撃みたいな上級魔法を遣わないと分かっているから、魔法に関しては初めは互いに遠方からの牽制攻撃になるケースが多い。
この辺は、学院の総合戦技大会を経験していたり知っていれば尚更だ。
俺がうちのクラスチームでヴィオちゃんとライくんにやらせていた、牽制の魔法攻撃をしながら長駆、フィールドを走って行って向うの後衛を潰すなんて奇策は、そんな定石の裏をかくものだ。
ただし、これは走りながら魔法が撃てて、かつ走る体力と剣術での接近戦が多少なりとも出来るというのが前提だけどね。
おそらく王宮騎士団の魔導士部隊は、そのような無茶な攻めはしないだろう。
「ザックさまを魔法で足止めする、か。ライナ、おまえできるか?」
「ええー、それって無理でしょ。だって魔法の着弾よりも速く動くし。カリちゃんはどう思う?」
「神様の息子様の御技には、人間の魔法が通用する訳がないですよぉ」
だから、カリちゃんに話を振らないようにね、ライナさん。
幸いに、俺がいま言った向うの戦術予想を聞いて教授たちはわーわー話していたので、こちらの会話は聞いていなかったようだ。
「でも、ザカリーさまが後方に下がっているのを向うが見たら、だいぶその戦法がやり易くなったと思うでしょうね。ひとりはザカリーさまに攫われちゃいますけど」
「そうだな」
「という錯覚をするってことよねー」
だから、俺は王宮騎士団チームの前衛をひとり引き離しますけど、攫って来るとかじゃありませんからね、オネルさん。
「はいはーい、お静かに。ということで、当日のフォーメーションの基本は、3・3・1で、試合開始後に僕は相手の前衛をひとり引き離します。それで、思う存分闘っていただいて、良い頃合いで決着を着ける。そんなところでいいですかぁ?」
「3・3・1って、剣術前衛が3、魔法後衛が3、それで1っていうのがザックってことか?」
「ザカリーはわしらの後ろなのじゃな」
「初めはね。あとは戦況を見て、僕はリベロ的に動きます」
「リベロ??」
「あ、えーと、適度に自由に動いて、場合に依っては前にも出るということです」
「そういうことか」
まあ戦術についての会議は、こんなところでいいだろう。
さてそろそろ、クラスの方に戻りたいんですけど。戻ってもたぶん、何もさせてくれないとは思うけどさ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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