第682話 お茶会のもうひとりの出席者
翌日の午後、王太子からの招きにより王宮へと行った。
6月に訪れて以来、今年で2回目だ。王太子には申し訳ないが、あまり来たくない場所であるのに変わりはない。
騎馬のジェルさんが先導する馬車の御者台にはフォルくんとユディちゃんの兄妹が座り、問題なく王宮内の敷地へと入った。
そして、王宮内務部の建物前にある馬車の待機スペースで停車する。
「ふぁー、ここが王宮の中ですかぁ」
今日のエステルちゃんは、華やかな余所行きの貴族服だ。
昨日は何を着て行くか女性たちでわいわいやっていたが、夏らしい涼しげな衣装で良く似合っている。
本人は目立ちたくないと装身具などはあまり身につけず、華美になり過ぎないようにしたらしいが、彼女のテーマカラーであるブルーが配色された衣装を纏った姿が美しい。
髪色が日増しに青空の色になっているので、多少人間離れして来ている気もするのだが、それは言わないようにしましょう。
だが、彼女が形式だけだけどユディちゃんに支えられて馬車から降りると、この待機スペースにいた幾人かの人たちの目が集まった。
「前回は僕も入らなかったから、あの豪華な待機小屋を見学してみない? まだ少しぐらい時間があるよね、ジェルさん」
「そうですな。覗くぐらいでしたら。わたくしどもも見ておきましょう」
「待機小屋って、どう見ても小屋じゃないですよ、ザックさま。待機のお屋敷ですぅ」
待機のお屋敷って。平屋だけど、でも確かにそんな感じだよな。
馬車を所定の駐車位置に移動させ、馬も繋ぐと、皆でそのエステルちゃん言うところの待機屋敷に入ってみた。
うん、中は広いです。
そうですなぁ。前々世の世界で言えば、ホテルのロビーといったところでしょうか。
ここは主に、王宮を訪れた貴族や有力者のお付きや護衛の者が、主を待って待機する場所だ。
広い空間の各所に、カフェの座席のように椅子とテーブルがゆったりと配置されている。
そしてホテルのコンシェルジェカウンターのようなものもあり、おそらくは王宮内務部の職員らしき人が控えていた。
あそこでいろいろと便宜などを図ってくれるのかな。座席で紅茶などを飲んでいる人たちもいるので、そういうサービスもあるのだろうか。
この国の王家としては、国内の貴族や有力者の関係者にも気を遣っているというところでしょうかね。
とう言うか、封建国家なので貴族たちの支持や安定が優先される、この王国のそういった意識が反映されている場所という感じかな。
俺が前世にいたあの戦国時代では、あり得ないよね。
「あそこでお茶が頼めるのかなぁ。ちょっとお茶でも」
「そんな時間はありませんぞ、ザカリーさま」
「はいです」
このロビーラウンジの空間を囲んで半個室の部屋もたくさんあり、ちょっとした打合せなどにも使用出来るようだ。
でも俺たちは早々に見学を切り上げ、王宮の宮殿内へと急ぐことにした。
指定の時間に迎えが来るそうだからね。
ここで待機するティモさんとフォルくん、ユディちゃんと別れ、宮殿内へと入る。
入口から広い廊下を少し進むと、そこは外来者が入れる大ホール。
そこは、先ほどの待機屋敷のロビーが比較にならないほどの大空間だ。
「やっぱり、さっきのところは小屋だったんですねぇ」
「そうなんだよねぇ」
権力者はとかく大きな建築物を造りたがる。それはどの時代のどの国でも、そしてどの世界でも同様だ。
権力を持つ者は、その権威と力をこういった建築物で表現したがる。
空間は無闇に広く、そして天井は矢鱈に高い。
かなり高い位置にあるたくさんの窓から夏の陽光が内部に注がれ、空間内を照らすと同時に陰影を作り出す。
