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第704話 豆の買い付け話、そしてソフィちゃんも連れてお出掛け

「これは、なんとも美味しいなぁ」

「ほんとに。初めていただいた不思議なお味のケーキです」

「甘さと苦さが合わさって。なんだか病みつきになりそうですよ」


 昼食をいただいたあと、席をラウンジに移してザックトルテを王太子たちに食べさせた。

 ニコラス王宮騎士とコニー王宮従騎士ももちろん一緒だ。

 ちなみに馬車を操って来た御者さんは王宮騎士団員らしいが、さすがに王太子との同席を遠慮したので、うちの男衆が一緒に別の部屋で食事をして貰った。


「ザック君たちは、あのエルフの豆からここまで作り上げたのか。なんとも凄いな。お菓子が特産品と評判のグリフィン子爵領だが、次期当主がそれを牽引しているのを、あらためて思い知らされたよ」


「あのザカリーさま。これは何というお名前ですの?」

「あー、これは、そのぉ」

「ザックトルテという名前なんですよ。うふふ」


「ザックトルテ、ですか。よいお名前ですね、エステルさま」

「ほんとに。甘くて苦くて美味しくて、柔らか過ぎずしっかりしていて。まるでザカリーさまみたい。ふふふ」


 おい、どこが俺みたいだか良く分からんですぞ、マレナさん。


 とにかくも、ザックトルテは王太子たちにもとても好評だった。

 エルフのショコレトールドリンクはともかくとして、おそらくはこれまで口にしたことのない味だと思うので多少は心配だったのだが、そこは杞憂だったようだ。

 これなら学院祭で出しても大丈夫そうだね。


 そのあと、もうかなりお腹が膨れていそうだが、板チョコのミルクショコレトールも少しずつ試食して貰う。

 こちらも好評というか、王太子だけでなくヒセラさんとマレナさんがお土産に欲しがった。


「いいですよ。少しぐらいは持ち帰っていただくつもりでしたので。ただ、ショコレトールのエキスが濃厚に詰まっていますので、いっぺんにたくさん食べちゃだめですからね」


 俺の前々世でも昔、チョコレートを食べ過ぎると鼻血が出るとか良く言われたけど、その真偽はともかくとして、ポリフェノールなどの効果で血流が良くなるのは確かだ。あと、脂質と糖質が多いからね。



「それで、ヒセラさんとマレナさんに少々お聞きしたいのですけど」

「はい、なんでしょうか、ザカリーさま」

「なんなりと」


「先日マレナさんに持って来ていただいたショコレトールの豆ですけど、まだ全部を使ってしまった訳ではないのですが、あれをまた手に入れるとしたら、どうしたら良いですか?」


「ああ、そのことですか? そうですねぇ。本国に問い合わせてみないと分かりませんが、あれを持込んだエルフの商会を通じて依頼を出せば、入手が不可能ではないと思うのですけど。ねえ、マレナさん」


「はい。たぶん可能だと思いますが。問題はエルフが、あれをどれだけ売り捌く気があるのか。欲しい量にもよると思いますけどね。あと、入手までの日数ですね。どこから運ばれて来たのか、わたくしたちは把握してませんので、これも本国に問い合わせてみませんと」


 ヒセラさんとマレナさんは、自国からセルティア王国の王太子に贈呈されて来たものを受取っただけだろうから、その辺のところは問い合わせてみないとかな。


「なあ、あの豆がこんなに美味しいトルテやお菓子やドリンクになるのなら、我が国でも輸入するとかは出来るのだろうか。あ、いや、うちの王家がどうこうということではないのだがな」


 このやり取りを聞いていた王太子がそう発言した。


「ふふふ、王太子さま。わたしどもの国や商人が関与出来るのなら、仲介をすることは可能だと思いますよ。もし、入手のルートが確立出来たとしたら、もちろんこちらもそれなりの利益を出しませんと、ですけどね」

「それはもちろんだと思うが」


「ただ、やはり量とお値段ですよね。最終的にザカリーさまのところにお納めするのですから、間にたくさんの仲介者が関与して、それでお値段が高くなってしまったら、ザカリーさまに叱られそうです」


「ですわね。わたくしどもとしては、もしそれなりの量を入手することが出来るようになっても、そのお豆の買い付けや仲介からたくさんの利益をいただくのは、とても申し訳ありませんわ。だったら別のことで」


「別のことで、と言うと……。ああ、そういうことですか」

「はい。先ほどのザックトルテは大変魅力的ですけど、どうやらこのミルクショコレトールは日持ちもしそうですし、わたくしどもの国でも評判になりそうですし」


 ヒセラさんとマレナさんの言うのは、要するにそれなりに一定量のショコレトール豆をそれほど高価にならないようにグリフィン子爵家に納めて、彼女らの国としてはその豆の売買で利益を上げるのではなく、そこから加工されたショコレトール商品の販売で利益を上げた方が良いということだ。


