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第681話 王太子からの招待と、デザートの件

 まだまだ夏の陽射しは強い。

 いや王都の方が強い感じだ。やはりここは、グリフィニアより250から260キロメートルほど南に位置するからだろうか。


 前々世でいえば、確か東京から北に250キロだと福島県の郡山ぐらいだったんじゃないかな。

 気温差はどのぐらいあったんだろうね、クロウちゃん。カァカァ。2、3度ぐらいじゃないのって? そんなものですかねぇ。


 でも前々世のあの地域の場合は真夏だと、最高気温はそれほど変わらないのかなぁ。

 カァ、カァカァ。だいたい、標高とか天候とか、内陸か海岸沿いかとか海流の水温とか、いろんな要件で違うから、一概には比較出来ないのか。そうだよね。


「ほら、あなたたち、そんなところでダラっとしてると、日陰でも陽に焼けますよ」

「いや、敢えて少しばかり陽焼けなんぞを」

「カァカァ」

「クロウちゃんは焼けないでしょ。ザックさまも、どうしてわざと陽焼けしたいんですか?」


 王都屋敷に戻った翌日の午後。俺とクロウちゃんは、王都屋敷の表庭園の中にあるテラスにいる。

 この世界ではまだ、一般的には海水浴とか敢えて肌を陽に焼くとかの習慣が無いからね。


「肌を焼いて少し色黒になると、なんだか精悍な感じがするかなって」

「カァカァ」

「ザックさまは装備とか礼装とかが真っ黒なんだから、普段のままが見栄えがいいんです。あと、クロウちゃんは元から黒いでしょ」


 クロウちゃんは濡羽色ぬればいろね。でも、普通のカラスよりもかなり艶があり、陽光に照らされると黒光りする。月夜なんかもそうだよな。

 やっぱり、式神だからですかね。カァ。



「はい、果汁入り甘露のチカラ水ですよ。こんなに暑いところにずっといると、喉がカラカラになりますからね」


 エステルちゃんがシモーネちゃんを従えて、冷たいドリンクを持って来てくれた。

 なんだかんだ言っても、俺の様子をちゃんと伺って世話をしてくれる。

 冷やされた果汁入り甘露のチカラ水が、飲むと全身に染みていきますよ。


「それにしてもザックさまは、こっちのお屋敷にいる方がなんだかだらしないですよ」

「そうかなぁ。まあ、グリフィニアの屋敷だと人目が多いしさ」

「あちらの方が、人間の目の数が多いってことですか? ザックさま。えと、おひとりふたつずつで、変わりはないと思います」


 第3の目とかは無いですからね。あ、エステルちゃんとあとライナさんにはあるのかも。カァ。


「あは、シモーネちゃん。人間ひとりに目はふたつだけで、変わらないですよ。人数が多いからその分、目の数も多いのはそうなんだけど、つまりたくさんの人に見られてるってことだね」

