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第680話 ソフィちゃんを連れて王都に戻る

 8月8日、俺たちは王都に向けて出立した。

 馬車には俺とエステルちゃんにソフィちゃんが一緒だ。それからカリちゃんとエディットちゃん、シモーネちゃんが乗り込む。クロウちゃんは取りあえず馬車の中ね。


 護衛は独立小隊の全員。独立小隊は先日、通称として以前からのパーティ名であるレイヴンを引き継ぐことが決まり、父さんやクレイグ騎士団長の了解も得た。

 なので、レイヴンはこれまでの5名から9名となり、俺とエステルちゃんを加えたら11名ということになった。


「われらもレイヴンぞ。励まんといかんな、フォル、ユディ」

「はいっ」


 あらためてレイヴンの一員となったアルポさんとエルノさん、フォルくんとユディちゃんはとても嬉しそうだった。


 その双子の兄妹だが、今日はフォルくんが馬車の御者役をするティモさんのアシスタントをし、そしてユディちゃんはエステルちゃんの愛馬である青影に騎乗している。

 王都までの道程でふたりは途中で交替しながら進む。フォルくんが騎乗する際には、いまは馬車の後ろに繋がれている俺の黒影に跨がるんだね。


 ふたりとも、馬車の御者も騎乗もそれぞれにずいぶんと上達した。今日もティモさんが御者役をしているのは、あくまで念のためなのだそうだ。

 その辺の差配には俺も口出しをせず、ジェルさんとブルーノさんに任せている。



 さて出発となって、屋敷の皆やクレイグ騎士団長、アビー姉ちゃん騎士、ミルカさんなどが見送りをしてくれた。

 そしてシルフェ様とシフォニナさんにアルさんは、もうこの場にはいない。

 あの人たちは、早朝に朝食を済ませて帰って行ったからだ。


 アルさんもシルフェ様の館に自分の部屋を造ったので、取りあえずはまたそちらに戻るそうだ。

 ただ、こちらでも王都でも、そしてシルフェ様のところでもドラゴンの姿ではいられないから、本体に戻りたくなったら自分の家に帰るのだと言っていた。


「わしとしては、人間の姿もすっかり慣れてしまったがのう」

「元の姿に戻ったままだとまた穴に引き蘢るから、あなたはその方がいいのよ、アル」

「引き蘢っているつもりはないのじゃがな」


 まあ、人間の姿でも良く居眠りをしているので、あまり変わりはない気もするけどね。


「シルフェさま、シフォニナさま、アル師匠、このたびはありがとうございました。わたし、本当に素晴らしい夏休みを過ごすことが出来ました。でもなんだか、もうお別れなんて寂しいです」


「いいのよ、ソフィちゃん。わたしたちもどうせ、また直ぐに王都のお屋敷に行きますからね。そしたらまた会えるでしょ」

「魔法の練習の続きは、またそのときじゃ。それまでも、しっかり稽古するんじゃぞ」

「はい」


 そうですな。この人たちはどうせ直ぐに王都屋敷に来ますからね。

 アルさんはすっかりソフィちゃんの魔法の師匠になっていて、これで姉妹弟子は3人になったということでしょうか。

 エステルちゃんも入れると、4人の姉妹弟子ということですなぁ。


 遥か昔に天界から地上に降りたエンシェントドラゴンなので、彼自身が何か人間に要求するということはまったく無いのだが、世話になっているお礼を何かしないといけないよね。

 本人は美味しいご飯が食べられれば、それでいいみたいだけど。


 そうして人外のお三方は夏の空に飛び立って行った。



「子爵さま、奥さま、アビー先輩、そして皆さま。このたびは大変にお世話になりました。わたしの我侭を聞いていただいて、ほんとうに申し訳ありませんでした。でも、わたし、このグリフィニアで過ごさせていただいた夏休みは、一生の想い出になりました。ありがとう、ございました……」


「あらあら、うちから出掛けて行く子は、何故だか交替で泣き虫さんになるのね。今年はソフィちゃんかしら。そんなに泣かなくても、また来ればいいのよ。わたしのことは、お母さんだと思ってね」

「お母さん……」


「ほら、うちは手元にいる娘が、3人からふたりになっちゃったからさ。だから、また3人になったら、母さんも、それからそこにいる娘が大好きの父さんも大喜びだし。難しいことは考えなくていいから、そう思っていればいいんだよ」

「おい、アビー」

「アビー先輩、いえ、アビー姉さま……」


「まあ、なんだ。いろいろあるだろうが、そういうことだ。うちも出来ることはしてあげたいし、そう思ってくれればいい。王都ではザックとエステルに何でも相談しなさい」

「はい。ありがとうございます」


 本当のお母さんとの想い出すら何もなく、これまで家族の愛情に触れることのなかった彼女にとって、このグリフィニアで過ごした1ヶ月はいったいどんなものだったのだろうか。