 やはり彼女らは戦闘に長けたただの護衛兼侍女と言うより、いやそれだけでもただの侍女ではないのだが、なるほど商業国連合から派遣されて来た者たちだと言うところなのだろう。

 いまひと口食べたミルクショコレトールに商品価値を見出し、その先に生まれる利益をちゃんと見ている。



「このショコレトールをグリフィン子爵家としてどうして行くかは、まあまだこれからですね。僕もこういう風に作ってみたばかりですから。でも、どんなものとして世の中に出すにしても、そのためにはまずは、あの豆が入手出来ないとどうにもなりませんので」


「その辺の調査や入手方法、価格などについては、わたくしどもにお任せいただけませんか? ザカリーさま」

「ぜひともそうさせてくださいませ、ザカリーさま」


 いやいや、そう甘くて色っぽい目と声でお願いされなくても、貴女あなたたちに頼もうと思っていましたから。


「ザック君が作り上げたこのショコレトールの製法は。いや、うちの王家がどうこうということではないのだが、その、公開されたりするのかな。俺としてはグリフィン子爵家のお菓子作りがますます発展すれば、それで良いとは思っているのだけどな」


「王宮経由で提供された材料から出来たものだから、製法を明かせと言う者が出るやも知れないということですよね? セオさん」

「まあ、そうだな。すべては、こんな短期間で美味しいものに仕上げたザック君たちの功績によるものだとしても、だけどな」


 王宮の中であの豆がどこまで知られているのかは分からないが、少なくともエルフ流のドリンクを試しに作ってみた調理人は知っているのだろう。

 俺がザックトルテやミルクショコレトールを世間に出せば、行く行くはあの豆との因果関係も知られて、何かを言い出す輩が出ないとも限らないということですな。


「来月の学院祭のうちのクラスのカフェで、ザックトルテは出すつもりです。そのあと、どんな商品に仕上げて、いつどこでどんなかたちで販売するのかは、先ほども言いましたように、まだまだ先の話ですね。それで製法の公開ということですけど、少なくともこのミルクショコレトールの基本的な作り方は、いずれ公開しても良いですよ。ただし」


「ただし?」

「ただし、製造はかなり手間の掛かるものでしてね。遣わなくても出来るのですけど、僕たちは結構な割合で魔法を遣っています」


「魔法を?」

「はい」

「ザック君が敢えてそう言うということは、ただの魔法ではないのかな」


 高度な土魔法と、それから重力魔法ですけどね。

 これが可能な人間といえば、俺はうちの者たち以外は知らない。あ、カリちゃんは人間ではありませんでした。


「そうですね。かなり高度な魔法、ということだけ言っておきましょう。いえ、魔法を遣わなくても、いま言いましたように手間と時間を掛ければ出来ますけどね」


「そうなんだな」

「そこは、やはりザカリーさまならではなんですね」

「仮に製法は公開出来ても、ザカリーさまたちがどんな魔法を遣っているか、あるいはそれが普通の人間に遣えるものなのか、かなり高度な魔法とおっしゃるのですから、そこは秘密ということですか」