「そしたら、こっちのお屋敷でも、いつもみんなでザックさまのこと見てたら、ザックさまはダラダラとかしないってことですか?」


「ええそうね、シモーネちゃん。でもこのひと、王都屋敷だと甘えちゃって、見られていても変わらないと思うわよ」

「こちらのお屋敷だと、ザックさまは甘えん坊さんなんですね」


 すみません、シモーネちゃん。はい、そうかもです。



「こちらにござったか」


 正門の方からエルノさんがやって来た。

 ファータの爺さんふたりも正式にレイヴンメンバーとなったが、王都屋敷での日常業務は変わらず門衛だ。

 ただし、やたら戦闘的で怖くて、姿を隠した調査活動も出来る門番さんだね。


「どうしました? エルノさん」

「はいな嬢様。いましがた書状が届きよりまして。ザカリー様宛で、王家の紋章が付いておりますぞ」


 王家の紋章か。あまり嬉しくないですな。


「夏休みも終わりが近いよって、面倒ごとでなければええですがの。ふふふ」


 そう言葉を残してエルノさんは正門の方に戻って行った。

 ええですがの、とか言いながら不敵な笑みを浮かべるところなんかは、面倒ごとがあると逆に楽しそうなんだよな。


 その書状を渡されたエステルちゃんは、封筒に描かれた紋章を見て「あ、これは王太子さまのですね」と言って俺に手渡してくれた。

 王家の紋章とは微妙に違う王太子用の紋章らしい。

 そういう識別とかは貴族が持つべき知識らしいが、彼女はうちの母さんにずいぶんと仕込まれているからね。


「何かありましたかね。書状ですから、ご用でしょうか」

「ふうむ」


 それで俺が封書の中身をあらためると、それは王宮へ招待したいという王太子からの手紙だった。



「先日のグリフィニア滞在でお世話になったお礼として、お茶会に招待したいんだって」

「まあ」

「えーと、招待されたのは、僕とエステルちゃん」

「わたしもですか?」


 そういえばグリフィニアを離れるとき、次はエステルちゃんも一緒に来てくれ的なことを言ってたよな。


「ごく私的なお茶会なので、肩肘を張らずに気楽な気持ちで来て欲しい、とさ」

「ですけど、王宮ですよね。それで、そのお茶会って、いつなんですか?」


「あっ、明日の午後ですと。急で申し訳ないが、ザック君も課外部の合宿や秋学期の準備などもあるだろうから、早めの日にちを設定させていただいた。頼むから、断るとかは無しにしてくれ、だって」

