第68話 エステルちゃんとクロウちゃんと遠隔魔法の訓練を始める
「ザック、貴族会議でのあらましはこんなところだ。このあと父さんたちは皆と協議があるから」
「うんわかった。一緒に聞かせてくれて、ありがとう」
「それから、おまえ、ギルドの会合に出てくれたのだってな。ご苦労だったな」
「会合で話し合われたことは、ギルド長たちから父さんに報告するって言ってたよ」
「そうか、了解だ」
ギルド会合の内容については、護衛で会議にも同席していた女性従騎士のジェルメールさんが、副騎士団長のネイサンさんと家令のウォルターさんに報告をあげているだろうね。
ジェルさんはあれで、けっこうしっかりしてる人だ。
ということで俺は、エステルちゃんとクロウちゃんと領主執務室を出た。
「ザックさま、今日はこれからどうしますか? まだ午後過ぎですし」
「そうだなー。母さんが王都で買ってきてくれた本を読むかな。それとも剣術と魔法の稽古をしようかなぁ」
「はい、どちらにしますか?」
「やっぱり稽古にしよう。エステルちゃん、魔法訓練場に行ってもいいよね?」
「わかりました、お着替え持ってきます。わたしも着替えて来ますから、玄関ホールで待っててくださいー」
エステルちゃんはぴゅーっと走って行った。
屋敷内で走ると家政婦長のコーデリアさんに叱られますよ。でもエステルちゃんの場合、本業の賜物か、足音を立てずに走れるんだよね。
領主家専用の魔法訓練場に来ました。
本日のエステルちゃんの衣装は、上は軽装の革鎧で、下は本業でも身につけるお尻や太ももにぴったりしたスポーツレギンス風、ではなく、まだまだ暑いので、お尻にぴったりのショートパンツ風です。
あのスポーツレギンス風衣装やこのショートパンツ風は、なんでも彼女の実家がある隠れ里の近くに生息する蜘蛛の魔物が放出する、非粘着性の糸を採取して作られるものなのだそうだ。
だから薄地でも丈夫で伸縮性も高く、お尻がぷりぷりだよ。
いちおう、屋敷のほかの侍女さんたちに見られないようにしているのか、この魔法訓練場までは上に侍女の制服を着て来ている。
ショートパンツがお尻にぴったりしてるけど、下着は穿いているのかなぁ。
お尻を突き出してるのを見ても、穿いてるように見えないんだよなー。
「ザックさまは、なにぼーっと見てるんですかぁ」
エステルちゃんが向うを向いて革鎧とか装備のチェックをしているのを、訓練場のテラス椅子に座って後ろから見ていると、気配を感づかれてしまったみたいだ。
「あ、えーと、下着……」
「下着がなんですか?」
「あーっと、舌がギトギトしてて……」
「なんですか? 舌がギトギトって。わたしがいない間に妙なものでもつまみ食いでもしたんですか?」
「んーと、お水飲んだら、大丈夫になった、かな」
「カァ、カァ」
「今日はねー、前に母さんが言っていた、自分から離れた場所での魔法の発動を練習してみたいんだ」
「あ、無理矢理話題を変えた。まぁいいです、わかりました。あれはわたしも興味がありますから、そのお稽古をしましょう」
「エステルちゃんは前に、離れた場所に竜巻を発生させるのとかどうかって言ってたけど、それってできそうなの?」
「あー、竜巻魔法ですね。やってみないとわからないけど練習したいです」
俺の今日の狙いは、エステルちゃんの攻撃魔法強化なんだ。
彼女は精霊族のファータ人という種族の特性から風魔法が得意で、例えば複数本の小型ダガーを投擲し、それを風魔法で操って四方から投擲して同時攻撃しているように見せることができる。
だけど、それほど威力があるわけじゃないから、どちらかというと攪乱や目くらましの技なんだよね。
あと、前にアン母さんに見せていた小型の竜巻を発生させる魔法も、竜巻で攪乱しつつ気配を薄くして自分の姿を隠すとかの用途に使うことが多いらしい。
探索を本業とするファータならではの魔法で、直接的に相手に打撃を与える威力のものではないんだね。
でももし仮に、アラストル大森林の奥への探索に俺が行けるようなことがあったら、当然エステルちゃんも同行するわけで、そんな場合のために彼女の直接的攻撃力を高めておきたい。
それから、今日聞いたリガニア地方の紛争の動向とか、うちで預かってる竜人族の双子、フォルくんユディちゃんの一件や北方帝国ノールランドのこととか、まだ直接的にどうのこうのではないけど、いろいろ起きているしね。
「それじゃ、まずはエステルちゃんの竜巻魔法の練習をしてみようよ」
「いいんですか? わたしはやってみたいですけど」
「うん、僕も興味あるし」
それで、遠隔で発動させる練習なので何か目標があった方がいいということで、準備小屋から的人形を出して来てふたりで設置する。
「まずは、キ素力を高める準備運動だね」
「はい」
「カァ」
え? クロウちゃんも準備運動をするの? 式神のカラスだけどできるんだっけ。
それでふたりと1羽は、それぞれ少し距離を取ってキ素を集めて身体に循環させ、キ素力を高める準備運動を始めた。
俺は別に必要ないんだけど、アン母さんが指導するときには必ずさせるんだよね。
それで自分はかなり抑え気味に準備運動をしながら、エステルちゃんとそれからクロウちゃんの様子を見た。
エステルちゃんは、なかなかスムーズにキ素を循環させてるね。いい感じだ。
クロウちゃんはどうなんだろ。
最近はどうも忘れがちなんだけど、俺の式神なので基本的には俺と感覚が繋がっている。
その感覚を通じても、クロウちゃんが独自にキ素力を高めているのがわかる。
それ、いつからできるようになったの?
そうか、そもそも普段から大気中のキ素を吸収してエネルギーにしてるから、式神としての能力さえ高くなれば、自分自身で高めることができるのだね。
当初はそんなことを意図して式神として放ったわけじゃないんだけど、もう随分と長い間、このキ素の濃い世界で俺と一緒にいるからなぁ。
キ素力を高めているクロウちゃんに向けて、俺は自分のキ素力を繋げるように放出してみた。
この世界の人が魔法とかに変換するキ素力は、その人がキ素を自分に集めて循環させた時点で、その人固有のものになると考えられている。
それでその固有のキ素力には個体差があり、その個体差が例えば元素魔法でも適合の有無の要因にもなるし、アビー姉ちゃんみたいに魔法を発動しにくい原因になる。
つまり、その人固有のエネルギーになることで、他人とは違う独自のものになっちゃう訳だね。
だけどクロウちゃんは、俺が生みだした式神だ。
だからクロウちゃんのキ素力は俺と同じものではないのか、と思ったんだよ。
そしてそれは、考えた通りだった。
俺が電線のように細くして放ったキ素力は、見事クロウちゃんのキ素力に繋がった。
ということは?
俺はその応用に考えを巡らす。
それにしてもクロウちゃん。キミはどんな式神になろうとしてるんだ?
「カァ」
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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