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第694話 新作お菓子の方向性

今話から第十八章です。

 合同合宿も終わり、夏休みの残り日数はあっと言う間に過ぎて行った。

 秋学期の開始に向けて、俺ものんびりしていられないよね。


 まず、突如届いたエーリッキ爺ちゃんからの手紙だが、こちらに来る日程はまだ決まっていないものの、9月中には訪れたいと書かれてあった。

 手紙が来た日に、屋敷の全員にもこのことを知らせました。


 もちろんいちばん驚いたのはティモさんはじめファータの衆だが、届いた手紙を持って来てくれたアルポさんが手紙を読んだときに一緒にいたので、直ぐにエルノさんとティモさんに話したようで、全員に知らせたときには既に落ち着いていた。


 それで俺が、お待ちしていますとの返信を直ぐに書き、ティモさんがファータの繋ぎの連絡網を通じて発送してくれた。一般の馬車便による郵便よりも届くのが早いらしいね。

 それでいまのところは、この件でそれ以上はすることがない。


 正確にいつこちらに到着するのか。エーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃん以外にも誰か来るのか。そして何日ぐらい滞在するのか。手紙には書かれていなかったので、そういう点がまったく分からなかったからだ。

 ティモさんが言うには、「ミルカ副部長から正確な情報が届く筈です」とのこと。おそらくそうだろう。



 それから俺は、夏休みの残り僅かな日数を利用して、今年の学院祭で提供するお菓子の新作を考えることにした。

 今年も俺のクラスは魔法侍女カフェで決まりだろうし、そうであればソフィちゃんの言うように新しいお菓子メニューが期待されてしまいそうだからだ。


 9月に入って秋学期が始まってからだと、あっと言う間に1ヶ月が過ぎてしまいそうだし、もしかしたらエーリッキ爺ちゃんたちが早めに到着して、それどころではなくなってしまいそうな予感がしたからもある。

