第67話 父さんたちが貴族会議を終えて帰って来た
9月に入り数日ほど経過した頃、王都に行っていたヴィンス父さんとアン母さんが領都に帰って来た。
帰りの道中も何事もなかったようだ。
馬車が到着したということで、屋敷の全員で出迎える。
「ただいま。帰ったぞ」
「ただいまー。楽しい旅だったわー」
父さんは少しお疲れのようだが、母さんは元気溌剌だ。
行きはヴァニー姉さんが一緒だったけど、帰りの馬車は夫婦ふたりだけなんだよね。
たぶん、ずっと母さんが話していたんだろうな。
父さん、ご苦労さま。
夕方の到着だったので、ふたりがシャワーを浴びてから家族で食堂に集合だ。
母さんが侍女のリーザさんと、王都から持ち帰ってきた荷物を開けている。
なんで食堂で? と思ったら、どうやらアビー姉ちゃんと俺へのお土産のようだ。
「アビーにはこれよ。お洋服とアクセサリー。あなたもいつも革鎧とかばかり着てないで、可愛いいお洋服を着ないとダメよ」
「はーい」
アビー姉ちゃんは放っておくと、ほんとに剣術練習用装備の革鎧のまま、いち日を過ごしたりするんだよね。
たしかにすぐに騎士団に遊びに行っちゃうから、着替えるのが面倒くさいのだろうけどさ。
「それからザックには、ご本を買ってきたわ。こっちが最近出た魔法の本で、それからこっちは伝説と歴史の本ね。子ども向けじゃないけど、いいわよね」
「ありがとう、母さん」
おー、もっと勉強せよということですか。はい、わかりました。
それから、夕食を食べながら王都の土産話をふたりから聞く。
「ヴァニーは本当にきれいだったぞ。お前たちにも見せたかった。なぁ母さん」
「えぇ、ドレスも良く似合ってたし、それにダンスも上手だったわ。王立学院でも練習してるって聞いてたけど、とても上達してたわね」
「そうだな、ヴァニーは同じ年頃の誰よりも美人でダンスが上手くて、それで次から次へとパートナーの申込みが続いて、ヴァニーは今回がデビュタントなのにあいつらめ……」
はい父さん、どうどうどう。
ヴァニー姉さんのこととなると限りなく過保護になる父親だけど、デビュタントの舞踏会では、それは大変だったでしょう。
「アビーもそろそろ、剣術ばかりじゃなくて、ちゃんとダンスのお稽古しないとダメよー」
「えー、まだいいよー」
「あなたのデビュタントも、あと2年なのよ」
「んー、それはそうなんだけどさ」
アビー姉ちゃんは、夏至祭や冬至祭で領民のみなさんとフォークダンスをそれなりに上手に踊るんだけど、舞踏会向きのボールルームダンスは、ほんとダメなんだよね。
「それで、貴族会議とかはどうだったの?」
どんな議題の会議なのかも教えられていなかった俺は、そう聞いてみた。
「貴族会議か、そうだな。男爵以上の領主貴族23家が、今回は欠席もなくすべて出席した。その分、大変だったがな。会議の内容は、食事中に話すのもなんだ。明日の午後にウォルターたちに話をするから、もし興味があるならザックも来なさい」
「そうよ、帰宅したばかりの夕ご飯なんだから、そんな話をしながらじゃご飯がまずくなっちゃうわ。それにしても、今日の料理はトビーくんよね。なかなか美味しいわ」
「うん、わかった。それじゃ明日僕も聞かせて貰うよ」
料理長のレジナルドさんも一緒に王都から帰ったばかりだから、今晩の料理もトビーくん製だ。
良かったねトビーくん。母さんが美味しいって言ってるよ。
翌日の午後、領主執務室に今回王都に行ったヴィンス父さんとアン母さん、騎士団長のクレイグさん、筆頭内政官のオスニエルさんに加えて、家令のウォルターさんと副騎士団長のネイサンさんが集まった。
せっかくの父さんからの許可だから、俺も混ぜて貰う。
エステルちゃんがふつうに俺に従っているが、誰も特に何も言わないよ。
クロウちゃんもいるけどね。ふたりと1羽でセットと思われてるのかな。
