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第696話 ショコレとショコア

「それではただいまより、秋の新作お菓子開発プロジェクトを開始いたします。よろしいですかな」

「はーい」「カァ」


「ここにいるのが、栄誉ある少数精鋭のプロジェクトメンバーであります。では頑張って始めましょう」

「おぉーっ」「カァ」


「アデーレさんの邪魔になるようなことはしないんですよ。いいですか」

「はいです」「カァ」


「それじゃアデーレさん。すみませんけど、暫くは温かい目で見ていてくださいね」

「大丈夫ですよ、エステルさま。わたしもすっかり慣れておりますから」



 王都屋敷の厨房は、グリフィニアの屋敷ほどではないけどかなりのスペースがある。

 その一角を使わせて貰って、カカオ豆、いやショコレトールの豆を原材料とした新たなお菓子の開発に着手しました。


 この厨房の主はもちろん料理長のアデーレさんで、夕食の支度の際はエディットちゃんが手伝い、ユディちゃんやシモーネちゃんもお手伝いをしている。

 エステルちゃんもときどき加わっているよね。

 ただし普段の朝食と昼食の料理は、アデーレさんがほとんどひとりでこなしちゃうけどね。


 それで、新作の開発に着手する俺とクロウちゃんの助手には、カリちゃんが自ら志願して付いたのだけど、ソフィちゃんが「わたしも秘書として」と手を挙げた。

 どうやら夏休みの宿題は、昨日に頑張って終わらせたらしい。


 彼女に手伝わせるのがいいのか悪いのかは、もういまさらなのだが、だいたいそれを言ったらドラゴン娘が助手だしね。

 アデーレさんは自分の仕事をしながら、俺たちの作業を見守ってくれる。

 あとどうせ、ライナさん辺りが覗きに来るだろうな。



 ではまずは、豆を洗って選別からです。

 手で洗える程度の温度のお湯で洗って、虫食いの穴が空いていたり欠けているようなものは取り除きますよ。

 お米を研ぐような感覚ですか、クロウちゃん。と言ってもこの世界では分からないよな。


 カリちゃんとソフィちゃんのふたりが、それぞれボウルに入れた豆を洗い、俺はお湯を生成して流す役目ですな。

 洗っては流しを繰り返し、やがてお湯の濁りが取れて来る。そうしたら暫く漬けておきますよ。


 さてこのあとの工程は焙煎だ。

 焙煎機などがあれば良いのだが、コーヒーもまだ見たことのないこの世界では、そんな物は無い。


 大きなフライパンで炒めて焙煎するのでも良いけど、俺は何故か金属製の大きめのザルをいくつか所有していたので、これを蓋をするようにふたつ合わせて手製の手動式焙煎機を作成しておきました。

 これを直火に上で動かして、直接に炎に触れないように気をつけながら焙煎を行う訳だ。


 ふたつ作っておきましたから、カリちゃんとソフィちゃんに任せますよ。


「これを空中で振って、中のお豆が燃えないように焦がして行くですね」

「どのぐらいやるのでしょうか」

「カァカァ」


「えー、そんなに時間が掛かるですか」

「クロウちゃんは何て?」

「30分ぐらいは掛かるんじゃないかって」


 はい、頑張ってください。

 クロウちゃんによれば、水分が飛んでパンパンと弾け、この手製焙煎機を振るとカラカラ軽い音がするようになったら焙煎完了だそうです。



 その間に俺は別の作業をしましょう。

 マレナさんが持って来てくれた、小さな樽に入ったショコレトールリカー。つまりカカオリカーがまだたくさん残っているので、これを昨日もやったように残っている粒がまったく無くなるように更に潰して練り込みます。


 これはすべて土魔法の応用で作業をしてしまうので、手作業でやるよりもきめ細かいものになる筈だ。

 マレナさんに昨日聞いてみたのだが、ここまではどうやら王宮の料理人がなんとかやったのだそうだ。

 でも、出来上がりの状態も知らずに説明書きを見ながら手探りで行った訳で、そういう意味では良くここまで辿り着いたものですな。


 樽からボウルに出しては状態を確認しながら完成させ、出来上がったら大きな寸同鍋に移し替えるという作業を繰り返し、ようやく樽の中のショコレトールリカーの仕上げ作業をし終えた。


