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第688話 試合稽古の組み合わせを決める

 2日目の午後は、ふたつの部が行く方向を入替えて、俺たちは南方向へと森の中に入った。

 こちらも昨年に訪れた、ナイア湖から小川の流れる美しい景色のところだ。


 澄んだ水がキラキラと流れ、昨年よりも一層、水が美しく輝いている気がする。

 おそらくこれもニュムペ様たちのお陰でしょうな。

 昨年は結局、ハイキングのようになってしまったのだが、今年もやはりそんな感じになりました。


 と思ったら、ブルクくんとルアちゃんがドミニクさんに剣術の指導を受けていた。

 一方でソフィちゃんが、午後はフォルくんと交替してこちらに同行したユディちゃんと共にオネルさんと剣を交わしている。


「ブルクとルアちゃんはあんな感じだろうけど、ソフィちゃんは何だか強くなってる気がするよな」

「結局、夏休み中はずっとグリフィニアにいたって、ホント?」


「うん、そうだよ。剣術と魔法の稽古三昧でしたなぁ。ね、エステルちゃん」

「そうでしたねぇ。見ての通り、それでずいぶんと強くなりましたね」

「あれから、そうだったんすね」


「そういえば、カシュたちはエールデシュタットでどうだったんだ?」

「あ、ブルク先輩の家でご馳走になったり、エールデシュタットを案内していただいたり、2泊して帰ったすよ。帰りは、先輩ちの馬車で送って貰って、ええ、ブルク先輩も一緒でした。僕は領都で降りたっすけど、先輩たちはそのあとケルボの町まで行って。向うに着けばもう夕方だったろうから、ブルク先輩は1泊とかして帰ったんじゃないすかね」


 そうですかそうですか、なるほどなるほど。

 ブルクくんはちゃんと、ルアちゃんをケルボの町まで送って行ったということですな。

 向うで1泊とかして、それは良い夏休み旅行でしたなぁ。


「ザック部長は、なにニタニタ嬉しそうなんですか?」

「部長は放っておいていいのよ、ヘルミちゃん」


「いやー、青春のひとコマよねー。わたしも夏休みとか、経験したかったわー」

「ライナさんは、夏休みとか無かったんですか?」

「そうなのよねー、ヘルミちゃん。わたしって、12歳から冒険者だったからねー」

「へぇー、12歳でもう冒険者さんだったんですかぁ。凄いですね」


 さて、せっかく合宿に来ているのだから練習をしましょうかね。


「ということで、グリフィニアではあまり構ってあげられなかったから、カシュの相手をして進ぜよう」

「え、いまからっすか?」

「当たり前ですよ。木剣を持ちなさい」


「そしたら、こっちもやるわよー」

「そうですね。さあさ、みんな立って立って」


 ライナさんとエステルちゃんにティモさんが、それぞれに部員たちを見てくれるようだ。

 あ、カリちゃんは自由にしてていいからね。




 あっと言う間に合宿の2日目も終了した。


 夕飯も終えて、今日はエイディさんの部に同行していたジェルさんに様子を聞いてみた。


「森の中での練習を丹念に行っておりましたぞ。わたしとブルーノさんは、特に口も出さずに見ておりましたが、あの4年生たちの真面目な姿勢が良く影響して、なかなか充実した練習と感じました」


 アビー姉ちゃんが部長だった時代は、彼女もこと課外部の練習に関しては真面目に厳しく行って来たようだから、その薫陶を受けたエイディさんはじめ特に4年生たちには、しっかりと引き継がれているようだ。

 姉ちゃんと2年間を過ごしたロルくんも、おそらくは良くアシストしているのだろうね。


「エイディさんたちの実力って、ジェルさんはどう見てる?」

「そうですな。彼らも卒業したら、それぞれ地元の騎士団に所属するのでしょうか。まあ、おそらく問題無く務められるでしょう。単純に比較は出来ませんが、特にエイディさんはうちの騎士団の若手に混ざっても、直ぐにそれほど遜色の無いぐらいの実力を得ると見ますな」


 ジェルさんの評価だから、まあそうなのだろうね。



 騎士爵家の息子であるエイディさんたちは卒業すれば、やはりそれぞれの主家の騎士団に入団する道を選ぶ筈だ。

 えーと、出身はどこだったっけ。


 彼らと直接にそういう話はあまりしたことが無いのだが、エイディさんはそうそう、ブライアント男爵お爺ちゃんのとこの隣のデルクセン子爵領だった。

 その当主のフェルディナント・デルクセン子爵ご本人が、ついこの間にうちにいらしたよな。

 自然博物学ゼミで一緒のスヴェンくんが、エイディさんと同郷だと言っていたし。


 デルクセン子爵家はうちと同じく北辺の領主貴族家で、アラストル大森林に接した領地を持っているのだが、冒険者の活動もどうやら鈍いようで、あまり活用されていないみたいだよね。