 沿道で手を振る街の人たちの見送りや、恒例の冒険者ギルド前での大勢の冒険者たちからの挨拶も受け、南門を潜って王都への街道をのんびりと進む。

 馬車が走り出してようやく泣き止んだソフィちゃんは、車窓から楽しそうに街の人びとに手を振り返したりしていたが、さすがに冒険者ギルド前ではいささか吃驚したようだ。


「あの、冒険者の皆さんて、ああいう風にお見送りしていただけるものなんですか?」

「あー、ちょっとうちだけ、というか、わたしたちだけ変なのよ。いつものことだから、さすがに慣れちゃってるけど」


「夏至祭でも、中央広場の会場でご挨拶に来られてましたよね。あれもいつもですか?」

「そうなの、エディットちゃん。あっちはずっと前からね。夏至祭と冬至祭の年2回。恒例行事みたいなものね」


「そこでしりとりしてる、ザック部長だから、ですか?」

「ええ、そうなのねぇ」

「そうなんですね」


 俺はカリちゃんとシモーネちゃんと3人で、しりとりで遊んでいる。

 相手はひとりがドラゴン娘で、もうひとりが風の精霊見習いなので、ルールは人間の暮らしに関係する言葉だけを繋ぐ縛りだ。


 普通の人間が理解出来ない言葉はNGですよ。いろいろと人間が使う単語の勉強になるからね。

 カリちゃんはまだ人間社会に暮らし始めて半年ばかりだけど、でもシモーネちゃんはもう1年半近くになるから、なかなか手強いですなぁ。


「カァカァ」

「キミが教えちゃダメだよ」

「カァ、カァ」

「え? ハンデあげないと、ズルいって。うーん仕方ないなぁ」


 カリちゃんとシモーネちゃんが詰まると、クロウちゃんが直ぐに教えちゃうんだよね。


「あの、エディットちゃんもクロウちゃんの言うこと、わかるんですか?」

「あ、わたしはまだ全部は。でも、だいぶわかるようになって来ました」

「へぇー。わたしもわかるようになりたいな」


 そこのところはレイヴンの皆を見ると、どうも接触している年数や頻度のほか、魔法力の多寡にも関係しているみたいなんだよね。

 旧レイヴンの5人でも、もう普通に理解出来るのがライナさんで、ブルーノさんもかなりの意思疎通が出来る。このふたりは付き合いが長いからね。


 一方でジェルさんとオネルさんも付き合いは長くなったけど、ようやく何となく理解出来るようになった程度らしい。

 どちらかと言うと、オネルさんと同時期にレイヴンメンバーになったティモさんの方が、かなり分かるようになっているらしいが、これはファータということと一緒に森に入って活動する頻度が高いというのも関係しているのだろうか。


 エディットちゃんは王都屋敷で一緒にいることが多いので、彼女もジェルさんやオネルさんと同程度には理解出来るようになっているみたいだ。

 カリちゃんとシモーネちゃんは? ああ、人外娘は最初はなっから意志の疎通が出来ますよ。声でも念話でもね。




 男爵お爺ちゃんのブライアント家には、ソフィちゃんが同行していることを予め報せてあったので、大いに歓待してくれた。

 どうやらカートお爺ちゃんとエリお婆ちゃんが立ち寄ったときに、ある程度の話をしておいてくれたらしい。


 もちろん、ユリアナお母さんら男爵家にいるファータの調査探索チームも、うちの調査探索部との情報交換やある程度は独自に情報収集を行ったのだろう。

 そのユリアナさんも一緒に、にこやかに俺たち一行を出迎えてくれた。


「アビーが卒業して、ヴァニーも嫁に行ってしもうたが、代りと言ってはなんだが、ソフィーナ様が来てくれたか。また冬にも来ていただけると嬉しいのう。いえ、爺の戯れ言ですがな」


「男爵さま。温かくお迎えいただき、ありがとうございます。はい、わたしも出来ますことなら、是非ともまた寄らせていただきたいのですけど。あ、わたしのことはソフィとお呼びくださいませ」


「ではひとまず、ソフィさん、で良いかの。わしのことはお爺ちゃんで良いですぞ。どう見ても、見た目がお爺ちゃんじゃがな。はっはっは」


「この人、年に4回、王都との行き還りに孫娘が来てくれるのが楽しみでしてね。前はヴァニーとアビーで、去年まではアビーとエステルだったでしょ。それがエステルだけになって、やがてそれも終わってしまうのかのう、とかこの前も寂しそうに言うものだから。とんだ寂しがり屋の爺様よね」


