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第708話 風が変わる

 挨拶もそこそこに、ファータの総帥夫妻と最長老戦士を屋敷の中へと招き入れた。

 すると、玄関ホールでその3人は片膝を突き、こうべを垂れる。

 目の前にシルフェ様とシフォニナさんがいたからだ。


「まあまあ、うちではそういうのはいいのよ。エーリッキさん、カーリさん、それからユルヨも立ちなさい」

「ははっ」


 シルフェ様に促されて3人は立ち上がり、俺はその爺ちゃんたちをラウンジへと案内して座らせた。


「あらためて、ようこそいらっしゃいました。お待ちしていましたよ」

「ずいぶんと早かったのね、お爺ちゃん、お婆ちゃん。それから、ユルヨ爺も良くいらっしゃいました。それにしても、ユルヨ爺が里の外に出るなんて。わたし、吃驚しちゃった」


「畏れながらシルフェ様、シフォニナ様、アル殿。ご尊顔を拝し恐悦至極。そして我が孫たちに皆々様。ようやく来させて貰いましたわい。どうぞよろしくお願いいたしまする」


「あなた、1年振りにザックさまとエステルたちに会ったのに、挨拶が硬いわよ。畏れながらシルフェさま、シフォニナさま、アルさま。再びお会い出来て嬉しゅう存じます。皆さんもお元気そうね」

「しかしだな、おまえ」


「ユルヨ爺はね、ご自分ではもう里の外に出ることはないだろうって、ずいぶんと前から言っていたのよ。でも、去年の夏が終わって、そのあとぐらいから『風が変わる』って言い出して、今回の旅もどうしても同行するんだって」


