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第707話 模範試合の打合せ

 学院生活に戻って、日にちがあっという間に過ぎて行く。


 総合武術部では総合戦技大会に向けた特訓シフトに続いて、例年のようにうちのクラスのペルちゃんとバルくんが加わり、反対にブルクくんやルアちゃん、あるいは下の学年のソフィちゃん、カシュくん、そして1年生のヘルミちゃんもクラス単位の練習が始まった。


 俺も昨年まではうちのクラスの練習を中心に相手をしていたのだが、今年は下級生部員から頼まれてそのクラスの練習も見てあげていたりする。

 これは特にソフィちゃんから申し出があり、それではこちらもとカシュくん、ヘルミちゃんからお願いされたからだ。


 特にヘルミちゃんのクラス、と言うより1年生の各クラスチームが果たしてちゃんと試合が出来るのか、そんなところが興味以上に心配だったのだよね。


「1年生ぜんぶの心配をするとか、ザック兄さまらしいです」と、ふたりだけのときにソフィちゃんが小声で言っていたけど、いやいや俺は審判員だし、それから何故か自然にフィールドでの救護責任者みたいになっているからさ。


 救護や治療については、学院の治療担当の先生で本来は責任者である筈のクロディーヌ先生が、「フィールドではザックくんが責任者で、わたしは治療室でそのあとの面倒をみるわ。これで万全でしょ」とか宣っておりました。


 まあともかくもそんな立場の俺としては、今年の1年生のクラスチームというものを見ておきたかったんだよね。


 ヘルミちゃんにそう話すと、「そしたらザック部長、わたしのクラスだけじゃなくて、希望するクラスを集めましょう」とか言い出して、どうやら全クラスに声を掛けたらしい。

 こういうところは、とかく大人しさだけが目立つ今年の1年生の中で、ヘルミちゃんて特筆すべき行動力がありますな。



 指定した日の講義終わりの時間に剣術練習場で待っていると、なんと1年生のチームがぜんぶ集まってしまいました。


 それで仕方なく、全員が初めての経験となる総合戦技大会に出場するにあたってのルールや反則行為の確認から、基本的な試合の流れや方法などを講義する羽目になった。


 この日は、俺が1年生のクラスチームを集めて指導すると聞き付けたらしい教授たちも、その様子を見学していた。


「いやあ、ザックがこうして事前に指導してくれれば、安心だな」

「じゃのう。今年の1年生はいささか心配ではあったが、これで大丈夫じゃろう」


 とか終わったあとに言っていたが、そう思っていたのなら、あなたたちが事前指導をしなさい。

 部長教授たちに俺がそう苦言を呈すると、「ザックが卒業しちまったら、そうするしかねえよな」とか、訳の分からん手前勝手なことを言っておりました。



 そんな学院祭まであと10日ばかりとなった日、王宮騎士団から人が来たというので学院長室に呼ばれて行くと、今回はランドルフ騎士団長ではなくニコラス・アボット騎士とコニー・レミントン従騎士が来ていた。

 もちろん剣術学と魔法学の教授も全員揃っている。


「ザカリー様、その節は大変にお世話になり、誠にありがとうございました」

「いえいえ。それより今日、ニコラスさんとコニーさんが学院にいらしたということは、模範試合の件ですよね」


「はい、ザカリーさま。当方の参加メンバーが決まったのでそれのご報告と、模範試合の試合方法やルールなどを確認しに、お邪魔させていただきました。ちなみに、わたしもメンバーに入りましたよ、ザカリーさま。うふっ」