「はあ」


 今日は11日で、夏の合同合宿は18日から3日間で21日の帰りを予定している。

 10日には王都に戻っていると、王太子には確か話した気がするから、それを狙ってこの手紙を寄越したのだろうけど。


 それにしても明日ですか。単に先日のお礼ということだと、別にそれほど急ぐ必要も無いと思うのだけど、何か俺に話でもあるのかな。

 お礼のためのお茶会というのは、名目上の理由という匂いがするよなぁ。



「わたしたちのほかに、どなたか出席されるんですかね」

「うーん、そこのところは何も書いていないけど。ご招待が僕らだけだったら、向うはセオさんと、あとはヒセラさんとマレナさんだけだと思うんだけどなぁ」


 ともかくも、断らないでくれとわざわざ書いて来たので、これは行くしかないですな。

 王宮内での護衛とお付きは前回と同じようにお姉さん方3人にするとして、そこら辺も含めて返事を書いて直ぐに届けないとだ。


 それにしても急過ぎるよね。

 セオさんはいい人だけど、こういうところはやっぱり王家なんだなと思う。

 まあ王太子からの招待というか呼び出しならば、普通は是非も無いのだろうけど。


 俺は屋敷の中に戻って返書をしたためた。

 ついでに、ヴィオちゃん宛に俺が王都に戻ったことと、合宿の件で各部員たちへの確認をお願いする手紙も書いた。


 早めに言っておかないとまた怒られますからね。

 特に、1年生部員のヘルミちゃんは初めての合宿だから、ちゃんと確認しておいて貰わないとだ。


 それから、ティモさんとフォルくんと呼んで来て貰って、この2通の手紙を託した。

 ヴィオちゃんのセリュジエ伯爵家王都屋敷までならフォルくんだけでもう良いのだが、王宮となるとやはりティモさんにお願いして、フォルくんも同行させるのが良いだろう。

 なんだかこれからも、こういうことがありそうな気がするし。


「明日ですか。それは急ですね。ジェルさんには、わたしの方から伝えましょうか?」

「うんティモさん、お願い」

「護衛とお付きは?」


「王太子のところまでは、前と同じようにジェルさんたち3人で、王宮の門内までは今回はティモさんと、それからフォルくんとユディちゃんを連れて行くかな」

「ええ、それがいいですね」

「え、僕とユディもですか?」


 まあこれも経験だからね。

 王宮内務部の前にある、あの豪華な待機所を見て来るのもいいと思うよ。



 ティモさんとフォルくんが衣服を整え2通の手紙を持って出掛けて行ったあと、暫くしてお姉さん方とブルーノさんがユディちゃんを伴って、ラウンジにやって来た。

 エステルちゃんは、エディットちゃんとカリちゃん、シモーネちゃんと、「明日は何を着て行けばいいかなぁ」など何やらワイワイやっている。


「これはまた、急なお呼出しですなぁ」

「そうなんだよね、ジェルさん。ということなので、明日はお願いします」


「それはいいけどぉー、何か厄介ごとなんじゃないのー?」

「先日のお礼というのは、きっと名目上ですよね。ザカリーさまに頼みごとがあるとか、ですかねぇ」

「うーん、名目上というのは僕もそんな気がするんだけど、本当の目的はわかんないなー」


 ともかくも、明日の王太子訪問の段取り確認を行う。


「ということで、今回はそれでいいかな? ブルーノさん」

「ええ、自分は留守番をしておりやすよ。フォルとユディは、王宮の宮殿内に入らないとしても、警戒を怠らずしっかりと様子を見てくること、でやすな」

「はいっ」


 ユディちゃんが元気よく返事をした。


「そうしやしたら、馬車の扱いはフォルとユディに任せやしょう。それでいいでやすか? ジェルさん」

「ブルーノさんの指示なら、それでいいですぞ。王宮の敷地内まで入るが、大丈夫だな? ユディ」

「はい、大丈夫です」


 ブルーノさんは馬車の御者仕事を、徐々にフォルくんとユディちゃんに任せようとしているということだろう。

 これまでティモさんと交替でとはいえ、王国一の斥候職であるブルーノさんに俺が乗る馬車の御者をほとんどお願いして来たのも、本当に申し訳なかったよね。


 とは言え彼の意向で、これまで交替はティモさんにしか譲らなかったから、フォルくんとユディちゃんはお墨付きを貰ったということかも知れない。



 まあ明日は王太子のお茶会に行くというだけなので、打合せは簡単に終えた。

 まだなにやら、ワイワイやっているエステルちゃんたちはそのままにして解散しようとしたら、ブルーノさんが「別件でやすが」と口を開いた。


「うん、なんですか?」

「ナイアの森でやすが、確認に行こうと思っていやして。まずは明後日に自分とティモさんで。あと、クロウちゃんにもお願いしたいのでやすけど、カリちゃんの方は?」


 地下拠点に変わったことがないか、状態の確認に行くということだね。

 ついでに森の様子も確認して来るつもりみたいだけど、これは夏合宿があるからだ。


「うん、お願いします。クロウちゃんもいいよね?」

「カァカァ」

「それでえーと、カリちゃーん」

「はいです。なんですかぁ?」


「明後日、ブルーノさんとティモさんとクロウちゃんでナイアの森に行くんだけど、カリちゃんはどうする?」

「あ、ニュムペさまのとこですね。そしたら、わたしも行って、ご挨拶して来ます」

「うん、そうして。お願いします」

「はーい」


 ブルーノさんとティモさんは馬で行って、カリちゃんとクロウちゃんは飛んで行くから、先に水の精霊屋敷まで行って、そのあと合流という感じですかね。

 お菓子とか食べ物とかをカリちゃんに持たせないとだよな。



「そしたらー、わたしも別件なんだけどー」

「なんだ、ライナ」


 ブルーノさんの別件の話が終わると、今度はライナさんが同じく別件と言って口を開いた。なんでしょうかね?