 それに、総合戦技大会と今年もやるのかどうか分からないが、模範試合絡みの準備も出て来そうだしね。


「で、何にしましょうかね、クロウちゃん」

「カァ」

「いや、だからキミも一緒に考えようよ」

「カァカァカァ」

「まずは、僕がどんなものにしたいのか、方向性を提示しろと。ふーむ」


 方向性の提示ですか。キミは、前々世での仕事の企画会議みたいな言い方をしますなぁ。

 まあ、記憶を共有しているからね。


 じつは俺は密かに、今年は和菓子を作ってみたいとか思っていたんだよな。それも餡物。

 お饅頭とかお団子とかどら焼きとかさ。おしることか善哉などもいいよなぁ。たい焼きなんかが出来たら楽しいでしょ。

 前世でも既に餡子はあったのだが一般的にはまだ塩餡が多く、俺がいた時代にようやく甘い餡が作られ始めたんだよな。


 俺も当時に食したことがあるけど、でもちゃんとした餡物の和菓子はもう40年以上も食べていない。

 菓子として発達したのは茶の湯の文化から、お茶を飲む習慣が定着してからだそうだが、一般庶民も楽しめるようになったのは俺がいた後の江戸時代のことだ。


 そもそもが、当初大陸から伝わった餡というのは肉が主体のもので、例えば肉饅とかを考えていただければ良い。あの中身も餡で、要するに詰め物のことだ。

 日本での餡が肉から豆類に変わったのは、一説では肉食を憚る仏教的な理由からだとも言われているけど、どうなのでしょう。

 肉を豆で代用するとかは、大豆ハンバーグみたいな感じでしょうかね。



「方向性的には、そんな風に考えたんだけど、どうかなぁ?」

「カァ、カァ」

「え、それは無理って、どうして?」

「カァカァ」

「この世界では小豆がないんじゃないかって? ふうむ」


 考えてみれば、俺が前にいた世界のあの国で甘い餡子が発達し定着したのは、その原料である小豆が東アジア原産とされ、古くから栽培されていたからなんだよね。

 特に日本では、縄文時代の遺跡からも発掘されているそうだ。


 一方で西洋には、第一次世界大戦のあとエンドウ豆やインゲン豆の生産地であった中央ヨーロッパ諸国が戦火で荒廃してしまい、日本から大量に小豆が輸出されたのだとか。

 でも、渋くて苦くて美味しくないと不評だったらしい。まあ、そのまま煮て食べたりしたらそうでしょ。


「ザックさまたち、何してるですか?」

「ここにいたら、暑くないですか?」


 クロウちゃんと屋敷前の庭園内のテラスで話していたら、カリちゃんとソフィちゃんがやって来た。

 昼食後は魔法の軽めの練習をしていた筈だが、どうやらそれを終えてからエステルちゃんに俺の様子を見て来るように言われたらしい。

 ソフィちゃんは合宿から帰った翌日から、もう毎日うちの屋敷に来ておりますよ。



「そうだっ! いまからちょっと商業街に行ってみよう。貴女キミたちも付き合いなさい」

「カァ」


「え? いまから商業街ですかぁ?」

「ザック部長のお買い物なら、秘書としてお供しますけど」

「でも、エステルさまに許可貰わないと、ダメですよ」

「カァ」


 確かに前世の世界では西洋には小豆が無かったけど、こちらではどうなのか分からない。

 そもそも小豆というもの自体がこの世界には無いのか。それともどこかでは栽培されていても、あまり一般的ではないのか、この地方まで流通していないのか。

 その辺を確かめたかったんだよね。この世界でも豆料理は一般に良く食べられるているし。


 それで、クロウちゃんにカリちゃんとソフィちゃんを連れ、フォルくんとユディちゃんをお供にすることでエステルちゃんとジェルさんが許可してくれた。

 近所の商業街なので、護衛とかお供とかいうよりも、たまには双子の兄妹を連れて出掛けなさいということらしい。


 と、商業街に行って、食材が売られている店舗を何軒か廻ってみたものの、やはり小豆は見つかりませんでした。

 大豆のほか、インゲン豆やひよこ豆、レンズ豆なんかはふんだんにあったけどね。

 各店舗で聞いてみても、そんな豆は知らないと言われた。


「ザックさまは、いつからお豆好きになったですか?」

「でも、ここにある豆は、お屋敷にもたくさんありますよ」


 はい。ユディちゃんの言う通りですね。でも俺が探しているのは違うんだよね。


 結局は小豆を探すのを諦めて、そのあとは雑貨や服飾、飾り物なんかのお店を女の子3人に引っ張られるままに見て歩きました。

 ちょっとしたブローチとかを買ってあげようかな。

 カリちゃん、そのドラゴンの置物を勝手にいじるのは止めなさい。


「これって、師匠ですよね。ホントに悪い面構えですよ。あ、こっちのは曾お婆ちゃんです。並んで飾られてますよね。ふふふ」


 ブラックドラゴンとホワイトドラゴンが並んで飾られていた。確かに黒い方はもの凄く凶悪そうでゴツいよな。

 反対にホワイトドラゴンは優美な感じで作られていて、顔も優しそうだ。

 完全に想像が入っていると思うけど、この置物の製作者もそういう認識なんですかね。


 あと、フォルくんは静かだけど、こういうお店巡りは修行ですよ。

 俺も小さい頃から修行をしています。何か欲しい物があったら、フォルくんにも買ってあげるからね。



「3人でお揃いで、この可愛いブローチをザック部長に買っていただきました」

「ザックさまって、お金を持ってたんですね」

「あらあら、良かったわね、みんな。この人もいちおうは、お小遣いを持ってるのよ」


 以前にアン母さんから貰ったお金がまだ残っています。普段は遣うことがないからね。


「フォルくんは、何も買って貰わなかったの?」

「それが、あの、これを買っていただきまして」

「あら、良さげなハンカチじゃない」


「男は何かあったときに、直ぐにハンカチを出せるようにしなければいけない、とかおっしゃって……」

「まあ、うふふ。そうね。良かったわねフォルくん」


 昔から、エステルちゃんが涙を流したりしたときに、母さんにそう言われたものなんだよなぁ。

 エステルちゃんもそれを思い出したのか、口には出さなかったけど優しく微笑んでいた。




