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第701話 模範試合に王宮騎士団が参加する

 ランドルフ王宮騎士団長は結局、俺の推測を否定しなかった。

 まあ、婚約の事実を俺は本人たちから聞いて知っているので、それと今日の提案とを単に結びつけただけなんだけどね。


 おそらくはそれほど日を待たないうちに婚約が発表されるだろうから、さりげないお披露目の機会としてふたりの母校であり、フェリさんがつい一昨年まで在籍していて学院生会長をしていたセルティア王立学院の学院祭なんて、良いのではないかと思っただけだ。


 そして、そのふたりが観戦する総合戦技大会で、模範試合とはいえ王宮騎士団員が参加して王家と学院との良好な関係を象徴させるとかね。

 それ以外に、王太子と王宮騎士団の主流派である騎士団長以下の脳筋派との結びつきを内部的にアピールする、なんてことも想像させる。そこまでは言葉にしないけど。



「フェリちゃんが王太子さまの婚約者に決まったのねー。良かったわ。それって確かなのよね、ザックくん」


 教授たちの中でも、とりわけ学院長が喜んでいる。フェリさんが在学中に可愛がっていたみたいだからね。

 俺はちらっとランドルフさんの顔を見た。無言で困り顔だ。

 俺の推測を否定はしなかったが、まだ何も言葉を発してはいない。


「まだ発表は無いですけど、もうそろそろなんでしょ? ランドルフさん」

「ああ、一両日と聞いております」

「だったら、婚約の件はいいでしょ?」


「そうですな。王宮内務部からは、正式発表があるまでは外部には黙っているようにとの通達が出ているが、仕方ない。この場では良いでしょう」

「と言うことですよ、学院長。僕は先日に本人たちから聞いていますので」


「ねえねえ、ザックくん。あなた、いつから王太子さまと仲良しになったの?」

「正式発表前に教えられるとか、どんな関係?」

「まあその辺は、また別の機会に」


 俺の両隣に座っているジュディス先生とフィロメナ先生がひそひそ聞いて来る。


「それはまあわかった、騎士団長。三公爵家の娘のうちの誰かが婚約者になるっていうのは、学院生でも知っているからな。それがフェリシア嬢に決まったっていうのは、目出たいこった。だがよ、ザックが言ったそのあとの話はどうなんだ? そっちは本当なのか?」


「そこは、ザカリー殿の推測ということにしておいてくれんか、フィランダー」

「そうかよ。まあわかった。ここで騎士団長がぺらぺら喋っちまうと、王宮内務部との関係が悪くなっちまうってことだな」


「まあそういうことだ。それに事前に話が洩れると、貴族連中やら何やらが集まって来て、学院祭自体が大変なことになるだろうしな」


「そういうことじゃな」

「それはダメよー。学院祭が混乱するのは困りますし、それにあくまで現役の学院生が主役じゃないとですからね」


 学院長の言う通りですな。

 あのセオさんとフェリさんがそのくらいのことは分からない筈がないから、もし彼らが表立って学院祭を訪問して総合戦技大会を観戦するとするなら、その発案は王宮内務部かあるいは別のどこかから出たものかも知れない。