「カーリさんよ、何やら我侭を言ったみたいで、恥ずかしいだろ」

「あら、そうなのね、ユルヨ。うふふ。あなたは、そう感じたのね」

「はっ。お恥ずかしながら」


 ファータ最長老のユルヨ爺が、シルフェ様の前ではまるで若者のように顔を赤らめて恥ずかしそうにしている。

 昨年にシルフェ様たちが里を訪れるまでは、ファータの一族で直接に会ったことがあるのは、うちの関係者以外ではユルヨ爺だけだったんだよね。

 それもユルヨ爺が本当に若者だった時代。200年以上も昔の現役時代のことらしい。



 3人も落ち着いて来たので、あらためて初めて顔を会わせる者を紹介した。

 えーと、会ったことが無いのはアデーレさんとエディットちゃんに、フォルくんとユディちゃん。それからシモーネちゃんとカリちゃんかな。

 まずは人間の4人を紹介して、次は。


「シモーネ、です。ザックさまとエステルさまに、お仕えしておりますです」

「あ、これは」


 ファータの一族なら直ぐに分かるよね。


「そうなのよ。シモーネは風の精霊見習いで、去年からこちらに預かっていただいて、いろいろお勉強中なの」

「それは、また何とも」


「ザックさまとエステルにお仕えしている、といいますのは?」

「この子が言った通りに受取って貰っていいのよ、カーリさん」

「は、はい」


 グリフィン家では、シモーネちゃんが侍女服を着てエステルちゃんの側にいるのは、もうごく当たり前になっているけど、ファータにすれば信じられないことだよな。

 あとはカリちゃんだね。


「カリ、です。初めまして。えーと、アル師匠の親戚筋で弟子です。でいいのかな。曾孫みたいな感じです」

「アル殿のご親戚? 曾孫様?」


「まあ、わしの曾孫ではないのじゃがな、親戚筋と言えばそうなのじゃよ。わしが黒で、カリ嬢ちゃんのところは白じゃな」


「白? ですか」

「もしやして、ホワイトドラゴン様の……」

「そうそう、ユルヨさんよ。そういうことじゃ。その曾孫じゃな」

「それは、なんとも」


 まあ、いろいろと紹介が大変なのですな、うちの場合。それが真実の素性でもカモフラージュするのでも。

 今回は爺ちゃんたちだから、本当のことを言いましたけどね。



 こうして再会の挨拶や初めましての紹介もようやく済んで、俺の許に居てくれているファータの者たちのことも、エーリッキ爺ちゃんたちにお礼を言った。

 特にティモさんが従騎士待遇になって貰ったことと、調査探索部に特別嘱託として籍を置くアルポさんとエルノさんも、俺直属の独立小隊レイヴンの一員となって貰ったことだ。


 ティモさんやアルポさんとエルノさんは、この夏の初めの夏至のときに里に帰らなかったので、里長さとおさに本人たちが直接に報告していなかったしね。


「いやいや、お礼を言わねばならんのはこちらの方ですぞ、ザックさま。エルメルやミルカが正式な役職をいただいておるのは別として、わしらの里の者がグリフィン子爵家の従騎士待遇とは、ティモもザックさまにお仕えしたお陰で果報者よの。アルポとエルノは、既に隠居の身なのに、本当に申し訳ない」


「われらは、こちらに来たときより既に隠居は撤回しとるぞ、里長さとおさ

「そうそう。ザカリー様のお陰で、現役がまた100年ほど伸びたのよ」


 あ、そういう感覚なのね、この爺さんたちにとっては。現役が100年伸びたとか、彼らの次の引退までに俺の方がもう生きてないかもですよ。


「それにしても、ジェルさんたちに加えてアルポとエルノも、ザックさまの直属部隊となったか。そちらの若者ふたりも、なかなかのように見えるしの。これは先々が楽しみよのう」


 エーリッキ爺ちゃんが言った若者ふたり、つまりフォルくんとユディちゃんだが、この双子の兄妹はまだ12歳なのだけど、竜人族という種族特性なのか最近はすっかり逞しくなって来ている。


「どうやら、ジェルさんたちに良く鍛えられているように見えまするな。どれ、午後にでも、鍛錬の具合を見せていただきましょうかな」


「まあ、それは是非ともわたしからもお願いします、ユルヨ爺」

「はい、是非にお願いします」

「よろしくお願いします。えーと、ユルヨ爺ちゃん」


 こちらに着いて早速に、フォルくんとユディちゃんの訓練を見てくれるとか、ユルヨ爺らしいよな。

 それにしても、さっきカーリ婆ちゃんが話していたユルヨ爺の言う『風が変わる』とか、今回どうしても来たかったというのは、どういったことなのだろう。


 直ぐにそれについて聞いてみたかったのだけど、なんだかユルヨ爺本人から話してくれるのを待っていた方がいいのではという気がして、兄妹に楽しそうに声を掛けているユルヨ爺の顔を俺は眺めるのだった。




 そのあとは泊まっていただく部屋に案内し、屋敷の中や騎士団王都分室の施設、訓練場など屋敷の敷地内も見学して貰った。

 そして皆で昼食をいただいたあと、ユルヨ爺はジェルさんたちやフォルくん、ユディちゃんと訓練場に行った。


 アルポさんとエルノさんも門衛の通常業務に戻ったので、ラウンジで寛いでいるのはエーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんに俺とエステルちゃんとミルカさん、そして人外の4人とクロウちゃんだけだ。