「ということで、方向性は振り出しですな」

「カァ」


 その翌日の午後もクロウちゃんと作戦会議だ。

 いまはラウンジだね。

 今日は側では、ソフィちゃんが講義で出された夏休みの宿題をやっている。

 魔法の練習は、そのために午後はお休みにしたみたいだ。


「ソフィちゃんは頑張ってますね。ザックさまは、大丈夫なんですか?」


 エステルちゃんがカリちゃんとシモーネちゃんと一緒に、紅茶を淹れて持って来てくれた。


「あ、僕でありますか? 大丈夫であります」

「そうですか? それで、良いアイデアは出たのかしら」

「良いアイデアって? エステルさま」


 エステルちゃんは、学院祭に出す新しいお菓子を俺とクロウちゃんが考え始めていることを知っている。


「学院祭で、ザックさまのクラスでするカフェに提供する、新しいお菓子ね」

「あ、マカロンやプディングに続く、第三弾ですね」

「シモーネも楽しみですよ、ザックさま。美味しいの、お願いします」


 シモーネちゃんにお願いされてしまいました。

 学院祭で出せば、そのあと屋敷でも食べられるようになるからね。そして評判が良ければ、ソルディーニ商会から販売という流れもある。


 そんな会話に、宿題に頭を悩ませていた筈のソフィちゃんがぴくんと動いた。

 貴女キミはそっちに集中しなさい。



「ザカリーさまよ」という声がして、エルノさんが来ていた。

 彼も足音も立てずに屋敷内に入って来て、気が付いたら側にいる。


「どうしました? また、お手紙?」

「それが、お客様がいらしたのですわい。エステル嬢様」

「ザックさまにお客様ですか?」


「はいな」

「誰? 名乗りは何て言ってた? エルノさん」

「それが、王宮からと馬車が1台。御者のみで護衛はおりませんな。乗られておるのは、マレナさんですがな」

「マレナさんが?」


 王宮からマレナさんが馬車で来たのか。どうしたんだろ。王太子から緊急の用件でも出来たのかな。



 直ぐに馬車が屋敷の玄関前の馬車寄せに廻された。

 日常業務中だったお姉さん方も呼ばれて一緒に出迎える。

 御者さんが馬車のドアを開けると、マレナさんがニコニコしながら降りて来た。


「こんにちは、マレナさん。どうされましたか? セオさんから何かご用件でも?」

「急な訪問で申し訳ございません。こんにちはザカリーさま、エステルさま、みなさま。あら、ソフィーナさまもいらっしゃっていたんですね」


 ソフィちゃんは挨拶しながら、「えへへ」とか恥ずかしそうに笑っている。


「まあ、屋敷の中へどうぞ。ご用件は中で伺いましょう」

「ありがとうございます。そうしたら、あれをお願いしますね」

「はい、マレナ様」


 彼女が御者さんに「あれを」と言うと、御者さんは馬車から何か小振りの樽を運び出して来て従った。

 なんでしょうかね。


 そしてラウンジに落ち着くと、「残りの樽も運びますか?」と御者さんがマレナさんに問う。

 なんでも、この樽のほかにもう少し大きめの樽を3個運んで来たそうで、それを聞いたエステルちゃんがティモさんとフォルくんを呼びにシモーネちゃんを走らせた。



 その3つの樽が屋敷内に運び込まれ、御者さんは馬車で待機するために出て行った。


「あの、この樽は?」

「いえ、それがですね、ザカリーさま。じつはこれって、わたくしどもの国から届いたものでしてね」


 マレナさんが言うわたくしどもの国って、商業国連合のどこかだよね。

 要するに、商業国連合からセオドリック王太子への贈呈品ということなのかな。


「商業国連合から、ですか?」

「はい。でも、わたくしどもの国の産物ではなくて、遠方から来たエルフの商人から買い付けたものなのだそうです」

「エルフの、産物?」


 商業国連合は船貿易や商取引が盛んだから、エルフの商人から物を買い付けるというのは珍しい話ではないのだろうけど。

 でもわざわざセルティア王国の王家に贈られたとすると、何か珍品なのだろうか。


「(もしかして、小豆だったりして)」

「(カァカァ)」

「(あずき、って?)」

「(なんですかぁ、あずきって)」


 まずは見てほしいとマレナさんが言って、それで何故だかカップを人数分とスプーンを貸してほしいと付け加えた。それに温かいお湯も。

 カップですか。飲み物ですかね。


 直ぐにシモーネちゃんが厨房に行き、エディットちゃんも加わって人数分のカップとスプーン、そしてポットに入ったお湯を持って来てくれた。

 それで、マレナさんは樽の蓋を開けると、スプーンでその中の液体を少しずつカップに注いで行く。なにやら茶色っぽい液体ですぞ。


 その液体というか、ドロッとしたペースト状のものにポットからお湯を注いでかき混ぜ、「はいどうぞ」と配ってくれた。


「飲み物? ですかな?」

「赤茶色の飲み物って、初めて見ます」

「変わった香りがするわよー」


 お姉さんたちがそう言って、でもまだ口を付けない。

 エステルちゃんとカリちゃんはクンクン匂いを嗅いでいる。

 そのまま同席したエディットちゃんも加わって、マレナさんからどうぞと言われた皆は、果たして飲めるものなのかどうか怖々とカップの中を見ているままだ。


「(これって、もしかしてあれだよな、クロウちゃん)」

「(カァカァ)」


 俺は記憶の中に存在するある物を思い出しながら、カップに口を付けてゴクンと飲んだ。


「あっ、ザックさまが飲んだ」

「大丈夫か、ザカリーさま」

「さすが、勇気があるわよねー」

「それで、お味は? 美味しいんですか?」


「んー、むむむむ。……不味い」


 苦くて酸味もあって何となく油っぽい気もする。そしてとにかく、美味しくない。

 でもこれって、きっとホットチョコレートかココアだよね。クロウちゃんも飲んだ? カァ。うん、キミも美味しくないって思ったよね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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