「昨日、こっちに戻って来て、夕食が終わったあと、ザカリーさまが何故か厨房のアデーレさんのところに行ったわよね」

「はい、そうでありますが」


「昨日は到着したばかりの日だったからー、わたしは敢えて厨房に踏み込むことはしなかったんだけどぉ。でも、何か怪しい予感がして、近くまで行ったのよねー」

「はあ、そうでありますか」


「そしたらー、わー、とか、きゃー、とか、アデーレさんには珍しい大きな声が聞こえたのよねー。アデーレさんがああいう声を出すということは、きっとザカリーさまがわたしたちに内緒で、何かをグリフィニアから持って来て見せるかあげるかしたと、わたしは睨んでいるのよねー。つまりそれは、わたしたちも関心を示すものだけど、敢えてわたしたちには黙っているってもの」


 やっぱり、ライナさんには第3の目があるのでしょうか。

 こちらに戻って初日にして、もう見抜かれたということでしょうか。


「そうなのか。われらに隠しているものというのは、それは何ですかな、ザカリーさま」

「ライナ姉さんの探索と直感なら、それは間違いないですよね」

「ザックさま。わたしたちに内緒ごとって、ダメですよ」


 ユディちゃんも加わって、酷く叱られそうな予感ですぞ。


「だから言ったでしょ。直ぐにバレるって」

「ライナ姉さんの目は特別だって、言いましたよね」

「これが、人目ってことですか? ザックさま。内緒ごとはダメですよ」


 はい、ごめんなさい。シモーネちゃんにも言われちゃいました。



「白状しますです。じつは……」


 ヴァニー姉さんの結婚式でトビーくんが作成した、あのプディングとソルベートとフルーツのアラモードのデザートを、そのあと何食分か作って貰って持ち帰った件ですな。


 トビーくんが精魂込めて工夫したデザートだから、アデーレさんにも食べさせたくてなんだけど、シルフェさまのところでお泊まりしたときに、女子会に5食分出しちゃったんだよね。

 それでじつは残りが2食分しか無くて、ひとつはアデーレさんに昨晩に食べて貰って、もうひとつも見本として彼女に提供したという訳です。


「ふーん。そういうことなのね。アデーレさんのためにというのは、良くわかります。シルフェさまのところで、エステルさまとソフィちゃんとカリちゃんが食べたというのも、まあいいでしょう」


 クロウちゃんと俺も食べたけどね。カァ。


「問題なのは、それをわたしたちに黙っているザカリーさまの、そういうところ。数が少なかったのなら仕方がないわ。でもそういうのを、内緒ごとにするのは……」


 あーっと、ライナさんの話し方が、これはかなり怒っている雰囲気でありますぞ。

 ジェルさんたちの視線もちょっと厳しい。



「ザカリーさま、出来ましたよ。って、あら? どうしたんですか? なにかありましたか?」


 そのとき、ラウンジにアデーレさんが現れた。


「アデーレさん、出来たって?」

「はい、エステルさま。昨晩にザカリーさまからいただいたトビーさんのデザートを、わたしなりに作ってみたんですよ。それがなんとか、満足の行くものに仕上がりましてね。ザカリーさまにお知らせしようと」


 ラウンジがしーんと静かになる。


「それって、もしかしてー」

「ええライナさん。トビーさんがヴァネッサさまの結婚披露のうたげに出されたという、プディングとソルベートとフルーツの豪華なデザートですよ。ザカリーさまから昨晩にいただいて、みんなにもまた食べて貰いたいから、わたしにも作れるようにしてほしいって、そう頼まれましてね」


「ということはー?」

「みなさんの分も作りましたよ。いまお持ちしますから、エディットとシモーネちゃんも手伝ってね」


 アデーレさんがそう言うと、歓声が沸き起こった。

 何も言わずに、先ほどまでのやりとりを黙って聞いていたブルーノさんが、ニヤリを笑っている。


「もう、なんでそう言わないの」と、ライナさんが俺の頭を軽くコツンと小突いた。


 いやあ、みんなにささやかなサプライズで食べて貰おうかと思ってさ。

 アデーレさんがこんなに早く作り上げるとは、予想外だったけど。まあでも、これで命拾いをしたのでありますよ。カァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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