「それでは、今回の貴族会議での話を整理しようか」
貴族会議に実際に出席したのは、領主貴族であるヴィンス父さんだけだが、王都に行ったメンバーはある程度共有済みなのだろう。
「まず、今回はどういう議題だったかということだが、端的に言うとリガニア地方のリガニア都市同盟から、セルティア王国に支援要請が来たことへの対応だ。この背景はウォルターの方が詳しいかな」
「はい、詳細は省きますが、現在リガニア都市同盟は、同じリガニア地方のポドツ公国と紛争状態にあります。ポドツ公国は今年に入り、リガニア都市同盟の各都市が公国に所属するよう要求し、これを拒否した都市同盟と一触即発の状態になりました。局地的に、小規模の戦闘も行われたとの報告もあります」
リガニア地方は、セルティア王国の東側を西南西から北北東方向に連なる北方大山脈を越え、更に東にある地方だ。
この地方を統合して治める王国はなく、いくつかの力のある都市が存在し、主に商業上の繋がりからリガニア都市同盟という同盟関係を結んでいる。
ただ、リガニア地方の最も北側一帯は、ポドツ公が治めるポドツ公国を名乗っており、事あるごとにリガニア都市同盟との争いが絶えない。
セルティア王国は、リガニア地方との間に北方大山脈が横たわっているので、この地方と直接的に争うことは少ない。
しかし、大山脈を越える峠道が何本かあり、商業取引も頻繁に行われているので、その起点となるセルティア王国側の貴族領にとっては、無視できる地方とは言えないのだ。
また北方大山脈は、北北東方向からセルティア王国の北部、より具体的にはアラストル大森林の最奥エリアを麓として、その辺りを越えると東方向へと続いて行く。
リガニア地方北部のポドツ公国から北方大山脈の峠道を北に越えて行くと、そこにあるのは北方帝国ノールランドだ。
ポドツ公は独立した貴族とされているが、北方帝国ノールランドからその地位が保証され関係も深い、というのが現在の一般的な認識ということのようだ。
「そうだな。現時点では、公には武力紛争にはなっていない。あくまでポドツ公国の、そしてその背後にいる北方帝国ノールランドの武力を背景に、公国の傘下に入れと要求し、そこから外交上の紛争状態にあるわけだ」
父さんがウォルターさんの話を受けて続けた。
「それで今回、リガニア都市同盟から軍事的後ろ盾になってほしいと、セルティア王国に支援要請があったわけですか」
「簡単にまとめるとそういうことだな、ネイサン」
「それで、王家の意向や貴族会議の結論はどうなったのですか?」
「まぁ、ひとことで言えば、結論は出なかった」
「様子見ですか」
「そうだな。すぐに後ろ盾となり、その証しとしてリガニア都市同盟の各都市に少数でも駐留軍を派遣すべきだ、という積極論も出たがな」
「現状セルティア王国としては、ポドツ公国と、そしてその背後の北方帝国と、直接的衝突するのは避けたいと」
「北方大山脈を越えての遠征には負担が大きい。そして北方帝国と事を構えることになった場合、再び北辺境伯領に侵攻を受ける可能性が高い」
「確かに、その二正面での衝突はなかなか厳しいですな」
父さんとネイサン副騎士団長のやりとりから、今回の貴族会議の議論がだいぶ理解できた。
おそらく、仮にリガニア都市同盟がポドツ公国傘下、ひいては北方帝国ノールランドの影響下に入ってしまったとしても、セルティア王国が紛争に直接関与し、それで国力が消耗するのは望ましくない、というような意見も出たのだろう。
当面は紛争の推移を見て行くことになるだろうが、キナ臭くなってきたのは事実だね。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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