 領内の治安ももうひとつと聞いている。

 あそこの子爵領出身の冒険者がグリフィニアまで来て、ギルドに所属する例がわりと多いってライナさんが言っていた。


 昨年にファータの里に行った際に裏街道で通ったけど、大森林沿いにはこれといった町もなく、騎士団や警備兵などの拠点も無かった。

 盗賊団が待ち伏せしていたのも、デルクセン子爵領とエイデン伯爵領の領境だったよな。


 文官家の息子であるスヴェンくんにも、ほとんど出身地の話は聞いたことがないけど、領内では高等教育があまり期待出来ないので、多くの子たちがセルティア王立学院を目指すと言っていた。

 スヴェンくんもエイディさんもそうだったのだろうね。


 しかしこれは他の貴族領、特に男爵領や子爵領あたりの下位中位の領主貴族が統治するところでは、似たり寄ったりのようだ。

 なのでセルティア王立学院には、そういった貴族領から来た騎士爵家の子息子女がわりと多くいる。



 グリフィン子爵領では、騎士団見習いという名の言わば少数精鋭の騎士団学校があり、そこを卒業すると直ぐに騎士団に入ってしまうので、逆に王立学院を目指す子は少ないんだよね。

 ジェルさんもオネルさんもそこの出身だ。


 あと確か、ハンスさんはヴァイラント子爵領の騎士爵家で、ジョジーさんはアールベック子爵領の騎士爵家だった気がする。

 どちらも王都圏より南にある貴族領だが、ともに並んで北方山脈に接する場所、つまり国境にあるので、どちらも剣術とかが盛んなのかも知れない。


 ヴァイラント子爵家と言えば、そこの次女が総合剣術部の現部長のエルヴィーラさんだ。

 と言うことは、ハンスさんは主家のお嬢様で同学年のエルヴィーラさんが在籍する総合剣術部に入部したのだけど、1年弱の間にうちのアビー姉ちゃんに引っ張られて強化剣術研究部の創部に参加したということか。