建物自体は石造りだが、そこかしこに色とりどりに刺繍の施された布や着色された木材、そしておそらくは鍍金だろうが金銀に輝く金属などで装飾が施され、優美さと華麗さを演出している。
音が響くので、自然にホール内で会話する人の声は周囲を憚って小さくなり、そして王家側が何かを発するときにはその声が大きく響き渡るのだろう。
象徴的な意味合いと演出的な意味合いとが、この大空間を成立させている。
尤も、俺とエステルちゃんは念話で会話が出来るので、周囲に憚る気遣いは必要ないけどね。
「なんだか凄いとこですねぇ、コソコソコソ」
「ホント無駄に広くてデカいわよねー、コソコソコソ」
「この中で戦闘訓練とか出来ちゃいますよね。コソコソコソ」
「なんだか、われらは見られてないか。コソコソコソ」
「えー、そうですかぁ? コソコソコソ」
「エステルさまが美しいからよー。コソコソコソ」
「ぜんぜんそんなことないですよぉ。コソコソコソ」
いや、エステルちゃんはそうなんだけど、うちの騎士団の平時制服姿のお姉さんたちも、普段から目立ちますからね。本人たちはあまり自覚が無いみたいだけど。
あと、ここで戦闘訓練は出来ないですからね、オネルさん。物騒な発言は控えましょう。
そんなコソコソ話をしていると、音も無くひとりの女性が近づいて来た。あ、マレナさんだね。
石造りの床でコツコツと響く筈なのに、そんな足音を立てず気配を消して近づいて来るのは止してください。
でも一般人ならともかく、うちの全員は疾うに気が付いている。
「ようこそいらっしゃいました、ザカリーさま、みなさま」
「ええ、マレナさん。お招きに預り、参上しました」
「エステルさまは、こちらは初めてでいらっしゃいますよね。どうですか? 王宮は」
「なんだか、大層な場所ですよね」
「うふふ、無駄にご大層です。でも、こんなところだと思ってください。それにしても、エステルさまは神々しい。ご大層な場所で、ここだけ本当に輝いているみたいで、直ぐにみなさまを見付けることが出来ました」
王国外から来ているマレナさんの言葉は少し棘があるが、まあ正直なところなのだろう。後半部分は、お世辞ではないと思いますよ。
「それではご案内します」とマレナさんに導かれ、前回も通った幅の広い廊下を進んで行く。
「(中庭なんかがあって、良く手入れがされてるんですね。でもお手入れやお掃除が大変そう)」
「(まあこうして、各所に中庭を取り入れて趣向を凝らしたりして、楽しんだり外の人を感心させたりするんだろうね)」
「(王太子さまも、ほとんど王宮の外に出られないって言ってましたもんね)」
ひと気のない静かな廊下を歩いて行く。
こういうときには、念話で会話が出来るのがありがたいよな。観光気分で行けるからね。
「(ここ、ここ、エステルちゃん)」
「(ここ?)」
「(ほら、第2王子と魔導士に襲われたとこだよ)」
「(あー、ここなんですね)」
エステルちゃんはそう念話で応えて、足を緩めた。
ジェルさんたちも、声は出さないが目で合図をしている。やはり念のために警戒をしているようだ。
「本日のご来訪は、王宮騎士団にも徹底させていますので、ご心配は無用ですよ。尤も心配するべきは、無体を働くような者たちでしょうが」
マレナさんが、俺たちのそんな様子を察してそう言葉に出した。
前回も王太子と会った広めの中庭に出る。
その中庭の中央、花壇に囲まれて屋根付きのテラスがあり、どうやら今回もあそこで会うようだ。
お茶会と手紙にあったので、まあああいったテラスで行うのが定番だよね。
そちらを見やると、王太子ともうひとりのお付きのヒセラさんだけでなく、そのほかに3人ほどの女性の姿がある。
やっぱり俺たち以外にも招待客がいるのかと、その女性たちを注視する。あれ?
