第686話 今年も夏の合同合宿が始まります
2年前にはアビー姉ちゃんを含めて学院生は7名だけだったが、それが今朝は11名となり、こちらにも新たにカリちゃんにフォルくんとユディちゃん、そしてドミニクさんも加わって、ずいぶんと大勢の一行となった俺たちは、2時間の馬車の旅でナイア湖畔へと向かう。
1時間余り経過して途中の十字路の小村を過ぎ、いつもの小休止地点で馬車をいちど降りたのだが、まあ賑やかだったでしたな。
先ほどうちの屋敷に来て、エステルちゃんに挨拶していたときは酷く緊張していたルイちゃんも、そのエステルちゃんと馬車に同乗してどうやら大丈夫だったようだ。
「小休止ですからね。身体を伸ばしてくださいよ。馬車の近くから勝手に離れないように。おトイレはまだ我慢しておいてくださいね。向うに着いたら造りますからね」
「ザックさまって、引率の先生ですか」
「ああいう世話焼きが、何故か好きなのねー」
「でもお屋敷だと、もっぱら焼かれてますよね」
「だからこういうとき、妙に張り切るのよー」
そこの魔法姉妹弟子は煩いですよ。
学院生、特に7名の女の子たちはわちゃわちゃ姦しい。
尤もまだ夏休み中で、親御さんやら自家の関係者やらがいないので、開放的な気持ちになるのは分かるよね。
まあ、合宿が始まるまではいいでしょう。
そこからまた1時間ほど馬車に揺られて、ナイア湖畔に無事に到着した。
今回は俺たちの方が先に着いたが、程なくしてエイディさんたちが乗る馬車も来た。
例年通りチャーターした馬車で、4日後にはまた迎えにやって来る。
「やあ、ザカリーさん、少し遅れてしまったであります」
「いや、僕らもさっき着いたばかりだからさ」
「今回もよろしくお願いするであります。それに、うちの部員も乗せて来ていただいて、恐縮であります。それにしても、馬車が3台になりましたか。お手間を掛けました」
「うん、いつの間にか人数が増えたよね。でも、1台はソフィちゃんの家から借りたんですよ。それでその替わりと言ってはなんだけど、今回は彼女の屋敷の執事さんが参加します。おーい、ドミニクさーん」
馬車を降りて直ぐに俺のところに来たエイディさんに、ドミニクさんを紹介する。
「グスマン伯爵家の執事殿でありますか」
「このドミニクさんはね、じつはソフィちゃんの剣術の先生なんだよ」
「ほう。でありますか」
「ご挨拶するのは初めてですの。ドミニクと申す。エイディさんでしたな。いや、対抗戦の試合はぜんぶ見せてもろうた。なかなかでしたのう」
「これは、お恥ずかしい」
まだ15歳だけど、年々まるで老成するかのように古武士然とした雰囲気が濃くなって来たエイディさんに、老剣士であるドミニクさんとの組み合わせは、なかなか興味深い。
言葉を交わしながら、互いにその実力を測っていると見えるのは、あながち勘違いでもないでしょう。
「はいはーい、集合してくださいよー」
「はーい」「おう」
「それでは、全員が揃いましたので。ただいまより本年の合同夏合宿のスタートとします。ここからはピクニック気分は捨てて、真剣な心持ちで練習に打ち込んでくださいよ。いいですかぁ」
「はい」「おう」
「それではまず、あらためて自己紹介ね。あ、名前だけでいいですからね。まずは部員たちからでお願いします。それでは、最初はエイディさん。エイディ部長はひと言、みんなに何かお願いします」
「うむ。ありがとうございます、ザカリーさん。強化剣術研究部部長、4年生のエイドリアン・デッカーであります。この合同夏合宿も今回で3回目。ザカリーさんの姉上であり、我が部を創部したアビゲイル様の発案で、この合宿は始まりました。あれからこうして部員も増え、3回目を迎えられることは本当に喜ばしい。しかし、だからこそ、あらためて気持ちを引き締め、この4日間を有意義な練習の機会として、各自それぞれに成果を出していただければと願うのであります。ひと言のつもりが長くなってしまいましたが、最後に。この合宿を第1回目から支えていただいている、エステル様はじめグリフィン子爵家の方々には、言葉では言い表せないほどの感謝であります。今回もよろしくお願いいたします」
部員たちからは拍手。そして、エステルちゃんと並んでいるうちのレイヴンメンバーに、全員が揃って「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「(ザックさまは、頭を下げなくていいんですよ)」
「(カァ)」
「(はいです)」
念話を聞いていたカリちゃんは吹き出さないように。
全員の自己紹介も終え、野営テントや調理場の設営を行う。