 セオさん自身が、「今年も学院祭に行ってみたい」ぐらいの言葉を洩らしたとしてもだ。


 だが、それをランドルフさんに尋ねたり追求したりするのは、いまこの場では不味いよね。



「それで、話を戻しますけど、王宮騎士団が模範試合に参加したいという件ですね」

「おお、そうですぞ、ザカリー殿。その、ザカリー殿のご意見は」

「僕の意見ですか? 僕は教授でも何でもない、ただの学院生ですけど」


「ただの学院生、じゃないわよね」

「ほぼ教授みたいなもんだし」


 両隣のお姉さん先生は、ひそひそ煩いですよ。ただの学院生です。


「しかし、総合戦技大会の審判員で模範試合の参加メンバーとして意見を言うなら」

「はい」


「王宮騎士団チームと学院の教授チームの試合も面白いかな、と」


「おお、ザカリー殿」

「確かにそいつは面白そうだぜ」

「ふうむ。王宮騎士団の魔導士が、どの程度の実力かも見てみたいのお」


「ザックくんが賛成しちゃったら、これ決まりよね」

「ということは、今年の相手は王宮騎士団かぁ」


 俺を間に挟んで、両側から身体とか柔らかいのとかを俺にくっつけて、ふたりでひそひそ話すのはやめなさい。


 あと、何も発言せずに静かな男性教授のふたりはどうなのかな。

 クリスティアン先生はやれやれ仕方ないなというような表情だが、ディルク先生はなんだかやる気満々のようですぞ。

 剣士としての血が騒ぐ、といったところなのだろうか。



 そんなことで本日の会議は、1ヶ月後の学院祭、総合戦技大会の最終日に、学院生の決勝戦が終わったあと、王宮騎士団チームと教授チームとの模範試合が行われることで、ほぼ決定した。


 試合の細目は今後の調整だが、基本ルールは総合戦技大会と同じになるだろう。

 あとチームの人数だが、7対7になることが濃厚だ。

 こちらは教授6名にプラス俺だよね。やっぱり俺も加わるですかね。


「それはそもそも、この模範試合というのが、ザックを試合に加えるためのものだろうがよ」

「そういうことじゃて。そして今年は、わしらと同じチームで味方ということじゃのう。これは楽しみじゃ」


「同じチームだからって、ホントに味方かどうかなんてわからないわよ」

「そうそう。何をするか予測がつかないし、どうせわたしらの言うことなんか聞かないしね」


 だからお姉さん先生は、両脇から俺越しにそういう話をするのはやめなさいって。


「ザカリー殿がこちらのチームに加わるとかは、無いよな」

「そんなのあるわけないだろうが、騎士団長よ。ザックはいちおう学院生だぜ」

「そうだよな」


 そこのおっさんふたりも、つまらない会話をしないように。

 だいたい、いちおう学院生とか何ですか。れっきとした学院生だし、王宮騎士団チームの方に入るとか意味分かんないし。


「ジェルさんたちに入って貰って、うちとグリフィン子爵家騎士団の合同チームというのはどうですか? 騎士団長」

「おおコニー、そいつは良いアイデアかも知れんぞ」


「コニー従騎士は、ジェルさんたちを知ってるのか。そいつは拙いな」

「それはありません。ジェルさんたちには今年も審判をお願いしますから」

「えー、そうなんですかぁ」


 コニーさんも、どさくさに紛れて何を言い出しますかね。

 あの人たちが王宮騎士団と合同チームなんて、嫌がるに決まっているじゃないですか。




 今日の会議はこのぐらいで終了して解散となった。


「また、思いも寄らない提案を持込んで来ましたね、ランドルフさん」

「ふはっはっは。夏前はザカリー殿からお願いされたのですから、今度はこちらから。これでお相子ということでどうですかな」


「ああ、それはまあ」

「今日もいささか驚かされましたが、最終的にはご賛同いただけましたので、良かったですよ。ありがとうございました」


「僕にお礼とかはいいですけど、王宮内とか内務部とか騎士団の中とか、いろいろ大丈夫ですか?」

「これは、ザカリー殿にはご心配をいただきまして。まあ反対する声やら、妙に勘ぐる輩が出んとも限りませんが、そこは慶事の流れで」

「そういうことですか」


 ランドルフさんとは別れ際にそんな立ち話をして、彼とコニー従騎士は帰って行った。


 今回のことに、王宮騎士団やランドルフさんとしてどんな思惑があるのか。それとも表の言葉通り、ただ単に日頃の訓練の成果を王太子とその婚約者が臨席する場で披露したいだけの理由なのか。