「(あの、王太子さまの隣にいらっしゃる方って、あの方じゃないですか? 2年前にわたしも王宮の正門前でお会いした)」
ああ、そうですなぁ。あれはまさしく、フェリさん。いや、フェリシア・フォレスト公爵令嬢ではないですか。
その後ろに立っているのは、おそらく彼女のお付きの侍女さんだよな。
あのとき、あとから馬車で徒歩の彼女を追いかけて来た怖そうな中年の侍女さんは、今日はいないみたいだ。
「おお、ザック君、エステルさん。ジェルさんたちも良く来られた。待っていたぞ」
「お招きに預り、エステルともども参上いたしました。先般は、わざわざグリフィニアにご来臨いただき、誠にありがとうございました。あらためてお礼を申し上げます」
俺とエステルちゃんが並び、うしろのお姉さんたちと共に深々と頭を下げる。
こういう場なので、跪礼まではしないけどね。
「おいおい、なんだか堅苦しい挨拶だな。あ、そうか」
おれの挨拶を聞いて、そこで王太子はあらためて自分の隣にフェリさんがいることに思い至ったようだ。
「ザック君には紹介する必要はないよな。エステルさんとも会ったことがあると聞いているが。あらためて、フェリシア・フォレスト嬢だ」
なんだかフェリさん、もの凄く緊張しているみたいで顔が強張っておりますぞ。
「ザ、ザックク君、じゃなかったザカリー・グリフィンど、どの。エステルさん……。お久し振りで、ごじゃいます」
あ、噛んだ。それに俺は、ザザックク君ではないですからね。
「フェリシア様、お久し振りですね。学院のご卒業以来ですか。本日は思いも寄らずお会い出来まして。お元気でしたか?」
「あらためまして、エステルでございます。本日はよろしくお願いいたします」
エステルちゃんは、以前に漏らしていた面倒くさそうで変な方という感想はおくびにも表情に出さず、澄ました顔で簡単に挨拶をしていた。
「なんだか、変な雰囲気なんだが、まあいいか。みんな、座ってくれたまえ」
ジェルさんたちの紹介も終え、今日は分け隔てなくお茶を楽しもうと王太子が言って、フェリさんの侍女さんも含めて全員を座らせた。テーブルはそれぞれに分けたけどね。
それで王太子のテーブルには、フェリさんと俺とエステルちゃんが席に着く。
先ほど、うちから持って来たお土産のお菓子をオネルさんが渡していたので、それも含めてヒセラさんとマレナさんが紅茶とお菓子を運んでサーブしてくれた。
「これは、グリフィンマカロンですのね。王都でも人気だと聞いておりますが、わたしはあまり食べたことがなくて。だから、とても楽しみ」
「はい。でもこれは街で売られているものではなくて、うちの自家製なのですよ。そういう意味では、本当の元祖なんです」
「あら、それは更に楽しみね」
フェリさんは、普通の状態に戻っていた。それでエステルちゃんと、普通に会話をしている。
さっきはどうやら1年半振りに俺の顔を見て、学院生時代にでも逆戻りしそうになってしまったようだが。
そこは王太子が側にいるし、もう学院生ではないからね。
「いやあ、グリフィニアでは楽しかったなぁ。あらためてザック君とエステルさんにはお礼を述べたい。本当にありがとう」
「王太子さまから、大森林のオオカミと闘った話をお聞かせいただいたのですよ。まあ恐ろしいと申し上げたら、恐ろしかったのはザカリーどのと配下の方々だって。わたしは、学院のときから存じておりましたけどね」
「ジェルさんたちはもちろんだが、このエステルさんだって凄かったのだぞ。あちらのライナさんと、それからティモさんという男性とザック君と4人で、深い木々の中に入って行って、いつの間にかオオカミどもを片付け終えていた」
「まあ」
楽しそうに話すセオさんと、それに仲睦まじそうに応えるフェリさん。
だいたいは想像がついているが、今日この場に彼女が同席している理由なんぞを、そろそろお聞かせいただいてもよろしいですかな。
「まあまあ、そう何か言いたそうな顔をして俺を見るなって、ザック君。フェリのことだろ? いいかな、フェリ」
「はい。ザカリーどのは、セオさまの大切なお友だちとお聞きしましたので」
「うん。ゴホン。このたび、こちらのフェリシア・フォレスト嬢と俺の婚約が、内々に決定した。正式発表はまだだが、もう間もなく公になる予定だ。どうだザック君、これで俺も君たちに追いついたぞ」
そう言うと、セオさんとフェリさんが揃って軽く頭を下げた。
隣のテーブルのうちのお姉さん方からも、おおという声が漏れる。
しかしセオさん。雰囲気で察してはいたものの、俺も追いついたとか、それってどういう意味ですかね。
やっぱりヴィック義兄さんとヴァニー姉さんが結婚したことに、かなり思うところがあったのでしょうか。あと、俺とエステルちゃん?
「おめでとうございます、セオさん、フェリシアさん」
「おめでとうございます、王太子さま、フェリシアさま」
俺とエステルちゃんがおめでとうを言うと、「あ、いやあ」と思いのほか酷く照れるセオさん。
「ザカリーどの、エステルさん。もうわたしもお友だちですので、フェリと呼んでくださいな。ザカリーどののことは、学院生時代のように、ザックさんと呼ばさせていただいてもいいかしら」
「ええ、そうですね、フェリさん」
フェリさんの方が落ち着いたもので、そんな風に返して来た。
それにしても王太子の前では、壊れて変な調子になったりしてないですかね。
俺もにこやかに笑顔で返しながら、エステルちゃんとさり気なく目配せを交わし合うのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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