「それにしても、何とも不思議なものよのう」

「不思議って、何がなの? お爺ちゃん」

「それはエステル。おまえはここに住んでおるから気づかんのかもだが、このお屋敷は何とも、うちの里と同じような心地良い空気を感じるのよ」


「それはそうじゃろうて。ここにはもう長らく、シルフェさんがおるからのう」

「あ、そういうことですか、アル殿」

「シルフェさまのお陰をもって、このお屋敷も、里と同じ空気が流れているということですか?」


「そういうことじゃな、カーリさん。のう、シルフェさんよ」

「まあ、そういうことかしらね。いまはファータの里ぐらいの感じってとこ? うちの森と同じになるのは、あとどのぐらいかしら」

「もう少しかかりますかね、おひいさま」


 おい。さらっと言ったけど、現時点ではファータの里ぐらいで、もう少しすると風の精霊の妖精の森と同じぐらいになるですと。

 風の精霊の眷属である精霊族のファータの本拠地のあの里は、千年単位で存在しているのですぞ。

 真性の精霊様がじかに棲むと、2年ばかりでそういうことになるですか。王都の中心部で、いいのか、それって。


「つまりこのお屋敷は、もうひとつのファータの里ということですかのう」

「そうそう。そう思ってくれていてもいいわよ」



「ところで、エーリッキ爺ちゃん」

「何ですかの、ザックさま」


「爺ちゃんたちの予定を、まだ聞いてないんだけど。どのぐらい滞在する予定なのかとかさ」

「ああ、そのことですかの。わしらは冬ぐらいまでは……」

里長さとおさっ」


 爺ちゃんの発言を聞いて、思わずミルカさんが声を出した。

 冬ぐらいまでって。でもエーリッキ爺ちゃんの表情を見ると、冗談で言ったようにも思えない。


「あら、何か問題なのかしら、ミルカ」

「しかし母さん。冬までって、12月までですか? 3ヶ月もこちらにご厄介になるつもりで来たのですか?」


「ミルカよ。わしらが孫夫婦のところに3ヶ月ばかり滞在したとて、何の問題があるのじゃ。もちろん、ザックさまのお許しがあってのことだがな」

「しかし、里の方は……」


「里は長老たちもおるし、大丈夫じゃよ。何か決裁する必要があれば、ここですればよかろうぞ」

「でも……」


「何かがあった場合の、この王都までの繋ぎは既に指示しておるわい。それに、緊急の場合には、ミルカとティモに直ぐに知らせよと通達済みよ」

「ユルヨ爺は?」


「先ほどもカーリが申していたが、何でも『風が変わった』のだそうじゃ。それでユルヨ爺は、子供たちの指導の引き継ぎを昨年の秋から始められておって、何人かの里の年寄りを指導役に任命し、この夏にもうこれで大丈夫であろうと確認して、一緒に出発したということなのじゃ」


 どうやらミルカさんも、そこまでは把握していなかったようだ。

 彼も昨年からこれまで、ヴァニー姉さんの婚姻関係もあって忙しかったからね。


「エルメル兄には?」

「エルメルもいろいろと忙しかったによって、まだ直接あいつには言っておらんが、こちらに来る途中にジルベールの爺さんのところに寄って、ユリアナには言っておいたぞ。ジルベールは、わしも王都に行くとか煩かったがの。ふぉっほっほ」


 ジルベールの爺さんとは、ジルベール・ブライアント男爵お爺ちゃんのことだ。

 お爺ちゃん同士は古い戦友だからね。


 それで、ここに来るまでの旅の道程を聞いてみると、国境を越えてエイデン伯爵領からデルクセン子爵領を通過してブライアント男爵領まで行き、それからこの王都まで来たということのようだ。


 道中、馬をかなり飛ばして、男爵お爺ちゃんのところでそれまで乗って来た馬を預け、替え馬を提供して貰ったらしい。

 それにしてもこんな爺さん婆さんが馬を飛ばすとか、普通の人族では考えられないよな。



「ふう、もうわかりました。いかがいたしましょうか、ザカリー様」

「エーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんと、それからユルヨ爺がそのつもりでこの王都までいらして、それで里の方で問題が無いのであれば、僕としてはダメとは言えませんよ。お好きな間、ここに滞在していてください」


「ほれみい、さすがは婿殿じゃ。ミルカはぐちゃぐちゃ言わんでいい」

「あなたはお仕事があるのでしょうから、わたしらのことは心配せずに、いつでもグリフィニアに戻っていいのよ。ということですから、よろしくお願いしますね、ザックさま、エステル」


「はあ。本当に申し訳ありません、ザカリー様。私も暫くこちらにおりますので、年寄りどもが我侭や無茶を言わないように見張っておきます」


 別にミルカさんが少しも悪い訳じゃないのに、彼はもの凄く恐縮しながらそう言ってこの話は終わりになった。


 シルフェ様とシフォニナさんはこのやりとりをニコニコしながら聞いていて、アルさんやカリちゃんはそんなものでしょという感じだ。

 まあこの人らにすれば2、3日だろうが2、3ヶ月だろうが、時間感覚的に大した違いはないからね。カァ。


 休日を終えたら俺は学院に戻ってしまうし、学院祭も間近に控えているので、お世話をするのはエステルちゃんなのだが、彼女は大好きなお爺ちゃんとお婆ちゃん、そして小さいときからお世話になって来たユルヨ爺との、久方振りのゆっくりとした日々が過ごせると大喜びだった。


 では訓練場に行って、ユルヨ爺がフォルくんとユディちゃんの訓練を見てくれているのを覗きに行きましょうかね。

 そのあとはおやつに、ザックトルテでもご馳走しましょうか。カァカァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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