 いろいろ大丈夫だったのですかね。


 ちなみに僕らと同学年で、強化剣術研究部唯一の3年生であるロルくんは、王都圏に接して西にあるヘルクヴィスト子爵領の騎士爵家の出身だ。

 ヘルクヴィスト子爵家と言えば、俺が1年生のときの学院生会副会長だったエルランドさんが子爵家の次男だよね。


 彼には、総合武術部を創るときとかにお世話になったよな。

 あのときの会長のフェリさんが、間もなく王太子との婚約が発表される訳だけど、エルランドさんは吃驚するかな。

 俺のほかでは、フェリさんがじつはああいう風に壊れるのを知っている、数少ない人物だったからね。



「ザカリーさま、ザカリーさま」

「うん? はい」

「明日の試合稽古ですが、組み合わせはどうされますか? わたしとオネルと、それからザカリーさまも、あの4年生たちと対戦するとおっしゃっていましたが」


「ああ、そうだね。じつはもう考えているんだ。えーと、オネルさんもいいかな」

「はい。もう決めてあるんですか?」


 野営テントに囲まれて、キャンプファイアー風に大きな焚き火が焚かれている。

 このナイア湖畔では、特に寝ずの見張り番の必要はもうそれほど無いのだが、うちの騎士団の慣いとしてレイヴンメンバーが交替で見張りに付く。

 フォルくんとユディちゃんは、こういうかたちでは初めての夜の見張り番だね。


 まだこの時間は皆が起きていて、エステルちゃんやカリちゃんとレイヴンメンバーは、焚き火の側で思い思いに過ごしてした。ドミニクさんもいるね。

 学院生の部員たちも、何人かずつで話していたりして夏の野営の夜を楽しんでいる。


「まあ、いつものように下級生から始めて行こうと思ってるんだけど、まずはヘルミちゃんとそれからルイちゃんね」


「あら、ザカリーさまが珍しく、ちゃんと名前を把握してるわよー、エステルさま」

「憶えようと思えば、憶えられるんですよ。ただ、関心があるかどうかなの」

「カァカァ」


 煩いですよ。でもライナさんとか、ちゃんとこっちの話を聞いてたんだね。


「それから、向うの2年生のヴィヴィアちゃんとイェンくんだけど、こっちはヴィオちゃんとライを当てようかな」

「こちらは3年生でいいんですか?」


「うん、剣術の腕前的にね。それにこれまでは、ハンスさんとジョジーさんに相手をして貰って、申し訳なかったから」

「なるほど」


「そうすると、ソフィちゃんとカシュくんは?」

「そうだよなぁ。向うの3年生はロルくんだけだし」


 俺はそう呟いて、ちらっと離れて向うにいるカロちゃんを見る。

 この2年間、ロルくんはカロちゃんと対戦して来たんだよね。まああのふたりの心情的にも、いろいろとあるでしょうが。

 でもそろそろ、変化をつけてもいい頃合いですよね。


「カシュはロルくんにお願いするかな。そして、ソフィちゃんはジョジーさん、カロちゃんはハンスさん、ルアちゃんはエイディさんにお願いする」

「おお、大胆に来ましたな。それで、ブルクくんは?」

「ドミニクさんと試合って貰う」



「手前のこと、何かおっしゃりましたかの」


 爺様も耳を澄ませて、俺の言う内容を聞いていたんでしょ。ぜんぶ聞こえてたよね。


「ドミニクさんには、明日の試合稽古でブルクさんを指導して貰おうかと思ってね」

「おお、彼ですか。ザカリーさまを除けば、剣術の腕前は総合武術部で一番ですな。よしよし、これは楽しみですぞ」


 今回ブルクは、この爺様に任せましょう。

 ルアちゃんは春学期の対抗戦のときにエイディさんと出来なかったから、明日は彼にお願いしよう。


「それでそのあと、昨日話したように、向うの4年生と僕たちとで試合稽古をする。ジェルさんとオネルさんは、誰と対戦する?」

「われらが決める前に、ザカリーさまはどなたと?」

「そうですよ。そこが肝心です」


「うーん、そうだなぁ。エイディさんと、と言いたいところだけど、あの人とは対抗戦で皆の前で試合をしたから、明日は副部長のハンスさんにお願いしようかな。エイディさんはジェルさんに任せていい? オネルさんはジョジーさんとで決まっちゃうけど」


「そうですか。ふむ、それでよろしいでしょう。オネルもいいな?」

「はい。そうしましょう」


 こうして、明日の試合稽古の対戦組み合わせは決まった。

 尤も、エイディさんには了解を貰わないとだけどね。



 そこで、彼を呼ぶと皆と離れて、ふたりで湖の波打ち際まで行って腰を下ろした。なんとなく、ふたりだけで話したかったんだよね。


「明日の試合稽古は、こういう組み合わせを考えたんですけど、どうですか?」

「おお、昨年とは少し変えて来たのでありますな。良いでしょう。それでお願いします。それが終わったのち、ザカリーさんはハンスとで、ジョジーはオネルさん、そして私はジェルさんですか。ふむふむ」


「何かご意見はありますか?」

「いえいえ、何も無いでありますよ。私は先の対抗戦で、たくさんの観衆の前でザカリーさんと闘わせていただいた。あの瞬間が、学院生活で最高の想い出。今回はハンスに譲ることにしましょう。それに、ジェルさんがいかほどにお強いのか、とても興味があります」


 エイディさんはそう言って口を閉ざした。

 無言で月明かりに照らされる湖上を見つめ、何かを考えているようでもあった。


「エイディさんは、卒業したらやっぱり、自領の騎士団に入るんだよね」

「私ですか。そうでありますなぁ」


 はい、そうであります、と明快に返答をするのかと思ったら、何となく言葉を濁した感じだ。


「ザカリーさんは、うちの子爵領のことを多少はご存知でありますよな」

「それほど詳しく知っている訳ではないけど」

「北辺のゆうたるザカリーさんには、お恥ずかしい話ではあるのでありますが、うちの子爵家騎士団は、グリフィン子爵家騎士団と比べますると。いや、比べるのが情けないほど……」


 ああ、そういうことか。それで返事を躊躇したのだね。

 騎士爵家の息子だとしても、比べるのが情けないと言うほどに騎士団としての状態が悪いか、質が低いかなのかなぁ。


「まあ、騎士爵家の息子として生を受け、こうして学院に行かせて貰っていますから、やはり騎士団には入ることになるのでしょう。しかし、いまはそのことは考えず、残り少なくなった学院生活で精進するばかりでありますよ。まずは、明日でありますな」


 デルクセン子爵家やその騎士団、そしてエイディさん自身のことは、どんな事情や内情があるのかは俺には分からない。

 ティモさんやブルーノさん、ミルカさんなら、もっといろいろ知っているのだろうけど。

 ミルカさんが先日、学院生でも俺に関係のある人のことは、いちおう調査していると言っていたしな。


 でもいまは俺も、そのことを何の根拠も無く想像するのは止めておこう。

 エイディさんの言うように、まずは明日でありますな。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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