「ザックさま、ザックさま、見て見て。出来て来たみたいですよ」

「こっちも確認お願いします、ザック部長」


 はいはい、どうでしょう。

 って、カリちゃんは焙煎機を手で支えてはいるけど、それはほとんど空中に浮いていて、振ったり動かしたりもしておらんではないですか。

 でも、中の豆は激しく動いている。貴女キミは重力魔法でやってますね。


 一方でソフィちゃんは、しっかり手に持って振っていた。

「片手剣と同じですよ。良い鍛錬になります」ですと。さいですか。

 この世界では、前々世の感覚と同じように女の子を見ちゃいけないとは、この世界に生まれたときから分かってはいるけどね。


「どうかなクロウちゃん。見た感じも振った感じも、良さげだけど」

「カァカァ」


 俺はソフィちゃんが振っていた手製焙煎機を振らして貰って、その感触を確かめながらクロウちゃんに確認する。どうやら良いようだ。



 焙煎が終わったので、次は皮や胚芽といった余分な部分を取り除く分離作業。

 これは手作業で行っても良いのだけど、凄く時間が掛かって大変そうなので、荒く砕きながら除去する方法をクロウちゃんと検討してあった。


 つまり、魔法ですね。土魔法と風魔法を併用する。

 焙煎作業に使っていた、金属製のザルをふたつ合わせた手製焙煎機の中に入れたままで、土魔法で砕きながら同時に適度な風を当てて皮などを吹き飛ばす作戦だ。

 クロウちゃんによれば、豆を破裂させ荒く砕いた方が皮がむけ易いとのこと。


 屋敷に大きな麻袋があったので、それを皮入れに利用して分離作業を行う。


「まず僕がやってみるから、上手く行ったらカリちゃんとクロウちゃんでもやってみて」

「はーい」「カァ」


 それで俺は3種類の魔法を同時発動させた。

 焙煎されているショコレトール豆の入った手製焙煎機を空中に重力魔法で浮かせて固定し、土魔法で中の豆を荒く粉砕、同時に皮を麻袋の口に向けて吹き飛ばす程度の風を吹かせる。

 砕かれてザルの金網を抜けて下に落ちてしまった豆の中身は、別の麻袋を切り開いてそれで受ける。


 こういう物質的なものを重力魔法で空中に浮かせるのは、俺にも出来るからね。

 難しくてまだ出来ないのは、自分自身の身体を浮遊、飛行させる技術なのですな。


「あ、浮いた。豆がパンパン破裂するように砕かれてます」


 そして風の強さを調整しながら、皮を吹き飛ばす。


「ひょー。みるみる皮が飛んで行って、魔法みたいです」


 いやソフィちゃん、魔法ですから。

 このぐらいでいいかな。あとは、手製焙煎機内に残っている皮や黒焦げになってしまっている豆などを手で選り分ける。


「ほぉー、さすがはザックさま。3種類同時発動ですか。そんな感じにするんですね。でもわたしは、クロウちゃんに手伝って貰おうかな」


 カリちゃんは既に人化魔法を常時発動しているので、4種類の魔法を同時発動ということになる。

 ホワイトドラゴンの彼女ならそれも出来そうだが、ここは念のためにやはりクロウちゃんに風魔法部分はやって貰おうということだ。



「これで分離作業まで終わりました。お疲れさまです」

「ひゅー、まだぜんぜん完成じゃないですよね。お豆さんのままですし」

「手順が多いですよ。次はどうするですか?」

「カァカァカァ」


 いま出来たものはカカオニブというものだ。ここではショコレトールニブと言った方がいいかな。

 クロウちゃんがいま言ったように、このカカオニブを摩砕つまり細かく砕いてすり潰すと、所謂カカオバターという脂肪分が出て来てペースト状になり、カカオリカーになるということだ。


 マレナさんが持って来てくれて、先ほどまで俺が作業していたものは、この工程を経て出来たショコレトールリカーということだね。

 ただし、摩砕が不完全でカカオバターは出ていたけど、まだ荒かったという訳だ。


 それではカリちゃんとソフィちゃんが焙煎してくれて、分離を終えたショコレトールニブも摩砕してしまいましょう。

 すべてのニブを大きなボウルに入れ、土魔法で摩砕を行う。


「ああ、同じ物が出来て来ましたよ。こういう風に作ったんですね」

「いよいよ完成ですかぁ、ザックさま」

「カァカァ」

「え、完成じゃないですか、クロウちゃん」


 完成じゃないのですなあ。確かにこのショコレトールリカーまで作れば、昨日に試飲した初期的なチョコレートドリンクは出来る。

 だけどここからが重要なのですよ。



 俺とクロウちゃんが事前に検討した結果、カカオバターとココアパウダーに分離する作業を別途行うことにした。

 それで、ふたりが焙煎作業をしている間により滑らかに加工しておいた、王宮製のショコレトールリカーからカカオバターを搾油するのだ。


 カカオの成分の50パーセントは油分なのだそうだ。

 カカオリカーまたはそれが固まったカカオマスから油分のカカオバターを取り出すと、残ったものがココアパウダーということになる。

 つまりこのココアパウダーがココアの元ですね。


 そこで俺たちが行う搾油の方法だが、もちろん魔法でやりますよ。

 前々世の世界では、家庭でも使えるオイルプレス機などがあったそうだが、もちろんいまここにそんな便利な器具はありません。

 オリーブオイルはこの世界でも一般的なので、もちろんその製造工場には初期的な搾油機があると思うけど、おそらく大型だろうしそんなのを厨房に持込む訳にもいかないからね。