 夕食の席で、ジルベールお爺ちゃんとフランカお婆ちゃんがそんなことを話した。

 えーと、アビー姉ちゃんとエステルちゃんと、それから俺もいたのですけど。

 あ、そういうことじゃないんですね。



「何か、自分だけではどうにも出来ないようなことがあったら、ザックとエステルを頼ることじゃ。このふたりの後ろには色んな人たちがいて、わしら北辺の者どもも付いておる。北辺の者は荒くれ者扱いされておるみたいじゃが、その分どんないくさでも怖れんでな」


「お爺ちゃん、いくさとか言い方が大袈裟だよ」

「ふぁっはっは。ものの例えじゃよ。もしもそうであっても、ということじゃ」


「わたし、もしもそんな闘いが起きたら、ザック部長とエステルさまと並んで闘います」

「ふほっ、これは何とも勇ましいお姫さまよな。じゃが、ソフィさんも知っていると思うが、このふたりと並んで闘うのは、なまじのことでは出来ませんぞ」


「それはもう、充分に承知しています。でも、そうしたいんです。自分のことで、後ろで隠れているなんて出来ませんから」


「ほう、なかなか強い子じゃ。よしよし、もしもわしに出来ることがあれば、出来る限りをして進ぜましょうぞ。わしとこの婆さんは、北辺におる祖父と祖母と思ってくれて良いですからな」

「あ、はい。お爺ちゃんとお婆ちゃんって、そうさせていただけるのなら。ありがとうございます」


「良かったですね、あなた。また孫娘が増えましたよ」

「そうじゃな。これもなんだ、ザックのお陰よのう」

「はい。ザック部長のお陰、です」


 領主貴族である男爵家の経験豊かな当主のお爺ちゃんにすれば、他家のそれも格上である伯爵家の内情に立ち入ることなど出来ないのは、良く分かっている。


 それでもいくさとか闘うとか、北辺とか荒くれ者とか、そんな物騒な表現の言葉を口にしたのは、我らは良くある貴族同士の口先や上辺だけのやり取りなどはしないと、ソフィちゃんに告げているのだ。

 そして孫娘と言ったのは、自分の孫の知り合いや後輩に対して以上の親昵さや思いやる気持ちを、彼女に伝えたかったのかも知れない。




 ようやくフォルス大門を潜った。1ヶ月半振りの王都だね。


「どうします、ソフィちゃん。今夜はうちに泊まって行きますか?」

「そうですよ。今夜は泊まって、明日帰ったら?」


「ありがとうございます、エステルさま、カリ姉さん。でもこのまま、うちの屋敷まで送っていただけますか? 爺やも心配しているでしょうし」


 じつはグスマン伯爵家の王都屋敷は、うちの屋敷から1ブロックを挟んだその先のブロックにあるので、とても近いんだよね。

 ヴィオちゃんのセリュジエ伯爵家は、そのもうひとつ先にある。


 ソフィちゃんもこの夏は自領に帰らずグリフィニアに1ヶ月も滞在していたので、さすがに心配だったみたいだ。

 まあ何か重大なことが起きたのなら、先に王都屋敷に戻っているドミニクさんから連絡が来ただろうけどね。


「そしたら次は合宿だね。去年と同じ18日から21日までの予定で、18日の朝にうちに集合だよ」

「はい、ザック部長。了解であります」


「お土産を持ち帰るの、忘れないでね」

「はい、エステルさま。ありがとうございます」


 お土産に持たせたのは、いまやグリフィニアの特産品とも言えるお菓子の数々と、それからシルフェ様のところでいただいた花の異なる各種蜂蜜などだ。

 ミツバチさんが自ら届けてくれた妖精の森産だから、かなり貴重なものですよ。


 もしかしたらドリュア様にお土産で持たされた世界樹の樹液みたいに、何かとんでもない効果効能があるのではとシフォニナさんに念のため聞いてみたが、それはたぶん大丈夫だということなのだけど。


「とは言っても、人間で食べたことがあるのは、これまでザックさまとエステルさまだけですので。なにしろミツバチどもにすれば、大女王さまへの献上品ですから、人間に何が影響するかは、じつは把握してないのですよ」ということでした。大丈夫かなぁ。



 グスマン伯爵家の王都屋敷の正門前でソフィちゃんを降ろして、かなりの荷物のお土産は門衛さんに渡した。

 先触れで報せておいたので、ドミニクさんはじめ屋敷の人たちが門の前まで迎えに出て来ている。


「じゃ、僕らはここで」

「疲れてるでしょうから、ゆっくり休んでね」

「はい。とっても素晴らしい日々でした。ありがとうございました」


 ここでは互いに多くの言葉は出さない。

 ソフィちゃんが深々と頭を下げ、ドミニクさんたちもそれに倣って頭を下げていた。


 俺たちは馬車に乗り込み、ゆっくりと走り出す。

 窓から顔を出して後方を見ると、門の前にまだ立ったままのソフィちゃんが俺たちにいつまでも手を振っているのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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