 ああ、そういうことか。コニーさんもメンバーに入ったんだね。

 前回に来たとき既に彼女は参加する気満々だったから、良かったですな。


 それでメンバー構成を聞いてみると、ニコラスさんとコニーさんの他にこの夏にグリフィニアに来ていたふたりの王宮騎士も入っていた。

 どうやら、絶対に参加させてほしいと、彼らも強く主張したらしい。


 この4人が剣術の専門職で、あとの3人は王宮騎士団長が言っていた魔導士部隊のメンバーということのようだ。

 王宮騎士団の魔導士って、どんな人たちなんでしょうね。やっぱり、魔導士とか魔法使いぽい格好とかしてるのかな。

 俺の周りにはそういう魔導士がいないので、ちょっと見てみたい気もする。



 それから、模範試合の説明となった。

 とは言っても、基本は学院生の試合形式や規則と同じなんだよね。

 この模範試合で違うのは、7名対7名と人数が増えているところぐらいだ。


「とまあ、そんなところだが、いいかな、ニコラス」

「はい、了解いたしました、フィランダー先輩」


 そうか。ニコラスさんらにとっては、フィランダー先生は王宮騎士時代の先輩になるんだな。

 彼もいまだに、時折は王宮騎士団に行って剣術の練習をしているらしいしね。


「よし。あとは、何かあるかな? ザック、どうだ」


 おっさん先生は俺に話を振らなくてもいいですよ。でも、そうですなぁ。


「ひとつ聞いておきたいと言いますか、確認なんですけどね」

「おお、なんだ」


「魔導士部隊の魔導士が3人、チームに入るということですけど。先ほどの規則説明でもありましたように、総合戦技大会の試合では魔法防護壁の高さを超えるような大きな攻撃魔法や、一撃で重傷を負わせたり死に至らせるような魔法を対戦相手に直接当てるのは、禁止になっています。あと小さな魔法でも、首から上に当てるのは禁止ですね。これは今回の模範試合でも、それに準じて禁止とさせていただいていますが、そこのところは大丈夫でしょうか。と言いますのも、学院での通常の試合では、どのレベルの魔法を選手が遣えるのか、だいたいは把握されているのですが、王宮騎士団の魔導士さんの魔法能力がまったく分からないものですから」


「わしらは、そんなことを言うザカリーの方が、まったく分からんがの」

「ですです。底をいちばん見せないのが、ザックくんよね」


 そこの爺さん先生とお姉さん先生は、コソコソ話が煩いですぞ。

 何か言いたいことがあったら、ちゃんと発言しなさい。


「ああ、そのことですか。まずはうちの魔導士も、規則はちゃんと守ることを誓わせていただきます。それから魔法の内容ですが、今回の試合では原則として、初級レベルの魔法を遣う旨を申し合わせています。大勢の観客が見守る模範試合で、何かのアクシデントが起きるのは、王宮騎士団としても困りますので」


 ニコラスさんがそう話してくれた。

 なるほどね。確かに王宮騎士団員が試合とはいえ、この王都内で自らアクシデントを起こすというのは拙いでしょうな。



「了解しました。それであれば、思う存分に試合が出来ますね」

「ええ、そう出来ましたら、我らも参戦した甲斐があります。それで、こちらからもザカリー様にお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「いいですけど、何ですか?」

「ザカリー様は、今年も魔法ではなく、剣術で? あ、いえ、これは事前にお聞きしてはいけなかったのかも知れませんが、どうも気になりまして」


 ニコラスさんは、そこが知りたかったですか。コニーさんも凄く聞きたそうな顔をしている。

 じつはまだ、何も考えていなかったんだよね。先生たちとも打合せをしていないし。


「そうですねぇ。人数は7対7、そしてそちらが剣術4人に魔法3人なので、合わせる意味で僕も剣術と言いたいところですが」


 ニコラスさんの目がギラっと光り、コニーさんがごくりと唾を飲み込んだ。


「と言いたいところですが、今回は僕も初めは魔法要員で行きましょうかね」


「おいザック、そうなのか?」

「剣術の前衛が3人になっちゃうわよ」

「ふむ」


 相手よりも先に、こちらの剣術学の教授3人の方が早く反応して声を出した。

 だって、その方が面白そうではないですか。


「すると、後方からザカリーひとりの魔法で、それでお終いとかではないじゃろうな」

「7人いっぺんに首ちょんぱ魔法とか。あ、首から上は禁止よね」


 だから、そこの爺さん先生とお姉さん先生の、祖父と孫娘みたいな魔法学教授のふたりは、コソコソ話が聞こえていますぞ。

 クリスティアン先生がひとり沈黙を守っている。


「初めはと言ったでしょ。剣術学の教授なんだから、まずは数的劣勢のなかでどうするか、そこのところを考えてくださいよ」


「だがよ」

「でもぉ」

「ふむ」


 はい、この件はこれで終わりです。まだこれ以上は、俺だって頭に浮かんでないんだからね。



 ニコラス騎士とコニー従騎士が帰って行ったあと、学院長室に残った教授たちがわいわい煩い。

 主に先ほどの俺の発言についてだ。


「ふふふ。やっぱりザックくんよねー。自分は一歩引いて、今回の試合の推移を後方から見て判断するのね」


 それまで黙って聞いていたオイリ学院長が、そんなことを言う。


「だがよ、学院長。さっき来ていたニコラスは、王宮騎士団の中でも一二を争う奴だし、あとの連中もかなりの実力者なんだ」

「えー、そうなの? 部長」

「そりゃそうだぜ、フィロメナ。王太子が観戦に来ようって試合で、弱えー奴なんか選ぶかよ」


「だからよ。例えば俺が何とかニコラスを押さえて、フィロメナとディルクがあとふたりと闘ってる隙に、もうひとりの騎士がどうするか。こっちの誰かが1対2になっちまうのか、それとも魔法攻撃を避けながら走り込んで来るのか」