 それで俺は、朝方に作っておいた簡単な搾油用の台というか大きなバットというか、そんなものを無限インベントリから出しました。

 バットと言っても野球のバットじゃありませんよ。四角くて浅い器のあの調理器具のバットです。

 それを金属製ではなく、土魔法で硬化させた石造りで大型のものを作りました。


 この大きな器の中でカカオリカーに魔法で圧力をかけ、プレスした状態にして搾油します。

 分離されたカカオバターが流れて取り出せるように、溝と出口を切ってありますよ。

 そして使用する魔法は、もちろん重力魔法だね。


「あ、これって油なんですか? オリーブオイルみたいですね」

「うん、ソフィちゃん。このオイルのことをカカオバター、じゃなくてそうだなぁ、ショコレバターと言いましょう」

「カァ」


 もう名称が混同して面倒くさいけど、取りあえずこの世界ではカカオはショコレ、チョコレートはショコレトールとしておきましょう。カァ。安直じゃないよ、クロウちゃん。


「こっちの残り滓は捨てるですか?」

「いやいやカリちゃん。こっちも大切なんだよ。これはショコアパウダーとしましょう」

「ショコアパウダー、ですかぁ」



 さてこれで、ショコレリカー、ショコレバター、ショコアパウダーの3種類の材料が出来ました。出来てるよね? カァ。

 ショコレバターとショコアパウダーは、王宮から小さめの樽で来たショコレリカーをすべて加工したので、かなりの量を作りました。


 ショコアパウダーは重力魔法で圧力をかけたので固形化されていて、これのことはココアケーキ、つまりショコアケーキと呼ぶのが良いのだが、まあ名前が多くて面倒くさいよね。


 そのショコアケーキの一部を再び土魔法で細かく粉砕してパウダーにし、それを別のボウルに取り分けると風魔法で温風、そして冷風を当てた。

 これはテンパリングという工程だそうで、パウダーの中に残っている油分が均質で微細に安定した結晶になるのだとか。見た目は色艶が増して来る。


 そしてテンパリングを終えたパウダーをまた取り分け、スプーンでカップの中に入れて砂糖とミルクを加えて良く練り込み、そこにお湯を入れて撹拌する。


 さあて、手作りココアではなくてショコアが出来ましたぞ。

 カリちゃんとソフィちゃん、それからアデーレさんと料理のお手伝いに来ていたエディットちゃんも飲んでみてください。


「あ、昨日のとぜんぜん違いますよ。というか、凄く美味しいです」

「本当です。それに凄く飲みやすい」

「これはいいですね、ザカリーさま。クドい感じが無くなっていて、不思議なお味ではありますが、口当たりが良くて。これなら普通にいただけますよ」


「これって何ていう飲み物ですか、ザックさま」

「ふふふ。これこそが、ショコアですよ」

「ショコア」

「グリフィンショコアですね、ザック部長」


 まあブランド名を入れれば、ソフィちゃんの言う名称になるよね。



「ねえねえ、わたしたちの分はないのぉー?」


 お、いつの間にか厨房にライナさんが、エステルちゃんとシモーネちゃんと一緒に来ておりました。

 本当にこういう方面の探知能力とタイミングの良さには、端倪すべからざるものがあるよな、ライナさんの場合。

 はいはい、3人の分も作りますよ。



「これ、いいわねー。紅茶とかとはぜんぜん違う味わいだわー」

「ホント、美味しくなりましたぁ」

「美味しいですよ、ザックさま。シモーネは、これ好きになりましたです」


 うんうん、ココアは小さな子が大好きだからね。でも、あまり飲み過ぎちゃだめですよ。


「あ、そうそう、お姉ちゃんから風の便りが届きました。明日あたりにこちらに来るそうです」


 シルフェ様たちが来ますか。そろそろかなと思っていたけどね。

 それからソフィちゃんがカリちゃんに「風の便りって?」と聞いてるけど、その名前の通りに風で送られて来る便りのことです。


「それで、これで完成なのー?」

「飲み物じゃなくて、お菓子を作るって言ってましたよね」


 はい、これはあくまで今回の場合、派生物でありますよ。

 本格的な開発作業はこれからなのであります。カァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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