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第4話 異世界稽古始め

 それでは剣の稽古を始めましょう。


 といってもまずは3歳児の身体づくりからだけどね。それでも3年前倒しの、たったひとりでの稽古初めだ。


 前世では数えで7歳、満6歳の6月6日に、当時御所にいた大勢の人たちに見守られ、俺の小姓の万吉くんやほかの子供たちと何人かの近侍に混ざって、弓馬師範で兵法も教える小笠原のおっちゃんの掛け声のもと、無心に木太刀を振った。普段はあまり顔を合わすことのない父上も珍しく見学に来ていたな。


 たくさんの人たちが注視していた前世の稽古初め。しかし今回は、誰にも見られることはない。

 でもそれでいいんだ。前世では自分の人生がどうなって行くかは、あらすじ程度には分かっていたけれど、今世はこれから自分がどうなるのか、まったく分からない。

 ただ、転生するときのダメ女神サクヤの説明では、この世界の神様? の誰かからの何かの協力要請で俺は転生したらしいし、それはともかくとしてもこれからの異世界人生に備えなくてはならない。

 たとえそれが、また29年で終わってしまうとしてもね。


 剣を振るうための構えや所作、歩法などは魂に刻み込まれている。

 しかし今のこの3歳児の身体は何も覚えていないので、魂から意識を通じて肉体に移植するように、ゆっくりと呼吸しながら構えと歩法の動作を繰返す。

 同じことの繰返し。何度も何度も繰返す。

 そして少し納得がいったところで木剣を取り出し、足の踏み出しに上段からの素振りを交えて身体を動作させる。これも何度も繰返す。


 どのぐらい時間が経過しただろうか。発動していた空間検知が反応する。

 ゼロ歳児のときは自分の部屋ぐらいだったけど、最近になって探査・空間検知・空間把握の範囲はだいぶ広がった。目一杯働かせると、この屋敷の建物と周囲の庭ぐらいの範囲なら可能だ。いまは自分がいる裏庭の範囲にしている。

 誰かが近づいて来たようなので、木剣を慌てて無限インベントリに収納すると、建物の陰からひょっこりと男性が姿を現した。


「あれま、ザカリー坊ちゃんじゃないですか。こんなところで何されてるんです?」

 屋敷内の庭の管理をしている庭師のダレルさんだ。

「あ、ダレルさん。こんにちは」

「はい、こんにちは。ごぎげんください、ってザカリー坊ちゃん、汗びっしょりじゃないですか」

「あー、えと裏庭にとても珍しいモルフォ蝶が飛んでて。捕まえようとして追いかけたら、逃げて。それで走りまわって」

「モルフォ蝶って何ですか? それはともかく、そんなに汗をかいたままだと風邪をひきますぞ。とりあえずこれで汗を拭いて、待っててください」

 と俺に手拭を渡して慌てて走って行った。

 ダレルさんは熊のようにとても身体が大きくて、見た目はすごく怖いのだけど、庭園の樹木や花々を大切に育てている優しいおじさんだ。この屋敷の子供たちにもとても優しい。


 渡された手拭でありがたく顔の汗を拭っていると、ダレルさんが侍女のシンディーちゃんを連れて戻って来た。

「まー、ザカリーさま、こんなところで何してるんですか。もう夕方だっていうのにー」

 シンディーちゃんはおかんむりだ。

 俺のおしめが取れたあと、アン母さんが次の子供を身籠った様子もなかったので、住み込みで俺の世話をしてくれていた乳母のベラさんは自分の家に戻った。

 2年間隔で子供が産まれる法則は、とりあえず破れたというわけね。


 それからはこのシンディーちゃんが、引き続き俺のお世話係だ。

 彼女も今年で16歳。女子高生年齢だが、俺が前いた16世紀の地球でもこの異世界でも、そろそろ結婚してもいい年齢。ちなみにアン母さんは16歳でヴィンス父さんと結婚して、翌年にはヴァニー姉さんを産んでいる。

