第69話 まずはキ素力を飛ばそう
「準備運動はこんなところでいですかー。ザックさま」
「う、うん、そうだね」
「カァ、カァ」
式神のクロウちゃんとキ素力を繋げたとかは、当面黙っていよう。
それじゃエステルちゃんの訓練を始めましょうかね。
「それで、どういう風にお稽古しましょうか」
「そうだねぇ。自分から離れた場所にキ素力を飛ばして、そこを起点に魔法を発動させるって母さんが言ってたから、まずはキ素力を飛ばす訓練だね」
そこで俺たちは、魔法訓練場の奥の所定の位置に立てておいた的人形の近くに行って、まずはその5メートルぐらい離れた的人形に、キ素力を飛ばす訓練をしてみることにする。
「じゃ、エステルちゃん、やってみて」
「はいっ」
エステルちゃんは、先ほどの準備運動の時のようにゆっくりとではなく、一瞬でキ素を集め循環させてキ素力を高める。
さすが5歳から探索者としての訓練を始め、8歳から今まで魔法の訓練をして、12歳からは探索のお仕事に就いてきた経験がある。実戦向きだよね。
「えいっ!」
別に掛け声とかは必要ないのだけど、勢いをつけるためだろう、的人形に向けて両手を突き出し可愛らしい声を出した。
俺は、キ素力を見ることができる見鬼の力を発動させている。
すると、エステルちゃんの身体を循環していたキ素が、突き出した両手に集まり、掛け声とともに前方へ飛んだ。
だが、すぐに霧散してしまう。
「えと、どうなんでしょう? なんだか途中で消えてしまった気がしますぅ」
「そうだなー、前に1メートルぐらいで消えたかな」
「えとえと」
エステルちゃんには、俺がキ素力を見ることができる力があるのを明かしてある。
でも見えない妖魔とか、神サマまで見えるなどとは話してないよ。そんなこと話すのはまだ早い気がしてるし。
それからこの世界の長さの単位はポードって言うんだよな。1メートルは3.333〜ポードだっけ。俺もまだ換算が直ぐに出来なくてさ。エステルちゃんなら前の世界の単位で言っても、何となく伝わるか。
「もっとキ素力を細く絞って、電線、じゃなくてそうだなー、ロープを投げ飛ばして、先端を的人形に当てるイメージで」
この世界のこの時代に電線はなかった。
「ロープですかぁ。ロープ、ロープ。えと、ロープはぐにゃぐにゃしてますぅ」
「だから、そういうロープのようなイメージで……」
「ロープは先っぽに重りを付けるか、輪っかにしないと、ぐにゃぐにゃしててうまく前に飛ばないですぅ。先っぽに重りを付けていいですかー」
「だから、そういうイメージというだけで……んー、エステルちゃんがイメージしやすいのなら、先っぽに重りを付けていいから」
「はいーっ」
エステルちゃんは両手を前に突き出しながらあーだこーだと、一所懸命イメージを作っているようだ。
それからしばらくしてイメージが纏まったのか、再び「えいっ!」と可愛らしい声を出した。
見鬼の力で見ていると、今度は両手のすぐ前から細く絞られたキ素力がひゅんと飛び出る。
だが、まだ2メートルぐらいかな。そこで再び霧散した。
「うん、いいよっ。細くなって前に飛び出た。まだ2メートルぐらいだけど」
「ふう、イメージが難しいですぅ。でもなんか、出来そうな気がしましたぁ」
「今度はそのロープが途切れないように、飛ばす距離を伸ばそう」
「はいーっ」
それからエステルちゃんはイメージを組立て組立てしながら、キ素力を飛ばすのを何回も試みる。
飛ぶ距離が徐々に伸びて行く。
そしてなんとか、的人形にあと一歩というところまで距離を伸ばした。
「もう少しだよ。あと数10センチで届くよ」
「なんだか、だんだん分かって来ましたよ。ロープの先っぽにダガーを結んで前方に放つイメージだと、ダガーとロープが結ばれたまま、するするっと前に飛んで行く気がしますぅ」
なるほどね。イメージの組立ては、その人に身近なものだったりイメージしやすいものに置き換えると、より明確になるんだね。
この世界では大気中はもちろん、あらゆるところにキ素が流れて存在するから、集めて身体に循環させるための材料が途切れることがない。
問題は、それをキ素力として高める能力と放つ集中力が途切れないかだ。
魔法に優れた者は、まずはその能力と集中力が一般の人たちよりも高い。
そしてベースとなるキ素力を基に、その次に必要となるのが、元素魔法などとの魔法適合性と発動させる能力の高さということになる。
先ほどから、キ素力を前方に飛ばすのを何度も繰返して練習しているエステルちゃんは、ベースの能力の度合いで考えると、とても力があるのが分かるよね。
「なんだか今、的人形に届いた気がします。どうですかー、ザックさま」
「うん、届いた。やったねエステルちゃん」
「そうですかっ! やっとですが、やりましたー」
努力の甲斐があって、エステルちゃんが先端にダガーを結びつけたとイメージするキ素力のロープは、とうとう5メートル前方の的人形に届いた。
だが、まだまだ不安定だしキ素力の伝達も弱いので、魔法を発動させるには足らないだろう。
「その調子で、キ素力を強くしながら安定させよう」
「はいーっ」
なんとか届かせることができたエステルちゃんは、その勢いでさらに練習を続ける。
それにしても、キ素力を高めてイメージを組立て、具現化して飛ばすという一連の動作をするのに、どうしてお尻を左右に動かして振るのかなぁ。
彼女が集中しているので、俺はそっとエステルちゃんの後ろに回り、太ももが眩しく少し突き出しぎみにしているショートパンツのお尻が、ぷるぷる左右に動くのを鑑賞してみる。
「なんだかお尻がムズムズして、うまく集中できなくなりましたぁ。って、ザックさまはどうして、わたしの後ろにいるんですか?」
「カァ、カァ」
「え、クロウちゃんなんですか? ザックさまが、いつの間にかこっそり後ろに回って見てたって? お尻がムズムズするのはザックさまのせいだって? どうしてですか? そこからじゃ、キ素力がどう飛んでるか見えませんよね? ちゃんと見ててくれてるって言いましたよね。わたしが真剣にお稽古してるのに、なにしてるんですかー」
あ、気づかれた。集中してやってるから気づかないと思ったのに。
これ、またまずいパターン入るかもだ。どうどうどう。
「エステルちゃん、疲れたよね。ちょっと休憩にしようよ。お菓子の時間だよー」
「もう、ザックさまはすぐお菓子とかで誤摩化そうとします。食べますけどね」
「カァ、カァ」
はいエステルちゃん、紅茶の用意してきてくださいな。俺は無限インベントリから、とっておきのお菓子を出しますので。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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