昨年に俺が少々手を加え過ぎて、部員たちには好評だったがうちの者たちには何かと言われたトイレは、ライナさんとカリちゃんと俺の3人のグリフィン建設(仮)でちゃっちゃと造りましたよ。でも、いちおうは簡易な水洗式です。
そして女子部員が昼食の準備をしている間に、今年もブルーノさん主催で男子部員によるナイア湖釣り大会もしました。
男子は1年生がいないので、全員が昨年に経験済みだ。それはそれで、ちょっと寂しいけどね。
そして昼食を終え、いよいよ練習を開始する。
まずはこの合宿での練習予定のブリーフィングを行う。
これについては、先日にうちの教官たちとあらましを相談した内容を、こちらのヴィオ副部長とあちらのエイディ部長、ハンス副部長とで、先ほど事前打合せを行い確認済みだ。
「ということで、本日これからは、ここで剣術の訓練。明日2日目は、それぞれの部に分かれて、午前、午後と森の中に入ります。そして3日目は再びここで、対抗戦形式の試合稽古を行います」
「おお」「はい」
「はいお静かに。それで加えてなんだけど、今年が最後の夏合宿となる強化剣術研究部の4年生のお三方」
「われらですか? そうでありますが」
先ほどの打合せでは出さなかったことを俺が言い出したので、エイディさんが思わず口を開いた。
ハンスさんとジョジーさんも、なんだろうという表情だ。
「せっかくの機会ですから、このお三方とは、対抗戦終了後に、教官のジェルさん、オネルさん、そして僕との試合稽古を行って貰おうかと考えています」
「お、おおぅ」
「いかがですか?」
「これは、望外の喜び。是非にお願いするのであります。なあ、ハンス、ジョジー」
「是非ともお願いするであります」
これまでうちの部員たちを相手にして貰って、特にハンスさんとジョジーさんにはヴィオちゃんとライくんという、あまり剣術の得意じゃない者たちの相手となって貰ったことから、そのお礼にと考えたことだ。
まだちょっと早いけど、4年生を送り出すという意味合いも込めて。
「そこで手を挙げているドミニクさん。何でしょうか?」
試合稽古の話をしたあと、うちのレイヴンメンバーと一緒にブリーフィングを見守っていたドミニクさんが、何故だか手を挙げていた。
「手前も発言してよろしいかの?」
「いいですけど」
「そのですな。こうして特別に参加しておる身としては、我侭は言えんのですが、その、手前も試合稽古などを」
「爺やったら、なに言い出すの」
「すみませぬ、ソフィお嬢さま。ですが、手前もその、見学だけというのも、身体がむずむずしよりまして」
「もう、爺やったら」
「あはは、ドミニクさん。わかりますよ、そのお気持ち」
「おお、ザカリー様はわかっていただけるか」
「そうですねぇ。それでは1試合、部員の誰かを指導していただきましょうかね」
「ザック部長もぉ」
「試合稽古は明後日ですから、それまでに考えておきましょう。いいですか?」
「はい。よろしくお願いいたしまする」
そんな一幕もあったが、ブリーフィングは早々に終え、直ぐに素振りから剣術の練習へと移行した。
あ、その前にストレッチね。1年生女子のルイちゃんもちゃんと出来てますね。
エイディさんとこでも取り入れてるからな。
準備運動のザカリー式ストレッチを終え、ジェルさんの鋭い号令による素振り、そして打ち込み稽古へと進んで行く。
学院の課外部での練習と基本は同じなのだが、ジェルさんの号令や彼女とオネルさんが巡回しての指導が加わると、厳しさが何倍にも増すよね。
「よおし、そこまで。本日は、これでひとまず終了とする。お疲れさまでしたな」
ジェルさんの声が響き渡り、まだ時刻は早いが初日なので終了となった。
打ち込み稽古では、ドミニクさんにお願いしてうちのフォルくんとユディちゃんの相手をして貰ったのだけど、やはりなかなか巧者の爺さんだよね。
グリフィニアでも騎士たちに稽古を付けている様子は見ていたが、あらためてこうして見ると、無用な力がほど良く抜けている身体の捌き方は勉強になる。
「ドミニクさん、ありがとうございます。フォルくんとユディちゃんはどうだった?」
「はい。気がつくと上手に捌かれてしまっていました」
「なんとか打ち込もうと思っても、お爺ちゃんがするっと動くものだから」
「ほっほっほ。手前は爺ちゃんだからの。当てられんように、力を抜いて動くのだわな」
「こういう巧者もいるんだよ。剣の動きというのは、力を込めていればそれでいいというものでもないのさ」
「緩んだように見える相手だとしても、また攻めにくい場合もあるということよの」
「そうしましたら、ザカリーさまとエステルさま。お願いしてもよろしいですか?」
「うん、そろそろいいかな、エステルちゃん」
「いいですよぉ。真剣でしたよね。わたしは二刀でいいですかぁ」
「おっけーであります」
「魔法は?」