 シンディーちゃんには、ぜんぜんそういった気配はないみたい。彼氏もいなさそうだ。

 そろそろ相手でも見つかれば、少しは色気も出るんだろうけどなー。まだまだ、子供っぽいんだよね。ダレルさんも独身らしいけど……ちょっと違うか。


「ザカリーさまは、なにか変なこと考えてませんか」

「な、なにも考えてないよ。シンディーちゃんの結婚予想図とか、とか」

「もー、なんですかそれは。それよりシャワーで汗を流してお着替えしないと。もうすぐお夕飯ですからねっ」

 ますますおかんむりだ。助けを求めようとダレルさんの方を見ると、もうわれ関せずと大きな身体を折り曲げて庭の花の手入れを始めていた。

「ザカリーさま、どこ見てるんですか」

 うん、おとなしくしていよう。俺はシンディーちゃんに手を握られ、屋敷に引きずられて行くのだった。


 シャワーを浴びて下着と服を着替えさせられると、もう夕飯の時間だ。

 この世界は1日が27時間もあって、1時間は地球と同じ60分だから1日はとても長い。四季はちゃんとあって、いまは夏が始まる時期。

 日中は14時間ほどもあり、夕飯は日没どきの20時前。朝は基本的に日の出の5時半くらいには起きるから、ちゃんと1日三食は食べるんだよね。

 しかし、地球時間を長年過ごして来た俺の魂にはいまだに慣れないな。


 それはともかく、わが家の夕ご飯だ。

 わが家では、当主家族が全員食堂に集まってテーブルを囲む。と言っても、ヴィンス父さんとアン母さん、ヴァニー姉さんにアビー姉ちゃんと俺の5人。

 それから料理のサーブとお世話掛りに、家令で執事のウォルターさん、家政婦長のコーデリアさん、日替わり当番の侍女さんが控えているんだけど、今日の当番はシンディーちゃんらしい。

 他の貴族家のことは知らないけど、おそらく貴族にしては少人数でアットホームな感じだと思う。


 執事つまりバトラーは、そもそもはワインなどのお酒や高価な食器類なんかを管理する人で、当主の食事の給仕をするのが本来の仕事なのだそうだ。

 だから、この家の家令だけど執事も兼務しているウォルターさんは食事時も忙しい。1日が27時間もあるこの世界で、いったい何時間働いているんだろう。


 しばらくはいつものように、アン母さんを中心に軽く会話を交えながら食事をしていたのだけど、ひととおり食べ終えた頃にヴィンス父さんがウォルターさんに声をかけた。

「ウォルター、今日はザックが何かしていたみたいだね」

 あ、なんとなくニヤニヤして言ってるから、これは既に報告を受けていてからの、わざと話題にしているな。


「はい旦那様。それについてはシンディーから報告があると思います。そうだね、シンディー」

「へっ、私から? あのあの、ザカリーさまが裏庭ですごく珍しい、えと、モリモリ蝶とか何とかのチョウチョを見つけて、捕まえようと走り回って汗だくになってらっしゃって……」

 なんだよモリモリ蝶って、ご飯大盛りとかじゃねーし。そう言えば俺が咄嗟にモルフォ蝶とかダレルさんに言ったのを聞いたんだな。まずかったか。

 この世界にモルフォ蝶がいるかどうか分からないし、だいたい実物すら見たこともない。


「それでザックは、そのモリモリ蝶? とかを捕まえたのかい?」

「いやー、なんだか羽根がキレイで大きくてチカラがありそうだったから、僕がなんとなくモリモリ蝶って名前をつけたんです。でも追いかけても追いかけても逃げて、僕も走り回って。結局、捕まえられなかったけど」

「あらあら、モリモリ蝶はザックが見つけて命名したのねー。母さんも見たかったわー」

「んー、ホントの名前は知らなかったから……」


 アビー姉ちゃんは「大きくてチカラがありそうだからモリモリ蝶だってー。チョウチョにモリモリの筋肉はないわよねー」とか、小声で隣に座るヴァニー姉さんに話しながら、自分で吹き出していた。

 モリモリ蝶の本当の命名者は、そこで恥ずかしそうにしてるシンディーちゃんだけどね。

 あとアビーはいつかお尻をペシペシしよう。

お読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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