「まあ、そう捉えて貰って結構です」

「なるほどな」


 ともかくも、商品化や一般への販売はまだまだ先のこととして、この話は終わった。

 まずはショコレトール豆の入手の件ですな。人間が行う通常ルートの開拓は、ヒセラさんとマレナさんにお願いするしかないよね。


 でも、シルフェ様やアルさんたちが言っていた、ドリュア様におねだりしてエルフから入手するという手だても、これは考えた方がいい気がする。

 そもそもがこの世界では、樹木の精霊がエルフに渡して栽培された豆なのだから、その本家本元のドリュアさんたちにも食べさせたいしね。



 ショコレトールの話題で盛り上がったあと、王太子たちはうちの屋敷内、特に訓練場を見学して帰って行った。

 俺は特にこの訓練場の存在を秘匿している訳ではないので、見て貰ってもぜんぜん構いませんよ。


 高さもあり頑丈に硬化された土壁に囲まれた訓練場の中に入って、王太子やヒセラさん、マレナさん、そして王宮騎士団員のニコラスさんとコニーさんはとても感心していた。

 これはきっと、直ぐにランドルフ王宮騎士団長にも報告が行くだろうな。


 まあ領主貴族の王都屋敷というのは、前世の世界での江戸時代の大名屋敷やその後の外国大使館のように、王宮がどうこう言ったり手を出したり出来るものではないけどね。




 そして翌日の朝早くに、彼女自身が言っていた通りソフィちゃんが馬車に送られてやって来た。

 その馬車もソフィちゃんを降ろすと直ぐに帰って行くし、俺たちも特に馬車を出迎えたりもしない。もう慣れたものですな。


「ソフィちゃん、来て早々ですけど、今日は直ぐにお出掛けですよ」

「え? カリ姉さん、お出掛けなんですか? わたしも? どちらに?」

「ふふふ。ソフィちゃんがまったく知らないところ、という訳でもないですよ」

「カァ」


 カリちゃんが、屋敷内に入って来た早々のソフィちゃんにそんなことを言っている。

 そうなのですな。今日はこれから、ニュムペ様の精霊屋敷にお出掛けだ。

 9月に入り、夏の暑さが和らいで秋の爽やかな気候へと移り始め、今日は屋敷の全員でピクニックがてらナイアの森に行きますよ。


 何故だかうちの屋敷には、ソフィちゃんの訓練用装備や動き易い服装なんかもいつの間にか置いてある。

 まあ訓練もするので、いちいちその都度、自分の屋敷から持って来るのも面倒だろうというエステルちゃんの配慮だ。


 ソフィちゃんはそんな服装に着替えさせられるために、到着すると直ぐに連れて行かれた。

 彼女がこの前の夏休み中に宿泊した部屋も、どうやらソフィちゃん用にしてあるようだ。


 ピクニック気分で行くとはいえナイアの森で何かがあると困るので、俺やエステルちゃんも含めてレイヴンメンバーは軽めの戦闘装備を着用する。

 昨年秋の闘いは、まだ忘れていない。

 一緒に行くアデーレさんやエディットちゃん、それから人外の方たちも戦闘装備ではないが、森の中で動き易い服装だ。



 暫くして着替えを終えたソフィちゃんたちが2階から下りて来たので、さあ出発しますよ。


 馬車にはエステルちゃんとソフィちゃん、シルフェ様にシフォニナさん、アデーレさんとエディットちゃん、シモーネちゃんを乗せる。

 ちょっと人数が多いけど、少し我慢してください。


 アルさんとカリちゃんは先行して、白雲に隠れて飛んで行った。

 ブルーノさんたち男衆も既に先行して出発している。

 グリフィン子爵家から大挙して人数が出発するところを王都内で見せたくないのと、彼らには地下拠点のチェックをお願いしてあるからね。


 馬車の御者はフォルくんで、ユディちゃんはエステルちゃんの愛馬である青影に騎乗している。

 そして俺は黒影に跨がった。

 あとはお姉さんたち3人が騎馬の護衛で付くだけだから、まあこぢんまりとしたものだ。

 では屋敷の門にも鍵を掛けて出発しますよ。



 今日の予定として、この本隊も地下拠点に行くのかどうかで、昨日に少々ジェルさんたちと頭を悩ませた。

 ソフィちゃんが同行するからね。


「あら、何か拙いのかしら。馬車や馬はあそこに置いて行くんでしょ」

「でもシルフェ様。ソフィちゃんが一緒だし」

「そうですぞ、シルフェさま。いちおうはうちの者以外には隠しておりますので」


「そういう点はお任せしますけど、あの子はわたしが大丈夫と感じてるから、大丈夫よ。ザックさんから、誰にも話さないようにって言えば、秘密は守るわよ、あの子」


 うん、それはそうだと思うのだけど、どこまでソフィちゃんを巻き込んでいいのかってところなんだよなぁ。

 ニュムペ様のところに連れて行くこと自体が、もういまさらなんだけど。


「でしょ。あとはあの子自身の覚悟だけど、わたしのとこに来た時点で、その段階はもう過ぎている気がするわよ」


 そうなのでしょうかね。

 だけど真性の風の精霊様の人智を超えた勘や考えには、反論は出来ないよな。

 ただ、うちの者たちとソフィちゃんとが違うのは、うちの者はどんな相手が敵対して来ても俺が絶対に護るつもりけど、ソフィちゃんの場合はそう出来るのかなんだよな。


「それは、ソフィちゃんの覚悟ではなくて、あなたの覚悟の問題だって、ザックさんも分かっているのではないかしら」


 うーん。それは覚悟というより、何故そうするのかっていうこともあるんだよな。

 うちの者たちだったら理由を問うまでもないけど、他家の彼女に俺はそんな理由をきちんと見出しているのかどうかではないかな。

 それを見出して心に刻んでいないと、何かあったときにちゃんと責任を取ることさえ出来ない気がする。


「ほら、やっぱりあなたの問題でしょ」

「それはそうですけど」



「ザックさま」

「うん? エステルちゃんはどう思う?」

「要するに、ソフィちゃんをわたしの妹にしちゃえばいいんでしょ。そしたら、ザックさまの妹で、お姉ちゃんにとっても妹ですよ。妹を護るのは兄や姉の責任ですから」


「あら、さすがはエステルね。やっぱりいいことを言うわ」

「わたしも、ソフィちゃんのお姉ちゃんになりますよ」

「カリちゃん、それいいわね。そしたらわたしとふたりで、そうしましょ」


 そうなのかなぁ。

 昨日はそんな話で終わって、結局はいつも通り地下拠点まで直行することになったんだよな。

 まあ、取りあえずはそういうことでいいか。たぶんいいよね、クロウちゃん、それから黒影も。カァ。ヒヒン。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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