 いまは何とも分からないよな。


 何か言いたげだった学院長や教授たちを残して、俺も学院長室を辞した。

 お姉さん先生たちはもう引揚げたのか、素早いなと思いながら教授棟を出ると、外でそのふたりに拉致されました。


「ほら、夕ご飯に行くわよ」

「もう、あんな会議だったからお腹がぺこぺこよ」


 引っ張って行かれたのは、教授棟近くのいつものあのお店ですな。


「いらっしゃい。あら、ザカリーさまがご一緒なのね。さあさ、入って入って。奥の席がいいわよね。あんたー、ザカリーさまがいらしたわよー」


 おやっさんとおばちゃんの店ですな。

 俺は密かに、タパスが美味いおやっさんのバルと心の中で呼んでいるけど、本当はエンリケ食堂という名前なのを、ついこの夏前に知った。


 エンリケというのはおやっさんの名前ですな。おばちゃんがときどき、彼のことをエンリって言ってたからね。

 おばちゃんはイサベルさんで、給仕をしている女の子はルピタちゃんだ。

 ルピタちゃんはおやっさんの親戚の子で、子供がいないふたりが預かっているのだそうだね。


「おお、ザカリー様よ、早速に来てくれたか。いま美味いものを作るからな」

「ジュディちゃんはワインでいいわよね。フィロちゃんはシードル? ザカリーさまは?」

「僕もワインでお願いします」


 秋学期初日からこの店で飲んでいていいのだろうか。

 エステルちゃんに知られたら叱られそうだが、教授に連れて来られたのだから良しとしましょう。



「それじゃ、まずは秋学期の初日を祝して、かんぱーい」

「かんぱーい」


 何が祝してなんだか。フィロメナ先生はお酒より食欲だけど、ジュディス先生はただ飲みたいだけだよな。


「それで、さっさと白状しなさいね」

「そうよ。先生たちに内緒ごとはダメよ」

「え? 何を白状するんですか? 内緒ごとなんてありませんよ」


「あなた、さっきの話の裏事情とか、もっと知ってるんじゃないの?」

「えー、知りませんよ。先生たちと一緒に、さっき初めて聞いたんですから」


「そーお? でも、あの騎士団長と知り合いみたいだし、だいたい王太子さまとも知り合いなんでしょ」

「そうよ。だいたいどうして、王宮のお偉いさんと知り合いなんだか」


「それは僕だって、いちおうは子爵家の息子ですから」

「まあ、それはそうなんだろうけど」

「あなたって、そういうのには疎そうだから」


 仕方がないので、この夏にヴァニー姉さんが辺境伯家に嫁入りしたことと、その結婚式に王太子が出席した件を話した。

 これはどちらも公になっている事実だからね。


「あ、そうか。あなたのお姉さまが、辺境伯家の長男とご結婚されたのよね」

「それで王太子も結婚式に出席して、あなたの家にも立ち寄ったということかぁ。やっぱりザックくんて貴族なのねぇ」


 王太子と王宮騎士団長それに王宮内務部長官が、エールデシュタットの行き帰りにグリフィニアに立ち寄ったのも公にされている事実だからね。

 ただ、帰りに6日間もうちに滞在していたのは秘匿されているんだよな。


「次の辺境伯さまと子爵家のお姫さまの結婚式かぁ」

「ねえねえ、どんな結婚式だったの。お姉さまはどんなドレス? お料理とかは?」


 はいはい、話してあげますよ。

 うちのジェルさんやライナさんと同い歳らしいこのふたりも、やっぱりこういう話は大好物ですな。

 というか、もうすっかりふたりの関心はそちらに移っている。



「へぇー、素敵よねぇ」

「でも、朝から1日掛りなんて大変よ、ジュディ」

「でもさ、ドレスが4着よ。1日だけで、いっぺんにそんなに着ちゃうのよ」

「やっぱり、領主貴族さまの家同士の結婚式よね」


「それを言うなら、王太子さまの結婚式の方が凄いんじゃない?」

「次の王さまと公爵家のお姫さまだもんね」

「ねえザックくん、いつご結婚されるの?」

「そこらへん、あなた知ってる?」


 だからその件は、まだ正式に発表されていないんだから、さっきの会議の場だけだって言ったでしょうが。

 幸いにまだ、周囲に他のお客さんはいないからいいけどさ。


「だって、知りたいもの」

「誰にも聞こえてないから、大丈夫よ」


 これはキツい口止めがいちばん必要なのは、このふたりの教授ですなぁ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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