「補助的なものだけね。攻撃魔法はなし」
「りょーかい」
ジェルさんに声を掛けられて、俺はエステルちゃんとふたりで、先ほどまで皆が打ち込みを行っていた空間に出て行く。
初日の部員たちの練習後は、何となく恒例でサプライズの模範試合の時間になっていて、昨年はアビー姉ちゃんがオネルさん、そしてジェルさんとふたりを相手に連続して試合をしたんだよね。
そして今年は2年振りに、俺とエステルちゃんの真剣による模範試合だ。
「ただいまより、ザカリーさまとエステルさまに模範試合をしていただく。皆にはじっくりと観戦してほしい」
「おお、見せていただけるのでありますか」
「ザックくんとエステルさまの模範試合。なんだか緊張するわ」
「二年振りだな」
「二年前にも、ここで?」
「それも、真剣で、でした」
「そうだな。そして今回も真剣で見せてくださる。よろしいですかな? ザカリーさま、エステルさま」
「いいよー」「はーい」
俺は手にした鞘から、すらりと両手剣を抜いた。
もちろん、魔導剣でも前世の刀でもなくて、普通の騎士団備品の鋼の剣ですよ。
直ぐにフォルくんが傍らに近づいて、俺から鞘を受取って下がって行った。
少し離れた向うでは、エステルちゃんが両手にこちらは彼女が普段使いしている細身のショートソードを握っている。
彼女の剣の鞘は、ユディちゃんが受取ってもう下がっている。
「敢えてはじめに皆に話しておくが、ザカリーさまとエステルさまなら、ひとつ剣を入れれば即死か致命傷を負わせることの出来る腕をお持ちだ。そしてあの方たちは、訓練であってもそのように闘われる。剣術とは、生死の境で剣を交えて闘うものだということ。それをまずは皆の自分の眼で確かめ、心に刻んで欲しい。それではお願いします」
ジェルさんがこの模範試合について、事前の解説を入れ、そして俺たちに声を掛けた。
と同時に、エステルちゃんがかなり高く跳び上がる。
体術にキ素力ブースのパワータンブリング。もちろん、修得練習中のルアちゃんあたりに見せる意味合いもあるのだろう。
俺も合わせて跳び上がっても良かったのだが、そうはせずに地上を高速移動して彼女の着地の後ろを取ろうとする。
しかしそのとき、まだ空中にいたエステルちゃんは、身体の向きを変えると跳躍の動きも空中で変化させ、逆に俺の背後を狙って突っ込んで来た。
なになに、空中で軌道を変えてブースト? おお、風魔法の応用ですか。
振り向き様、斬り込んで来た彼女のショートソードにキーンと両手剣を合わせ、続くもう片方の二撃を見切りながら、即座に距離を取る。
「むふふ、先にやられてしまいましたな。それも風魔法との合わせ技で」
「ふふっ、わかっちゃいましたね。重力魔法でなくても、このぐらいは出来るんですよ」
やっぱりエステルちゃんて、武芸百般の天才だよな。
つい一昨日に、キ素力でブーストさせた跳躍に重力魔法を加えるという話をしたばかりなのに、彼女は重力魔法ではなく風魔法を加えて、空中での向きと軌道の変化と高速化を一気に行ってしまっていたのだ。
「ならば」と俺は、その場からキ素力でブーストして跳躍し、更に重力魔法を加えて高度を上げる。
「逃がしませんよ」と、エステルちゃんが追いかけて来た。
そこからは、いつも以上に空中戦の多い高速立体機動戦闘の応酬が続いた。
空中で剣を合わせるのはそれほどでもないが、お互いに魔法で空中移動速度を速くすると、剣の見切りが難しい。エステルちゃんの場合、異常に振りの速い二刀流だから余計にだ。
これは空中での剣技も、同時にもっと訓練しないといけませんなぁ。
「ありがとうございました。それでは、本日の合同練習も終了、解散とする。お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
ジェルさんの言葉で、今日の合同剣術練習は終了となった。
「どうだったかな?」
「むむむ。緊迫感を通り越して、正直に言えば、もう参考にもなにもならなくなりました」
「普通の人間が出来ないこと、見せられてもねー」
「部員のみなさんは、ただぽかんと口を開けてましたよ」
「ザカリーさま、エステルさま。ひと言申し上げておくならば」
「なんでしょう、ジェルさん」
「先ほど以上は、もう封印ということで。これ以上見せると、現実感もなく、却って悪い影響を与えかねません。それにそもそも、一般の人に見せられもしません。そこのところを良く考えて、充分に反省を願います」
「はいです」
「ごめんなさい、ジェルさん」
ふたりでジェルさんに叱られました。ついふたりとも調子に乗り過ぎまして。よおく反省します。カァ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