「向うの魔導士も3人じゃから、3対3の魔法の撃ち合いになりそうじゃの。そこでザカリーはどうするのかじゃが」


 だから、ぜんぜん考えてないんだよね。

 あとジュディス先生が言った首ちょんぱ魔法って、昔に講義中に見せた7連撃の風か火の魔法のことをだと思うけど、相手の7人が動いているとそう上手くは行かないんだよ。

 もちろん、禁止事項なので首から上は狙いません。



 教授たちがガヤガヤ煩い中で、俺は沈黙を守っていた。


「ねえ、ザックくん。今年は特別な戦法とか、新しい魔法とか、ないのかな? いまからでも特訓とか……」

「ありません。特訓もしません」

「ちぇっ」


 ジュディス先生がそんなことを聞いて来たけど、学院祭までもう10日ぐらいしかないんだから、これから特訓したって無理ですよ。

 だいたい教授が、ちぇっ、とか言うんじゃありません。


「まずはみなさんで、どう闘うかを考えてみてください。それでは僕はこれで」

「おい、ザック」


「そうですねぇ。それでは学院祭の始まる前日に、少しばかりミーティングをしましょうか」

「おお、そうか。そうだな。そうしよう」

「わしらも自分で考えろ、ということじゃな。ではそれまでに、各自宿題じゃ」


 あまりに煩かったので、取りあえずそういうことにしました。

 だいたい教授なんだから、俺に言われなくても戦法ぐらい自分たちで考えてください。

 どうもこの人たちって、個々の剣術や魔法は日頃研鑽していても、チーム戦というのを自分たちのこととして考えていない嫌いがあるんだよな。




 そうこう日にちが経過していつの間にか9月も残り少なくなり、また2日休日となった。

 この休日を過ぎれば10月に入り、3日からはもう学院祭だ。


 10日間講義の最終日の夕方に屋敷に戻ると、グリフィニアからミルカさんが来ていた。


「お帰りなさい、ザカリー様。また暫くお邪魔します」

「ああ、いらっしゃい、ミルカさん。ご苦労さまです。ミルカさんが来たということは」

「そうなんですよ」


「お爺ちゃんとお婆ちゃんが、明日にも到着するみたいなの」

「いよいよ来るですか」

「お忙しいところ、すみません」


 いや、ミルカさんが謝る必要はまったく無いんだけど、ファータの里からエーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんが明日には来るのですな。

 でも、いったい何人ぐらいで来るのだろうか。そこのところはどうなんですか?


「うちの里長さとおさは、と言いますか、ご承知の通り、うちの者たちは大人数で行動するのを嫌がりますので、おそらく少人数か、もしかしたら父と母とふたりだけかも知れないのですよ」


 そうなんだ。確かにまだまだ単独やふたりだけでも、かなりの行動が出来るのだと思うけどさ。

 でもファータの一族の総帥夫妻だし、どうなのだろうな。

 ミルカさんに対しても、到着日は知らせてもそこら辺は伝えて来ていないようだ。



 そしてその翌日の午前。

 ラウンジで寛いでいると、アルポさんが屋敷の中に足音も立てずに走り込んで来た。


里長さとおさたち、来よりましたぞ」

「もう来たの?」

「お爺ちゃんたちったら」

「カァ」

「まったく、昨晩はどこで宿泊したのやら」


 ミルカさんは、やれやれという表情だ。ともかくもお出迎えしましょうかね。

 それで屋敷の全員で玄関前に出る。シルフェ様も自分の眷属一族の長が来たということで、もちろん一緒だ。


 エルノさんが先導し、その後ろに馬から降りて手綱を牽きながら、庭園の中の道を屋敷に向かってゆっくりと歩いて来る人たちが見える。

 馬は3頭だから、3人か。爺ちゃんに婆ちゃんと、あともうひとりは誰なのだろう。


 屋敷の馬車寄せに近づいて来たところでアルポさんがそちらに走って行き、エルノさんとふたりで3頭の馬の手綱を受取った。

 それで3人がニコニコ手を振りながらこちらに歩いて来る。


 エーリッキ爺ちゃんと、カーリ婆ちゃんと、それからその後ろにいるのは、なんとユルヨ爺ではないですか。

 俺は思わず、隣に立っているエステルちゃんの顔を見た。彼女もおそらく同じように驚いて、俺の方を向く。


 おいおい、一族の総帥夫妻に加えて、ファータの最長老戦士まで来たのでありますか。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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